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年配者たちの策略

 三日前。

 朝っぱらから酒を樽で持ち込んだ客が、居座っていたメルと、酒盛りを始めた。

 この時期、ぽっかりと空きが出来、蓮は久しぶりにストレス発散に行こうと思っていたのだが、意外に酒に飲まれる連中で、小さなこの家の崩壊が危ぶまれ、急遽キャンセルの連絡をした。

 そしたら、ストレス発散の相手までやってきて、昼過ぎには酔っ払いが、増えていた。

 勘弁してくれ。

 げっそりとしながらも、放って置くわけにはいかず、適当に相手をしながら、肴の用意をしてやったりしていたのだが、話が妙な事になった。

「どうして、あんなに、素っ気ない子に、なっちゃったのかしら。昔は、無理にそう見せようとはしてたけど、今じゃあ、本当に素っ気なくなっちゃって。あたし、悲しくて悲しくて……」

「うんうん、どう考えても、その原因の一つは、エンだろ? なのに、すまし顔で、ちゃっかりと、あいつの家に居候しちまって……元通りになるなら、それでいいぜ? なってねえだろ?」

 管を巻く酔っぱらいは、二人だ。

 客はメルを入れて四人だから、もう二人は宥める役に回ってくれるはずなのだが、その二人は仲よく黙ったまま、酒を注ぎ合っている。

「一番変わったのは、葵の奴との空気だよな。最初見た時、なんであんなに険悪になったんだって、心配しちまったよ」

 今では慣れてしまったが、疑問である。

 メルに頷いた大男ロンは、小さく笑った女、雅を見とがめた。

「なあに? 何か、知ってるの?」

 それを受けた女は、首を振ってから答えた。

「険悪じゃないですよ。単に、面白く馴れ合うのを、やめただけです」

「どうして? あの子が楽しそうにしているのを見るの、貴重だったのに」

「そう言う前振りだと、理由を言いたくなくなりますよ。あなた方に恨まれるなんて、可哀そうすぎます」

 傍で、四人目の客、鏡月(きょうげつ)も無言で頷いている。

「あの子が、最近でも私たちを近づけたくないのは、タガが外れただけだと思いますよ。一人で、誰かのために気をもんでるのって、結構疲れますから」

 秘かに大量の酒を飲んでいる二人だが、表面上はほんのりと顔が赤いだけで、変わっていない。

 だが、本音のタガは外れていた。

「お前らみたいな、過保護の保護者を持つと、それだけで疲れるからな。少し、自重してやれ」

「してるじゃないのよっ。でも、この長い年月を経て、セーちゃんも大人になったって事かしら……」

 しんみりとしたロンの声に、メルもしみじみと呟く。

「大人かあ……誰か、似合いの奴と所帯を持って、幸せになってくれるのなら、寂しいけど嬉しいかなあ」

「そうねえ。でも、あの子にはまず、色恋とは何かから教えないと、誰かを好きになっても、気づかないんじゃないかしら?」

 唸る二人に、鏡月が呆れて言う。

「来た当初から、教えてやっていれば、今ここで悩まなくて済むことだろうに」

「あなたがやってくれれば、良かったのよ」

「あ? なんでオレが……」

 急に振られて顔を顰める若者に、メルは身を乗り出した。

「お前には、その義務があるんじゃねえのか? 成り行き任せに、何もかも見守っているだけで、何もしてねえなんて。これぐらいは、やってくれよっ」

 叫ぶように言い、メルはテーブルに突っ伏した。

「オレは、蓮が、あんなに悩んで気にかけてくれてたのに気づきもしねえし、思いつめてたのにすら気づかなかった。オレじゃあ慰める言葉も、かける言葉も見つけられねえけど、お前なら、出来たはずだろ? 止める事だって、出来たはずだろうっ?」

