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相棒と触れ合いながら逢引きする回②

「さて。無事に人目につかない練習場所を見つけたところで、一度僕らの状況を確認しようと思うんだ」

 ムコリタに案内された倉庫の中は、ほどほどの広さがあり、天井も高いので三人でこもっていてもあまり圧迫感がない。ちょっと埃っぽいのが難点だが、その点は僕の部屋の方が上回ってるくらいだ。ムコリタの昼寝場所に選ばれるのも納得できるくらいに、なかなか快適な場所だ。

「まず、楽器の担当を確認しよう。偶然にも僕は打楽器を手に入れたから、ムコリタとルルーラには旋律を奏でられるようなものをお願いしたい。弦楽器とか笛とか、そういうのがあるといいんだけど」

「弦……えっと、これはどうですか?」

 ルルーラは抱えていた包みをほどいて、中のものを取り出した。現れたのは僕のハカホンと似た素材で作られた楽器らしく、見た目はギターやウクレレに似ている感じだ。少し違うのは、弦が張られたネックらしき部分が二本あることだろうか。

「こっちの上の部分が高い音、下が低い音で、それぞれ五本ずつの弦が張ってあります。これだけでも弾き語りができるような楽器なんですよ」

「へえ、すごいね! 僕が持ったら頭の中がもつれてぐちゃぐちゃになっちゃいそうだけど……うん、あとで僕のハカホンと合わせてみよう」

「は、ハカホン……ですか?」

「うん、僕の相棒さ。ちょっと硬いところがあるけど、なかなかいい奴だよ。椅子にもなってくれるしね」

「そ、そうですか……」

 ルルーラは何か言いたそうに何度か口を動かしていたが、結局何も言わずに顔を背けた。まさかとは思うけど、僕のネーミングセンスに不満があるのだろうか。文句があるなら、いくらでも受けて立つぞ。


「それで、ムコリタはどんな楽器を用意したの? その背中にしょってる荷物、かなり大きいみたいだけど……」

 ムコリタは重たそうな荷物をしょったまま、空の両手を宙に置いて両方の指をばらばらに動かして見せた。

「ムコリタは『縫い頭』が弾けるぞ」

「……ぬいあたま?」

 言葉の響きからすると、なんだか拷問じみたものを想像してしまうんだけど。

「『縫い頭』は空気が出る管を繋いで、それを手と足で……あー、ルルーラ、代わりに説明しろ」

「わ、私も楽器の構造を詳しく知ってるわけじゃないんですが……」

 つっかえつっかえのルルーラの話からすると、『縫い頭』はピアノのような小型の鍵盤楽器らしい。カホンっぽい打楽器と、ギターに似た弦楽器と、ピアノと言えなくもない鍵盤楽器。急ごしらえにしては、なかなかバランスのいいスリーピースになっている気がする。


「よし、良い感じの編成だ。じゃあさっそくバンド名を決めなくちゃ……ポップで、キャッチ―で、それでいてストイックな奴を……」

「ルルーラ、こいつはいったい何を言ってるんだ?」

「わ、私にもよく分かりませんが……ええと、シドウ先生。バンド名よりも先に、曲をどうするか決めた方がいいんじゃない、でしょうか……」

「そうかな? バンド名が決まってた方が一体感が出ると思うけど……」

 まあ確かに、ルルーラの意見にも一理ある。僕たちに与えられている祭典までの時間は、長いようで短い。

「祭典は三日後だっけ? それまでに僕らがしなくちゃいけないのは、歌詞を考えることだ。メロディはすでにある曲から借りてくるとして、日本語でなんかこう……エルガへの不満を世間に訴えるような歌詞をつけるんだ」

「で、でも……そんな簡単に思いつくものでしょうか……内容だけじゃなくて、音の数をメロディに合わせたりしないといけないんですよね?」

「そこはもう、僕らのパッション、つまり情熱を信じるしかないね。とにかく、この機会にエルガに言いたいことを思いきりぶつけるんだよ!」

「い、言いたいこと……」


 ルルーラは細い指を顎に当て、考え込んでいる。僕よりもエルガとの付き合いが長い分、思うところも不満もたくさんあるのだろう。それを表に出せる貴重な機会だ。ぜひとも熟考してほしい。

