夜陰に紛れて.2
週に数日はこのような状況であったが、彼は彼女を強く咎めなかった。
少女の父親の手掛かりにいつでも対応出来るようにと、男の自室に仕事を受けにくるのが目的だ。父親を強く思っての行動である事はよく分かっていた。
分かっていたが、学生は学業が本分だ。
“父親がらみなら連絡を入れる”と言っても、「待っているのは、性分じゃない」と聞かない。
少女が父親をいかに愛していたかを聞かされていた男は、多感な時期なのも考慮して、適度に口を出すぐらいで後は見守っていた。
少女を突き動かしている原因は、4年前の事件。
闇帝使に就いていていた父が、任務の最中に深傷を負い、失踪した。
父親の遺言状に従い、天涯孤独になったヘレナの後見人を務めたのが、パリアッチだった。
父親の手掛かりを探っていたヘレナに、“闇帝使”の仕事を持ってきたのも彼だったが、最近では頭角を表し、危険度の高い任務を引き受ける事も多くなった。
危険度が高いとパリアッチが同伴する為に、彼女はあまりいい顔をしないのだが、金銭を受けとる以上、うるさく文句を言えずにいた。――それでも、少しは言ってしまうのだが。
しばらくは、ハンドガンのパーツを分解して、メンテナンスをしていたヘレナだったが、パリアッチの洩らした単語に、身体を硬直させた。
「『紅蓮』を?ーーにわかに信じ難いが……」
静かにやり取りをしているのを聞きながら、デスクの前に座る男に近寄った。
「しかし、詳細不明の兵器の量産型を相手にするとなると、神無月を連れていったところで、手が足りるか分からんな......」
パリアッチがそう相手に返した途端、近寄ってきた少女が、手のひらでデスクを叩いた。
束の間の沈黙。
男の視線の先には少女の笑顔がある。
「そこは足らせんの。私を使いな」
ヘレナを見上げる形になったパリアッチは、興奮ぎみになっている蒼い瞳を見つめた。彼女とは相反して冷静な口調で返す。
「死ぬかもしれんぞ。相手は新型の魔物らしいからな」
「なにもしないで死ぬより、何かをやり遂げてから死ぬよ。じゃないと成仏できないからね」
二人はそのまま見つめあっていたが、パリアッチの方が痺れを切らし、通信相手に答えた。
「こちらからは、私と神無月、助手を一名連れていく。――ああ、三名だ。明日発つ」
そう言って通信を切ると、眼を細めた満面の笑みで「Danke」とヘレナが囁く。
パリアッチは複雑そうに破顔した。