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想(1)ウイルスの惑星

作者:追いかけ人
1-(1)

 四方想は、なだらかな山の中腹に暮らしていた。年歳は55歳で世間では社会の中軸となっていてもおかしくない年ころである。想がこのような生活をおくるようになった理由は、10年と少し前に精神疾患と診断されたためであった。病名はアルコール依存症(AL症)であった。 AL症自体はさほど重篤な病ではない。問題になるのは、飲酒が止められずに合併症を引き起こすことである。お医者さん曰く「AL症で死んだ人はいない。皆、合併症が直接の死亡原因となっている」ということだった。これは、飲酒を続けると合併症をおこして死んでしまうぞと暗に脅されているようにも感じた。AL症の合併症は多岐にわたる。心臓疾患、脳萎縮、精神疾患、有名どころは内臓疾患である肝臓関連である。よくて、肝硬変、運が悪ければ肝臓がんとなる。最もなりたくないのが膵臓関連の病である。急性膵炎、慢性膵炎、膵臓がんであり、想は急性膵炎を2度患ったことがある。これが、とにかく痛い。噂には聞いていたが、実感すると「意識を刈ってくれ」といいたくなるほど痛く、睡眠は5分以上連続してとることができない。痛くて目を覚ますのである。そして、膵臓関連の病は死に直結している。膵臓の病の特徴は自分の身体が分泌する消化液によって自分の膵臓を消化(溶か)していくことである。その当時、これを抑える特効薬はなく、自分の免疫力と運に頼るしかなかった。やがて、運よく回復して退院するのだが、想は自分がAL症であることを知らなかった。おそらく、これが災いしたのだろうと思うが、想の飲酒量はどんどん増えていった。そして、自分の精神状態がおかしいことことに気付いた。最初は、幻聴から始まり、不安症やわけのわからない恐怖が襲う就寝前と寝ることすら叶わなくなっていた。そのため、想は当時の仕事を辞めて生家へと帰ってきた。それが、12年くらい前のことである。2年くらい精神状態も落ち着いていたが、飲酒量は増える一方であった。そして、ついに病名の宣告&入院となったのであった。

 想は、退院後断酒を始めた。1回失敗スリップして再入院したが、その後は一滴の酒も飲んでいない。脅迫的な飲酒欲求が湧かなかったのである。辛かったのは最初の3年くらいであった。お酒が飲めなくて辛いのではなく、生きていたくないと消極的な自殺願望が起こったり、3日くらい眠ることができなかったりしたこともあった。眠剤は十分過ぎるくらいに服用しているのだが、眠れない。医者に相談しても「脳の興奮をまだ薬が抑えきれないのでしょう」と、いずれは眠れるようになると言うだけである。このころから、想はネットで精神疾患について調べ始めた。その分野は専門外だったため、理解を進めることに苦労したが、やがて概略くらいは理解したと思うようになった。結論として得たことは、自分の病名や症状がわかっても、薬の効能や副作用がわかってもほとんど役に立たないということだった。「どうしようか?」と思った想は半ば諦めの心境となり好きなことをして余生を過ごすことにしたのである。その結果が、想の山籠もりである。想は性格的に白黒つかないものが大嫌いである一方、大好きでもある。その境目がどこにあるのか本人にもわからないが、傍から見れば難しい性格と映るときも多いらしい。その想は、医者に頼ることを止め、薬も減らし自分で自分を自己診断することにした。医者も「飲酒欲求のないAL症は珍しい」と言っていたし、想の結論もAL症は2次障害で根本の原因は他にあると思うことにした。思い返すと若いころからギャンブルにのめり込んで多額の借金を背負ったりといくつかの依存傾向は多々あったように感じる。ネットで調べてみると、もっとも自分に近い病名はアスペルガー症候群であった。ネットで診断するとスコアは60点を軽く超えていた。しかし、典型的なアスペルガー症候群ではないらしい。それでも想は自分はアスペルガー症候群もどきであると思うことにした。それが事実か否かはほとんど意味を持たず、白黒つけた自分の心の安寧さの方が重要であった。確かに、人とのコミュニケーションは自覚するほど上手くなく、矯正しようとしても無駄であった。山籠もりの理由はここにもあった。

 とはいえ、何人か接触を持つ人はいた。一人は、本家の嫁で想と同級生だった千代である。千代は3人の子供をなした後、夫に急逝されている。義理の父親である宗太郎はまだ達者で本家を切り盛りしている。宗太郎が千代にいうには「想も何かと不便だろうから何日かに1回くらいは必要なものを届けてやれ」。そういわれても(何が必要かしら?野菜は自分で作っているし、鶏も飼っているし。想に聞いてみるのがよさそうね)と考える千代であった。未亡人が一人暮らしの男の元へ足しげく通うのは何かと問題がありそうだったが、集落一番の家の統領のお墨付きであり、想の暮らす家の傍には集落の畑がいくつもあったから何も問題とならなかった。
 想の暮らす住まい近くの畑までは、軽トラ程度なら通ることができた。道路の終着地点から想の住まいまでは100mほどである。しかし、冬になり雪が積もると道路は閉鎖され集落からおよそ2kmは徒歩となる。これには千代も困ってしまい、本家の跡取りである長男の健太郎にスノーモービルを買い与え送迎をさせることにした。健太郎は、宗太郎が街に持つ小さないくつかの会社の役員をしていて、常時忙しいというわけではなかったのである。
 想は、生家を従妹の子供を養子にとり後を継がせている。名を徹夜といい、今年東京の大学を卒業して地元に就職していた。後見人が本家の統領だから就職に困ることはなかっただろう。宗太郎にとって何かと騒動の種を持ってくる想が山に籠り、想の養子を手元に置く方が都合がよかったから想が養子をとることに喜びさえしていたのである。千代を想の元に通わせているのも騒動の種を早めに摘み取るための情報集めであった。千代ならば同級生だったのだから想の口も少しは滑らかになるだろうと思っていた。
 ところが、宗太郎の思惑は外れていた。想は幼いころより筋の通らないことが許せず、いじめなどには断固として立ち向かう質を持っていた。このことから多くの女子から好感を持たれていた。但し、それは残念ながら異性としての好感ではなかったのである。もちろん千代もその一人であった。千代が思うには(頼りにはなるけど男してはね~?)というところであった。しかし、千代は本家の嫁としてよりも想の味方でいたいと思っていたのである。

 ところで想には同居人がいた。名を月夜つくよという。この子は捨て子で何故か想の生家の玄関に捨てられていた。そこには手紙が添えられており、名を月夜として欲しいということと、まだ生後3か月であることが記されていた。想は、この子の父親でないことは自信を持って言えた。また、捨て子の母親には数えきれないほどの覚えもあった。想は病となる前は首都圏で働いており、その時『夜の帝王』という有り難くない異名をもらっていた。いわゆる典型的な遊び人だと言われているのである。と同時に水商売の女性からは人気があった。『困ったときの想ちゃん頼み』といわれ、多くの女性の困窮を見返り無しに援助したことが多々あったのである。母親はその中の一人だと思われた。しかし何故、月夜と名付けたのかわからないが、この名前からだけでは母親を特定することはできなかった。そう、月夜が初めて想の家にやってきたのは病となって首都圏から生家に戻ってから半年後くらいだったから、いまから12、3年前となるだろうか。
 想は子供を持ったことがない。よってやはり頼み処は本家となる。宗太郎は警察に預けろとは言わなかった。警察に届けはしたが、ゆくゆくは想の養子にしたいと申し出たのである。警察も母親が名乗り出なかったら問題はないだろうということで処理をしたらしい。宗太郎の思惑は、将来この子に本家筋から婿をとらせようと思っていたのである。ところが、月夜はいくつになっても宗太郎に懐かなかった。そのため、想が山に籠りたいようなことを言い出したときに、今の養子である徹夜が決まったという次第であった。もちろん月夜も一緒に山に籠ることになる。
 しかし、月夜が8歳ころになると、さすがに小学校に通わせないといけないということになり、月夜は本家に住まうことになる。しかし、やはりというか宗太郎とは折りが合わなく千代と一緒のときが多かったようである。徹夜は高校2年生であったが、血のつながらない男女を同じ屋根の下で住まわせるのはいかがなものかといわれたため想の生家に一人で住んでいる。とはいえ、徹夜も食事は本家でとっていた。

 ということで、現在月夜は13歳、徹夜は22歳である。ついでだが、想は55歳である。

1-(2)

 ある日、日本のある大財閥の総本家に訪問客があった。
「総帥に会いたいのですが。アポはとれているはずだと思いますが」
「はい、承っております」
 こうして、訪問客である中年と思しき男は30畳はあろうかという座敷に通された。
 この財閥の発祥時期は不明である。書き物として残っている記録は江戸時代には材木問屋など手広く商いをしていたということだけである。一説によると6、7世紀ころに蝦夷の金山と関りがあったとか平泉の藤原氏を援助したとか言われるが定かな根拠は残っていない。それよりも驚くべきことは、この総帥のポケットマネーは日本の1年の国家予算に匹敵するらしいことである。
「よもや、わたしの代に接触があるとは思いもしませんでした」
 威厳と風格を備えた50歳代前半と思われる総帥はそう言った。
「わたしのことを知っているのは?」
「わたしと今は寝たきりの父だけです。まだ次の代にも伝えておりません」
「一子相伝を守っておられるようですね」
「先祖も苦労したようです。急逝した当主の隠し財産を巡って骨肉の争いがあったとか。しかし、わたしもそうですが、当代の当主は上手く次代に伝わる方法を考えていたようです」
「まあ、そのことを伝えられた方も信じがたいでしょうがね。ところで、わたしどもも世代交代を考えておりまして」
「そうですか。詳しいことはわかりませんが、わたしどもは何をすればよいのですかな?」
「少々広い敷地と、学校風に見える建物を用意して欲しいのです」
「では、早速準備させましょう」
「いえ、候補地はあるのです。まあ、これから交渉するのですが」
「では、その結果を待つとしましょうか」
 こうして、男と総帥の面談は終わった。

