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後編

 サイズが合うかの確認を済ませ、私はサンタ風衣装から元の服へと戻った。しばらく肌を空気に曝していたせいか、首回りや脚がまだ寒い。気にするようなことではないと分かっていてもやはり気になって仕方ない。


 元通りの服装になった私は、再びリビングへと向かう。もし何か手伝えることがあれば手伝いたいと思うからだ。

 廊下を歩き、扉を静かに開けてリビングへ入る。そこには、まだソファでだらけているナギとそれを不満そうに見ている武田、そして立ったまま呆れ顔のエリナがいた。


「あら、沙羅じゃない」


 一番に私の存在に気がついたのはエリナだった。

 今日は準備でよく動くからだろうか。長い桜色の髪を、首の後ろ辺りで一つに束ねている。緩いくくり方が案外似合っていた。


「沙羅ちゃんちょうど良かった! 今、好きな曲の話をしてたんすよ!」


 いきなり話を振ってきたのはナギ。明るい顔つきをしている。


「好きな曲、ですか?」


 これはまた珍しい話題だ。

 クリスマスの日になぜそんな話題が……と疑問を抱いていたところ、それを察したかのように武田が口を挟んでくる。


「正しくは、好きなクリスマスソングについてだ」

「なるほど。クリスマスソングの中で好きな曲ですね」


 私はなんとなく考えてみる。

 クリスマスソング、と言われてもパッと思い浮かぶ曲はそれほどない。音楽には詳しくないのだ。一番に思い浮かんだのは、鼻の色が周囲から浮いているトナカイの苦難を描いたクリスマスソングだ。


「それでそれで、武田さんは何が好きなんっすか?」


 ナギの問いに、武田は考え込む。彼は十秒程度経ってから口を開いた。


「赤鼻のトナカ……」

「マジっすか! そんなとこ!? ちょ、ヤバ。ヤバすぎっすよ!」


 ソファに寝転がっていたナギは大笑いする。激しくゲラゲラ笑い、両足をジタバタしている。凄まじい笑いぶりだ。


「待て。何もそこまで笑うことはないだろう」


 武田は眉を寄せ、少し不愉快そうに言う。しかしナギの笑いを止められるはずもない。


「いやいや! だっておかし……あー、ヤバいっす!!」


 ナギの目元には涙が浮かんでいる。余程面白かったらしい。


「ひゃー、面白すぎ。武田さんそりゃモテないはずっすね!」


 私からすれば「そこまで面白いか?」という感じだ。確かにベタすぎる感は否めないが、のた打ち回って笑うほどの面白さではない気がする。


「余計なことを言うな」


 武田が低い声で放つと、それまで黙っていたエリナが言う。


「ナギ。沙羅の前では止めた方がいいと思うわよ」


 そう言った彼女は真顔だった。彼女が真顔で注意するなんて珍しい。

 するとナギはまだ少しばかり笑いながらこちらへ視線をやってくる。


「沙羅ちゃんは何の曲が好きっすか?」


 私の番が来てしまった。


 先の武田のことがあるので、流れ的に同じ曲名は言えそうにない。今それを言うと、武田を好きだから彼に合わせたと思われそうだ。それに加え、またナギに気を遣わせてしまうかもしれない。

 だが、他にパッと思いつくクリスマスソングはなかった。普段なら一つ二つ考えられたかもしれないが、今答えなくてはならないという状況下では一つも出てこない。


「あ、クリスマスソングとか興味なかったっすか? だったら無理しなくてもいいっすよ」


 だが、せっかく話に入れてもらったのだ。このまま逃げるというのも悪い気がする。

 だから私は、勇気を振り絞り告げることにした。


「……武田さんと同じです」


 するとナギは驚いたように目をパチパチさせ、「あ、そうっすか」と短く言う。それ以上のコメントは思いつかなかったらしい。笑うに笑えない、という微妙な空気だ。


 しん、とした空気になってしまった。


 盛り下げてしまい申し訳ない気分になっていると、武田が突然膝を曲げ、私の顔を真っ直ぐ見据えてくる。鋭さのある瞳を向けられると、緊張して心臓がバクバク鳴った。視線を逸らしたい衝動に駆られる。


