1-7 あの日の真実。
ーーーオーラル家の庭に、クレア様がしゃがみ込んでいた。
声をかえたのが、始まりだった。
「実は……ペンダントを探していて。大事なものなのに、困ってしまった。」
話を聞くと、馬車から降りる前はたしかに持っていたらしい。
それから、ヘンリー様の部屋へ。
部屋に入ってから、無くしたことに気がついたのだとクレア様は言った。
「多分、部屋に入るまでの道すがら落としたと思うんだが……。この後、人と会う予定があるのに、困った…。」
クレア様は、少し苛ついた様子で時計を確認する。本当に困っていらっしゃる表情なので、私は同情し、他のメイドにも伝えて捜索を行いますと伝えた。
しかし、それはそれで困るらしく、他の人には言わないでほしいと言った。
「あまり事を大きくしたくない…。男が、たかがペンダント一つで騒ぐなんて、みっともないだろう。そうだな……、すまないが、君だけで探してもらえないだろうか?他の人にはどうか内密にしてほしい。数日後に、また伺えると思う。」
別に事を大きくしたところで、誰もクレア様を馬鹿になどしないと思ったが、それがクレア様の望みなら仕方ない。
私は了承して、見つかった場合は数日後にお渡しすることを約束した。
「それで、なんだが…………、」
「はい?」
「いや……、なんでもない。それでは、宜しく頼むよ。」
妙に歯切れの悪いまま、クレア様は急いだ様子で屋敷を後にした。
クレア様の後を見送った私は、とりあえずペンダントを探すことにした。
そして、気がついたのだ。
「あ、どんなペンダントか聞けば良かった…。」
私はうっかりペンダントの特徴を聞きそびれてしまったのだ。
ただ、何個もペンダントが落ちている事もないだろう。そう思い、私はとにかくペンダントを探した。
もし、今日見付からなかったら。私がペンダントを無くしたことにして、他の人がもし見付けたら保管するようにお願いしよう。
そのように考えていたのだが、案外あっさりとペンダントは見つかった。
庭の草の影に隠れており、じっと見なければ気がつかない所にあった。
それを拾いながら、クレア様のものか悩んでしまう。
「場所も馬車からヘンリー様の部屋までのルートに当てはまるし……。」
しかしだ。
もし、違っていたらどうしようと不安がよぎる。
大事なものだとおっしゃっていた。違うものを渡す訳にはいかない。
クレア様のものかどうかーーー。
それを確認する手っ取り早い方法が、中を見ることであった。
ペンダントは一般的に、本人か家族の写真を入れる。
もし、クレア様のであれば、本人かご家族の写真でも入っているだろう。
そう思い、私は躊躇うことなく、開けてしまった。
そこには、『クレア』と書かれた文字と、『アーサー・ベチュアリーと共に』と記載されていた。
特に、『アーサー・ベチュアリーと共に』は文字の表記が凝っているし、周りが赤で彩られていて、注目を引くものだった。
ーーー『アーサー・ベチュアリーと共に』? これはどういう意味?
まぁ、とにかく、『クレア』とあるのだから、クレア様のもので間違いない。良かった。
その時は、『アーサー・ベチュアリーと共に』の意味が分からなかったのだが、その日の夜、寝る前に、私はついに気が付いてしまったのだ。
アーサー・ベチュアリー。
約200年前に実在した、アルペジオ王国では有名な名探偵。
数々の難事件や、未解決事件の真相を明らかにした人物である。
今も人気の偉人であり、文庫は子供のみならず大人からも親しまれている。
しかし、それだけではない。
あくまで、噂程度であるのだが、アーサー・ベチュアリーを崇拝している者達が、探偵の組合を発生させたという事を、前にうっすらと聞いたのだ。
言い換えれば、探偵の組合、というべきだろうか。
実際に見たことも会ったこともないが、そのような組合が実はあるのだという。
ただ、店はないため、その探偵を自らの力で会わなければ依頼はできない、という条件があるらしい。
そのような噂がまことしやかに囁かれている。
私は、再びペンダントにあった言葉を思い出す。
『アーサー・ベチュアリーと共に』
…………これは、もしかしたら、その探偵組合とやらの印ではないだろうか?
組合のマーク、合言葉、シンボルというべきか。
アルペジオ王国において、ペンダントは、その人の名前や写真を入れるのが一般的であり、そういうものだと固定概念になっている為、個人的にアーサー・ベチュアリーが好きだから記載したという理由は納得できかねるのである。
そういう個人的な好みをペンダントに記載する文化は、この国にはまだないのだから。
そうなると、アーサー・ベチュアリーを憧れとした探偵組合の一員のものである、という方がまだ現実的である。
つまり、クレア様は探偵ということになる。
それならば、あんなに必死に探していたことにも説明がつく。
…………。
………………あ、まずいかも。
そこまで考えて、私は知ってはいけないことを知ってしまったのではと怖くなった。
私はメイドとして毎日を平穏無事に暮らしたいのだ。危ない橋を渡りたくない。
今、私は危ない橋の上を一歩歩いてしまったかもしれない……。
クレア様は、実は探偵ではないだろうか、という考えを決して誰にも言わないように。
そして、ペンダントの中を決して見ていない。
うん、そういうことにしよう。
私は布団のなかで誓った。