「想ちゃんに会いたいって人が来ているんだけど」と千代が戸を開けるなりに言った。
「どんな人?」
「よくわからないけど、月夜が妙に懐いちゃってもうそこまで来ているのよ」
「月夜が懐くなんて珍しいな。会ってみるか」
「月夜~、いいってよ」と千代が叫んだ。
 すると、中年の男が月夜と一緒にやってきた。
(会ったことはないはずだな?)と想は思った。
「初めましてでいいですか?」
「はい」
「どのようなご用件で。あまり煩わしいことは遠慮したいのですが」
「承知しております。ところで申し訳ないのですが、用件に入る前に千代さんには席を外してもらえないでしょうか?」
「あらっ、わたしならいいわよ」と言って千代は帰って行った。
「実は月夜さんのことで参りました」
(はて?月夜の縁談ということはないだろうし、もしや実の母親のことか?でもそれじゃあ千代を外す理由もないし。まあ、本人の話を聞くとするか)
「わたしが、地球外生命体だと言ったら信じてくれますか?」
「ん~、信じるも信じないもありませんね。この世界で起こりうる事象は何が起きても不思議ではないですし、起こり得ない事象が起きたときはその事象のことを知らなかっただけというのが、わたしの持論ですから」
「では、わたしがそうだということで話を進めても問題ないのですね?」
「ええ、どうぞ」
「まず、月夜さんのことの前にわたしたちのことを話す必要があります」

 そして、これからの話は月夜にとっては退屈で長かった。想は面白がって聞いていたが。

1-(3)

 想の前に現れた男の名前はオリオンという名前らしい。この男の出身は地球で天の川銀河と呼んでいる太陽系が属する銀河系の中心近くのようである。銀河系の中心にはバルジと呼ばれる質量の密集体が存在している。彼はその外側近傍の恒星系の1つからやってきたという。そして、その恒星系は銀河連邦に所属しているというのである。
 銀河連邦は現在531の国家から構成されていて、国家の条件は1つの惑星以上で構成される政体を持つことらしい。
 この銀河連邦の歴史はそう古くない。かれこれ20万年になるかどうかというところらしい。これを地球から見れば、古くとも新しくとも見ることができる。有史文明として見れば地球の現在の人類の文明より相当に古いが、地球でもそのころには現在の人類の祖先と思しき存在が現れているとされている。
 銀河連邦が結成された経緯があるらしい。それは、
現在の銀河連邦の持つ技術より古き時代の文明の技術の方が高度である。つまり、現在の銀河連邦を構成する国々は衰退していっていると思われているのである。古き高度な文明を持つ国家群のときは、銀河連邦の必要性はあまり感じなかったのだろうが、現在は銀河連邦を結成してこの衰退を防ごうということらしい。
 現在、着目し調査を進めているのが、古き時代からの各国家群の存亡の期間についてである。というのは、現在の加盟国531の中で最も古い国家の有史年齢は7万年であり、これを地球の人類から見れば永いと思えるが、銀河連邦から見れば、短かすぎるのである。実際に加盟国の7%は滅亡必至状態であり、23%は衰退加速状態とみなされている。さらに多くの国が衰退傾向状態にあるとされている。ところが、滅亡あるいは衰退の理由はある程度わかっているのだが、手の打ちようがないのである。それぞれ理由は異なり、『進化の歯車が狂ったのだ』とか、『得たものより失ったものの方が多かったのだ』とか言われている。
 では、古の文明はどうだったのかと言われると、よくわからないというのが本音であるが、今よりは相当に長期の文明だったと推測されている。現在の加盟国家群の最大の技術開発は考古学に頼っている。古代の文明を発掘し、技術を解読し進歩発展に繋げているのである。この考古学によってわかっているのは、最低でも100万年前には恒星間の行き来があったことや20万年以上存続した文明の存在などである。

 この考古学によって古代文明の時代が区分されているらしい。最古は、500万年以上前であるが最初がいつかは特定されていない。この500万年以上前の時代を未解時代と呼んでいる。現在その時代に区分される遺跡は3つ存在するが、技術の糸口さえ解読されていないのである。200万年~500万年前の時代を超古代時代と呼ぶが、正確な文明の過去年齢を特定することは難しい。ほとんどが、人工構造物であり、さらには新しい時代の文明が混在していることもあるのだ。それでも超古代時代の技術はいくつか解読され実用化されているものがある。代表的な技術が2つ存在する。1つは現在最速の宇宙航法である波動航法である。詳細は後述するが、この航法には航路レールが必要になる。どこにでも行けるわけではなのである。1つは非物質の発見である。この銀河で非物質を産出する恒星系の存在座標が4つ解読されたが、どれも完全な地図とならず夢見る多くの冒険家が行方不明となった経緯がある。現在では、この恒星系への往復の安全性は97%と言われている。つまり、3%は事故に会う可能性があるわけだ。100万年~200万年前の時代を古代時代と呼ぶ。このころの時代になるとずっと解読が楽になり、現在実用化されている高度な技術はこの時代のものが多い。50万年~100万年前の時代を近古代時代と呼ぶ。この時代になると解読せずとも理解できる記録が数多く現れ始める。20万年~50万年前の時代を近代と呼び、ほとんどが馴染みの深い技術となる。そして、20万年前~現在までを連邦時代と呼ぶ。

1-(4)

 オリオンの説明が続いた。それは銀河連邦についてのことだった。銀河連邦の中核は評議会、執行部、査問会の3つによって構成されているようだ。
 評議会は、各国の代表からなり、重要な議題を決議するようだ。ところが、決議した事項についての執行命令権を持っていないそうである。決議した事項の執行メリットは賛成国の支援が受けられるということだけである。さらに法を制定する権限も持っていない。連邦の運営を多数決や大国主導で行われることを抑止するためらしい。
 これに対し、執行部は評議会の決済を受けずに執行権を行使できる。しかし、支援国がなければ自前の組織だけで執行することになる。
 査問会が実際に機能したことはないらしい。権限としては、評議会への査問権や執行部の役員の罷免権を持っているそうだ。噂では、連邦に対して脅威となる存在が現れたときのみ動くらしい。超越法として、唯一容疑者の拘束権を持っている機関でもあるようだ(通常、最高の刑罰はその社会からの追放である)。
 銀河連邦の法は、この3つの組織全ての認可を受けて制定や改定が行われる。しかし、連邦の法は極めて簡素で、危険物の国外持ち出し禁止や遺跡発掘の連邦データベースへの登録の義務、他国の侵略の禁止などである。しかも、罰則は連邦からの除名という極めて緩く見えるものだけである。
 ところが、加盟国はこの除名が最も困るらしい。文明は滅びるという前提があるため、末期に近い文明は連邦からの無償の援助が有り難い。その代わり加盟国は遺跡発掘の情報の提供を義務づけられている。これによって連邦は常に最新の技術を得ることができるのだ。そもそも多種族から構成される連邦に経済という概念はない。それぞれの種族によって価値観が違い過ぎるためである。よって、連邦が加盟国から得るものは遺跡の技術だけとなっている。

 連邦の執行部は、幹部会を頂点として地域管理部と技術管理部を組織として持つらしい。地域管理部はバルジ近傍担当部署と4つの大渦状腕担当部署、2つの小弧担当部署から構成されるらしい。オリオンは小弧担当部署の1つの所属らしい。
 この銀河系は、棒渦巻銀河に分類され、大きな4本の渦状腕と2つの小さな弧で構成されている(渦状腕または弧は、主として恒星などの集合体が腕のように中心から渦状に伸びているものである)。尚、バルジ内部に棒状構造が存在するようだが、連邦はバルジ内部に行く術を持っていない。
 大きな4つの渦状腕は、ペルセウス腕・カリーナ腕・クラックス腕・シグナス腕と呼ばれている。小さな2つの弧は、オリオン腕・アウター腕と呼ばれている。そして、地球の存在する太陽系はオリオン腕に属し、ペルセウス腕とカリーナ腕に挟まれた形で位置している。
 オリオンという名はこのオリオン腕を意識して名乗っているものと思われる。そもそも彼らの情報伝達手段が地球の人類と同じとは限らず、名前に相当するものを持っていたとしてそれを伝えても想たちに混乱を与えるだけだと判断したのであろう。
 オリオンはこのオリオン腕の管理官だそうである。つまり、オリオン腕の総責任者である。想はここで口を挟むべきか悩んだが、つい口に出てしまった。
「何故、そんな立場の人が地球に?ましてやわたしたちのところに?」
「なにせ人手不足なものでね」と言われて想は少し誤魔化されたような気がしたが不快ではなかった。

