【番外編】標的
※別途短編でシリーズとしてアップしていましたが、本編にまとめました。
あれはウィリアムがお忍びで城下を訪れていた時の事だった。
「危ない!」
大人達の声に振り向いた瞬間、溢れるような光が辺りを埋めつくす。
その光の中心にいた少女が自分の力に驚いたのか、倒れそうになったのを見たウィリアムは咄嗟に彼女を支えると「大丈夫か?」と声を掛けていた。
その行動にウィリアム自身が驚く。
なぜなら幼い頃からただ一人の世継ぎとして、大事にされると同時に同じくらい命を狙われてきた。
そのせいか彼女と出会った13歳の時には、人間関係にかなり慎重になっていた。
自分の身を守るだけでも精一杯だった彼にとって、自分に仕える人間の条件は「自分で自分の身を守れること」だった。
それが条件なら、必然的に強い人間が集まる事になるから一石二鳥と言えた。
しかしそれには1つだけ問題があった。
王妃となる人間にもそれを求められるものだろうか?
多少、魔力の強い女性はいるだろう。だが王妃に相応しい令嬢で騎士と同様に戦える者などほぼ皆無だろう。
だが、今目の前にいる少女はどうだ?
この年でこれだけの魔力を無意識に使って馬車を止めるなど、常人離れしているといっていい。
(これは…思わぬ出会いだったな)
この少女なら少なくとも自分で自分の身を守るという点においてウィリアムの求める条件に相応しいといえた。
あとは彼女の身分が問題だった。だがそれを確認するために名前を聞こうとした時、彼女に向かって駆け寄ってくる人物がいた。
「ローズ!」
名前を呼びながら駆け寄ってくるのは彼女の家族だろう。そして名前がわかれば十分だった。
むしろ今は自分の身分を知られる方が困る。
「迎えが来たようだな」
そう言って彼女を家族の方へ向かわせると、背後に控えていた従者に「後で彼女の身元を報告しろ」とだけ告げた。
それから4年。
両親から自分の婚約者候補が試験を受けると聞いて「やっとか」と思う。
あの時は原石だった彼女の魔力がどれほどのものとなったのか。
彼女と出会ってからも条件に会う女性がいないかと探してはいたものの、そう簡単に見つかるわけもなく、「ローズ嬢」の成長に一縷の望みを掛けたのだ。
そして試験当日。
試験で見たローズの実力は相当な努力をしなければ身につかないおのだった。そして、ただ魔力が多いだけではないことを示したローズを絶対に手に入れると決めた。
試験の後に会ったローズの気の強い性格も好都合だった。いくら力があっても、ただ護られるだけの人間ではダメなのだ。
「ただ…あの程度の気の強さは可愛いだけだな。それに随分と素直な性格をしている」
だから簡単に罠に堕ちるのだ。
自分の妻になってからは多少意識を変える必要はあるが、今は好都合だ。
ウィリアムはローズを帰した後、すぐに国王夫妻に会うと一刻も早くローズ嬢を自分の婚約者として発表したいと告げた。
発表さえしてしまえば、一貴族であるローズは逃げられない。
「お前がそれほど令嬢を気に入るとは意外だったな」
「それだけローズ嬢が特別な女性だという事です」
「なんにせよ、試験結果とあなたの気持ちが一致したのは嬉しいわ」
王妃の嬉しそうな表情を見た国王も笑顔を見せる。
「そうだな、試験結果は既にその場にいた者たちにも知られている事ではあるし、早い分には問題ないだろう。明日の朝には発表できるよう取り計らおう」
「ありがとうございます」
婚約発表の許可を取り付けると、ウィリアムは口元に楽し気な笑みを浮かべた。
それから数日後、ラウザー公爵を捕らえた後処理に追われていた時だった。
ふと、戦いの中でローズに言った言葉を思い出す。
『これが終わったら最高級のドレスを贈ってやる』
(そういえば近々王家主催の夜会があったな)
事実上の自分とローズのお披露目になる。