 完全に周りが見えていない女の言葉を、蓮は辛うじて聞き流しながらテーブルに肴を置いて行く。

 それを一瞥してから、鏡月はしれっと言った。

「気にかけられたくないなら、先に、あの赤毛の勘違いを正してやってはどうだ? あれが一番、ストレスだろう」

「ですよね。蓮は最近、兄弟には会ったんですよ、ユズさんと」

「あら、あなた、ユズちゃんを知ってたの?」

 驚くロンに、雅も驚いた。

「え、知らなかったんですか? 私、結構前に、紹介されましたけど」

 女は続けて、とんでもない発言をした。

「セキレイさんとも、顔見知りでしたけど」

「何ですってっ?」

 これにはメルと鏡月も、目を剝いた。

 蓮も思わず作業の手を止めて振り返ったが、雅はいつものように笑いながら、首を傾げた。

「顔見知りではありますけど、仲は良くないですよ? この間は我慢しましたけど、今度会った時の、あの人の対応次第では、お仕置きの一つくらいは、してあげないと」

「……何やったんだ? そいつ」

 私情では温厚な方の雅が、そこまで宣言するのは珍しい。

 メルが思わず訊いてしまったが、その友人は優しく微笑んだまま、全く別な話を持ち出した。

「それより、セイの身を固める案は、前向きに考えた方がいいと思いますよ。本当に、悪い虫が、払っても払っても、へばりついてきて、困ってるんです」

 これは、別な話、なのか?

 考える蓮の前で、雅は笑ったまま切り出した。

「吊り橋効果、試してみたいですね。これなら、色恋を教えるより、本能に真っすぐ打ち込めますよ」

「やってみるのはいいけど、難しいわよ? あの子、結構肝が据わってて、少しの事では怖がらないもの」

「それこそ、ぼろっぼろの吊り橋か、下が見えねえくらいの崖っぷちじゃねえと」

 メルと頷き合い、ロンは付け加えた。

「でも、それで怖がるかも分からないわ。怖がるとしたら、エンちゃんの方でしょ」

「え?」

 驚いた声を上げたのは、雅だった。

「どうしてですか?」

「どうしてって……知らないの? あの子、高いところは、軒並み駄目なのよ」

「そうなんですか? え、でも……」

 戸惑いながら、雅は過去の話を持ち出した。

「質の悪い術師に絡まれて、旅籠の二階に閉じ込められた時、助けに来てくれましたよ? 気づいたら、旅籠の外を、抱えられて走ってました」

 色のある話に、メルが思わず顔を緩めたが、ロンは顔を緩めながらも、首を振った。

「助けに来たからって、二階に外から上って来て飛び降りたかは、疑問ねえ。あなたが気を失っているのをいいことに、旅籠自体、崩壊させたのかもしれないし」

「まあ、お前を助けようとして、怖いのを忘れちまった、ってこともあり得るけどな」

 にやにやが止まらないメルは、雅の方に身を乗り出した。

「セイの前に、お前とエンが身を固めるのが、先じゃねえの?」

「な、何を言ってるんだ。私とエンは、ただの、師弟であって……」

「あなたねえ、そんな世迷言、あたしたちが信じると思ってるの?」

 ロンも人の悪い笑顔で身を乗り出し、やんわりと問い詰めた。

「あなたは、どう思ってるわけ? あの子の事、好きなの?」

「好きか嫌いかで言えば、好きですよ? でも、それ以上の間柄になるかは、相手の出方次第じゃないですか? 一応、私としては、自分から迫るのは、どうかと思ってるんです」

「お前が迫れば、一発で落ちそうだしな」

 呑気に、鏡月が頷く。

 だが、それには本人が首を傾げた。

「それはどうでしょう? いえね、今だから言いますけど……何度か、雰囲気的にいい感じになって、そう言う仲になりそうになった事は、あるんです」

「な、何だってっ? おい、その話、詳しくっ」

 友人の鋭い食いつき方に、雅は少し引き気味に、続けた。

「だから、なりそうに、なっただけなんだよ」

「何でっ?」

「そう言う時に限って、無視できない邪魔が、出て来るんだよ。何か、呪いでもかかってるのかな?」

 今は諦めているが、あの当時は、本当にそうなのではと疑ったものだ。

 そう嘆く女に、酔っ払いたちは、低く唸った。

「おい、もしやあの馬鹿親父、障害が多い方が、って奴を実行してないか?」

「どうかしら? してないって言いきれないから、辛いわ」

 鏡月の真顔の問いに、ロンも真顔で答える。

「とはいえ、毎回は、やり過ぎよねえ」

「何の話ですか?」

「いえ、こちらの話よ」

 首を傾げる雅に、メルが咳払いし、切り出した。

「よし、その吊り橋効果、やってみよう。もしかしたら、エンの方から、告白してくるかもしれない」

 そうかねえ、と蓮は心の中で疑問に思いながら、酔いつぶれそうな客たちの様子を、のんびりと観察していたが、話が妙な落ち着き方をする気配に困惑していた雅が、不意に言い出した。