 バルジ近傍から地球までの航路を説明された。現在、連邦最速の移動方法は波動航法である。そして、これには前もって航路レールが用意されていなければならない。この航路は大きな4つの渦状腕にだけ設置されているようで、オリオンはペルセウス腕の航路を利用したようである。この航路を利用すると距離にほとんど影響されずに一瞬で移動できるようである。
 その原理は、2つの技術の組み合わせによって実現されている。1つは、位相波動である。航路は波動の波形の山と山が連動してタイムラグなしで波動が移動できる仕組みとなっている。現在の地球の科学でもここまでは理解が進んでいる。しかし、その位相波動に情報を乗せられないというのが一般的な限界となっている。連邦では、そこにもう1つの技術を組み入れている。それは、空間圧縮技術である。物質に圧力をかけることなく、移動させたい物質を内包する空間を圧縮するのである。すると、その内包された物質は波動化するのではないかと考えられている。考えられているというのは過去の技術の産物のため、詳細なことまで検証できていないからである。そして、この圧縮した波動を航路と同化させ到達地点を設定すると、そこで空間圧縮が解けるという仕組みである。
 この空間圧縮を含む宇宙の根源理論である『脈最小論』はその時がきたら説明してくれるらしい。まだ解読の途中らしいが、少しの説明をくれた。実は実際に空間を圧縮しているのではなく、物質の位置座標を逆変換して物質の位置を宇宙の原始の状態に戻しているのではないかということである(無座標変換と呼ぶらしい)。宇宙の原始には物質は存在せず、物質化と座標決定(すなわち現在の空間構成)は同時に行われたと考えられている。
 ペルセウス腕からオリオン腕までは約4千光年の距離がある。この間の航法は空間跳躍航法を用いた。ワープ航法と似ているが、欠点は方向が厳密に設定できないことである。つまり、長距離跳躍を行うととんでもない方向に飛び出ることがある。よって、1回の跳躍はせいぜい10光年が限界である。跳躍をして天体観測により現在位置を確かめ跳躍することを繰り返して、地球までやってきたようである。尚、天体観測を使わず現在位置を自動的に得る施設の建設を現在検討中だそうである(GPSの宇宙版みたいなもの)。
 空間跳躍航法は、距離を推進への抵抗と考えた場合、この抵抗を回避または軽減する航法である。そして、この原理も『脈最小論』から導いたものであった。

1-(5)

 連邦内で永い間、不毛な議論が続いたようである。その不毛な議論の始まりは5万年前といわれる。当時の連邦のトップが「まるで喜ばしい話が舞い込んでこない」と嘆いたのを憂いて幹部たちが打開策を話し合おうということになったらしい。確かに幹部個々は、衰退国への援助や解決対策に取り組んでいたのだが、ここは一致団結しようではないかという話になったらしい。
「衰退の最大の問題は何だと思うかね?」と当時の執行部長が問うたらしい。しかし、それがわかれば誰もこれほど苦労していないのである。部分的なあるいは個別の問題は多々存在した。しかし、それをまとめて最大の問題と言われても困ってしまうのである。つまり、これといった共通項が見つからなかったのである。
「技術開発の進歩を遺跡の発掘に頼りきっているのが問題かと思われます」
「しかし、それが、連邦と加盟国の発展の源ではないのかね?」
「そうなんですよね~」
(そこで、納得するな~)と何人もの幹部が心の中で突っ込みを入れたらしい。
「いささか、疑問があって、滅亡した国家を調査しても文明の進化過程にこれといった悪手は見つからないのです」
「悪手とは何だね?」
「あ、すいません。いささかボードゲームを嗜んでおりまして、その用語みたいなものです」
「ゲームをやる暇はあるんだな」と皮肉を言われて、発言が藪蛇となってしまった。
「傾向として、滅亡への衰退は急激に起こっています。反乱や気力減退、病の蔓延と数えればきりがありませんが、それらは増加というより国家の大半が突然にという感じなのです。これを文明滅亡の末期状態あるいは衰退加速状態と呼んでいます。そして、原因を調べてもこれといった決定的なものはうかびあがってこないのです。例えば、病も細菌やウイルスを特定できておりません」
「まるで、境界跳躍エネルギーの振る舞いのようですな」と別な幹部がフォローぎみのことを言ったらしい。

境界跳躍エネルギーとは、地球の科学でいうエネルギー障壁と似ている。エネルギー障壁とは、量子力学におけるトンネル効果で、ある量子(例えば電子)が一定のエネルギー状態を超えると、壁をすりぬけるとされるものである。例えば、天井にボールを投げてぶつける時、1㎜でも届かなければ投げないことと同じであるとみなすことと似ている。つまり、天井にぶつかった時だけをエネルギー障壁を超えた状態とみなす。ところが、連邦でもこの天井に相当する事象がこの宇宙にいくつあって、どのくらいのエネルギーが必要なのかほとんどわかっていないのである。別な例として相転移がある。通常の相転移は個体⇔液体⇔気体と一定の温度によってエネルギー障壁を超えると連邦は考えている。つまり、温度を変える熱エネルギーが境界跳躍エネルギーを超えると相転移を起こすと考えられているのである。見方を変えると境界跳躍エネルギーを超えるか超えないかはデジタルで、超えない時の状態をアナログとみなすことができる。つまり、この宇宙はデジタルとアナログが混在した事象の総合体で、デジタルの部分がほとんど解明されていないと考えているのである。
ある時、「手の打ちようがありませんな」という幹部のつぶやきにトップの顔は酷く渋くなったそうである。

 オリオンが、オリオン腕の管理官になったのは、つい最近であった。そのころまで「手の打ちようがない」状態の議論はつづいていたそうである。オリオンは管理官になる前から(連邦内部も硬直化しているのではないか?)と思っていた。つまり、柔軟な発想ができず、まるで出来ないことだけを探しているように見えたのである。オリオンは幹部会でもっとも立場の低い幹部であったから、稀にしか幹部会で発言する機会がなかった。その稀な機会に、
「連邦の加盟国であるなしに関わらず新しい人材を探してはどうでしょうか?」と意見を述べた。すると、
「この銀河において連邦が最高の技術を有している。外部のものに何ができるというのだ?」と地位の高い幹部から(何もわかっていない)とでもいうように反論が出た。しかし、
「まあ待て。オリオンも新しく幹部になったばかりだ。何か仕事をさせてみようじゃないか」という現在の執行部長であるプレアデスの発言によって、オリオンは自分の管轄であるオリオン腕で人材を探すことになったのである。(さすが部長だ。有り難い)とオリオンは思ったそうである。

1-(6)

 新米管理官であるオリオンには連邦から搭載艇5機を格納した管理艦、いわゆる母艦が1隻だけ与えられる。母艦はオリオン一人、搭載艇にも部下が一人づつで全てが自動航行である。オリオンが人手不足だと言ったわけがこれである。他の管理官はというと違反にならない程度に支援国を見つけて部下と宇宙艦を増やしている。
 実は、オリオンも支援組織を得ている。技術管理部には、遺跡データベース管理局という巨大な組織が存在する。その片隅に独自技術管理局という零細組織が存在した。この組織は、遺跡からの技術ではなく、独自の研究を続ける稀有な者たちのための管理局である。連邦全体を見ても評価の高い独自技術が登録されるのは、1万年に1つくらいの割合であるため零細いた仕方なしというところであろうか。他に製造局という組織が存在し、遺跡からの技術を利用した各種製造を手掛けているが、スポンサー国からの依頼はそれほど多くなかった。
 この零細管理局にまだ誰にも評価されていなく、仮に評価されても実用化は遠い先だろうという技術が登録申請された。この技術者のそもそもの研究のきっかけは、古代人は長寿だったのでないかという真贋定まらない説からのものだった。
 その説によると古代人の寿命は1万年~3万年ほどであったとされる。現代人の寿命は様々な技術を駆使したとして300年である。ところが、何をせずとも最高寿命が3千年という種族が現在も存在する。その研究者はその種族に目をつけた。そして、長寿の遺伝子パターンを見つけたといって登録しようとしたのである。ところが、いかに零細な管理局といえどもそんな眉唾の情報を登録できない。研究者は残念がったが、研究は続けたらしい。すると、頻度は違いこそすれ、いくつかの種族で幼い子供に同じ遺伝子パターンが現れることがわかった。そして、その子供は何らかの異能力を持つことも分かってきた。しかし、年齢を重ねるとその遺伝子パターンも異能力も自然消滅するようなのである。研究者は、登録はしなくともいいからわたしを支援してくれないかと再度申し出てきた。
 その管理局の局長アレルは(面白い)と思った。上手くいけば古代人の情報が一つ得られるかもしれないのである。異能力についても魅力があった。確かに種族によっては異能力と思わる能力を有する存在はある。しかし、どの種族でも遺伝子パターンさえ持っていれば異能力の発現の可能性があるとすれば、これも大きな評価に繋がるだろう。しかし、局長の評価は高かったが、現実問題としては低ランク登録がせいぜいの技術と認定されたのである。

 アレルとオリオンとは古い馴染みであった。
「オリオン、頼みがある」と話を持ってきたのは、オリオンが管理官に就任して間もなくだった。
「お前は前の管理官から引き継いだオリオン腕の既知の種族とそこの協力者の情報を持っているだろう?」
「ああ、持っているが」
「それを活用してあることをやって欲しいのだ」
「あること?」
 アレルは長寿遺伝子パターンと異能力の説明をオリオンにした。
「オリオン腕に連邦の加盟国はないぞ。そんなところで、そんな種族を見つけてもここに連れてこられない可能性が高い。ん、待てよ。会議でお墨付きをもらえばいいか」
 そういう理由で、オリオンは会議で新しい人材の探索を口にしたのであった。お墨付きをもらえなかった時のことも考えていたが、思わぬ幸運で執行部長の許可が下りた。(まあ、あの幹部連中に囲まれていては部長の気持ちもわからないでもないがな)

「で、手筈だが?」とオリオンが切り出した。
「2つの装置を用意した。両方共に登録した遺伝子パターンを持つか否かを知らべる装置だ。1つは、その生命体に照射するだけでわかるが、精度は99.8%だ。もう一つは100%の精度を持つが、本人の細胞とかが必要になる」
「わかった。まずはわたしと5人の部下で探してみよう。運よく当たれば半年、当たりがいなければ5年は必要だろう。だが、当たりが出たときの手厚い支援は考えておくんだな」