「だったら音楽も簡単は簡単な方ガいいな。なんだったラ、ムコリタが考えてやろウか?」

「え、そんなことできるの?」

「ムコリタは勉強よりモ音楽が得意だ。満タンな旋律と伴奏だけならスぐ作ってやる。任せておケ」

「それは心強いな。でも、満タンじゃなくて簡単ね」

 言い間違いも気にせずに胸を張るムコリタは、嘘をついているようには思えない。『縫い頭』とかいうよく分からない楽器を弾きこなせるということからも、もともと音楽の素養があるタイプなのだろう。

「ムコリタが曲を作ってくれるってことは……僕はルルーラと一緒に作詞に集中すればいいってことだね。よし、さっそく二人で日本語特有のリリックやライムやリズムについて語り合おうか!」

「……そ、そのことなんですけど……私、一人で考えてもいいですか?」

「え?」

「お、お姉ちゃんのことを私がどう思ってるか……ちょっと、真剣に考えてみたいんです」

「あ、そう? うん、じゃあいいんだけど……まあ、もし仮に? 僕の助けが必要なら? いつでも言ってね?」

 日本語を学んでると言っても歌詞なんて書いたことがないだろうに、チャレンジ心と自立心があって素晴らしいことだ。べ、別にルルーラに頼られたかったわけじゃないんだからな。二人で協力して色々考えてみたかったなんて、全然思ってないんだからな。


「じゃ、じゃあ僕は……うん、おとなしくハカホンの練習でもしてようかな……」

 腰かけている箱を叩くと、ぽこぽこと木材特有の温かな音が返事を返してくれる。冷たい奴だなんて思ってごめんよ、ハカホン。君は間違いなく僕の支えだ。物理的な意味でもね。

「先生? どうかしましたか、お顔が暗いようですが」

「いやいや、なんともないよ? ルルーラもムコリタも、きっちり自分のやるべきことを理解してて心強いなと思ってさ。先生としては鼻が高いよ、うん」

「鼻? シドウの鼻は普通の高サだぞ?」

「そういう直接的な話じゃなくて……えーっと、誇りに思うってことさ」

「なるほどナ。確かにこの部屋は埃っぽい」

「ふ、ふふふ」


 僕とムコリタのかみ合わない話を聞きながら、ルルーラはおかしそうに笑っている。まあ、こんなことで誰かが笑顔になってくれるなら何よりだ。

「ふふ……わ、私、勇気を出して、シドウ先生に話しかけてみて、よ、かったです。最初は、とても怖い人だと思ってたから……」

「え、どうして? 僕なんかよりエルガの睨み付けの方がよっぽど怖いと思うけど」

「そ、それは、異世界から……日本から来る人は、話しづらい人が多いって聞いていたので……」

「そうだな。ムコリタもエルガからソう聞かされタぞ」

 おや、どういうことだろう。二人の口ぶりだと、僕以外にもこの世界に日本人が来たことがあるみたいだけど。疑問を口にしてみると、ルルーラは神妙な顔で頷いた。


「ごくまれに、移動魔術を行った際に周囲の人を巻き込んでしまうことがあるんです。今のシドウ先生と同じ状況になると思いますけど……そういう場合、やはりしばらくは離れた場所で過ごしてもらって、儀式を経て元の世界にお送りするんです」

「そっか、慣例で決まってるんだ……じゃあ、エルガは僕に悪意があるから隔離したり睨んだりしてたわけじゃないのか……」

 いや、睨むのは悪意かもしれないな。

 けれど、以前にも異世界人の転移があったとすれば、僕への冷たい待遇にも理由があったのだと理解できる。転移に巻き込まれた人間にもいろいろいるだろうし、中には日本とこの世界の常識が違うのを利用して悪事を働く奴だっていただろう。例えば、魔術師志望の内気な少女に日本語を教えてあげるとか言って薄暗いところに連れ込むとか、もっと口にできないようなやましいことだってできてしまうかもしれない。

 今まさにそうなっている気はするが、僕らがするのはただの楽器の練習なんだから問題はない。やましいことでもやらしいことでもないが、やかましくはあるかもしれない。


 とにかく、そんな被害からこの世界を守るためだと考えれば、エルガが僕に申し付けたいくつかの命令にも納得がいく。異物である僕は誰とも関わらずに大人しくしていることが、本当はこの世界のためだったのかもしれない。

