夜陰に紛れて.3
ブリーフィングはその日の夜――出立の前夜に行われた。
実戦の任務こそないが、念の為、ヘレナは白いシャツにスキニーデニムという、ラフな私服姿に、ハンドバッグにはオートマティックを忍ばせた。
残暑も終わりに近付いているせいか、夜風は肌寒い。
それとなく流行を取り入れた服装は、オートマティックを携行しているとは微塵も感じさせなかった。
住宅街の一角にある小さなビルは、古めかしく、入るのを躊躇いたくなる雰囲気だったが、ヘレナは気にも留めず、吸い込まれるように入っていった。
薄汚い階段を上がった一室のドアの前に辿り着くと、辺りを見回しながら、こんこん、とドアをノックする。
「入りたまえ」
と、中からの声に促され、ドアを開けた。
会議用の机と、パイプ椅子しかない質素な部屋で、パリアッチが椅子に腰掛けていた。
机の上に置かれたノートパソコンのキーボードを叩いていた彼は、ふっと視線を上げ、ヘレナを一瞥すると、「適当に腰掛けてくれ」とだけ言って、視線をノートパソコンに落とした。
初めてきた場所ながら、多少は道に迷いはしたものの、予定の時刻ぴったりに来たつもりだった。
しかし、到着したそこには、パリアッチしかいなかった。
「あれ?昼間言ってた神無月ってひとは?」
視線を上げずに、彼は答えた。
「来るには来るが、彼は少し時間にルーズでな。もう少し待ってほしい」
「了解」
答えると、ヘレナは手近にあった椅子を引き寄せて座った。――パリアッチからは大分離れた場所だ。
「ブリーフィングが始まったら、こちらに来てくれ。内容が内容だからな」
「あ、あ、うん」
パリアッチの指摘に、ヘレナはぎこちなく答えた。
「どうした」
「何か、なれない場所だなぁって」
「申し訳ないな。事情があるんだが……それも後で話す」
ヘレナがこくっと頷くと、沈黙が部屋を支配した。
キーボードを叩く音、電子音――いずれも、ノートパソコンから発せられている。
廃墟寸前のそのビルは、別室をどこかの企業が使っているらしかったが、やけに静かだった。