「じゃあ、この際、蓮の身も、固めません?」

「へ?」

 メルが思わず変な声を出し、鏡月が目を剝いて咳込む。

「お、おい、雅? お前、何を言いだすんだっ?」

 盲目の若者が慌てて窘めるが、雅は優しい笑顔のまま続けた。

「順番から言うと、エンよりこの子の方が、年上ですよ?」

「いや、だが……」

「お前、酷くねえか? 蓮は、まだ、昔の女の事、忘れてねえんだぞ?」

 返事に困る鏡月を遮り、メルが叫んだ。

 だが、雅は首を振る。

「だから、その、昔の女に、再アタックしてみれば、いいじゃないか。同じような、吊り橋効果で」

「……?」

 雅は顔を見合わせるメルとロンの前で、目を剝いて固まる蓮に微笑んだ。

「君の事だから、分かってるんだろ? お相手の、苦手なもの」

「……」

「そうか、昔、好いてた奴と、ってことか。まだ、そいつは健在なのか?」

 メルが納得して、蓮に問いかけた。

「ああ、元気だな、あれは」

 答えられない若者に代わり、鏡月が短く答える。

「そうか……お前が、酷い恋沙汰を忘れられるほど、いい女で、忘れられねえのか?」

「と言うか、忘れるために、もしかしたら、例の娘さんと付き合ったのかもね」

 今度は雅が代わりに答え、蓮に呼び掛ける。

「呼び出すのも、君なら、すぐだろ?」

「あら、あたしも、知ってる子?」

「ええ、よく、知ってるはずですよ」

 頷くと、今度はメルが手を打って、とんでもないことを言い出した。

「そうだ、蓮とお相手と、ミヤとエンで、Wデートしたらどうだ?」

「……え?」

 流石に目を見張り、雅が慌てて首を振った。

「いやいや、まずは、この子の身を固めてから……」

「あのねえ、確かに、蓮ちゃんも気になるけど、あなたの方が年上なんだから、どちらを先ってお話じゃ、ないのっ」

「安心しろ、当日は、そこには誰も近づかせねえから。それぞれのペアが、見守り合えば、それでいいだろ?」

 にっと笑い、メルは親指を立てて見せた。

 雅からすると、話を蓮に持っていって、自分の事は有耶無耶にするつもりだったのだろう。

 だが、世話好きのきらいがある二人は、見逃さなかった。

 酔っ払いの戯言と、蓮は知らぬふりをするつもりだったのだが、翌朝に話はぶり返された。

 昼前には、日付と場所まで決められ、後は、蓮の相手の都合をつけさせるだけの状態にまで、決まってしまっていた。

「ま、頑張れ」

 短くも無責任な鏡月だが、この次の標的だと、ロンに宣告されており、それしか言えなかったと言うのが、本当のところだろう。

 適当な女を探す、と言う手もあるが、雅は明らかに相手の事を知っていて、誤魔化せない。

 かといって、相手を呼び出すにも、場所が場所だけに、言い訳が難しい。

 悩んだ末に、蓮は些細な噂話を、広げることにしたのだった。

 その噂が、信ぴょう性を増して来たのは、驚きだった。

 香水を振りかけ、髪型をいつもより女寄りにしたのは、年配者たちの思惑に反発する意を、伝える為だ。

 並んで歩くセイの足取りが、いつもより鈍い事に気付きながらも、蓮は知らぬふりを決め込んでいた。

 こちらは、吊り橋効果など期待出来る程、お気楽な事態ではなかった。

 その効果のほどは、向こうのカップルに確かめてもらおう。


 これは、今迄で、一番の難関だ。

 セイは、ホラーハウスの出口を出て、ベンチに突っ伏しながら確信した。

 暗さは、問題ではない。

 すぐに、目は慣れてしまうからだ。

 ほんのりと不気味な明かりも、ろうそくや行燈の明かりを知るセイからすると、まだ辺りを見回すのに、支障のないものだ。

 問題は、最近のこの手の物では珍しい、おどろおどろしい人形の数々、だった。

 それが、電動でなのか手動でなのか、不気味な動きをする。

 手足が動き、時には目がこちらを向く。

 気が張っている時に突然襲かかる人影は、反射的に反撃するに充分の混乱を、もたらしていた。

