2-6 新たなる指令。
情報を集めること。監視すること。
この二つを、私はクレア様に命じられた。
そのための手助けとして、先日クレア様が屋敷を訪れ報告した際に、盗聴器をいくつか与えられたのである。
私は、とりあえず一つだけ盗聴器をポケットの中に入れていた。
まさか、倉庫でちょうどレイチェルとリリーの二人が来るのは想定外であったが、そのおかげで私は盗聴器を使うチャンスができたのである。
私は、備品を整理するフリをしながら、備品の間に盗聴器を仕掛けておいた。
そして、二人を残して倉庫から去った。
その後、二人がどのような会話をしたのかーーー盗聴器を置いた場所が悪くなければ、聞き取れているはずである。
レイチェルとリリーがスパイである可能性は低いが、ゼロとは限らない。それに、夜にどこか歩いていても、一番不審がられない理由があるのは二人だけである。そこに、私は少し違和感を感じていた。
そう思っていた矢先に、二人が倉庫に来てくれたのはラッキーであった。
あの後、私は念のため通常通り業務を行い、あえて盗聴器をすぐ回収しに行かなかった。もし、回収しに行くのを誰かに見られるのは少し危険である。
レイチェルとリリーもしばらくして戻った。私は二人にあまり意識を向けすぎないように平常心を装う。
そして、ヘンリー様達の夕食が終わった後、隙を見て私はこっそりと盗聴器を回収しに行った。
無事回収し終わった私は、何食わぬ顔をして普段通りにメイド達と自分達の食事をして、いつものように各自部屋へと戻った。
「はぁ、」
扉を締めた時に、ほっとする。
盗聴器に録音されているものを今聞こうか悩んだが、この時間帯は静かであるため、鍵付きの引き出しの中に盗聴器をしまい、その日は聞かないまま就寝についた。
『あー、びっくりした。誰もいないと思ってたのに。』
『で、どうだった?』
『ローランドが色々探ってるみたい。私達の三角関係について聞いてたって。』
『メイド長は特にそういう動き無かったから、ローランドぐらいしか知らないのかも。』
『レイティ奥様も様子からすると、知らないみたい。』
『そう。』
「……という会話をレイチェルとリリーがしていたのです。」
「これは……。」
次の日、誰も来ない中庭でこっそり盗聴器の録音されていた会話を聞いた。
私は、これを聞いて二人…いやマックスも入れて三人の疑いが深くなった。
レイチェルとリリーは、ローランド、メイド長、レイティ奥様が「何か」を知っているかどうか、やけに気にしていた。
これは、私からすると、スパイがオーラル家にいるかもしれないという事に思える。
その情報を知っているか否か。
もしそうだとした場合、三人がスパイである可能性が極めて高くなる。
すぐに私はローランドに、盗聴器のことを伝えた。
会話を聞いたなり、ローランドも私と同じ考えになったのか、顔が少し険しくなった。
そして、盗聴器はローランドが預り、クレア様とヘンリー様に伝えるということになった。
「実は、マックスとレイチェル、リリーの三人に関して疑いがありまして…。この盗聴器で、余計に疑いが深くなりました。ーーーそれで、アイにやってもらいたいことがあります。」
ローランドの真っ直ぐな目に私は嫌な予感をまたもや感じた。
そしてその内容を言われた時に、やはり予感は意外にも当たるものだと私はうちひしがれた。
次の日、私は午後にメイド長から鍵を渡された。
これは、メイド部屋の鍵であり、レイチェル、リリー、ナタリーの三人部屋のものだ。
「貴方は、自室で少し休憩しているという事にしておきます。この時間帯に部屋にいる者はいない筈ですが、くれぐれも注意するのですよ。」
メイド長が少し心配げに、眉を潜める。
ーーー昨日、ローランドから言われた頼み事が、レイチェルとリリーの自室に忍び込むという内容だった。
ローランドもマックスを含めた三人が疑わしいと考えていたようで、私に部屋の捜索を頼もうとしていた矢先に、私が盗聴器を持って来たのである。
余計疑わしい三人の、スパイである確証を得たい。
そのために、私は部屋に「あるもの」を置くのである。
最初、話を聞いた時は、てっきり部屋を調べるかと思った。
しかし、そうではないようで、「あるもの」を置くだけで良いそうだ。
よく意味は分からないが、指示に従う以外はない。
いつの間にか、メイド長にも事情をヘンリー様から話していたようで、万が一のためにメイド部屋の鍵を管理しているメイド長から、秘密裏に鍵を貸してもらうように手筈が整っていた。
普段ならば、働いている筈の昼間。
私はメイド部屋の扉に鍵を差し込んだ。
誰もいないとは思うが、何回も周りを見渡す。
自分以外の部屋に入ることは、罪というほどではないが、充分不審がられる。
最悪、何かを盗もうとしていると疑われても不思議ではない。
私は緊張感を胸に、部屋へと侵入した。
部屋は三人部屋であるため、広々としている。
手前にあるのは、ナタリーのベッド。
右奥がリリー、左にあるのがレイチェルのベッドである。
私は、リリーとレイチェルのベッドに、あらかじめローランドから渡されていた「あるもの」を置いた。
「…なんで、花なのかしら?」
二つの花をそれぞれに置きながら、不思議に思う。
ローランドから、カスミソウの花を二本渡されたのである。そして、それを一本ずつベッドの脇にあるテーブルに置くように指示されたのだ。
その通りに、ひっそりとカスミソウの花を置く。
これが一体どのような意味があるのだろうか?
とても気になるが、面倒事に深く干渉するのは良くない。
クレア様のニヤリとした笑みが、一瞬頭を過り、私はすぐにこれ以上考えることを止めた。
そして、部屋を調べることもなく、ただ花を置いてきた私は、そのまま部屋から立ち去る。