2-1 メイド改め密偵となりました。
恋愛要素はまだまだです…。
いつもと同じ朝。
いつもと同じようにメイド服へと着替えて、部屋を出る。
「今日は洗濯ね。」
「行きましょ。」
いつもと少し違うのは、数人の人が心配してくれたことだろうか。
「昨日、元気なかったわ。大丈夫?」
「ええ、少し疲れていただけ。心配かけて、ごめんなさい。」
「なら、良かった!」
安心したと言いながら見せる笑顔に、やはり此処は優しい人がたくさんいる。そう、しみじみと思った。
驚いたことに、メイド長にも心配をされた。ただ疲れていただけだと伝えておいた。
「男性から無体なことをされるメイドもたまにいますからね。残念なことに。…まぁ、クレア様に限って、そのような事はないでしょう。とにかく、疲れただけなら良かったです。」
メイド長の呟きに、
ーーーいいえ、クレア様から酷いことをされたんです。昨日。睡眠薬で眠らされて、自宅に連れ込まれ、脅迫を。
思わず、心のなかでそう答えてしまったが、私は笑顔で誤魔化した。
昼時になり、ローランドから呼び出された。
あまり使われていない部屋の点検を手分けして行ってほしい。
……という建前で、私とローランドは人気のいない一室に入った。
周りに人がいないことを確認してから、ローランドは口を開いた。
「昨日、クレア様から聞きましたよ。アイも捜索に加わるということで良いですね?」
「はい。」
「この事を知っているのは、ヘンリー様、私、アイ、そしてクレア様のみです。くれぐれも周りに知られないようにお願いします。」
「勿論です。」
奥様のレイティ様も知らない事が気になった。
しかし、妊娠中の女性がこんなことを知る必要もないと思い直す。もうすぐで出産する大事な時期にショックを与える訳にはいかない。
そして、ローランドから、何故スパイがいるのか、さらにクレア様に依頼することになった経緯を説明されそうになったが、断った。
あまり事情を知りたくないし、万が一の場合も考えて、私は内部の事情を知らない方が良いだろうと思ったからである。
「公正に情報と監視を行いたいので、経緯などに関しては知らない方が良いでしょう。あと、クレア様から屋敷に来た際に、報告するように言われているわ。」
「分かりました。しかし、三つ言っておきたいことが…スパイが入ってきたのは、約半年ほど前だろうと推測されます。あくまで推測ですが。そのスパイはラフォード侯爵家からの者です。そして、伝えている手段はおそらく夜に誰か外部の者に伝えているかと。」
「!」
「個人的に怪しいと思っている人物は数人いるのですが、ラフォード侯爵家と繋がっている確証がまだありません。アイも繋がっている者がスパイだと考えた方がいいでしょう。」
ローランドはあまり長居すると怪しまれますので失礼、と言い残し、部屋を後にした。
私も適当に点検を行い、部屋を後にした。
スパイの情報をまとめてみよう。
まず、人数は一人もしくは二人。
ラフォード侯爵家と繋がりのある者で、おそらく半年ほど前に此処へ来た。
メイド、もしくはそれ以外の使用人。
性別は不明。
そして、集めた情報を伝えるには、こっそり誰かに会うか、手紙に書くかである。手紙に関しては既に調査しているらしく、誰かと夜にこっそり伝えているのではないか、ということだ。
一体、何に関する情報を集めているのかは知らないけれど、情報を知るためには、ある程度どの役割の使用人かは狭まっていく。
まず、庭師と料理人は基本的に自分の持ち場があるから、あまり歩き回ることはできない。
情報を集めやすいのは、メイド、秘書、あとはローランドの部下。これらの使用人は、屋敷の中を頻繁に歩いていても不思議に思われない。
ローランドの部下は、ローランド自身がすでに調査しているだろう。
秘書に関しても、執事であるローランドの方が探りやすい。
つまり、私はメイドを監視しなければならないようだ。