「な、何ですか……?」


 私は恐る恐る尋ねてみた。

 すると彼は、真剣な顔のままで言い放つ。


「沙羅。お前なら理解してくれると思っていた」

「え?」

「沙羅は良き理解者だ。これからもよろしく頼む」


 頼まれてしまった。

 ただ同じ曲を好きだと言っただけのこと。それなのに「良き理解者」なんて大袈裟だ。

 しかし嫌な気はしない。


「は、はい……」


 私の顔は今、真っ赤になっていることだろう。


「頼もしいな」


 武田はそう言ってほんの少し口角を上げた。慣れないからか上手く笑えていない。もっとも、そこが愛らしかったりもするのだが。


「あ、でも、頼もしくはない……と思います」

「いや、頼もしい。これは間違いない」


 武田は言い出すと止まらないことがあることを忘れていた。


「瓶で私を救ってくれた恩を忘れはしない」


 覚えていてくれるのは嬉しいが、瓶のイメージはそろそろ忘れてほしい。


「あら。随分沙羅に感謝しているのね」


 エリナはつまらなさそうに漏らす。


「はい、それはもちろんです。エリミナーレメンバーとしての生命が危なかったわけですから」


 武田が丁寧に説明したものだから、エリナはますます面白くなさそうな顔になる。片手で桜色の髪を触りながら彼女は言い返す。


「そして私の手厚い看護は忘れたってわけね」

「ちょ、手厚い看護って何すかっ!? 武田さんはエリナさんにお世話してもらってたんすか!? そんなの羨ま……」

「黙りなさい」


 エリナに冷たく睨まれ、ナギはしゅんとした。


「武田、貴方もしかして、本当に忘れてなんかないわよね? 傷を消毒したり、肩を貸したり、ご飯食べさせてあげたり、手厚く看護してあげたでしょ?」


 しかし武田は首を傾げるばかり。しまいに「忘れました」などとハッキリ言う。


「この恩知らず!」


 ついに怒ったエリナは鋭い声で言い放った。

 だが武田はというと、淡々とした調子で謝るのみ。その表情からは、悪かったと思っている雰囲気もいまいち出ていない。よく分かっていないようである。


「沙羅ちゃんー。そろそろ着替えようか!」


 ちょうどそのタイミングでレイが呼びに現れた。


「今年は沙羅がサンタなのか」


 武田はしっかり参加してくる。それに対しレイは、「そうそう」とだけ軽く返す。


「沙羅がコスプレなんて、面白いじゃない。期待大だわ」

「いいっすね! 沙羅ちゃんのサンタコス見たいっす!」


 なぜか盛り上がっている。


「……沙羅がサンタ、いい」


 レイの後ろに立っているモルテリアは、彼女自身と同じ大きさの赤い靴下を片手で持っていた。

 もう片方の手はイチゴ大福を握っているのだが、驚いたことに口からもイチゴ大福がはみ出ている。大振りのイチゴ大福を連続で二個も食べる気なのだろうか。


「……沙羅お菓子いっぱいくれそう……。嬉しい……」


 そんなこと言われても。

 クリスマスはサンタがお菓子をあげるイベントではない。



 そして私は、またしてもサンタの衣装に着替えた。やはり首回りと足が寒い。だが日頃はなかなか役立てない私だ、クリスマスを盛り上げるくらいはしなくては。


「もう行ける?」


 リビングへ入る扉の前でレイが尋ねてくれる。寒さと緊張で足が震えるが、気を強く持ち、一度深く頷く。

 それを合図に、レイはリビングへの扉を開けてくれた。


「うわーっ! いいっすねー。予想越えてきた!」


 入るなりナギが叫んだものだから、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「ナギ、騒ぎすぎよ」


 小学生のように騒ぐナギを、エリナは呆れ顔で注意する。


「いやいや、エリナさん。これは騒ぐっしょ! だってほら、足! 沙羅ちゃんの生足とか超レアも——」

「黙りなさい」

「……はい」


 一人大興奮していたナギは、エリナに刃のような視線を向けられ、素直に黙った。


 私は恐る恐る武田に目をやる。

 すると驚いたことに彼はこちらを見ていた。しかもじっと見つめてきている。

 あまりに凝視されるので、私は、勇気を出して話しかけてみることに決めた。何か言いたいのかもしれない、と思って。


「武田さん。私、何か変ですか?」


 すると彼は黙ったまま、口元に手を当てて、視線を横へ逸らす。


「……沙羅、その服はダメだ」

「え?」

「どうも……慣れない」


 最初は少し焦った。だが、彼が気恥ずかしそうな顔をしているところを見ると、「似合っていない」という意味ではないらしい。

 そこへすかさず乱入してくるナギ。


「ひゅーっ! 武田さん照れてるっすね! 沙羅ちゃんの生足、そんなに嬉しいんすか!?」


 ナギはまた余計なことを。


 しかし場が笑いに包まれたので、ある意味成功といえるのかもしれない。



 今日は十二月二十五日。

 エリミナーレの聖夜は長く、そしてとても楽しい。


 誘拐されたり、襲撃されたり、日頃は苦労も多くある。時に傷つき、時に悲しみ、たまには疲れて寝てしまいたくなることもある。投げ出してしまいたいと思ったこともあって。


 でも、それでも私はここが好き。それは決して変わらない。

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