 当たりとは、長寿遺伝子パターンを持つ存在のことであるが、オリオンはそれだけではなく、実能力も重要だと考えていた。

2-(1)

「当たりとは月夜のことか?」と想は問うた。
「はい、100%の反応が出ました。しかもわたしの感性に当たりだ!当たりだ!とびんびん響いてくるのです」
「その感性に頼るところはおおいに賛成ですが、それだけですか?」
「いえ、通常この遺伝子パターンが残っているのは、地球の人類ならば12歳ころまでなのですが、月夜は13歳です」
(すでに呼び捨てかよ。まあ、いいか)
「しかも、遺伝子パターンが消滅していく気配も見せていません」
「そこのところは、わたしにはそうですねとも違うとも言えませんが、確か不随する異能力があるはずですよね?月夜にもあると?」
「はい、その異能力は感情感知ですね。例えば、月夜の前で嘘をつくと必ずばれます。上辺だけの優しさも見抜かれます」
「だから本家の統領に懐かなかったのか。ところで、その感情感知の遺伝子パターンはわかっているのですか?」
「はいといいたいところですが、合致率98%です」
「何ですか?その合致率とは?」
「実は、普通に感情感知の出来る種族が存在するのです。その種族の持つ遺伝子パターンとの合致率です」
「なるほど。では、月夜に別の異能力がある可能性は?」
「高いといえるでしょうが、今はわかりません」
「喜んでいいのかな?月夜は幸せなのかな?」
「わたしなら大丈夫よ。お父さんがいるし、千代さんも」と健気にも月夜は気遣いを見せるのだった。

「ところで、月夜以外にも当たりはいるのですか?」
「月夜ほどではありませんが、この地球にその遺伝子パターンを持った子供が800人ほどおりました」
「う~ん、質問が2つになりました。まず1つ目をお尋ねします。この地球以外でも探されているということですか?」
「はい、わたしの部下が他の恒星系で探しております」
「そんなに広範囲で探しているのですか?」
「広範囲というのは、その通りなのですが、部下は5人だけです」
 これには、想も唖然とした。広範囲のイメージはほとんどつかないが、部下が5人だけというのはあまりにも少なすぎるのではないかと思ったのである。
「ははは、確かに部下は少ないですが、こうやって月夜という当たりを探しましたよ。何とかなるものですね」
 まるで、他人事のように話すオリオンに想は、二の句が継げなくなってしまった。そのため2つ目の質問はしばし後のこととなる。都合よく、

「あ、すいません。その部下の一人から連絡が入りました。ちょっと休憩ということでいいでしょうか?」
 月夜はもとより想にも否やはない。
 オリオンの部下の名前を列挙すると、ミケ・パッシー・ゴリ・マヤ・キュウとなる。連絡はミケからのものらしい。
「プロン恒星系の第3惑星である通称・子犬星で何十人かの当たりを見つけました」

 遺跡データベース管理局に一般データベース管理部という1つの部署がある。この部署のデータは一般人でも閲覧可能で、ここに重要性の少ない惑星の情報が存在した。プロン恒星系の情報もここで閲覧でき、それによると、

-プロン恒星系は、オリオン腕の座標(8924,123,824)に存在する1.02単位質量(UN)の恒星プロンを主星とし、第2恒星は存在しない(1UNは偶然にも地球の属する太陽の質量とほぼ同じである)。惑星は9個存在するが、第3惑星のみに生命体が存在する。惑星は1つの獣人種族により支配されている。掲載者(レドガーxxx)-

と、この程度の情報が記されている。レドガーはオリオンの前任者で現在はペルセウス腕の管理官となっている人物である。名前の後のxxxは個体IDである。また、データベースの情報の信頼性を確保するため、情報提供者の名前は必須である。そこに追認者や管理局の信頼度査定が加われば信頼性は増していくという仕組みである。
 レドガーからオリオンが引き継いだ資料の中には、これ以外の情報も存在した。秘密の情報というわけではなく、本部のデータベースに載せるまでもないと思ったからであった。この恒星系に興味を持った者はレドガーに連絡をとってくれば理由次第で情報は提供される。その資料には、

-第3惑星の生命体は、犬科と人科の遺伝子が混じっているものと思われる。通常は2足歩行であるが、移動速度は4足の方が速い。嗅覚などの5感が発達しており、第6感の発達も伺える。性質は温和で争いを好まない。知能度はやや低く、惑星に統一政体は存在せず、1万人程度の集団が最大である。種族特有の言語体系は持っていて、専用装置を使用すればコミュニケーションは可能と思われる。天敵となる生命体は存在せず、ウイルスが唯一の天敵となる。ウイルスの多種多様性はこの銀河でも群を抜いており、それに対抗するため後天性免疫の発達した唾液を分泌する。免疫システムの詳細は不明だが、調査の価値は十分あると考える。-

と記されていた。

 連邦の規則により、加盟国以外への積極的かつ必要以外の接触や介入は禁じられているため詳細な調査は行われていないようである。

「こちらオリオン。 パッシーいるか?」
「はい」
「当たりは見つかったか?」
「いえ、まったく」
「 パッシーは生物学が専攻だったな?プロン恒星系の ミケの応援に向かってくれないか?」
「了解です」

2-(2)

「2つ目の質問ですが、800人の子供たちはどうするのですか?そして、月夜は?」
「1つ案がありまして、この周辺に全寮制の学校を建てようと思っています。月夜はとりあえずそこで」
「うちの統領がうんと言うかな?」
「その辺は裏から手を回しますよ。ははは。ではそろそろ」
「お送りしましょう」
「いえ、それには及びません」とオリオンが言うと外に出た途端に空に吸い上げられて消えてしまった。
「宇宙艦が来てたんだろうね」
「うん」
「それはそうと、月夜も辛い思いをしてたんだな」
「う~ん。嫌なものは嫌だし、気楽なところにばかりいるようにしてたから」
「分かるような気もするな。あのオリオンといると随分気が楽だった。久しぶりに気楽に人と話せたよ。うん、人じゃないか」
「人だよ。多分わたしたちと同じ」
「そうだな」

 その2日後、この町の町長と会談を行っている人物がいた。その人物の名刺には『S物産 新創造事業部担当部長兼取締役』と記されていた。
「これは天下のS物産の取締役さんがどのようなご用件で?」
「実はこの町とその近郊に学校をいくつかとコンピュータ関連の工場をいくつか造りたいと思いまして」
「な、なんと」
「君、例の図面と計画書を町長にお見せしなさい」と同行している3人の部下の中の一人にそういった。
 出てきたのは、町を覆うように撮られた航空写真に候補地の範囲と番号、計画書にはその番号に対応する建設予定の施設とその内容や規模だった。それを見た町長は目を白黒させながら、
「従業員は、この町から雇ってもらえるのでしょうか?」
「もちろん。肝になる技術者や管理者はこちらで出しますが、他は皆現地の人と考えております」
「何人ほど雇用してもらえるのでしょうか?従業員に必要な資格や技術はあるのでしょうか?」
「資格も技術も必要ありません。当面、1千人ほどで年度ごとに増員する予定です」
「この町にそんな人数はいないのですが」
「近隣の市町村から募ればいいのではないですか」
「なるほど、ではそのように。次に学校はどのような?」
「小中高から大学までの一貫学校を考えております。大学の他には専門学校も将来的に造る予定です」
「大学では何を学ぶのでしょうか?」
「当面は、情報工学になりますが、基本的に自由カリキュラムになると思われます」
「というと?」
「名刺にある通り、新創造事業部なので若い人たちに自由に学問の幅を広げて、それを事業化できればいいと考えております」
「ところで、何故この町が対象になったのでしょうか?」
「それは、いろいろ検討した結果ということで納得してもらえないでしょうか」
 取締役も総本家の総帥の鶴の一声だったとはいえないし、町長もわけありと思いながらも深く追求しなかった。なにしろ町にとってはチビが裏山を掘ったら小判が出てきたような話だったのだから。

 取締役に同行してきた3人の中、一人はリーダーで計画の立案者であった。残り二人は渉外担当である。町長は、議会に話を通すように根回しをして、役場の主だった者に専門の部署を作るように指示をだした。今後、多くの時間をリーダーは町長と行動を共にし渉外担当は、専門部署に詰めて役場の人と行動を共にすることになる。そうこうするうちに四方本家に交渉に行く日がやってきた。あそこの統領は難しい人だからと町長自らが出向いたのだった。そもそも統領は町長の後援会の主要人物である。お互い知った間柄だから話はざっくばらんに進んだ。
「四方さんも話は聞いているだろう」
「ああ、聞いている。しかし、なんでまたこんな山奥に?」
「向こうの意向なんだよ」
「土地は先祖代々のものだからなあ」
「買い上げ額に色をつけてくれるそうだ」
「あそこには、分家の想が住んでいるからなあ」
「お父さんなら大丈夫だよ」とお茶を入れ替えにやってきた月夜が言った。
「うん、まさかこの件に想が絡んでいるとか?ないか」(なんとも勘だけはいい男である)
「では四方さん、前向きに検討ということでいいですな」
「まずは、土地の額からだな」
 こうして、四方家代々の土地は学校という名の『当たり人』たちの住処となるのであった。

