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剣聖の竜殺し(ドラグスレイヤー)  作者: 貝になった先輩
ロンドベル・アナスタシア編
10/11

俺は師匠じゃなくてシショーだ

 ボロい木、それも半分腐ったような状態の建物にシショーは彼女を連れ込んだ。


「まずは休養を取ってもらいます、疲れてちゃ何もできないでしょう」


ある意味当り前な提案だった。彼女は満身創痍で入門試験を受けようとしていたのだ。自分が負けたことは覚えていたのに、駆にボロボロにやられたことを完全に失念していた。そんな状態でも弟のために強さを追い求める、そんな彼女だからこそシショーはチャンスを与えたのかもしれない。


 宿屋で手続きを済ませると部屋に案内された。四畳半の部屋に無造作にパイプベッドが二つ置かれている部屋だった。


「私は城で眠れるからいいのだが……」


それを聞いたシショーが食い気味に否定する。


「いや、あなたの話が本当ならしばらく城には戻らないほうがいいでしょう。もし皇帝陛下に失敗の話をしたらあなたと弟の首がリアルで飛びますから」


彼女は弟の命が第一だ。それを彼は知っていた。


「もし、皇帝に死んだと思われたら結局同じじゃないのか?」


「まあ、そこら辺は僕がなんとかしますよ。これでも顔が効くほうなんで」


本来なら信じない話も彼が言うと説得力が出てきてしまう。見てもいないはずの戦いの話がわかる彼ならあるいは……そんな風に考えてしまう。本来ありえないことをやっているからこそ謎の説得力が出てきてしまうものだ。


「とりあえず、今日は休みましょう。入門試験は明日やりますので」


彼は電気を消してベッドに潜り込むと三十秒ほどでイビキをかいて爆睡した。


「寝つきのいい男だ」


彼女もそう言ってベットの中で眠る。年頃の女の子なので男の近くで寝るのを嫌がりそうなモノだがそういう気持ちはないらしい。信用しているのか、そういったことに無頓着なのか。とにかく、彼女も隣のベッドで眠りについた。


 翌朝、アナスタシアは鶏と雀の鳴き声で目覚めた。傷は睡眠時に体内の魔力が修復してくれる。ちなみに、出血などで失った血は戻らない。


 ボサボサに寝癖の付いた髪を水をかけてくしを滑らせて整え、顔を洗い、歯を磨いた。寝ているシショーも気にせず寝間着から服を着替えた。


「よし、今日も頑張るぞ!!」


オッスと気合いを入れると、ちょうどシショーが目を開けて起き上がった。


「おお、気合入ってますね。気合いは何よりも大事な武器ですから」


彼が彼女の恰好を見て褒めるが彼女は見られて恥ずかしかったのか彼から目をそらした。


「さあ、入門試験の説明をしましょう。なぁに、難しい課題は出しませんよ」


難しい課題は出さない、彼女にはその言葉が信用できなかった。矛を手刀で割る人間にとっては、どんな課題も簡単に感じるだろう。全くあてにならない難易度評定だ。


「あなたが学園へと出かけた日に、帝国のスラム街で通り魔事件がありましてね。それを解決してほしいのです。犯人が魔導書適合者な上、国内の世論もスラム街などほっておけという意見が多くて、騎士団も動かないんですよ」


「ならば、私が騎士団を率いて向かえば……あっ」


ここまで言って城に帰れないことに気が付くアナスタシアだった。


「話聞いてたか?」


相当あきれたのか珍しくシショーがアナスタシアにタメ口で話す。


「おっと、これは失礼しました。昔よく話してた坊主のせいで口癖なもので、ついタメ口が」


「いや、気にしていない。それより犯人の居場所に目星はついているのか?」


「ええ、もちろんですとも。私に任せておいてください」


彼は胸をたたくと彼女の手を引きスラム街へと案内する。


 スラム街は城下町から少し北に行ったところにある。不衛生なバラックが密集しており昼間でも薄暗い。道端には生ごみが袋にも入れられずに捨てられており異臭をまき散らす。そんな匂いが入る前からアナスタシアの鼻を衝いた。


「うえ……なんだこの匂いは……」


腐った卵なのか野菜なのか肉なのかわからない臭いが彼女を襲う。自分の練習後のシャツくらいしか臭いものを嗅いだことがない彼女にとってそれは嗅覚を破壊する凶器のようなものだ。


「そんなに気になりますか?」


「お前はこの臭いを嗅いでなにも思わないのか!!」


「いえ、特には。まあ、ここに三か月くらいは居たので鼻が慣れてるのかもしれませんね」


スラム街にも行っているらしい。あながち世界を股にかける、というのは間違いでないかもしれない。普通の城下町に住んでいる国民は金を払われたってこんなところに来たがらない。アナスタシアは入門試験と言われてついてきたがスラムに入ること自体は乗り気ではなかった。


「おう、師匠じゃねえか!!」


スラム街の奥から白いタンクトップシャツを着た中年の髭を生やした男がこちらへと走ってきた。


「おお!! ダイクじゃないか。数か月ぶりだな。でも、俺は師匠じゃなくてシショーだ」


アナスタシアにはどちらも同じようにしか思えなかったが、何かこだわりがあるらしい。


「そんなことはどうだっていいだろ! それより、前から頼まれてた通り魔の犯人の居所がわかったぜ。続きは俺の家で話そう。犯人が聞いてるかもしれねぇからな」


ダイクという男に案内され二人は少し広めのバラックに案内された。

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