1-8 クレア様の裏の顔。
「ーーーという考えに至り、私はペンダントの中を見なかったことにした方が良いだろうと思いました。その後の行動は、クレア様もご存知の通りです。」
あの日の本当のことを話し終えた私は、クレア様を見た。
クレア様は私の話を聞き終わり、いきなり拍手をした。
「素晴らしい。」
全くそのように思っていなさそうな微笑を浮かべ、一言だけ感想を述べた。
「君の考えは正しい。私は商人であり、また、探偵でもある。ヘンリー様とは実を言うと、探偵の方の仕事を頼まれている。そして、あのペンダントも想像通り、探偵であることを証明するものだ。」
知らなきゃ良かった。
「ただ、一つ。勘違いしているのは探偵組合についてだ。別に、私はアーサー・ベチュアリーの崇拝者ではない。
元々、探偵組合は不倫だとか浮気の調査のために発足したものだ。それが、いつの間にか人数が増え、一つの組織になっただけだ。アーサー・ベチュアリーが好きかどうかはさして重要ではない。探偵としての能力がある者がスカウトされ、加入していく。それだけだ。私も、スカウトを受けた者だ。」
「待ってください。」
べらべらと重要な情報を喋り出すクレア様に、私は慌てた。
「何もそこまで話す必要はないでしょう。そのような情報を迂闊に話すのは良くありませんわ。」
というか、もう何も喋らないで下さい。
どんどん危ない橋を進んでしまっている気がして仕方ない。
「この事は決して誰にも言いません。クレア様が探偵でいらっしゃることも、組織の成り立ちも。真実を喋らず、嘘をついたことは申し訳なく思っております。」
だから、どうか帰して下さい。
それは言わずに、クレア様の反応を待つ。
「ふむ。そう言えば、そうだ。名誉に誓っても見ていないと、君は重い嘘をついた。」
「…申し訳ありません。」
「ただ、私に協力してくれれば、嘘をついた事を咎めないと、私は誓う。協力してくれるか?」
「内容によります。私はただのメイドでございますので。」
なんだろう。
すごく嫌な予感がする。
クレア様はにやりと笑い、「簡単なことだ。」と言った。
その笑顔はとても意地の悪いものであり、そちらがクレア様の本性なのかもしれない。今までの印象…少なくともレストランまでの雰囲気とは別人のようだ。
「君に、密偵を行ってほしい。」
「申し訳ありませんが、無理ですわ。」
あまりに突飛な発言に、私は迷わず即答で拒否をした。
「何故だ?」
「何故って…、私はメイドですので、そのような仕事は不慣れです。失敗して、むしろ迷惑をかけるでしょう。」
「失敗ねぇ…。」
クレア様はソファーで足を組んだ。
その姿は、まさに権力者にしか出せない迫力がある。
「まず、結論を言うと、君には素質がある。
この一連の出来事で、私は君が冷静で賢い女性だということが分かった。謙虚で、身の程も弁えている。
密偵は、考えが浅はかで短気な者には向いてない仕事だ。つまり、その逆である君は、むしろ素質がある。」
「冷静そうに見えるだけです。内心はとても慌てていますわ。それに、メイドのなかで傲慢な人などいません。私だけではなく、他のメイドも全員謙虚です。」
そう反論すると、クレア様は眉を上げた。少しむっとさせてしまったらしい。冷や汗が出る。
「いくらメイドであっても、私からブティックに案内させてほしいと言われれば、喜んで受けるだろう。そして、キャメロンの案内のままに、ワンピースかドレスを購入する。そして、思う筈だ。『クレアは私のことが好きなんだ!』とな。メイドから、商人夫人だ。別に悪い話でもない。その後も、レストランに案内されれば、私が好意を持っているとさらに確信するだろう。
しかし、君は違った。
キャメロンからの案内をわざわざ断り、自分ではなくレイティ夫人の産まれてくる赤ん坊の洋服。そして、レストランでもパイが来るまで、トイレにこもった。どうせ、周りの目を気にして、私と噂になるのを恐れたのだろう。
なにより、君はずっと冷静だった。こちらがどんなにエスコートをしても、君は私が好意を持っていると一度も勘違いしなかった。わざと、私が思わせ振りな行動をしたにも関わらずだ。
ーーーこれでも、他のメイドも同じだと言うつもりか?」
怒濤の勢いで詰め寄られた私は言葉を失った。
やはり、クレア様の機嫌を損ねてしまったようだ。こんなにも饒舌に話すことが出来るのだと、どうでもいい感想が頭に浮かぶ。
時間が経つに連れ、クレア様の言葉が頭の中に入っていく。
「わざと」、「思わせ振りな行動」…、どうやら私はクレア様に試されていたようだ。
「ペンダントの嘘に気がつき、私は君のことを調べた。不思議なことに、五年前に協会に身を寄せていたことは分かったが、それより以前は全く出身地さえも、どんなに調べても分からなかった。」
「!」
血の気が失せた。
いつの間に、私のことを…。
「だから、最初はスパイかと思った。しかし、しばらく君を見張っていても、不審な動き一つなく、至って真面目に働くメイドでしかなかった。つまり、スパイではないと分かった。それが分かれば、情報が掴めなかったのは、この際どうでもよい。」
どうでもいい、の一言に少しほっとする。
「正直に言う。今日の一連の案内は全て君を試すものだ。君に思わせ振りな行為をしても、君は冷静にメイドとしての態度を弁えることができるかどうか。人に褒められる行為では決してないが、私には君が信用に足りるかの確信が欲しかった。
そして、今日、最後まで私に警戒していた。パイと紅茶を怪しまずに頂いてしまったのは良くなかったが、結果としては君は信用できる人間だと私は結論付けた。
ーーーアイ、君に密偵を行ってもらう。」
ほっとした途端に、またもや密偵の話をされて、私は気を失いかけた。だから、密偵なんて無理だってば!
「君は私に、嘘をついたんだ。是非とも、協力をお願いする。もし断ったら…、私はヘンリー様に色々なことを話すだろう。」
それって、私を社会的に抹殺する脅しじゃ…。
クレア様はにやりと笑った。