 町のあちこちから重機の音が煩いほど聞こえてくる。施設と直接関係のない幹線道路の拡張や新規の道路も造られている。施設の周辺は公園の造成や植林地区に設定された。農地は統合化されて運営は、S物産が行い農家の人々は雇われ人となった。しかし、実態は農家の人に土地が割り振られ、決算のときに妥当な理由があれば赤字分をS物産が補填するという、収入保障型の個人農家と変わりはなかった。どうしても、先祖伝来の土地で農家をしたいという人には、計画に大きな影響を与えない限り認め、これにもS物産が収入を保証することになった。いいことづくめのようだが、計画は始まったばかりであるから、今後何が起こるかわからない。しかし、背後にはS物産の総帥がいるのだから滅多なことは起こらないだろう。例の取締役は数か月に1回町長を訪ねて視察を行っている。その時、
「S物産さんは、こんなに事業を拡大して採算はとれるんですか?」と町長が尋ねたことがある。
「はあ、採算度外視です。10兆円でも20兆円でも出しますよ」と取締役は言ってからしまったと思った。金の出処もそうであるが、何かよくない裏があるのではと勘ぐられるのではないかと思ったのである。ところが、町長は素知らぬ顔で「そうですか」と言っただけであった。町長は町長で天下のS物産であるという思い込みから(ここまで来たらS物産と一蓮托生だ)と思っていた。

2-(3)

 小中高から大学まで揃っている広大な学園が完成した。しかも、全ての学生は希望すれば寮に入ることができる(第一寮と呼ばれる)。とともに3つの分校も完成した。この分校の寮は第一寮とは別に作られていた。このうちの1つの分校で例の800人の子供と月夜は学ぶことになる。他の2つの分校にはアスペルガー症候群やサヴァン症候群とみなされる子供たちが暮らすことになる。知的には高度であるが、コミュニケーションが上手くできない特性を持っていたり、知的障害を持っているがある一定の分野で天才的な能力を発揮したりする子たちである。月夜たちの分校は第一分校と呼ばれ、通称『新創造分校』と呼ばれることになる。これは、S物産が、意図的に広めた作為的な通称となる。この分校の子供たちはほとんど授業を受けない。その理由として既成概念を植え付けずに独創的な思考の持ち主に育てる教育方針であると広めたのである。学校でも寮でも一般の世話人などと接することになる時、「あの子たちは授業を受けていない」と噂されるのを事前に防ぐためだったのである。ちなみにこの寮の寮母は千代がつとめることになった。さらに、零細組織の局長アレルが先生として組織から12人を送ってきた。オリオンが「それじゃ、局に人がほとんどいなくなるだろう」というと、アレルは「いいんだ。どうせ暇だから」と返したという。

 この分校の子供たちは、通常一日中自由時間である。拘束されるのは、簡単な銀河系の仕組みや銀河系には多種多様な種族が存在するという映像と説明を受ける授業のときだけである。そうそう、個人面談というものもある。先生側から見た子供の特性と子供自身が感じている特性をすり合わせるのである。基本的に特性を伸ばすというのが学校側の方針であるから、ここがいけないとか叱られることはない。先生らは普段、子供たちの行動観察と遺伝子パターンの解析を行っている。遺伝子パターンの解析の目的は、長寿遺伝子パターンの個人ごとの変化と特異能力の遺伝子パターンの特定である。しかし、これが非常にややこしい。時々、さらに山奥へと住居を移した想が顔をだして、この様子を見ながらいろいろ質問している。それに対して答えた基礎的な内容は次のとおりである。

1.アミノ酸の種類は、4種類のヌクレオチド塩基を3つ組み合わせたコドンによって決定される。コドンは4×4×4塩基=64通りのアミノ酸に対応するコード系を持つが、アミノ酸は20種類しか存在しない。残りの44通りのコードのいくつかは、遺伝子の終止マークとして使われ、アミノ酸が複数のコードに対応しているものもある。

2.遺伝子とは、プロモータにコドン(=アミノ酸)の1次元配列を加えたものである。プロモータは遺伝子の開始位置で細胞からの結合(発現)要求に応える。

3.地球の人類の場合、46本の染色体を持ち、それぞれが遺伝子を格納している。染色体は2重らせん構造を持つDNAとヒストンから構成され遺伝子はDNAに含まれている(2重になるから46本=23対となる)。(ヒストンは糸巻きのようなもので、DNAは糸のようなものです。そうやって糸を巻き取ると糸は絡み合ったりしませんね。ただ、ヒストンは糸同士が接触しないように巻いていきます。また、糸を通例として鎖と呼ぶようです)

4.DNAの2重らせんは対称的で必ず対となる遺伝子を持つ。対となる遺伝子は2種類以上の対立遺伝子のどれかである。複数の対立遺伝子の関係は、どちらかが優勢でどちらかが劣勢、または優劣無しとなる。優劣は肉体上に表現される形質いう意味で種としての優劣ではない。

5.細胞側と染色体側を考えると、たんぱく質の設計図が欲しいと要求するのは細胞側である。要求は基本転写因子(GTF)と呼ばれる物質で染色体に働きかけることで行われる。するとGTFと対応するプロモータが結合してプロモータの下流の遺伝子が発現し、細胞側に情報の転写を始める。(この時、GTFは対応するプロモータの位置情報を持っているのではないかと考えられている。遺伝子はそれぞれ遺伝子座という決まった染色体上の位置座標を持つためである。人の遺伝子は2万以上といわれているから結合の度に対応するプロモータを探してはいないはずである)

「なるほどね~。遺伝子の仕組みは以外と単純なんですね」
「いえいえ、簡単に説明しただけで、細胞内部の機構はものすごく複雑ですよ」
「でも、細胞側は遺伝子の読み取り(リード)しかしないんでしょ。遺伝子に書き込み(ライト)や変更モディファイ削除デリートといった作用は働きかけないんですよね?」
「基本的にはそうですね」
「じゃあ、やはりコンピュータ・システムより単純ですよ」
 想は、遺伝子について究めるつもりはないから単純化作業を脳内で行っていた。それは想の能力の1つであり、複雑なものでも単純化することで理解や思考の速度を速めることができた。ところが、自称アスペルガーもどきである想は、思い込みによる単純なミスを起こすことも度々である。思考速度がミスの量や質を極端に凌駕しているため、想の場合あまりミスは目立たないだけだった。
「それに、起動をかけるのは細胞側で、遺伝子は受動的なだけですよね。例えると、遺伝子はデータベースで検索するのは細胞内の誰かってイメージですね」
「細胞側が遺伝子を制御しているという意味ですか?」
「なんとなく、そうだと思います」
「まあ、今の説明だけでは、そう理解されても仕方ないかもしれませんね。しかし、遺伝子は、学習しているようです。突然変異なんか、その代表例ですね」
「これ以上の情報は消化できないので、降参させてください」
 想は、自分のその時点での脳のキャパシティーを感じるとることができた。今はもう限界ということで降参したのであった。

2-(4)

 想は、数日後また 新創造分校を訪れた。 そして、月夜を見ることもなく例の子供たちの遺伝子の状態を観察している先生の元に向かった。前回に訪れた後、月夜に聞いたところ、その先生の名前はクパー先生ではないかと言っていた。今日は特に用事があるわけではなく、珍しく気分がよかったものだから、ぶらっと散歩がてらここに寄ってみただけである。しかし、不思議と予感は当たるもので今日はいいことがありそうだった。
「クパー先生」と呼び掛けてみたところ件の先生がこちらを振り向いた。目当ての先生と名前は一致したようだ。もし、違う先生が振り向いたらどうしようと考えないでもなかったが、その時はその時である。別に重大な過失を犯したわけではないのだ。
「今日は何のようですか?」と聞く、クパーは嫌そうではなく、むしろ喜んでいる風も感じられた。というのは、この学校で、生物学を専攻している先生は3人いるが、遺伝子分野はクパー先生だけなのだそうだ。クパーは少々、突飛な考えも言うが、理解力の優れた想を話相手として認め始めていたのである。まあ、成果が上がった時、一方的にでもいいから思う存分話せると思っていたのかもしれない。他の先生では話の前か途中で逃げられてしまう。その点、想は最後まで付き合ってくれることは確実だと思うようになっていたのである。
「クパー先生、子供たちの様子はその後どうですか?」
「そうですね。開校してからまだ3か月ですから、これといった収穫はありませんね」
 想の瞳がキラリと光った。(ということは、暇だということだな。思う存分質問ができるかもしれない)というのが想の思惑である。想は遺伝子とその制御系の虜になり始めていた。この虜は生半可なことでは逃れることができない。想が持つ自身最高の理論は実に25年の間、虜になった成果だった。一方、飽きるのも早い。興味がなくなると忘れたようにそのことを脳内から捨て去ってしまうのであった。
「 クパー先生、遺伝子と肉体の関係について教えてもらえませんか?」
「ほう、随分熱心ですね」
「お願いします」
「いいでしょう」
(やはり、暇のようだ)と想は喜んだ。

「現在の連邦の技術でわかっていることと、推測されていることがあります」と前置きしてから説明が始まり、その説明内容は以下の通りだった。

1.通常、GTFが結合した1対の遺伝子は、優劣の判断を行い細胞側に受け渡す遺伝子情報を決定する。この情報が、たんぱく質の設計図である。そして、たんぱく質は生命体の重要な構成成分となる。

2.細胞側で設計図通りに合成されたたんぱく質の原型は修飾という過程を経て、完成型のたんぱく質となる。修飾とは、原型に必要なカルシウムなどの成分を付加することであるが、この機序はまだ推測の段階である。

3.たんぱく質の1種に酵素が存在し、触媒として生命体の化学反応を促進する。故に、酵素は構成成分とならない。

4.生命体(動物、植物共に)のエネルギーは、アデノシン三リン酸(ATP)から得られる。よって、生命体は摂取した栄養分からエネルギーとしてのATPを合成することになる。

