頼んだぞ、お主に任せた!!
駆は迷いながらもなんとか職員室にたどり着いた。白く塗装された木材でできた外からは見えない特殊なガラスの使われた扉を開ける。
「失礼します、一年一組の浪川駆です。先生から呼ばれて来ました」
生徒会長の早川蘭はすでに来ていた。中にはプラスチック製の机とパソコンやプリンターなど学校には必須な機器があった。駆が入学式に出れなかったことを説明し謝ろうとしたその時だった。駆の右手が後ろに思いっきり引っ張られたのだ。とっさの出来事に全く対応できなかった駆は職員室で盛大な尻もちをついてしまう。
「いてて、いったい何が」
駆が右側を見上げるとそこには背丈百四十センチほどの少女、いや幼女といっても差し支えないような女の子がいた。顔は童顔で目は大きく猫耳のカチューシャと尻尾を付けたツインテールの女の子。
それにしてもおかしい。本来学園に入学できるのは満十六歳以上の魔導書に選ばれた男女のみだ。しかし彼女はどう見ても十歳いくかいかないかくらいの身長の少女だ、そんな少女が学校にいるというおかしな風景に駆は自らの目を疑った。
「うむ、さすがに不意打ちでは私にかなわぬか、驚かせてすまなかったのう」
猫耳猫尻尾の幼女は古めかしい言葉でゆっくりと話した。
「あなたは一体何者ですか?」
「な、な、何をやってるんですか菊千代姉さん、いや菊千代学園長!!」
「姉さん?」
驚いたことに早川蘭のお姉さんらしい。妹の間違いではないのか?
「どういうことだかまったく意味が分かりません!!」
駆の今の気持ちを最も端的に表した一文だった。この意味不明な状況に説明を求める言葉。
「どういう意味とは、そのままの意味に決まっておろう。私はこの入学式の挨拶をすっぽかして我が学園の一年にかわいがりをしておった生徒会長の姉じゃ」
「いや!! おかしいじゃないですか!! どう見てもあなたのほうが年下でしょう!!」
「ああ、そのことか」
質問の意図を理解した菊千代は自らの過去を語り始めた。
「お主、機竜血晶は知っておるか?」
その単語を聞いた時駆は驚いた。そんなおとぎ話みたいなことがあってたまるかと。
「機竜血晶、飲めば不老不死になることができると言われている機竜のエネルギーの元となってるもの。しかし、何の根拠もありませんし何一つ検証されていません。実験の成果も芳しくなかったと聞いています。実用化などほど遠いはず」
「そうだ、それで研究の成果が上がらない研究機関がお父様をここの学園長にすることを条件に姉様を実験台に差し出すように要求してきた。そしてお父様はそれを快諾し姉様を研究機関に差し出した。そしてその唯一の成功体がお姉さんだ」
なんという邪悪だろうか。実の親が娘を何の保証もない実験に何の躊躇もなく送り出す。自らの権力のために。その話を聞いたとき駆は怒りと彼女の父親の狂気に震えた。
「まあ、よいのじゃ。早死にした父の後を継いで学園長になって機竜血晶のおかげで一生続けられるんじゃからな」
まるで駆の感情を察したのか菊千代語ったのだった。そして彼女は話題を変える。
「それにしても先ほどの戦いぶり、最後のほうしか見ておらぬが素晴らしかったぞ。早川三姉妹の中で最弱とはいえ学園で五本の指に入る我が妹を倒したのだからのじゃな」
「あ、ありがとうございます」
駆は先ほど感じたいらだちはいったん忘れ学園長の賞賛を素直に喜んだ。
「しかし、入学式に来ないのはよくないな。せっかく私からのありがたいお言葉が聞けたのにもったいないのじゃ」
「すみませんでした!!」
駆は学園長への謝罪の意を表すべく頭を九十度下げて最敬礼を行う。
「まあ、謝らんでもよい。あとから聞いた話じゃがどう考えても悪いのは妹の方じゃからの。勝手に不審者と決めつけて襲い掛かりおって」
「本当にすみません学園長!!」
学園長は一つため息をついた後に再び駆に話してきた。
「妹に勝った能力を見込んで頼みがあるのじゃ。私達は三姉妹なのじゃが末妹がなかなか変わった奴でのう、彼女の面倒を見てもらいたいのじゃ。まあ、暇な時間に遊んでやるくらいでいいんじゃが」
「それは、別にいいですけどどうして僕なんですか?」
駆は気になった。初対面の男に妹を預けるなんて正気の沙汰ではないと思ったからだ。
「いやあ、それが、少し性格に難があってのう。少なくとも悪人じゃなく、実力のあるお主と関わることで何か変わらないかと思ったのじゃ」
悪妹を更生させようということなのか。大体理解した駆は妹の居場所を聞き出す。
「妹さんはそこにいらっしゃるのですか?」
とりあえず会ってみることにした。話さないとどんな子なのかわからない。
「寮にあるお主の部屋じゃ」
「は!!? え? え? どういうことですか?」
「いや、お主と共に衣食住を送ってもらおうかと!!」
「いやいやいや!! まずいでしょう!! 女の子でしょ!!」
「とにかく頼んだぞ、お主に任せた!!」
そういうと学園長はそそくさとどこかに逃げるように去ってしまう。半ば押し付けられた駆は生徒会長に案内を頼み寮へ向かった。