くーまんと俺。
くーまん。
一年前に小説投稿サイトで知り合った、俺の作家仲間である。
当時、くーまんの作品に対して、俺は歯に衣着せぬ酷評をしていた。それは俺の作品に対するくーまんも同じで、お互いに切磋琢磨する関係だったということだ。
きっかけはくーまんの作品に出版依頼が来た時だった。
くーまんはメッセージをこう送ってきた。
『初の印税で一緒に遊ぼうぜ!』
切磋琢磨した作家仲間が商業作家になる。他人事なのに、なんて心踊る達成感なのだと思ったし、初の印税で一緒に遊ぼうぜ、なんて……くーまんとはリアルでも親友になれそうだと嬉しくなった。
フェリーターミナルに迎えに来てくれ、というメッセージに、初の印税なら贅沢して飛行機を使えよ、と返信したら、
『対人恐怖症の俺に飛行機だと? 隣の人と肩が触れたらどうする! せっかくの旅行、これから新天地へと行く高揚感を、俺のせいで下げてしまうだろ!!』
と相手への気づかいと俺に対しての怒りをあらわにした。
——くーまんの対人恐怖症は設定ではなかったのか。
——つか、俺も人間なのだが大丈夫なのか?
まぁいいかとその場では聞き流し……というよりメッセージ交換なので読み流し、当日にフェリーターミナルまでくーまんを迎えに来たのだが。
変な奴がいる。
小柄な体格に黄土色のロングコートとボギーハット。茶色の背広に水色のネクタイ……一目でわかる銭形警部のコスプレ。コートの襟をキャバクラのオーナー並みに立たせてマスクとサングラスで顔を隠している。
——うん、くーまんだ。
——あの変人ぷりはくーまんで間違いない。
今までの一年間、繰り返してきたメッセージ交換から、俺はくーまんをひきこもりの変人男だと認識している。実際に見て確信に至ったわけだが、まったく……くーまんはとことん俺の琴線を響かせてくれる存在だ。
呆れ半分、期待半分にそんな事を思っていると、銭形くーまんがキョロキョロし始め、自分が周りの視線を集めているのに気づく。呆然としたのは一瞬、プルプルと震えだすと、屈んでキャリーバッグの影に隠れる。
——対人恐怖症……か。
——治してやらないとな。
俺はコーチングという職業柄、色々な人間のメンタルを微力ながらサポートしている。くーまんに興味を持ったのも、小説という文章からその人間性が見えたからなのだが、この話は割愛するとして、俺は今にもキャリーバッグの中に隠れそうなくーまんの元へ行く。
「よっ、くーまん。お互い挨拶は後だ。とりあえず……さっさと行くぞ」
「???」
くーまんは困惑している。これでくーまんでなかった場合は俺が恥ずかしい思いをするわけだが、ロングコートの幅広な襟に【くーまん】と書かれたネームタグがあるため、くーまんで間違いない。わかる人にはわかる明証と言っても良いだろう。
俺はキャリーバッグに手を伸ばし、同時にくーまんの腕を掴んで立ち上がらせる。小柄とはいえ細すぎる腕に、ひきこもりの運動不足を感じながらフェリーターミナルのホールからエスカレーターで玄関ロビーへ、そして外へと出る。
先程までは、玄関ロビーにある簡易な休憩場でお互いの挨拶と思っていたのだが、あの対人恐怖症を目の当たりにしては却下するしかない。一案として、駐車場に向かいながら、
「くーまん。対人恐怖症は、俺に対して大丈夫なのか?」
「……っ」
くーまんは無言で何度もうなづく。
ホールから玄関ロビーに向かう間、腕を振り払う機会は何度もあった。なのにその仕草は一度もなかった。
怖がっている、という懸念もあるが、腕から伝わる身体の緊張からそれは多少。変人男なら多少ぐらいなら我慢すれ、とばかりに駐車場へくーまんを連れて来た。
兄ちゃん! で人気を博している軽四の前で足を止め、後部の扉を開けてくーまんを乗せる。俺は運転席側へ回り、そのまま車内へ乗り込む。
「悪いな。くーまんの対人恐怖症があそこまでとは思わなかった。……とりあえず、予約していた店は人目があるからキャンセルだ。個室がある店にしよう」
店は俺の地元で会うという理由で任されていた。対人恐怖症がネタではないとわかった今、行きつけの焼肉屋にはキャンセルの電話を入れる。気のいい女店主に『キャンセル料は一〇万えーーん」と法外な請求を提示されたが、聞き流してソッと通話終了ボタンをタッチする。
「よし、くーまん。行きつけなだけあって急なキャンセルもこころよく許してくれた。個室……つか、個室でも店員は来るな。スーパーで材料買って俺の家に行くか?」
「!?」
「どうした?」
「……っ」
驚いたように肩を上がらせた後、首を左右に振ったため、それを了解と受け取った俺は車を発進させて自宅近くのスーパーへ向かった。