5.GTFや修飾の振る舞いもATPを元にしたなんらかのエネルギーが起動に関与していると推測される。

「と、まあ一般的には細胞と遺伝子はこのような関係にありますね」と、クパーは話に区切りをつけた。
「やはり、単純な機序になるようですね」
「まあ、そうですね。ところが、1年ほど前に超古代時代から大発見があったのです。それは複合遺伝子の存在です」
「複合遺伝子ですか?」と、想は興味津々であった。想は『複合』という単語に敏感に反応する。
「はい、複数の遺伝子が作用して1つのたんぱく質を合成するらしいのです。われわれは、仮称としてこれを複合型たんぱく質と呼んでいます。これの意味するところは、急勾配型増加数でたんぱく質の種類数が増えることになります」

 比例型増加数は、元数の増加に対し2倍、3倍...N倍のように果数が増えていく。これに対し、急勾配型増加数は、元数の増加に対しN乗とかN!(階乗)のように果数が天文学的に増えていく。急勾配型の名称の由来はグラフにしたとき、果数が右上がりに急勾配を描くことによる。

「うん、うん、早く続きを」と、想の目が爛々と輝きだした。
「結論から言いますと、複合遺伝子を用いれば、生命体を宇宙艦にすることすら可能です。つまり、無限に近いたんぱく質の設計図の作成が可能となり、修飾を適切に行えば人が作成するメカと同じものができるということです。但し、駆動されるエネルギーの問題は残ります。そして、われわれは、異能力の遺伝子パターンがこれではないかと考えているのです」
「そこまで分かっているのなら遺伝子パターンを探すのは簡単ではないのですか?うん、いや無理か?...」この時点から想の思考は深層に潜っていった。つまり、これから説明するクパーの話など耳に入らなくなったのである。
「そうなんです。難しいのです。複数のプロモータが連鎖的に働き、遺伝子パターンは天文学的な量に増えるのです。GTF側から調べようとしても、そのGTFは特定できません。おそらくですが、そのGTFは消滅・増幅・変異などの状態を遷移しているのではないかと考えています」
 そして、クパーは暫く愚痴ともいえる話を延々とするのであった。

「僅かですが、可能性はありますね」と、想が突然につぶやいた。
「はあ?」
「ちょっと、これを見てください」と、想は自分のバッグから表紙に『巡回セールスマン問題の解法』と記されたノートを取り出した。クパーはそのノートを手に取り、目を通し始めた。すると、
「もしかして、これは対数展開論ではないですか?わたしの専門外ですから、はっきりしたことはわかりませんが、一般の授業で少しかじったことがあります。それと類似しているように思われるのです。ち、ちょっとお待ちください」と、クパーは告げると同時に部屋を出て行った。暫くすると、廊下から会話が聞こえてきた。
「どうして、こんなところにそんな重要なものがあると言うのかな?」
「だから、わたしでは判断できないから君を連れてきたんじゃないか」
「どうせ、無駄足だろうけど、暇だから来てやってるんだぜ」と、話すのはクパーの同僚のミンスクだった。ミンスクは数論一般が専攻であるため、その論に特に詳しいというわけではなかったが、この学校では彼より知識を持つものはいなかった。
「どれ、そのノートを見せてもらおうか」と、ミンスクはノートに目を通し始めたのだが、
「えっ」とか「これは?」とか「まさか」とかいう言葉を発しながら目を白黒させていた。
「これをどこで手に入れました?」と、聞くミンスクに対して想は、
「わたしが、自分で考えた理論ですが...」
「すると、独自理論ということですか?」
「そういったつもりですけど...」
 ミンスクは、想の応えを聞くか聞かないうちにオリオンに連絡をとっていた。
「この地球で大変なものを見つけました」
「大変なもの?ミンスク君、まず落ち着いて順序よく説明してもらえるかな?」

2-(5)

 想とミンスク、クパーはオリオンの住処である母艦の一室にいた。そこでは、クパーが簡単な経緯とミンスクがノートに書かれている理論の重要性というか希少性について熱弁をふるっていた。そのミンスクの熱弁の内容は、

 ノートに書かれている理論は、連邦で対数展開論と呼ばれているもので、最初の出土は 超古代時代であり、これを大対数展開論と呼ぶ。その後、 古代時代や 近古代時代から類似の理論が出土されるが、年代が新しくなるに連れて理論の幅が狭くなる。これらを小対数展開論や枝対数展開論と呼ぶ。
「詳しい説明は省きますが」とミンスクは前置きしながら、熱弁は続いた。オリオンにしても理論の詳細を説明されても理解できないだろうし、それでよしとしたのである。
 対数展開論は大量の集合要素群を対数量で扱えるように展開する理論である。頭に大とか小、枝と名前で区分するのは、大量の集合要素群のレベル、つまり数量の大きさによる。大はNのN乗クラスを扱い、小の高ランクはN!(階乗)を扱う。枝となると、C (定数)のN乗クラスなどである。
 これが、希少とされる理由は、対数展開論を完全に理解したと自称するものが現在の連邦に8人ほどいるが、それを実例として証明したものは1人しかいない。歴代の連邦の記録を見ても実例は他に2つ登録されているだけである。しかも、その実例は実技術に応用されたことはない。全ては数論の世界だけの理論なのである。

「わたしにわかることは以上のことだけです」とミンスクの熱弁は終わった。
「その理論を想さんが独自で?う~ん。想さん、今の熱弁に何か付け加えることはありますか?」
「はい」と言った想は熱弁ではなく淡々と説明を始めた。

 理論と実技術のギャップの理由は、大きくわけて2つ存在する。1つは、実事象を理論のモデル集合に当てはめることが困難なことである。理論はモデル集合が対象となるため、どうしても集合要素を実事象と対応させなければならない。1つは、モデル集合を対数展開するためのキーを探すことが困難なことである。鍵は1つとは限らず、その事象に対していくつ存在するかわからない。ましてや、数論者はその事象の専門家ではないから鍵を探すためには、理論を完全に理解している数論者とその事象の専門家で構成されるチームが必須となる。

「よくわかりました。というかよくわかりません。わかったのは連邦でも希少価値の高い理論を想さんが独自で編み出したということで、そのほかのことはさっぱりわかりません。そして、これから何ができるか?何をすればいいかを考えるのが、わたしの役目なんでしょうね」と、オリオンはやや困惑気味だった。
「わたしは1つの興味を持ってしまいました」と、想は呟いた。
「うん?どんなことでしょう?」
「実は、クパーさんの説明を受けていて遺伝子パターンに応用できないかと思ったのです」
 この時、初めてオリオンは経緯と話の繋がりをみつけ、困惑から立ち直ろうとしていた。
「遺伝子パターンならモデル集合にする糸口があります。鍵がGTF側に存在するなら、それはクパーさんに見つけてもらいましょう」と、想に話を振られたクパーは、
「そんな難しいことはわたしにはできません」と、嘆いたのであった。
「しかし、ここには君しかいないから頑張ってもらうしかないな。わたしは、これを『遺伝子パターン解析プロジェクト』と称してスポンサーを見つけよう。もしかすれば、大プロジェクトになるかもしれないな」とオリオンは結論を出したのであった。

2-(6)

 オリオンは連邦本部のプレアデス執行部長に許可を求める通信を行っていた。その許可とは、太陽系(連邦ではN371恒星系と呼ばれる)の第3惑星である地球への小規模な接触と介入、プロン恒星系の第3惑星である子犬星の調査である。連邦では、加盟国にすら干渉や介入は禁じられている。それらが許されるのは、加盟国から何らかの要請があった場合だけである。加盟国の統治政体以外からの要請は基本的に受理されるが、干渉の程度は審議されることになる。ましてや、加盟国以外への干渉や介入は基本的に厳禁であるが、実際には各腕の管理官はめぼしい恒星系の調査は暗黙の了解として行っている。でなければ、担当腕の情報が収集できず、管理など無意味となるからである。しかし、オリオンは筋だけは通しておこうと考えていた。理由は、いくつかあり、1つは太陽系をオリオン腕の活動拠点としたいことである。前任者のレドガーは拠点はおかず活動していたらしい。腕の管理はもっぱら部下に任せて自分自身はスポンサー探しに重点をおいていたらしい。その結果、大腕の1つであるペルセウス腕の管理者に栄転となった。1つは、会議で許可された人材探しの結果、その人材が連邦に大きな影響を与えたとき、筋さえ通しておけば言い訳の1つとなるからである。1つは、それほど期待はしていないのだが、緊急事態に応援を頼めるかもしれないという淡い願望のためだった。

 プレアデス執行部長から直接返信がきた。
「N371恒星系は少々、問題があるのではないか?」
と、いうのは連邦の地球の人類への認識が、

『知能は中の上レベルだが、好戦的である。コミュニケーションは可能だが、その内容は信用ができない。そもそも地球の人類は自分自身の精神を持て余し気味なのではないかと推測される。技術の独自開発能力は加盟国と比べても高水準だが、保有技術は下の上レベルである。加盟国とするには、信用できる程度のコミュニケーション能力が必須であり、好戦性にも何らかの対処をせざるを得ない。さらに惑星に統一政体を持っていないことが最大のネックとなる』

というものであったからである。

「介入が過ぎると最悪のケースで惑星の文明が滅亡することになるぞ。そうなれば君は処分対象となってしまう。ところで、何をするつもりかね」
「能力に可能性のある人材たちを見つけたので、そのための学校を作ろうと考えております」
 それ以上のこともやっているが、嘘はついていない。全ては学校のためだと言い張る自信はあった。
「まあ、よかろう。できるだけ連絡してくれ。ところで、プロン恒星系に興味を持った奴が現れた」
「えっ、誰ですか?」
「シリウスだよ」
「シリウス副部長ですか?一体またどうして?」
「文明の滅亡の理由の1つに病の蔓延、即ち絶対パンデミック現象だ。プロン恒星系はこの銀河系でも屈指のウイルス惑星だ。そこに調査団を送りたいそうだ」
「はあ。困るのかな~。助かると言っていいのかな~」
「おそらく、困るぞ。最低でも主導権は向こうに握られる」
「ですよね~。どうしようかな?」
「やはり困るだろう。ところで、具体的に困ることがあるなら力になれるかもしれないぞ」
「ありがとうございます。実はそこでも、能力に可能性のある人材たちを数十人発見しているのです」
「その人材を地球の学校に移すことはできないのか?」
「ウイルスの問題があります。地球で絶対パンデミック現象が起こっても不思議ではありません」
「なるほどなあ。しかし、シリウスの調査団に虚偽の情報を渡せば問題になるぞ」
「ですよね~。どうやって誤魔化すかな?」
「誤魔化すのか?」
「はあ、ある程度は仕方ありません」
「まあ、頑張り給え」
(えっ、力になってくれないの?)

