この世界にない物体に、勇者達困惑
「国王。長年我が国を苦しめてきた魔王を倒す算段が整いました」
国王の前に、年老いた人物が膝をついて報告をする。
国務を分担して担当する大臣らを取り仕切る立場らしい。
国王はその報告を聞いて王座から立ち上がる。
「そうか! いよいよ魔王討伐のために出陣できる、と言うことだな! ようやく歴代の王の悲願を……」
「それが……まだ不足のものがありまして……」
国王の喜びを、恐る恐る遮る老人。
「……まだその時ではない、と? 一体いつまで待たせるのだ!」
「足りないものを補うことができるなら、今すぐにでも」
「はっきりと言え! 何が足りず、それを満たすために必要な期間……すぐにでも行動するための条件を! 端的に!」
「はっ! 武器と防具、補助の装飾品などです! 適うなら、この世界にない素材を加工し、製造し、完成できればすぐにでも!」
端的に、という言葉に強く反応した老人は、誰にでも分かりやすい望みを口にした。
「討伐に出る者達の体に合った装備品があればいい、ということだな? しかも、魔王の力に耐えうる物でできた物。魔王を倒す力を有する物を」
「はっ。まさにその通りであります」
「その装備品の力を頼りに、であれば、人材を探したりする必要はなかったのではないか?」
「いえ、そんなことはありません。武器も防具も所詮は道具。持つ人の意志がなければ役に立ちませんし、魔王の味方をする者が手にしたら、我々、この国が危うくなります。意思の弱い者が手にしても同様。魔王の前に立つだけで恐れおののく者もいるでしょう」
老人の言うことももっともだ。
国を守る、民を守る強い思いと、その装備品を決して手放さず、魔王討伐を遂行する強い意思があることが必須だ。
誰でもいいというわけではないこの老人の主張は正しい。
「ふむ。ならばその物体を召喚すればいいだけであろう? 素材を召喚しても、加工する時間は必要だろうし、魔物どもがその作業を邪魔しに来ないとも限らん。いいだろう。召喚術を使用する許可を出そう」
国王の顔から怒りの表情が消え、魔王を倒す強い決意を秘めた顔に戻る。
そしてゆっくりと王座に座り、改めてその老人に指示した。
「術士の命を削る、と聞いている。が、ここは無理を押し通すべき場面だ。大魔導士ローフィン。頼めるか?」
「はっ! 命に変えましても!」
老人は即答。
そしてすぐに立ち上がり、老人とは思えぬ機敏な動きで玉座の間から退室した。
※
「老師……いいのですか?」
「これ以上ご無理をされては……」
この国随一の魔法使い、大魔導士ローフィンが玉座の間から魔法魔術研究室に戻り、弟子達に報告する。
術士にとって危険な召喚術を行おうというのだから、弟子達は慌て、思い直すように進言するが、ローフィンはそれを窘めた。
国王直々の勅命だ。
そう軽々しく反対するものではないし、すべきものでもない。
「勇者達……剣士、体術士、魔術師、回復術士、支援の五名だったな。術執行室に呼び出してくれ」
魔法や魔術は、発動させるためにはいろんな条件が必要だ。
大掛かりになればなるほどそのための準備に時間もかかる。
特に、召喚魔法ともなれば、準備完了寸前に邪魔をされることがあれば、また一からやり直しをしなければならなくなることもある。
しかし初めから準備が整っているのなら、余計な労力は必要ない。
常に効力を維持し、消えることのない魔法陣が床に描かれていて、どんな大掛かりな魔法でもすぐに発動できる部屋、それが術執行室である。
ローフィンは弟子たちにそう伝えると、周囲の声など耳に入らないかのようにこの部屋から出て行った。
※
小一時間ほど経って、呼び出された勇者パーティが術執行室にやってきた。
ローフィンは、ここで命を失うかもしれない覚悟を決め、目を閉じて心静かにこの五人を待っていた。
五人が入室してすぐにローフィンは、魔法陣の真ん中に立つように指示する。
「武器、防具、道具などの一切を、召喚術で召喚する。それぞれ体格が違うし、術士はその装備は欠かせんだろうから、防具はその上から纏ってもらうことになる。ゆえに、それぞれに合う防具でなきゃならんからな。君ら自身には何の障害は出んよ」
ローフィンにそう告げられた五人の顔は引き締まる。
装備品が揃えば、今すぐにでも魔王討伐に出られることが分かっていたからだる
しかし、術士になるローフィンの体、命がどうなるかまでは知らされていない。
術の発動を心待ちにしていた五人の姿勢は、ローフィンにとっては弟子達の態度よりは有り難かった。
「よろしい。では始めよう」
ローフィンは、五人にとってはすぐそこにいる。
しかし何やら声を出している五人には、何を言ってるのか聞き取れない。
それと同時に、ゆっくりと床から光が生まれる。
その光は、魔法陣として描かれた線に沿って発生し、やがてその光は強くなる。
ローフィンの表情が苦しくなり、顔からは脂汗が流れ出す。
しかしその強くなる光に遮られ、ローフィンの顔どころか、姿も見えなくなっていく。
ローフィンからも、五人の姿はみえないくらい強い光が魔法陣から放たれる。
しかしローフィンにはその五人の様子を見る余裕はない。
苦しみに耐えるため、強く瞼を閉じ、眉間と額には、一層深いしわが何本も刻まれる。
それでも呪文は途切れることはない。
三十分ほど経っただろうか。
次第に光は弱まり、やがてその光は魔方陣に吸い込まれるように消えた。
そこにいる五人は再度姿を見せる。
が、彼らの体には、茶色の何かによる鎧か何かのような形によって体が覆われていた。
「先生!」
五人は口々にローフィンを呼んで傍に駆け付けた。
そのローフィンは、床に両肘と両ひざを付き、疲労困憊という言葉が当てはまるくらいに激しい呼吸をしていた。
「だ……大丈夫だ……。術は成功した……。その装備品にはすべて、冷却の術の効力が備わっておる。火には弱いと思うが、業火でも溶けることはないから心配するな。もちろん氷結、寒冷は無効にしてくれる」
装備している防具の形は五人それぞれ違う。
役割が違うから当然だが、その役割に適した形と装備品が、五人それぞれの体に装備され、手にしている。
「金属製とは思えないんですが……確かに硬い」
「何で茶色なんですか?」
「素手では触れるみたいですが……」
「冷たい、ね。確かに」
「ちょっと待って。……何か……甘い香り、してない?」
回復術士が装備された一部を顔に近づける。
「その物質は、この世界にない、とてつもない硬いものだ。……鑑定してごらん」
ローフェンに言われるがままに、五人は装備された物を鑑定する。
「えーっと……武器名は大剣、効果は切断と冷却に、微量効果回復……甘味? 何で味が? それに空腹解消補助?」
「私のは、魔法杖で、効果は全種魔法発動と冷却と……こっちも甘味と空腹云々ってあるよ?」
「備考に欠損補強ってのも……壊れても自動で治るってことだよな? 有り難い性能だな、これ」
「素材は……何だこれ?」
「初めて見る名前だ。金属にも鉱石にも……植物にもこんな名前ないよな……」
五人はその表示された名前を見て戸惑う。
その様子を見たローフェンは、苦しい表情の中に満足そうな笑みを浮かべた。
素材の表示名には「あずきバー」と書かれていた。