僕のこと覚えてる?
五分ほど歩くと教室の前についた。
「すまん!! 今日は迷惑をかけてしまった」
彼女は何度も何度も平謝りしてきた。駆はなんだか申し訳ない気持ちになってしまったのかもう気にしてませんと何度も何度も言った。
「私はこの学校の生徒会長の早川蘭だ。この学校は三年生は実地訓練に行ってしまうからな。二年生の私が生徒会長をやっている」
実地訓練とは王国軍に入隊し一日十六時間の厳しい訓練を毎日受け、竜に町が襲われればそれを討伐しに行くというものだった。駆はそのような訓練に耐えられるのかというのが正直なところ不安だった。
それに、彼には一つ大きなコンプレックスがあった。それは魔法が一切使えないということだ。軍のミッションの中には魔法必須なものもあるだろう。そのような任務が来た時にどうするのか。
「僕は浪川駆です。よろしくお願いします」
さまざまなことを考えながら生徒会長に自己紹介を返し、別れを告げると教室に入った。
教室では入学式を終えて帰ってきた生徒が猫をかぶって居るのかわからないが静かに着席していた。生徒数は三十名前後で男女はほぼ半々に分かれていた。どうやら出席番号順に並んでいるようで駆は三列目の最後尾の椅子に腰かけて机に伏せた。
学校に来て早々不審者と間違えられいきなり襲われて彼は疲弊していた。武器を召喚するというのは思った以上に体力を消耗する。戦い方も物理一辺倒の彼はなおさらだった。十分程の時間が経ち先生が来たが駆は全く気が付かなかった。というより、音量は小さいながらイビキを立てて爆睡していた。
「……君………きて」
誰かが駆を起こそうと呼びかけるが駆は全く気が付かない。その時だった、駆の耳に誰かの息がかかり驚いて椅子から落ちそうな勢いで飛び起きた。
昔から、駆は耳に少しでも違和感があると寝れない人だった。駆を起こそうとした人が意図的にやったのか、それともたまたまなのか。後者だとしたら駆をすでに知っている人物だろう。駆が目を開けると目の前には赤いボンボンを乗っけた洗濯板があった。
「あ、洗濯板」
駆がボソッとつぶやくと強烈なデコピンが駆を襲う。そしてヒット!! 咄嗟の出来事で空蝉で回避するのもままならなかった。
「僕のことを海抜ゼロメートル地帯に建設された万里の長城だなんて、失礼な話だよ全く。君は昔からデリカシーないんだから」
そんなこと言ってないと反論しようとしたがすでに聞いてない様子だった。デコピンを当ててきたのは駆の前の席の女生徒だった。どこかで見たことがあるような真紅の髪と昔からという言葉に引っかかる駆。
しかし、今はオリエンテーションの最中だった。私語は厳罰と校則に掲げているこの学園では二度注意されると退場しなければならない。とりあえずはそのモヤモヤは頭の隅に置いておきオリエンテーションに集中することにした。
オリエンテーションでは自己紹介や校則のこと、時間割の配布等が行われ五十分程度で終了した。そうして今日の授業は終わり、放課後となったのだが、駆は生徒会長と一緒に今朝の入学式の件で学園長に呼び出されてしまった。しかし、行く前に自分の前に座っている駆を起こしてくれた女生徒に謝罪と感謝の言葉を言うことにした。
「さっきは、ごめん。寝ぼけてて心にもないことを言っちゃったよ。あと、起こしてくれてありがとう。感謝してる」
最初、怒りで殺気が立っていた彼女だったが駆が謝罪すると表情が一転して駆に振り向きにっこり笑って、別に気にしてないよと言ってきた。駆には彼女の顔に既視感があった。細くて鋭い眼、真紅の髪にちょっと濃い目の色の唇。
それは紛れもなく自分の幼馴染の中谷優だった。彼女は自分が幼稚園から初等科教育を受けていたころの友達で男勝りな一面がありいつも男友達と外で走り回って遊んでいた。特に駆は家が隣だったこともあり、彼女と日が沈むまで遊んでいた。しかし、駆は父親の転勤もあって住所を変えることになってしまった。彼女には何も言うことはできずに行ってしまうことになったのだ。
「駆君、僕のこと覚えてる?」
駆が勝手に喜びと思い出にふけっていると優が話しかけてきた。
「もちろんだよ。久しぶり!!」
二人はハイタッチをした後ににっこり笑いあう。そして、優が駆に抱き着いてきた。
「十年ぶりだね、突然いなくなっちゃうんだもん。寂しかった……」
「ごめん」
駆はひたすら謝罪することしかできなかった。悲しませるのは嫌だと言って、彼女に何も言えずに引っ越しの日が来てしまった。それは彼の責任だった。
「ヒューヒュー」
一人の男子生徒が二人を茶化した。それに気づいた駆と優は顔を真っ赤にしてすぐに離れて互いに背を向けあう。駆は喜びのあまり周りのことを完全に失念していた。周りの生徒たちは物陰に隠れてにやけながら駆たちを見ていた。
そののち、優からメモの書かれた紙を手渡された。そこには午後八時に寮のレストランで待ってるね、と殴り書きで書かれていた。彼はそのメモを大事に持って先生に教えてもらった学園長室へと歩き始めた。