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第2章 「国策映画を懐かしむ女子大生」

※ 挿絵の画像を作成する際には、テイク様の「テイク式女キャラメーカー」を使用させて頂きました。

 当初の僕の予想に反して、我の強い新入部員は大きなトラブルを起こす事もなく周囲に馴染んでいき、やがて映研に無くてはならない存在になっていった。

 他の先輩に対しては礼儀正しかったし、同期との仲も円満。

 特に嫌われる要素も無いから、それも無理はないだろうなぁ。

 僕への遠慮の無い口の利き方は相変わらずだったけど、悪友みたいに一緒につるんでくれるのは有り難かったよ。

 部員としてだけではなく、彼女は女優としても有り難い存在だった。

 童顔だけど目鼻立ちは整っているし、スポーティーで細身な体型も兼ね備えていたから、大抵の衣装は難なく着こなせた。

 ヒロイン役だけではなく、殺人犯や狂人のような汚れ役にも果敢に挑戦してくれるので、非常に重宝な女優だった。

 僕だって、園さんにはどれだけ御世話になったか分からないよ。

 ラヴクラフトの「ダニッチの怪」ではラヴィニア・ウェイトリーを怪演して貰ったし、夏休み恒例の学外怪奇映画上映会の目玉作品である「真景累ヶ淵」にしたって、お累を演じてくれた園さんの頑張りがなければ、その怪しい魅力は著しく損なわれていたに違いない。


 そんな樟葉さんが僕を映画鑑賞に誘ったのは、彼女がすっかり映研に馴染んできた九月上旬の事だったんだ。

「驚いたなぁ…君の方から映画に誘ってくるなんて。」

 手持ち無沙汰に公開予定表を眺めながら、僕は溜め息混じりに呟いた。

 阪堺電車の東湊停留所から程近いミナト映画劇場は、開館当初は封切館だったけれど、この頃になると邦画中心の名画座に鞍替えしていた。

 テレビの映画枠ではあまり放送されなくなった白黒の時代劇映画なども定期的に上映されるので、熱心な時代劇ファンが通い詰めているらしい。

「どうです、枚方先輩?名作映画の鑑賞で知識をインプットしていくのも、映研の立派な活動と思いますよ。キチンとレポートを書けば部費で半額は返金されますし、私達は大学生だから学割が利きます。社会人になってからじゃ、こんな真似は出来ませんよ?」

 開館前の名画座の壁面に寄り掛かった後輩部員が、得意気に笑いかけてきた。

 タイトなデニムにスカイブルーのブラウスを合わせたカジュアルなスタイルは、細身でスポーティーな樟葉さんのイメージにマッチしている。

挿絵(By みてみん)

 その健康的な華やかさは、特撮ファンの映研部員という文化系一直線な僕にとって、直視するのが憚られる程に眩しかった。


 樟葉さんの華やかさへの尻込みか、或いは照れ隠しなのか。

 自分達の現状が、妙に気恥ずかしくなってきたよ。

「それは分かるけど、どうして僕と二人きりなんだい?年頃の男女が二人で映画館になんか入ったら、デートと思われるよ。」

 だから思わず、茶化すような口を叩いてしまったんだ。

「まぁまぁ、先輩。別に良いじゃないですか、デートと思われたからって。この園樟葉、憚りながら枚方先輩の面子を立てて差し上げているのですからね。」

「えっ、面子を立てるだって?」

 それは一体、どういう事だろうか。

 最初に茶化したのは僕だけど、これはちょっと聞き捨てならないな。

「だって枚方先輩、新歓ボックスで私に向かって、『大好きです!』って大声で言っちゃったじゃないですか。」

「あっ…」

 答えを聞いた僕は、問い質した事を後悔した。

 新歓上映会の日の僕の一言が、ここまで尾を引いていたなんて。

 古人曰く、覆水盆に返らず。

 幾ら悔やんでも、取り返しのつかない事はあるんだなぁ…

「これでスルーなんてしたら、一世一代の告白で振られたみたいで先輩にあらぬ噂が立っちゃいますよ。私だって、寝覚めが悪いですからね。これも何かの縁だと思って入部させて頂き、先輩とも親しくさせて頂きました。袖すり合うも他生の縁。昔の人は上手い事を言いますよね。」

 あの不用意な対応が、樟葉さんの運命を変えてしまったのかも知れない。

 そう思うと、申し訳無い事になっちゃったなあ…

「とはいえ私は、映研への入部を後悔した事はありませんよ。色々と楽しい思い出も出来ましたし、色んな人と仲良くなれましたからね。」

「樟葉さん、そう言ってくれて有り難いよ…」

 気を遣ってくれているのもあるかも知れないけど、屈託の無い朗らかな声から察するに、それは樟葉さんにとっても本心なのだろうな。


「それに、こういう映画を一緒に見てくれる先輩にも出会えましたからね!女の子の友達は、ちょっと誘いにくいですよ!」

 ピンと伸びた白い人差し指に誘導された僕の目に飛び込んできたのは、これから僕達が観る予定の映画のポスターだった。

 海上を進む北遣艦隊の威容と上陸する日本兵がコラージュされ、「樺太にかかる虹」というタイトルが力強い書体で記されている。

「そりゃまぁ、大昔の戦争映画だからね…」

 ポスターを眺めながら、僕は苦笑交じりの溜め息を漏らすのだった。

「だけど特技監督は、先輩の大好きな『アルティメマン』の丸川栄太郎ですよ。まだ丸川プロを興す前の若手時代ですが、そのノウハウは後のアルティメマンに確かに受け継がれているはずです。さあ!もう入って良いみたいですよ!」

「おおっと!あんまり無茶しないでくれよ、樟葉さん!」

 開館を待ちかねたとばかりに腕を引っ張る樟葉さんの手付きは強引だったけど、不思議と悪い気はしなかったんだ。

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