1-6 おいしい話には裏がある。
目を覚ますと、私はベッドに横になっていた。
もう朝か。起きなきゃ。
そう思った瞬間に、クレア様にブティックとレストランに連れて行かれ、そして帰りの馬車で眠ってしまった記憶を思い出す。
私ーーーあのまま寝ちゃった!
ばっと勢いよく起き上がると、私は見知らぬベッドの上にいた。
そして、部屋のソファーにクレア様が座っている。
「………………。」
部屋のソファーにクレア様。ベッドに私。
大変宜しくない状況に、私は血の気が無くなるのを感じた。
「おはよう。此処は、私の屋敷で、私の部屋だ。」
「!」
状況はさらに悪化した。
此処はオーラル家ではなく、クレア様の家だなんて。
とんだ失態だ。
土下座する勢いで謝ろうとすると、クレア様が手で制した。
「君には悪いと思ってる。」
「…どういう意味でしょうか?」
「元から、君をオーラル伯爵家に戻すつもりはなかった。」
「!」
「チェリーパイと一緒に頼んだ紅茶に、睡眠薬を仕込んでいた。だから、眠くなるのは当たり前だ。」
驚きで、少し鳥肌が立つ。
急に背中が汗ばんだ。
つまり、クレア様は私にわざと眠らせたのだ。
何のためにーーーそう考えた時に、ひとつだけ思いついた考えに、私は手が震えそうになった。
「先日の礼としてブティックに案内したいと言ったのも、これのためだ。そのためにブティックやレストランに連れ回し、騙し討ちで睡眠薬を飲ませたことは申し訳ないと思う。しかしだ、」
そこまで言って、クレア様は一度沈黙した。
雰囲気が今までと少し違っていた。目が鋭く、少し怖い印象さえ覚える。
「アイ、君は、私に嘘を言った。」
「……。」
「真実を話してもらう。そうしなければ、私は持てる限りの権力と人脈を使い、君を社会的に潰す。」
ーーー社会的に潰す。
恐怖を覚えた。
クレア様なら出来る行為だからだ。クレア様なら事実無根の嘘だとしても、ヘンリー様に私のことを悪く言えば、私はメイドをクビにされるだろう。
別のところでメイドになろうとしても、噂が広まれば、どこにも雇ってもらえない。
労力はかかるが、クレア様なら別に難しい事でもない。
そんな未来を想像して、恐怖で手が震えた。
「別に、私だって君に酷いことをしたい訳ではない。だから、話してもらいたい。」
あぁ。
「ーーーペンダントについての、本当のことを。」
クレア様は分かっていた。
私が……嘘を、たった一つだけ嘘をついていた事を。
私は、ペンダントの中を、見てしまったのだ。
けれど、私は嘘をついた。名誉に誓っても見ていないと言い、重い嘘をついたのだ。
クレア様は全て計算していたのだろう。
今日、私が断れないようにヘンリー様を通じてブティックへ誘った。そして、レストランに行き、予め用意していた睡眠薬を私がいない隙に入れた。
……全ては、此処に連れてくるための罠。真実を話させるために、逃げられない場所へと連れてきたのだ。
「ーーーペンダントの中を見ていないか聞いた時、君は見ていないと言った。名誉にかけても、だ。
けれど、私には分かった。目が一瞬泳ぎ、下唇を少し噛んでいた。これらの行為は、君が真実を話していないことを伝えている。」
「…………。」
「スパイでもない限り、一般的な普通の者なら冷静であっても嘘をついた時、表情に出る。」
「私はスパイではありません。」
「それは分かっている。
……それに、ペンダントを無くした日、私はペンダントの形状を伝えず、さらには中についても伝えず、ただペンダントを無くしたことだけを君に伝えた。
それなのに、君は後日こう言って私にペンダントを渡した。『こちらのペンダントですね』と。
何故、そのペンダントが私だと断言できた?本当に、中を見ていないのであれば、こう言ってた筈だ。『このペンダントでしょうか?』とね。私のものだと断言できたのは、中を見て、私の名前が書いてあるのを見たからに他ならない。
ーーーそもそも、そこから君は嘘を完璧に出来ていなかった。」
私は、覚悟を決めた。
私も後で失敗したと思っていたからだ。何故、クレア様のもので合っていますか?と言わなかったのだろうか。
怪しまれずに済んだものだから、気付かれていないと踏んでいた。
その後、クレア様が裏口で待っていると聞かされた時は、内心どれだけヒヤヒヤしたことか。
……全てお見通しだったのだ。諦めるしかない。
「最後に聞こう。ペンダントの中を見たか?」
「……はい、中を見ました。」
私が、嘘をつくことになったのは、あの日ーーークレア様がペンダントを無くした日がきっかけである。