悲しいことに、最も近い者を疑わなければならない。
半年前だと……レイチェルとバネッタ、あとそれより後だとリリー。
偶然にも、全員住み込みのメイドである。ラフォード侯爵家との繋がりは分からない。
この三人を、とりあえず最優先で見張ることになる。
夜。
仕事終わりに皆でご飯を食べている時、私はレイチェルとバネッタ、リリーをそれとなく観察した。
レイチェルはお喋りをしながら、ぱくぱくと食べている。バネッタは反対に静かな子である。リリーは、いつもにこにこしている。性格がそれぞれ違うが、皆良い子達である。
それが、スパイだなんて…。
本当にこの中の誰かがスパイなのだろうか。想像がつかない。
住み込みのメイドには、部屋が支給されている。
私は長く働いている方であるため、優遇してもらって、隅の小さい部屋で一人だ。
しかし、これ以外は二人か三人で同じ部屋を使っている。
レイチェルとリリーは同じ部屋。バネッタは別の部屋である。
スパイなら、もしかしたら夜に部屋を抜け出したりするかもしれない。同じ部屋である以上、夜に何か行動すれば、同じ部屋の者が気付く可能性がある。
まず、それを探ってみるのが良いかもしれない。
「アイが昨日帰ってきた時、死んだような目をしてたから、メイド長も心配してたわよ。」
「本当。ブティックに行ったって聞いたのに、ブティックへ行った顔じゃなかった!」
相変わらず昨日のことを笑い話にされていた私は今がチャンスだと思い、探るために、こう切り出した。
「皆も行けば同じ顔をするわ。自分がすごく場違いな気しかしないんだから。ところで、昨日の夜なんか足音しなかった?」
「さぁ?夜って何時くらい?」
「夜の……そうね、十二時くらいだったと思う。昨日、私早く仕事終わらせてもらったじゃない?それで早く寝たんだけど、真夜中に起きちゃって、そしたら誰かの足音が聞こえて、ずっと廊下を歩いてるものだから少し怖かったの。」
これは勿論、嘘である。
夜に行動している者がいないかを、私なりに探ってみたのだ。
これで、何か情報を集められればいいんだけど。
「あ、それって、バネッタじゃない?」
「え?」
急に名指しされたバネッタは驚いていた。
「バネッタったら、本を読みに、真夜中にたまに部屋を出るのよ!真夜中に!」
「ほ、本の続きが気になって…。部屋の明かりを付けるのも良くないから。それに、昨日は行ってないわ。」
「…じゃあ、誰?」
「…………。」
「誰かトイレ行ったとか?」
「……………………。」
「…………………………。」
長く沈黙が続くと、自然と皆から悲鳴が出る。
私が聞いた足音は嘘だから、誰も心当たりがないのは当たり前だ。悲鳴に少し罪悪感を感じてしまう。
「ねぇ、レイチェルじゃないの?」
リリーが聞いた。
「いいえ!私、部屋なんか出てないもの!」
レイチェルの言葉に、皆がまた小さな悲鳴を上げる。
もう、情報を集めるどころではない。
「ごめんなさい、変なこと聞いて。私、夢を見ていたのかも。」
私はその場をおさめようとしたが、既に遅かった。皆が怖がっている。
「ゆ、幽霊…?」
ついに出てしまった一人の言葉に、メイド達は固まる。まだまだ若い年頃の女の子(私を除き)なのだ。そんなわけない、と言い張れる強さを持った人はいない。
またもや甲高い悲鳴が出る。
「大丈夫!今まで幽霊の話なんて聞いたことないもの!私寝惚けてたみたい、ごめんなさい。さっ、この話は終わり!」
強制的に話を終了させる。
皆を無駄に怖がらせて、この話は終わった。
その夜は、自然と皆が寄せ集まって集団行動のように、ぞろぞろと各自の部屋へと戻った。皆、ごめんなさい…。
しかし、少し収穫もあった。
バネッタは本を読みに真夜中に部屋を出ることがある。
あと、リリーはなんでレイチェルに部屋を出たか聞いたのかしら。
何か理由があるのだろうか。