世界を股にかけるシショーとでも名乗っておきましょうか
「シショー、どこに行くの!?」
オンボロな木造建築の小屋、その玄関で一人の少年と帽子をかぶった二十代前半と思われるシショーと呼ばれた男が話していた。
「ちょっと遠出してくるだけだ。すぐに帰ってくるぜ!!」
「そんなこと言って前も三ケ月帰ってこなかったじゃないか!! 僕、シショーが死んじゃったんじゃないかと思って……寂しくて……」
泣き出す少年の頭をシショーはそっと撫でて言った。
「男の子の涙ってのはな……大事な人が死んだときのために取っておくものだぜ」
「だって……だって……」
シショーはドアを開け外に出ていくと振り返って少年のほうを見た。
「俺は世界を股にかける男だからな!! じゃあな駆、いつか、どこかで会おうぜ!! お前はお前のやりたいようにやれ!! 俺も俺のやりたいようにやる」
去っていく男の姿、幼い少年は彼の後を追うことができなかった。彼はここに帰ってくる気はない、今から死地に赴くのかもしれない。そう思ったとき彼は恐怖で足が震え動けなかった。
「いつか、どこかって……帰る気がないってことじゃない……」
荒野を歩く男一人、少年はその背中を追えるような男になるべく鍛錬を積むと決めた。それがいかに苦難の道だとしても。
駆は学園の医務室で寝込んでいた。目を覚ますと優とマニが駆の手を心配そうにぐっとつかんでいた。どれだけ寝ていたのだろう。夕日が窓から差し込む。暖かいというより少し熱く感じて制服にある首のボタンを緩めた。
「王子様!!」
「駆君!!」
二人は駆の目が覚めたと知ると少し痛いくらいに抱きしめてきた。二人とも目に涙をためて駆の服に顔をこすりつけてきた。
「ど、どうしたの!?」
「三日間も寝てたのよ!! もう起きないかと思って寂しくて悲しくて……」
「そうだったのか……ごめん」
彼は二人の頭を抱いて優しくなでた。その時医務室のドアが開き学園長が入ってきた。
「ほうほう……順調にハーレムができてるのう」
学園長は医務室のカーテンを開き駆のそばに姿を見せた。
「そんなんじゃないですって!!」
慌てる駆、それに対し優は怒りの表情で学園長を見た。
「なぜ一人も援軍を送ってくれなかったのですか学園長。危うく私たちは死ぬとこだったんですよ!!」
当然の怒りだった。駆も優もマニも救出された直後は生死をさまよっていたらしい。
「ふむ……愚問じゃな。援軍を出したところで奴は広範囲の敵をつぶす魔法を使っておったじゃないか。生半可な実力の者を送っても瞬殺じゃ。犠牲は最小限のほうがいい。だからあの場を切り抜けるためにはお主たちがその女を倒すしかなかったのじゃ。わかってくれとは言わないぬが私は学園の長なんじゃ。立場上死地に生徒を送り込むことはできぬ」
今にも戦いが起こりそうな険悪な雰囲気。駆には優が怒ったときは何をしでかすかわからない女だと知っていた。故にこの場を収める方法を探した。
「あ、あの……学園に襲来したあの女は誰なんでしょう? ロンドベル・アナスタシアっていう風に名乗って機竜を操っていました」
「うむ……機竜を操るというのはにわかに信じがたい話じゃの……とりあえずロンドベル・アナスタシアという人物については調査のための部隊を派遣しておくからまた連絡がくるじゃろう」
駆はその言葉を信じ少しだけ待つことにした。鋼鉄機竜を操り待ちを襲わせるなど王国に対する重大な宣戦だ。友人達を守るためにも野放しにはしておけなかった。
ロンドベル・アナスタシアは満身創痍の状態で蒸気を機械のあふれる街の中を歩いていた。右手には汽車が走り左手には工場が立ち並び煙突から煙が出ていた。レジェンディア王国に比べはるかに機械化されていた。そして目の前には赤いレンガで作られた巨大な城があった。
「勝手に外出したと思ったらボロボロになって帰ってきて……一体なにがあったのです?」
城門の影からちょっと低めの声の男が話しかけてきた。
「少し転んだだけだ。間違っても敵王国に乗り込んで無名の一年の騎士にフルボッコにされたわけではない!!」
「嘘をつくのが下手……というか嘘をつく気ありますか? アナスタシア騎士団長」
男が笑いながら言ってさらに話をつづけた。
「なるほど、最初は善戦してたけど浪川駆ってやつが出てきて騎士団長ともあろうお方がたった一人の無名騎士に完膚なきまま叩き潰されておちおち逃げ帰ってきたと」
アナスタシアは表情は変えなかったが握りこぶしを作り自らの矛を召喚し、男に突き刺した。
「おっと、危ない!!」
なんと男はそれを左手の平で受け止め右手で手刀を作るとアナスタシアの矛をたたき割った。
「な、なんだと!!」
「俺、ちょっとだけ体術の心得があるんですよ」
男は微笑んで少しだけ自慢げに鼻を鳴らした。
「今日の出来事もなぜか知っているし実力も高い……お前は何者なのだ……」
驚いたアナスタシアは男に尋ねた。男は数秒悩んだ後に口を開いた。
「うーん……なんて名乗りましょうか……世界を股にかけるシショーとでも名乗っておきましょうか」
これが二人の初めての出会いだった。
第一章はこれでおしまいです。
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