 悲鳴を上げる前に、ついつい、襲う人間を返り討ちにして、出口に走ってしまう。

 これで、三つ目だった。

「……不味いな。これじゃあ、連れ攫われた奴らが、どこにいるのか、調べられねえぞ」

 呟く蓮の言う通り、本当に不味い事態だった。

 残すホラーハウスは、二つ。

 一つの施設で、ここまで多くのホラーハウスを有するものなのかと、パンフレットを見ると、趣が違うようだ。

 だが、基本は変わらない。

 全部のハウス内に、あれは、うようよいるのだ。

「ここまで反撃しちまってちゃあ、次は襲ってこねえかもしれねえな……」

「いや、手ごたえからして、来る奴らは、全員別人だった。この分だと、他のハウス内でも、同じだ。問題ない」

「……問題あるとすれば、お前だな」

 傍に立つ蓮に構わず、セイは頭を抱えた。

「あれは動かない、動かない……動かないんだっ」

「……何言ってんだ?」

「自己暗示だよ、自己暗示」

「いや、お前はその類、効かねえだろうが」

 呆れる若者が見下ろす中、必死で呟いて言い聞かせていたが、後ろで溜息を吐かれ、セイは顔を上げた。

「……使いたくねえ技だが、仕方ねえか。これじゃあ、閉園時間になっても、解決しねえ」

「……」

 呟いた蓮が、手の中で何かを握りしめた。

「手を出せ」

 言われるままに、まだ震える手を差し出すと、そこに一粒の錠剤を転がした。

「人の気配がしたら、直ぐにこれを口に放り込め。後は、別々の場所に連れていかれなかったら、すぐに対処してやるよ」

 錠剤を握りしめ、黙って頷いたセイの頭を軽く叩き、蓮は笑いかけた。

「落ち着いたか?」

「ああ、ありがとう」

「よし、行くぞ」

 立ち上がったセイは、心強い若者と連れ立って、次の場所へと向かった。


 今日は平日で、すいているため、すぐに乗りたいものに乗れた。

 雅は目的を忘れて、楽しんでいたのだが、一緒に乗っていた男が、徐々に疲れ果ててきているのに気づき、我に返った。

「大丈夫か? つらいなら、少し休もう」

「出来れば、もう見てるだけに、したいんですけど……」

 珍しく、気弱な事を言われ、女は目を丸くした。

「本当に、駄目だったのか、高いところが?」

「いえ、そんな事ありませんよ、本当にっ」

 この期に及んでそう言うエンに、女は優しく笑った。

「じゃあ、今度は、観覧車に乗る?」

「……」

 取り繕う余裕がない男を見上げながら、雅は優しく告げた。

「正直な男の方が、可愛いよ?」

「か、可愛い? あの、確かに、あなたより、年下ですけど、可愛いは……」

「苦手なら苦手と、正直に言ってくれよ。言ってくれたら……」

 少し考えてから、女は続けた。

「少し、高度を下げた物に乗るよ?」

「一番最初に、最高度の乗り物に、乗りましたよっ」

「あれを耐えたんだから、我慢できるよ、きっと。スピードは、観覧車の方がゆっくりだし」

 泣きそうになりながらの返しに、雅は思わず胸を打たれながら、慰めるように言う。

「……今から謝るのは、駄目ですか?」

「今更?」

 それは本当に、今更だった。

 つい剣を帯びた声で返してしまう女を見上げ、エンは困ったように溜息を吐いた。

「分かりました。全部お付き合いします。その前に……」

「何?」

「この手、封じてしまいたいんです。何か、縛る物、持っていませんか?」

 男が言いながら上げたのは、左手だ。

 小さく震えているのを見て、雅は察した。

 この手は、持ち主の自由に動かない。

 元々利き手だっただけに、つい動かそうとしてしまい、この間のように家の物を壊してしまうのだ。

「先程から、ここの物を壊しそうで、怖くて」

「分かった。何か、買って来るよ」

 力強く頷いて、雅は立ち上がった。

「君はここで、休んでて」

 言い置いて、走って行く。

 売店を探しながら走っていたが、ふと立ち止まった。

