1-4 引いた方が上手くいくこともある。
「メイドってことは、ドレスよりかはワンピースの方がいいわよねぇ?ちょっと体測らせて頂戴!」
奥へと連れ込まれた私は、人形の如く、棒立ちになっていた。
美人さんは、私がメイドであると知っても丁寧に接してくれる、それはそれは素晴らしく優しい方である。
しかし、私が何も言わないために自然とワンピースを作る流れになっている。ワンピースをクレア様からプレゼントされるのは、なんとしても阻止しなければ。
「ちょっと、お待ち下さいませ。」
「? どうしたの?」
ピタリと止まったので、少し距離をおき、私は深々と礼をした。
「私はアイと申します。名字はありません。オーラル伯爵家のメイドをしておりますが、私は元はしがない平民の生まれでございます。」
「あぁ!私はキャメロンよ!ごめんなさい、私ったら自己紹介もせずに。」
「いえ、私こそ失礼致しました。……ですので、私にこのような素敵なお店のワンピースは分相応すぎて、ワンピースに申し訳がないのです。」
「うーん。私はそう思わないんだけど……、ワンピース以外がいいってこと?」
「はい。」
そう答えると、キャメロン様は悩み出した。
彼女は普段メイドなど相手にしないだろうから、こんなことを言われた事がないのかもしれない。
「まず、私とクレア様は多少面識があるのみで、ワンピースを貰うに相応しい関係ではありません。次に、私などが、ブティックのワンピースを着ておりますと、盗んだのではないかとあらぬ疑いをかけられてしまう可能性もあるのです。せっかくですが、ワンピースはそのような意味で、私は着ることが出来ませんわ。」
色々と説明すると、キャメロン様は「えぇ!そうなの!?でも、そうね、そっか……。」と納得してくれた。
私がブティックのワンピースを着てると、そういう疑いをかけられる可能性がある。
それは本当のことであるが、それ以上に、私にはワンピースが欲しくない理由とやらが存在する。
というのも、男性が女性にドレスもしくはワンピースを贈るのは、交際中であるとアピールする行為であるからだ。
クレア様は見繕ってくれと言っただけであるが、ブティックに女性を連れてくる時点で、勘違いする人は勘違いしてしまう。
だからこそ、キャメロン様は私にドレスかワンピースをと考えたのであろう。
キャメロン様、違います。クレア様とは、知り合い程度なので。
ワンピースになってしまうと、むしろ私からクレア様に好意を持ってます、付き合ってと言ってるようなものだ。冗談ではない。
「ごめんなさい、クレア様が女性を連れてくるなんて今まで無かったから、私てっきり……。」
「有り得ませんわ。クレア様には、相手をしっかり選ぶ権利があります。勘違いされると困るでしょう。」
「だめよ!自分をそんな風に自虐しちゃ!」
キャメロン様がきっ!と目をつり上げて言った。
その姿さえも、美しい人だと絵になるので、私は少し見とれてしまった。
「……でも、そうね。そういうことなら、ワンピースじゃなくて他の物がいいわね。」
「ご理解ありがとうございます。」
「何がいいかしら?ネックレス?靴?宝石?恋人でないにしても、男性が良いといったんだから、自由に決めましょ!」
見繕ってくれ、なんて言ったのはクレア様だもの、とキャメロン様はコロコロと笑う。
本当は何もいらないのだけれど、キャメロン様から何も頂かないままに帰るのは、キャメロン様に失礼であろう。
何か、そこまで高くないものを頂ければいいのだけれど。
考えた時に、そういえば、と思いついた。
「キャメロン様、あの、実は欲しいと思っていた物がありましてーーー」
「クレア様、お待たせ致しました。」
キャメロン様からいくつか選んで頂いたものを手に取りながら、私はクレア様に礼をした。
私の後ろでは、キャメロン様が「あらあら、男性を待たせるのはレディーの基本よ!」と、私には無縁のルールを主張している。
「いいや、ところで何を見繕ってもらったんだ?」
クレア様は特に気にする様子もなく、すっと私の手のなかにあるものを見た。
「子供服……?」
そう、私は赤ん坊の洋服をいくつか持っている。
「ーーー子供服?」
「はい。」
キャメロン様にも、最初はキョトンとされてしまった。
ヘンリー様の奥様であるレイティ様は現在妊娠されており、来月に出産する予定だ。
産まれてくる子供のため、玩具やベッドなどの諸備品は既に用意してあるのだが、子供の性別が分からないため、洋服は少ししかない。
産まれて性別が分かってから、もっと購入するとレイティ様はおっしゃっているのだが、メイドとしては、洋服の少なさに寂しさを感じるものがある。
そのため、男女どちらでも使えるような色使いのものがあればーーーそう思い、キャメロン様にお願いしたのである。
事情を説明したら、キャメロン様は喜んで色々な赤ん坊用の洋服を用意してくれた。
その中から、キャメロン様から見て特に良いと思うものをいくつか選んでもらったのである。
「……それで、本当にいいのか?自分のは?」
事情を話すと、クレア様は念を押すように聞いてきた。
「此方のものがいいのです。私には、ここの洋服は高貴すぎますので。」
自分のものが欲しい気持ちは、実は少しはある。
しかし、それは自分が此処のブティックに入れる程の身分になってからが良いのだと思う。
クレア様は、複雑そうな顔をしていたが、私はこれ以上は世話にならないつもりだ。
「ふふふ、貴女の思い通りにはならなかったみたいね、クレア様。アイ、貴女のこと私とっても気に入ったわ!もっと欲深くなってほしい気持ちもあるけどね。」
キャメロン様が、クレア様と私にそれぞれ伝えると、包み終えた洋服を渡してくれた。
見るからに豪華で上品な包装である。
(やはり、こんなのを私用に買ってもらっていたら、皆にとんでもない目にあっていただろう……。)
こうして、もう入ることはないであろうブティック体験は幕を閉じたのである。