3-(1)

 プロン恒星系の第3惑星子犬星で長寿遺伝子のパターンを持つ人々を見つけたのはミケである。その後、対処に困り パッシーが応援に向かった。
「二人でも無理よ。自殺願望でもなかったらこの星に突入できないわ」とパッシーは僅かに採取したウイルスの解析結果を見て断言した。ということで、5人の部下がここに総揃いしている。誰がリーダーというわけではないが、かなめはマヤになることが決まった。つまり、こういう体制である。惑星の外に万一に備えてキュウが残る。惑星に突入するのは4人だが、マヤは高度2万メートルくらいの位置で待機する。つまり、地上班とキュウとの連絡任務が主となり、万一の地上班脱出のときは、マヤが収容する。マヤはパイロットとして超一流の腕を持っている。緊急時は自動航法を手動に切り替えるくらいである。地上班は、ミケ・パッシー・ゴリとなったが、これといった作戦はない。目的は見つけた人々と接触するということだけである。かれらとのコミュニケーションは翻訳装置によって行われるが、心強いのは微妙な部分で言語学専攻のミケがフォローを入れることができることである。つまり、ミケは翻訳装置の微調整のプロなのである。

 驚いたのは、接触された人々である。目の前にいるのは、間違いなく異星人である。
「どうすれいいんでしょうか?拉致されればいいんですか?それとも強制労働をさせられるとか?」
彼らの性質は超がつくほど温和なので争うという選択肢はないようだった。ここで、交渉にあたるのはパッシーとなった。ミケは翻訳装置の微調整にかかりきりだし、ゴリは論外である。つまり、消去法でパッシーが交渉人となったのである。
「心配しないでください。何も危害を加えるつもりはありません。ただ、この星の調査に来ただけです」
「そうですか。安心しました。で、どんな調査を?」
「説明が難しいですが、遺伝子の存在はご存知ですか?」
「ああ、あれですね。30年ほど前に発見した。これでしょう?」と、旧式のパソコンに見える装置の前につれていかれた。
「そうそう。この遺伝子の中に遺伝子パターンというものがあって、それをここにいる皆さんが持っているんです」
「新手のジョークですか?わたしたち人類が遺伝子を持っているなんて」
 どうも途中から話がかみ合わなくなってきた。パッシーは、こちら側から説明をするより、彼らから情報を得た方が話が早いのではないかと考えた。
「この遺伝子は何の遺伝子なんですか?」
「もちろん、ウイルスたちのものですよ」
「なるほど」
 この時パッシーが持つこの星の情報『知能度はやや低く 』と彼らは違うような気がした。遺伝子の発見や解析にはある程度高度な知能を必要とするはずだからである。
「皆さんは、この星の他の住人と交流はあるのですか?」
「いいえ、全くありません。わたしたちは他の群れと交流することは、まずないのです。交流が深まれば争いの種が出来ますし、穏やかに生きていくためには、できるだけ閉鎖的な環境の方が適していると考えています」
(閉鎖的な環境がいいのか?悪いのか?判断できないけど、言っていることに矛盾はないわ。つまり、自己分析が進んでいるのね。そうだ、)
「ゴリ、仕事ができたよ」
「ようやく?今まで暇で暇で」
「マヤと連絡を取って、彼らが群れと呼んでいる他の集団の情報を集めてきてちょうだい。でも、いくらあなたが強制耐性能力を持っているとは言っても防護服は脱いじゃだめよ」
 強制耐性能力とは、外界からのストレス(物理的なものであれ、ウイルスのようなものであれ)を強制的に排除できる異能力である。但し、限界は持っており、どの程度のストレスまで排除できるかは様々な条件による。

 ゴリはマヤの搭載艇に収容された。
「映像で確認しましょう」と、冷静沈着で余計なことも説明も省くマヤが言った。
「地上におりなくていいのか?」
「余計な接触はしない。映像で十分よ」
 マヤは、パッシーらのやりとりを映像で見ていた。その情報と他の集団の行動の情報から違いを分析しようとしていた。
「明らかに違うわね。突然変異かしら。パッシーいる?」
「あらっ、マヤ。何かわかったの?ゴリはどうしているの?」
「そこの集団は明らかに他の集団と知能度が違い過ぎる。突然変異かもしれない」と、どうでもいいと思うパッシーの質問には応えない。
「長寿遺伝子の保有と関係しているのかしら?さて、何から手をつければいいと思う?」
「自分で考えなさいよ」と、答えると同時にマヤはゴリをパッシーの元に帰した。

3-(2)

 パッシーは、彼らとの情報を共有することから始めた。とはいえ、知識の程度は彼らのレベルに合わせるしかない。彼らに学習する時間を与えるのはオリオンと相談してからだと思っていたのである。そして、近いうちに連邦から調査団がやってくるから少々急いでいるのである。それまでに情報共有を済ませるか、彼らを調査団から隠すかしなければならない。調査団に彼らが見つかれば、主導権は調査団のものになると同時に、彼らの待遇に変化が起こるかもしれないのである。

 ところが、僅かの情報共有の進捗はあったものの、彼らを隠す手段も見つからないうちに調査団は到着した。待ち合わせは、第3惑星と第4惑星の中間にすると調査団から通達があったのは、ついさっきだ。そして、到着の知らせはまだオリオンには伝わっていなかった。このことをオリオンの部下たちは誰も知らない。
「ご苦労様です」と、対応したのはキュウであった。宇宙航行のスペシャリストであるキュウが思うには(最短最速の航行でなければ、この日に到達できないはずだ)
「挨拶はどうでもいいから、情報を全てこっちに渡せ」というのは、シリウス直属のガラムであった。
(随分、高圧的だな)とキュウは思ったが、
「ほどなくオリオンが参りますので少々お待ちください」
「何故オリオンが来るのだ?到着は知らせていないはずだぞ」
「えっ」と思ったキュウがオリオンに連絡を取ろうとすると、
「何をしている。この件にオリオンは関係ない。全てはシリウス閣下のご命令だ」
「しかし」と、キュウがなおも反論しようとすると、
「わたしはB-3ランクだ。君は?」
「D-6ですが」
「その程度でわたしのいうことが聞けないのか」
「いいえ」と、キュウはオリオンへの連絡を諦めた。ランクが違い過ぎるため、逆らうとどんな仕返しが待っているかわからないからである。

 ランクの最初のアルファベットは、連邦での実績度あるいは貢献度を表す。このランクがSを超えると連邦の幹部となる資格を得る。ちなみにオリオンはシングルのSで、プレアデス とシリウスはトリプルのSである。連邦の職員になれば自動的にDランクが与えられ、一般人は通常ランクを持たない。ところが、ガラムは連邦の職員ではない。シリウスの持つ私組織の一員であるからランクの信頼度が疑われるかもしれない。しかし、このランクは評議会が決定するものなので連邦の勢力範囲内であればどこでも通用する。アルファベットに続く数字は能力度数である。どの分野でも構わないが、その人のもっとも得意とする分野での技術力の程度を表すといっていい。

 キュウは困った。できれば遺伝子パターンを保有する人々に調査団を合わせたくなかったのだが...(誤魔化すか)いや、オリオンがいればともかく一存ではその勇気はない。その時、
「がラムさん、お久しぶりね」とスクリーン一杯にマヤの姿が映し出された。
「お、お前はマヤ。いやマヤさん」
「覚えていてくれたのね。ふふっ、忘れられないわよね」
「どうして、お前...マヤさんがここにいらっしゃるので?」
「秘密よ」

 マヤとガラムの出会いはこうである。ガラムはシリウスの命令である星系に行った帰り、思わぬアクシデントによって巨大な宇宙塵に紛れ込んでしまった。S・O・Sは発信できたから一安心と思っていると、連邦からレスキュウは困難であると通信が入った。連邦のレスキュウ部隊の誰もが、その巨大な宇宙塵に入って帰還することは困難であると言っているそうだ。このままでは、生涯をこの宇宙塵の中で過ごさなければならないのかと覚悟も決められないまま数日過ぎたとき、「レスキュウ隊が向かいました」という通信が入った。「有り難い」とガラムは涙すらしたという。そのレスキュウ隊はマヤの愛機『黒の稲妻』1機だけであった。マヤのランクはA-1で、宇宙艦の操縦に関しては、連邦内で右に出るものはいないと言われる存在だった。どの組織にも属さず、プライベートでレスキュウを含めた数々の困難度Sクラスの任務を達成していた。当時、シリウスとマヤは頼み事をされる程度の親交があった。その時も、「まあ、気が向いたら助けてやってくれ」と言われたそうである。マヤの気は向かなかったが、あの巨大な宇宙塵にはトライしてみたいと思っていた。というわけで、レスキュウではなくチャレンジのつもりでマヤは巨大な宇宙塵に向かった。遭難艦と遭遇した時、いつものように遭難艦に乗り込み、航法を自動から『黒の稲妻』に連動するように切り替えた。『黒の稲妻』にも遭難艦の情報を入力しマヤは発進した。『黒の稲妻』の機体は制動能力に優れ、機体色は黒で全ての光を吸収するコーティングがなされていた。操縦は全て手動で航路決定は全て肉眼で行っているため光の乱反射などを防ぐためであった。分子粉砕砲も小型のものを1門だけ備え、機体重量を抑えている。その操縦を見ると直角に曲がったり、180度に旋回しているように見えるときもあった。しかし、そう見えるだけで、百万分の1秒にも満たないマヤの予測能力がそれを実現させていた。ぶつかると思った瞬間にはすでに制動装置は働き、逆噴射、反転制御さえ行われているのである。難易度の低いエリアでは分子粉砕砲も働くことがあるが、今回のケースではそんな砲を使っている余裕はない。全ては、マヤの肉眼と予測能力とそれに応える機体のなせる技であった。
 無事に巨大な宇宙塵を脱出するとガラムは言った。
「ご苦労だったな。われはシリウス様配下のB-3ランクのガラムである」
「そのシリウスに頼まれてね。わたしはマヤ。A-1ランク」
 その時、ガラムの腰が抜けたそうである(シリウス様を呼び捨てにできるとは。それにマヤというとあのマヤだろう)。マヤは知る人ぞ知るそれほどの存在だったのである。