「じゃあ、僕が人と話したいとか外に出たいとか言ってエルガに無駄な心配をかけてたから、冷たく睨まれたのかな?」

「うーん……でも、シドウ先生はこんなに楽しい人なんだから、お姉ちゃんも考えすぎなところはあると思うんですけど……あと、お姉ちゃんは私を睨んだりしないので、理由はちょっと分からないです……」

「そ、そうなんだ……」

 なぜだろう、唐突かつナチュラルに姉妹仲を自慢されたような気がする。君たち、本当は仲良しなんじゃないのか? 恨みつらみを込めた作詞なんかできるのか?

 けれどルルーラはそんな僕の心を見透かしたように、

「お姉ちゃんは私を怒らないけど、それは優しさじゃないと思うんです。お姉ちゃんにとって私がいつまでも弱くて守らないといけない子供に見えてるから、甘やかされてるだけで……それで何度も助けられてるのも事実ですけど、でもそれだけじゃ嫌で……」

 おさげの両端をぎゅっと掴むと、ルルーラは困ったように僕を見つめた。


「うう、や、やっぱりなんて言ったらいいか分からないです。シドウ先生、ちょっと考える時間をくれますか? 明日までにお姉ちゃんに対する思いを書き出してまとめてきます」

「うん、任せるよ。せっかく大勢が集まる場に出るなんだから、思いのたけを思い切りぶつけるといいさ」

「重い、思い? お前ラの話はごちゃごちゃしててヨく分からんな」

 ムコリタが肩をすくめて、ルルーラがまた楽しそうに笑う。二人と一緒に過ごしていても、僕は結局はよそ者だ。会話はどこかかみ合わないし、彼女たちの人間関係に深く踏み入ることもできない。せいぜい、彼女たちが楽しそうに歌う後ろでぽんぽんと太鼓をたたくくらいが関の山だ。

それは少しだけ寂しくて、けれど案外悪い気分じゃなかった。一緒にいるだけで、なんとなく僕には僕の居場所が与えられた気分になるから。


「……そういえば、さっき聞きそびれてた話を聞いてもいい? フロイデアのこと」

 それでも、先ほど寂しげな横顔を見せていたお姫様のことが僕の頭から消えることはなかった。むしろ、自分が賑やかに過ごすほど、フロイデアが見せた影が僕の心の中で大きくなる気がする。

 もしかしたら、こんな楽しい雰囲気の中で切り出す話ではなかったのかもしれない。ルルーラは控えめな笑顔を引っ込めて、神妙な顔つきになった。

「ふ、フロイデア様は確かに現皇帝の長子であり、ご身分としては全く問題ないのですが……こ、皇位につくのに必要な能力をぎ、疑問視する声もあるのです……」

「能力?」

「は、はい。あまり具体的なことは私も知らないのですが、い、いわゆる指導力とか、統率力ですね。ご本人があの調子で、何を言われても穏やかに受け流されてるのも、それをじょ、助長してるようでして……」

「くだらないナ。全部、あのなんとかって言う男の恨みダろ。フロイデア様の……何だったカ? 足か? 髪か? とにかクどこかを引っ張れば、自分が皇帝になれると思ってるんダ」

「む、ムコリタ……! いくらなんでも、王弟殿下にそれは言い過ぎです……!」

 ルルーラはムコリタをたしなめる姿勢を見せるものの、本心からそう思ってるわけではなさそうだ。 その会話に出てきた、『王弟』という言葉には僕も聞き覚えがある。

 確か、ジェルミが連れていかれる前にエルガが口にしていたはずだ。ということは、魔術師であるエルガも含めて、フロイデアは政争の渦中にあるのだろう。

 ルルーラやフロイデアを始めとした、僕に好意的な人々と話しているだけでは想像もつかない情報。当たり前だが、この世界にいるのは善人ばかりではないのだ。僕がいた、騒がしくて豊かな世界と同じように。

「……ごめん、余計なことを聞いちゃったかも。練習を続けようか」

 僕は意識して明るい声を出し、ルルーラとムコリタもそれに応じるように頷いた。けれど、思わぬ形で知ってしまったフロイデアの陰は、僕の胸に暗い色の染みを作っていた。

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