しかし先ほどのローズの様子からするに、断固拒否するつもりだろう。
(そんな事はさせない)
今回の件を経て、自分の妃はもうローズ以外には考えられないと改めて確信した。
例えどんな手段を使っても彼女を手に入れると決めている。
「リチャード」
自分の目の前で書類作成に追われていたリチャードが顔を上げると、すぐに作業の手を止めて近づいてくる。
「一つ頼まれてくれないか?」
「…今度は何をさせるおつもりですか?」
警戒するような視線に応えた声はいつもとは違って真剣なものだった。
「何がなんでもローズ嬢にこの婚姻を受け入れさせて欲しい」
「殿下?」
「私の妃は彼女しかいない」
これまでどこか揶揄うような口調でローズに相対していた王太子とは全く違う、その真剣さにリチャードは息を呑んだ。
「どうしてそこまで妹を妃に望むのですか?」
普通ならば試験結果で彼女の名前が上がったからというのが一番の理由であるはずだ。だがそれだけではないような気がして、リチャードは敢えて尋ねた。
「…彼女となら、対等な存在でいられる気がするからだ」
一介の貴族と王太子が対等になれるわけがない、などとい言える雰囲気ではなかった。王太子の口調にどこかやるせない想いを感じてしまったからかもしれない。
「殿下…」
言葉に詰まってしまったリチャードにウィリアムが苦笑すると、周囲の人間を人払いする。
執務室に二人きりになると、ウィリアムはリチャードに「ローズ嬢には言うなよ」と言う。
「かしこまりました」
リチャードが了承すると、ウィリアムは重い口を開いた。
「魔力が強いというのは、それを持つ者にとって諸刃の剣だ。ましてその力が強すぎるとなれば猶更だ。その魔力故に、利用されるか、恐れられるか…どちらにしても孤独なものだ」
自嘲気味のそういったウィリアムは実際にそういう目に幾度となく直面してきたに違いない。
「だからローズ嬢に君という存在がいたことは…少し羨ましいと思った」
まさか自分とローズがそんな風にウィリアムから思われていたとは思わなかったリチャードが驚きに目を見開いた。
「ローズ嬢は…強く、素直な令嬢だ。それはきっと君たち家族の存在が大きいのだろう。そして魔力についてはミシュレ様の存在が大きかったのだろうな」
「ミシュレ様については妹が自ら探し出し、弟子入りを勝ち取ってきたのですよ。私たちの方が驚かされました」
「流石だな」
普通「あの」ミシュレに自ら弟子入り志願に行き、そのうえ弟子入りを認められる人間などそうはいない。
「彼女の行動力は昔からというわけだ。頼もしい限りだな」
そんな事を嬉しそうに言うものだから、リチャードの頭の中はこれがあの王太子かと混乱してしまう。だが何となくウィリアムがローズに執着する気持ちが少しわかった気がする。
(きっと…今までは気を許せる相手がいなかったのだろう)
そういう意味ではローズのような存在を傍に置きたくなるだろう。
「この先、私の妃となれば様々な困難が降りかかるだろう。だがローズ嬢ならきっと自分の手で振り払い、私の傍にいてくれるはずだ」
「…そうはいっても妹の手に余る時もあるでしょう。どんなに魔力が強くとも彼女は騎士のように剣術に長けているわけでもありません」
「そのために私がいるのだろう?彼女となら…互いに支え合う関係が築けると思っている」
自分は護ってやるつもりはない、と言っていた人間の言葉とは思えなかったが、きっとローズと共に戦う中で、彼の考えにも変化があったのだろう。
それならば、とリチャードはウィリアムに深く礼をした。
「承知いたしました。必ずや、妹に殿下との婚姻について承知させてみせます」
それを聞いたウィリアムが嬉しそうに「頼んだぞ」と言うと、二人は執務へと戻っていった。
End.
ローズとの出会いから始まったウィリアム視点のお話です。
この二人の理想は背中を預けて戦える関係です。




