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前編

 街中がツリーや電飾で溢れ、人々の心はどこか弾んでいる。凍えるような寒さの中でも、行き交う者たちの足取りは軽い。


 今日は十二月二十五日。クリスマス当日だ。



「いやー、寒いっすねー」


 リビングのソファに寝転がっているナギがいきなり言った。当たり前の分かりきったことを言うあたり、余程暇だったのだろう。


 エリミナーレにもクリスマスはある。今日は平日だが、クリスマスなので仕事はない。それはリーダーであるエリナが勝手に決めたことだ。


「ちょ、無視はないっしょ! そういや沙羅ちゃんは、今までのクリスマス、どうやって過ごしてたんすか?」


 偶然近くにいたら絡まれた。嫌ではないが少し面倒臭い。

 ナギはみんなに聞こえないふりをされるものだから、誰かに構ってほしくて仕方ないようである。そこで唯一反応しそうな私が選ばれたようだ。


「私ですか?」


 友達とクリスマスパーティー、彼氏とデート。そんなありがちなことをしたことはない。私にとってクリスマスとは、「夕食が豪華になる日」程度のものである。普通ではないが特別でもない日だった。


「今までのクリスマスはだいたい家にいてました。夕食にチキンが出たり、親がケーキを買ってきてくれたり、それぐらいのものです」

「あ……なんかすいません」


 するとナギは非常に申し訳なさそうな表情をして謝ってくる。


 これではまるで、私が寂しい人のようではないか。いや、もちろんそうとも受け取れる状態ではあるとは分かっている。しかしそれでも複雑な心境だ。

 私は大勢で騒ぐのが苦手な体質なので家族と食事をするくらいがちょうど良かった。だが、ワイワイするのが好きな人からすれば、私は寂しい人に見えるのかもしれない。


「じゃあパーティーとかしないんすか……?」


 妙に気を遣われている気がする。

 私は気にしていないのだから、そんなに気を遣うことはないのに。


「なるほど、沙羅は初めてだったのか。それはいいな」


 突然話に参加してきたのは武田。手には今夜行うクリスマスパーティーに使う物が大量だ。


 ナギとの会話をしっかり聞かれていたようで少しばかり恥ずかしい。ナギに聞かれるのはどうもないが、武田に聞かれるとやはり照れてしまう。自分のことを知ってもらえるのは嬉しいのだが、それでも「どう思われただろう」と気になって仕方がない。


「うわっ。びびったっす! それにしても、武田さんって、沙羅ちゃんのことになるとすぐ参加してくるっすよね! もしかして興味ありっすか?」

「ナギ。冗談はほどほどにしておけ」

「ひゅーっ! いいっすね……って、痛い痛いっ!!」


 調子に乗りすぎたナギは、武田に襟を掴まれ大騒ぎする。痛いのは完全な嘘ではないだろうが、大袈裟に言いすぎな気もした。

 武田は怒っているようで、低い声で「黙れ」と言い放つ。そんな彼の目つきには恐ろしいほどの迫力がある。明らかに戦闘時の顔つきだ。さすがのナギも圧倒されたらしく、素直に「すみませんでした」と謝罪した。なんだか面白い光景である。


 武田はナギから手を離し、体を私の方へ向ける。


「沙羅、今日は全力で楽しむといい」

「は、はい。お気遣いありがとうございます」


 彼に真っ直ぐに見つめられると、つい視線を逸らしてしまう。顔を見られると恥ずかしがっていることがばれそうだからだ。


「さて、ではナギに戻る。お前はいつまでダラダラしているつもりだ」

「ふん! 俺は働かないっすよ!」

「皆準備をしているにも関わらずお前は……」


 段々武田がお節介な母親のように見えてきた。いくら彼が言ったところでナギが従うはずはない。それなのに何度も言い続ける武田は、ある意味根気強い人だと思った。



 その後、レイに部屋へいきなり呼び出された。何事かと思いながらリビングから部屋へ移動すると、彼女は満面の笑みで提案してくる。


「今年のサンタ役は沙羅ちゃんね!」


 一瞬、時が止まった気がした。


「通販で買ったんだ。結構立派なやつだよ」


 彼女の手には赤いワンピース。色的にサンタのイメージの衣装だとすぐ分かる。胸元と裾に白くふわふわした飾りが取り付けられていて、コスプレにしてはクオリティが高い。確かに可愛らしいと思う。


 だが、首回りに布がなくスカートの丈が非常に短そうなのが気になった。

 貧層な体つきでしかも地味な私には着こなせる気がしない。それにいくら暖房が入っているとはいえ真冬。外は十度もないような寒さである。そんな中、長時間こんな薄着でいると、すぐに風邪を引きそうだ。


「そんな。私には無理ですよ」

「いいからいいから! まずはサイズが合うかチェックしないとね!」


 そんなことで、半ば無理矢理着せられた。

 サイズはぴったりで、それなりに体にフィットする。着心地は良い——しかし寒い。


「やっぱり似合ってるよ。ね、モル!」

「……え?」


 窓辺に座り込んでいたモルテリアは首を傾げた。レイが散々盛り上がっていたにも関わらず聞いていなかったようだ。


「……今、サンタさんにお祈りしてた……」


 聞いていないどころかまったく関係のないことを言ってくる。


「……お菓子を下さいって……」


 そんなことだろうと予想してはいたが、予想が正解だったとは驚きだ。彼女は本当に純真な心の持ち主である。この年でサンタからのプレゼントを期待するとは。


 ちょうどその辺で、私は一つの問題に気づいてしまった。

 今日は二十五日ではないか。お願いは二十四日までに済ませておくものだろう。根本的なルールが間違っている気がする。

 ……気にしたら負けか。


「まぁいいや。それはさておき、沙羅ちゃんその衣装似合ってるよ!」

「本当ですか? でも少し寒いです」

「首回りとか結構露出があるから仕方ないね。上着羽織っておいた方がいいかも」


 当然拒否権はないらしく、サンタ役は自動的に私になった。役割の必要性がいまいち掴めないが、そんなに深く考えることもないのかもしれない。


 考えたら負け。それがエリミナーレの特徴である。

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