ギュッとやってピンとなってバコーン
互いに武器を取り向かい合う二人。割れた窓から破れたドアへと隙間風が吹いた。矛の女の髪が揺れる。
「どうしてこんなことをするんだ!!」
駆は矛の女に問う。しかし、質問は無視され高速の突きが駆を襲う。
「壱式体術 空蝉!!」
駆は空蝉で後ろへと回り込み、彼女の鎧に一撃を加える。しかし硬い鎧はダインスレイブの力ではびくともしなかった。その直後、彼女は身をひるがえし駆に強烈なひじ打ちを喰らわせる。駆はゴロゴロと砂煙を挙げながら地上を転って壁に激突する。
「私をその程度のなまくらで屠れると思うな!!」
彼女は駆に全速力で近づき高速で不可視な刺突を繰り出す。駆はそれをダインスレイブではじき返すと彼女は舌打ちをする。その後、距離を取って呪文の詠唱を始める。
「影より出でし剣にて引き裂かん!! シャドウブレイド!!」
足元のひずみから出てきた刃に駆の右足が貫かれる。そして彼はうつむきしゃがみ込んだ。
「くっ!!」
「戦場で自ら膝を抱える無防備な姿勢を晒す愚か者!! ここで朽ち果てろ!!」
彼女は駆の隙を見逃さなかった。魔法を詠唱すれば危機を攻撃ないし防御に使うことができる。しかし彼はそれができなかった。
「死ね!!!」
彼女の矛が駆の左肩を貫いた。感覚もない。痛みすら感じないほどの痛み。肩の骨が砕け散り、血管は破れ、血が溢れる。
「ぐあああああ!!」
「私のゲイボルグの突きをまともに受けて、立っていられる奴などいない。私の勝ちだな」
地面にうつ伏せになり倒れこんだ。何も守れない自分の無力さに怒り、悲しみ、苦しんだ。大量の出血で意識は混濁し視界もかすれていく。
目の前に広がる花畑。そのすぐ近くの木にもたれかかる男が一人。ワックスでも使っているのかと思うような黒い針金のような髪、妙に突き出した顎に切れ長の目をした身長もそこそこ高い男だった。
そして、その隣に寄りかかって膝に顔をうずめて甘えてる子供が一人。駆にはすぐにこの子供が自分であるとわかった。その隣にいる男も自分がかつて師と仰いでいた人間だった。
「お前はだんだん強くなってきてるな。でも一つだけ覚えておけ。世の中生きてれば自分より強い奴に出会うことがある。その時は迷わず逃げろ」
「なにそれ!! そんなの嫌だよ!! 戦ってやっつけるもん!!」
「おいおい、人の話聞いてたか? 自分より強い相手だぞ」
「逃げ出すなんてかっこ悪いし……何かを守って戦ってるときは逃げられないでしょ?」
すっと立ち上がり、やっぱりなと言わんばかりのため息をつく師匠。
「なら仕方ないな。勝つ方法を教えてやるよ」
そういうと右手の拳を天へと突きあげた。そして無詠唱でガントレッドを召喚する。ひじ関節まである鉄の防具であり拳を覆い破壊力を強化する攻防一体の武器だ。
「自分より強い奴を倒そうと思ったら限界を超えなきゃいけねぇ。それはとんでもなく危険なことだ。もしかしたら使ってる最中に死ぬかもしれない。使いどころはよく考えろよ」
彼が足に力を入れると地面が抉れ、草の生い茂っていた大地から茶色がかった土が見えた。
「人間は実は普段の生活では疲れすぎたり体に負担をかけさせないようにように勝手にリミッターを作って自分の体を守ってる。なら自分の限界を超える方法は簡単だ。それを取っ払っちまえばいい」
彼の体からほんのり赤いオーラが現れる。そして彼が深呼吸してグッと息を止めると左人差しで地面に触れた。するともう彼がもたれかかっていた大木の根の先端までしっかり見えるほど大きく抉れた。
「す、すごい……」
幼き日の駆が絶句して師匠を見つめる。尊敬と驚愕の入り混じったそんな目でだった。
「どうだ? 使用法としてはギュッとやってピンとなってバコーンって感じだ。わかったか?」
「これまでその説明で理解できた人いるの?」
「ハハハッ。いねえな」
そう言うと彼はもう疲労感溢れる表情で地面へ大の字に寝転がる。
「これってなんて技名なの?」
「自分の限界を破壊していつも以上の力を出す技。名前なんかねえがあえて言うなら……」
「羅刹剣!!」
駆は深呼吸の後、息を止め自分の中にある力をしぼりだし立ち上がり剣を握った。さっきまでぼやけていた視界はしっかりピントが合った。これならいける、何の根拠もないが彼には不思議とそう思えた。
「よし見えた!! 全力で切伏せる!!」
「まだ、立てるのか!!」
彼は常人には可視できないような速度で彼女の背後へと回り込む。
「遅い!! もらった!!!」
彼女は矛で受け止めようとするが矛は横真っ二つに断ち切られ、振りなおすと鎧へと届いた。
「断ち切れ!! 羅刹剣一閃!!」
砕ける鎧、戦に負け跪く女。
「そんな、馬鹿なことが、帝国騎士団団員の私がこんな、ただの学生に鎧を砕かれるなど」
限界を超えた力を使ったことによるバックファイアを受けてよろけている駆に彼女が名前を問う。
「お前は何者だ……一年でこんな実力者など聞いたことがない……」
「僕は浪川駆だ……君をレジェンディア王立警察に引き渡す……」
ふらつきながらかすれた声で彼女に言う。
「浪川駆……私はロンドベル・アナスタシア。今日は私の負けにしておいてやる。次はこうはいかない、覚えておけ」
彼女が懐から笛を取り出し息を吹くと甲高い音が周りに響き渡る。そうして巨大な飛行物がこちらへと近づいてくる。なんとそれは機械でできた飛竜だった。
「あれは、鋼鉄機竜!! 人が鋼鉄機竜を操って飼いならしているだって……」
鋼鉄機竜は自然災害のように突如現れ物や人を破壊し去っていくものだった。それが人に操られてると知ったのだ。驚きのなかで彼は羅刹剣の反動でその場に倒れこんだ。