1-1 こうなるんだったら親切にしなきゃ良かった。
「ねぇ、アイ!」
春の優しい風が吹いている今日この頃。
同僚のサニーがにまにまとしながら、近寄ってきた。
ちょっと嫌な予感。
「何?言っておくけど、仕事を交代とか言わないでよ?」
「そんなことじゃないって!ちょっと!いつの間に良い人見つけてたのぉ!?アイと会いたいって言う人が裏口にいるわよ!私、アイはどこにいるんですかって話しかけられちゃった!」
「痛い!」
背中を思いっきり叩かれて、思わずむせそうになった。
私に会いたい?何かの人違いなの?
しかし、タイミングが悪いことに、今はメイド達の昼食時。
あっという間に、話が皆に伝わってしまった。
「ちょっとアイ~?」
「誰々?」
「話してよね?」
「こないだ結婚は諦めたって言ってたのに!」
「てことは、遊び?」
「きゃ~!アイったらダメよ~!」
「ちょっと待って。」
こんな所にこんなタイミングで言い出したサニーをじっと睨みながら、周りを黙らせた。
「まっっったく、心当たりがないわ。人違いしてるみたいだから、誤解を解かないと。」
一語一句しっかり言うが、サニーはまだにやにやしている。
「相手はクレア様よ。」
この一言で、黙らせていた周りがきゃあと歓声をあげる。
「ちょっとちょっと!クレア様ですって!」
「玉の輿じゃない!」
「いいなぁ……。」
「クレア様って、アイがタイプだったんだ!」
「うん、まぁ合格かな。」
「何言ってるの、変にお金ない貴族よりも良い暮らしできるわよ!」
………………もう何も言うまい。
サニーがケラケラ笑っているのを、私はたしかに見た。
クレア様は、父親が財を成した商人の方である。
なかなかの敏腕商人らしく、最近我が家ーーーつまり、オーラル家にも出入りしているため、接点があると言えばあるのだ。
さらに、困ったことに、先日ある出来事がクレア様との間にあった訳で……人違いではないかもしれないのだ。
しかし、同僚達が騒いでいるような話ではないだろう。
きっと、あの時の御礼あたりだろう。うん、そうだ。
「とにかく、裏口にいるのね。ちょっと行ってこないと。」
「行ってらっしゃ~い!遅れてもメイド長には上手く言っておくから、安心して!」
「………………。」
すぐ戻るって。
そう思ったが、サニーを始め、皆がにやにやしながら見送るので、無言を貫いた。
後で、何があったかをちゃんと話して、誤解を解かないと……。
「クレア様、お待たせ致しました。」
裏口に出て、すぐの所にクレア様が本当にいた。
礼をすると、クレア様は少し慌てた様子だった。
「いや、急にこちらこそ悪い。ちょうど此処を通りかかって、そういえばと思って寄ってみたんだ。」
「はい。」
「先日は、どうもありがとう。おかげで、助かった。」
「いいえ、御礼を頂くほどの事でもございませんから。」
そう、先日。
オーラル家の御当主であるヘンリー様と商談をされたクレア様が、庭で何故かしゃがみ込んでいた。
おそるおそる伺うと、どうも大事にしていたペンダントが無くなってしまったらしい。
馬車に乗っている時は付けていたから、おそらく馬車から出て、ヘンリー様までの部屋に着くまでに落としたのだろうと言った。
そのため、私は他のメイドにも伝えてペンダントを探そうとしたのだが、あまり大事にしたくないらしく、言わないでほしいと言われた。
その結果、ひそかに私一人で探すことになった。
探し物は意外と早く見つかり、クレア様が帰られた後、私一人で三十分ほど探したらペンダントが見つかった。
そして、それを数日後、クレア様に渡し、無事にこの件は終わった。
「それで、ペンダントを渡してもらった時に聞きそびれた事があって。」
クレア様が少し言いづらそうにする。本題はこれか。
「はい。」
「ペンダントの中身を見た?」
「いえ、見ておりません。」
変な間ができた。
クレア様は、じっとこちらを見る。視線が痛い。
「……本当に?」
「ええ。」
「君の名誉にかけても?」
「はい。」
しつこい。
なんだこれ、しつこい。
名誉にかけて、というのはアルペジオ王国では一般的な言い回しである。
アルペジオ王国の民は名誉を大切にする。
私の場合は、メイド。社会的、家柄の全てをかけても嘘を言っていません、という誓いでもある。
つまり、この問いかけに対して、嘘をつく人はよっぽどの嘘つきか、それを捨ててでも隠したいという事になる。
つまり、私はペンダントに、名誉をかけて中を見ていないかと、重く詰問をされている。
「私はオーラル伯爵家のメイドでございますから、ペンダントの中を見るといった、デリカシーに欠ける無礼な事は致しません。」
丁重に無実を伝えると、クレア様がほっと顔を緩めた。
「こんな聞き方をして申し訳なかった。中を見られたくなったんだ。やっと聞けたことだし、もう失礼するよ。」
「はい。」
礼をする。
そして、しばらくしてから、ゆっくりと顔を上げた時には、クレア様はいなかった。
「ふぅ、」
予想外の問い詰めに、ため息がでる。
誰よ、玉の輿だの何だのと。良い雰囲気どころか、こっちは詰問までされて。
……でも、なんでペンダントの中にこだわっているのか。
わざわざ、通りすがりにオーラル家に来て、私にペンダントの中を見たか聞くなんて。
探してるってことは大事なのは分かるけど、なんだか怪しい。
まぁ、メイドがやたら気にすることでもないし、気にしてはいけないだろう。
それにしても、こんな事になるんだったら、あの時声なんてかけなきゃ良かった。
もう、関わることもないでしょう。