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Darkness Future  作者: 薊乃 なつめ
第2章
2/29

夜陰に紛れて.1

朧気な感覚。

四肢は感覚を奪われ、身体は浮遊しているかのような錯覚に陥っていた。

足元を見れば、足は地についている。質量のない、霊魂。

――ああ。これは、“夢”だ。

気付くのに、そう時間はかからなかった。


その夢のなかで、室内に立ち尽くしていたヘレナは、辺りを一瞥した。

オフホワイトの白壁に、ミントグリーンの窓枠、わがままを言って購入した、アンティーク調のダブルベッド。そこは、ヘレナの自室だった。

しかし、現在ではなし得ない光景が、彼女の胸を抉った。

無精髭を生やした男性と、男に寄り添っている小さな少女が、ヘレナのベッドで眠っている。――その男は失踪した父で、小さな少女は幼い頃の彼女自身だった。

在りし日の日常を、少しばかり成長したヘレナは、静かに見下ろしていた。

二人はヘレナの存在にまるで気付かない。舞台上の劇を観ているかのような隔たりを感じる。

たった一人の観客は、その“記憶”が遠くに感じて切なくなった。

もう、戻れない過去なのだと見せつけられていた。

「親父……」

視界が滲み、目の前の二人がぼやける。

名前を呼んでみたのに、男は気付かずに眠り続けている。

「親父!!」

今度は、震える声で叫んだ。

気づいてほしかった。自分を見て欲しかった。

認めて欲しかった。今に至る過程に下した決断と、その行動を。

しかし、無情にも、男の目が覚める事はなかった。



もうじき、昼時であろうか。

カーテンを開いた窓から、無遠慮に差し込む光は、夜通し仕事をしている男には一際眩しく感じた。


モノトーン系の、落ち着いた色で家具が統一されている部屋。

寝具とデスクトップパソコンしか無い殺風景な部屋だったが、部屋を訪れる者の置き土産によって、多少なりとも生活感のある部屋に変わっていった。


その部屋の主は静かにパソコンに向かっていたが、やがて深いため息を吐いた。

「余程、自分の学力に自信があるようだな、“ヘレナ”」

男は一つに縛っていた髪をほどくと、後方を振り返った。

長い銀の髪が、肩口から滑り落ちる。

見惚れる程に美しい仕草だったのだが、しかし、そこにいたのは、その美を理解しない女だった。

「仕方ないじゃん。これに出会ったのが運命ってやつだよ」

主以上に、部屋で大きい態度でベッドに寝ていた女『ヘレナ・シュナイダー』。

彼女は、オートマティックのバレルを撫でると、悪戯っぽく微笑んでみせた。

印象的な瞳は、蒼海のように蒼く、肩口まで伸びた栗色の髪は、やや癖があり、ふわふわと柔らかそうだ。

美醜を気にすればきりがないが、男の美貌には及ばず、といったところだろうか。

四肢もすらりと長く、決して背は低くないが、男の長身はそれを凌駕していた。


平日の真っ昼間だというのに、近くの私立中学の制服を着て、男の部屋に上がり込むような人間だ。

まともに付き合えば、仕事が進まないのは男もわかっていた。

「君と違って、私は忙しいのだがね」

“君と違って”の部分だけ、語気を強めれば、彼女は身を起こした。

「あら。私がこうしているのは、仕事熱心だといってほしいね」

予想通りの反応に、男は口の端がつり上がるのを抑えることが出来なかった。

「是非、結果に期待したいものだ」

ヘレナが鼻で笑い、男を見詰めた。

「金に見あった仕事はするつもりだよ、“パグリ”」

“パグリ”と呼ばれた男は、ふっ、と柔らかい笑みを浮かべた。

奇妙な呼称だ。彼をそう呼ぶのは、世界中でただ一人、彼女しかいない。

自らを『パリアッチ』と名乗っている男は、「ヘマをしなければ、文句は無いのだがな」と返すと、頬を膨らませたヘレナを見て、更に笑みを深くした。


彼はこのやりとりが楽しいらしく、意地悪くヘレナをからかってしまう。

釣られる彼女は、相当ムカついているようだが。


二人は数分の間、何やら言い合っていたが、パソコンからコール音が鳴ると大人しくなった。

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