 嗅ぎ覚えのある匂いが、近い。

 顔を上げると、いくつかある、ホラーハウスの一つだ。

「……やっぱり、蓮も気づいてたんだ」

 雅は頷き、少し考えてその中へ入った。

 女一人で平然とホラーハウスに入るのを、入り口の作業員は怪訝な顔で見送ったが、雅は気にせずに順路を進んでいく。

 どこかであの二人と鉢合わせすると思ったが、残り香だけだったのか、追いつけない。

 途中で走ったのかなと、無理に追いつくことをやめ、歩みを緩めた時、足が何かを蹴った。

 妙に固い何かで、少し驚いて見下ろすと、見慣れた物が転がっていた。

「……セイの、携帯電話?」

 間違いない、自分が贈ったストラップ付の、セイの携帯電話だった。

 しかも、蓮が振りかけていた、香水の匂いが移っている。

 落として気づかぬほどに、取り乱しているのか、何かのトラブルに巻き込まれたのか。

「……」

 考えながらも順路を進み、雅は出口を出て外に出た。

 すぐ近くに救護室を見つけ、そこでテーピングを分けて貰い、エンの待つ場所へ走って戻る。

「ただいま。手を出して」

「はい、すみません」

 ベンチに座って待っていたエンは、素直に左手を差し出した。

 隣に座り、指が動かないように、丁寧にテーピングしていく女の手先を見ていた男は、その視界に見慣れたものを見つけ、目を上げた。

「あれ、それ……」

 雅の膝の上に乗ったそれは、見た事のある携帯電話だ。

「どうして、セイの携帯電話が?」

「あ、そうだっけ? ホラーハウスの中で見つけて、落とし物かなって。後で、事務局に届けようと、思ってたんだけど」

 取り繕って言う雅に、エンは首を傾げた。

「ホラーハウス?」

「そう、直ぐ近くの、西洋のお化けを集めた、ハウスだよ」

「何で、そんなところに、入ったんですか? 刺激がないって、入ろうとしなかったのに……あ、まさか」

 不自然過ぎたかと、内心焦る女に、男は穏やかな声で尋ねた。

「まさか、ミイラ男の包帯を、剥いで来る気だったんじゃあ、ないですよね?」

「あ、いや、でも、全部、作り物だったから、剥げなかったよ、ははは」

 私を、どういう目で見てるんだ、この子はっ。

 思いつつも笑いで誤魔化し、話を逸らす。

「でも、セイがこんな所にいるなんて、あり得る?」

「どうでしょう、仕事でなら……誰かの護衛か、何かですね。でも、ホラーハウス、ですか」

「そうなんだよ。入りそうもない場所だから、似た携帯ってだけだと……」

 エンは小さく断って、右手で携帯電話を取った。

 軽くボタンを操作して、頷く。

「通話以外、出来ないように設定されていますね。それに、この型、間違いないです。知り合いに特別に作ってもらったとかで、永く使っているそうですから」

「そうか。あの子、落としたのに気づかないようなところに、こんな大事な物入れる子じゃ、ないんだけど……」

 小さく唸って顔を上げると、エンが雅を見つめている。

「ど、どうしたの?」

「まさか、誰かの、策略ですか、これ?」

「何が?」

 内心ドキリとしながら問い返す女に、男は穏やかに微笑んで首を振った。

「いえ、こういう詰問は、やめておきます」

 どうせ、今後の行動を変える事は、出来ない。

 胸の内で男が投げ槍になっているのが、手に取るように分かるが、雅は敢て分からぬ振りで微笑み返す。

「そうだね、あの子の方は仕事だろうから、こちらが詮索して邪魔したら、きっと怒る」

 それから、可愛らしく見えるらしい仕草で、首を傾げてエンの顔を覗きこんだ。

「そろそろ、大丈夫?」

 それを見返した男は、一瞬目を見張り、笑い返して頷いた。

「はい、お付き合いします」

 若干声は固いが、男は覚悟を決めたように立ち上がった。


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