3-(3)

「こっちはこっちで勝手にやるから、そっちはそっちで勝手にやってくれ」と、マヤはガラムに通告した。ガラムにしても、その方が有り難い。マヤと一緒では、何かと制限がかかる可能性があるからだ。キュウは驚いて、
「マヤさんって凄いんですね」
「ただの宇宙艦乗りさ」
 結果として、パッシーが接触している人々の情報はガラムに渡らなかった。万が一、ガラムたちが接触する機会を得たとしてもマヤがいる。
 しかし、調査団が到着したという情報はオリオンには伝わらなかった。キュウは自分が連絡するのには気が引けていたし、マヤはそんなことに気が回るほどマメではない。地上班はもうすでに連絡されていると思っている。そして、このことがどういう結果を招くのか誰も知らない。

 ガラムら調査団は初めのころは、惑星をざっと調べて回っていた。やがて、どういう基準かわからないが、地上に拠点を作ったらしい。この理由はマヤにも予想ができた。調査を宇宙艦の中で行うことは危険すぎるのだ。そして、拠点に監視妨害シールドが張られた。彼らもマヤたちに監視されていることは十分にわかっていたからである。つまり、マヤには調査団が何をしているのかわからなくなったことになる。
「まあ、いいか。お互いに干渉しあわないということで結果は上々だ」と、思うマヤであったが、その判断がよかったのか?悪かったのか?わかるのは後のことになる。

 パッシーたちは喜んでいた。パッシーたちにことの経緯を伝えたのはキュウである。パッシーらも干渉されないということに安堵し、他のことには気が回らなくなっていた(例えば、オリオンの存在とか)。そして、接触している人々は突然変異を起こした子犬星の住人ではないか?というマヤの予想に興味を持ち、それも調査項目に入れた。それに伴い、彼らのことを『新子犬人』と呼ぶことにした。
  新子犬人は年齢からいうと、0~20歳くらいだったが、この年齢は種族によって、精神年齢や身体年齢が異なるため、あまりあてにならない。ましてや、子犬星の本格的な調査は初めてなのだからこれから基準が作られていくことになる。
 パッシーらが行った調査は、 新子犬人らの深部分子レベルスキャンであった。この作業のときが、非常に煩さかった。翻訳装置を通せば、意味を持つ言葉になるのだが、調査に集中すると翻訳装置を外してしまうことが多い。すると、音声としての情報ばかりが伝わるのだが、それは、「キャンキャン」の大合唱に聞こえるのである。新子犬人は普段は自分の興味のある(担当ともいうらしい)研究に没頭しているが、一旦珍しいものが目に入るとこぞって集まってくるのであった。しかし、パッシーらは辛抱強く、調査を行い完了させた。その深部分子レベルスキャンの結果は、

 尚、深部分子レベルスキャンとは、生命体の全体像から骨格、臓器、脳内部などの器官情報から全ての細胞と分泌物を分子レベルでスキャンすることである。地球の技術では、まだ開発されておらず、データ量も膨大なものになる。しかし、連邦の技術からすれば、膨大なデータといえども高々生命体のコピー情報である。地球でいえば、画像や動画と変わらない程度の扱いである。問題になるのは、それの解析である。解析となれば、組み合わせの情報処理が必須となり、連邦の技術でも解析困難なものは数えきれないほど多い。そこで、対数展開論の現場への投入が切望されているのだが、これも未だ先行き不透明な状態である。
 しかし、わかったことが1つだけあった。新子犬人だけではなく、子犬人の全てが持っていると思われる特別な臓器が存在した。パッシーが知る限りでは、この臓器の発見は連邦初めてであり、それだけでも大きな成果といえた。その臓器とは、免疫分泌器官である。確かに地球の人類も胸腺という免疫細胞の製造部は持っているが、この器官ほど強力ではない。
 詳細な機序は今後の研究課題となるだろうが、簡単な仕組みは、次のようである。この器官に直結する触手あるいは触口と呼ぶべきものが、体外に複数伸びている。その触口が体外のウイルスを選択的に咥えてくる。そして、器官の一部(除去室と呼ぶ)はウイルスのカプシド(外殻)をなんらかの方法で破壊する。その後、ウイルスの中核である核酸だけを別な器官(分断室と呼ぶ)に移す。そこでは、核酸の鎖を選択的に分断しているようである。この時点で、ウイルスは無害化される。そして唾液腺と直結している器官(製造室と呼ぶ)では、免疫作成のための核酸情報は分断部以外は残っているため適合する受容体を含む免疫分泌物を作ることができるようだ。これが唾液として分泌されるようである。
 しかし、弱点もあるようだ。例えば、傷口に唾液を与える前にウイルスが体内に入ると対処はできないらしい。つまり、体内には免疫機構を持っておらず、病となり死に直結してしまう。これがウイルスが子犬人の天敵とされる理由である。

3-(4)

パッシーらの目的は新子犬人たちの遺伝子パターンの変化の観察であるが、これは地球の クパーと同じ状況だった。遺伝子パターンが完全に固定されているときは、何ら動きを見せないのだが、一旦変化を始めると全く掴みどころがなくなってしまう。おそらく、これが遺伝子パターンが消滅する兆候だろうとは予測がつくのだが、その過程がさっぱりわからない。必然的に、消滅した時点もわからないことになる。消滅したと思っても一部のパターンが現れることもあるのだ。「う~ん。わからん。せめて、消滅したという決定的な基準でも掴めればいいのだが...」と嘆くパッシーであった。これまで、この状態が観察された新子犬人は、3人ほどいるが、それぞれのパターンが変化する様子も時間も異なる。さらにパッシーを悩ませる疑問もあった。(わたしたちが、ここにきてからそれほど時間は経っていない。その間にパターンが消滅したと思われる新子犬人が3人もいるのは多過ぎないか?もしかしたら、一定時間を経て、何らかの条件が揃えば消滅したパターンが復活するのではないだろうか?)とパッシーが思っていると、パターンが消滅したのではないかと思われる一人が自分の席をたって、どこかに向かった。(彼らの許可を得るのも面倒だし、まあいいか)と思い、パッシーはその者の後をつけた。すると、
「どこへ行く?」と普段は温和な新子犬人の一人が強い口調(だと思った)で、咎めてきた。
「いえ~、あの人が具合悪そうだったので...」と、誤魔化すパッシーだった。
「いいのだ。いつものことだ」
「どこへ行かれたのですか?」
「う~ん。口外無用だぞ。『懺悔の樹』の元にいったのだ」と、彼らは僅かの警戒心は持っているらしいが、基本的には人を疑うことを知らないようだ。(おお、もしかしたら、突破口がそこに?)と思ったパッシーは、
「わたしもそこに...」と、いいかけるや否や、
「いかん。それはならん。そこは門外不出の場だ」
(ん?この翻訳装置の調整少しおかしくないか?)と、思ったが意味は通じたので、
「どうしても?」
「われらにとって神聖な復活の場なのだ。無理だ」
 彼らと築いてきた友好的な関係をここで壊すわけにもいかないので、パッシーは渋々ながらも諦めた。(これ以上の調査は難しいわね)と思ったパッシーは、オリオンの指示を仰ぐべく連絡をとった。
「仕方がないだろうな。基本的に一時撤収だが、わたしも一度そこに行ってみよう」
「調査団に会う必要もあるでしょうから...」
「何、調査団?もう来ているのか?連絡が1つもなかったぞ」
「マヤは無理として、キュウが連絡したのかと思っていました。それに調査団からも到着の報告があるはずでは?」
「そうだと思うが...」と、オリオンは釈然としない思いとなった。

 運よくというか?運悪くというか?その時オリオンは想と月夜と一緒にいた。
「どこかに行くの?」と、月夜が何気なく尋ねた。
「ちょっと、子犬星まで行ってくる」
「子犬?」と、月夜は動物が大好きである。よって、星までは聞こえなかったのだろう。
「わたしも会いにいく~」
(面倒が待っているかもしれないからな~。でも、まあ大したことはないだろう。月夜に外界を見せるのもいい勉強になるかもしれない)
「では、わたしも」と、想も追随した。
(一人も二人も同じか)
 こうして、オリオンは想と月夜を連れて子犬星に向かうことになった。

3-(5)

「た、助けてくれ~」という、通信がマヤに届くと同時にシールドから飛び出した宇宙艇が1機いた。
「どうした?」
「皆、溶けている。いや、わけのわからない感染症にかかっている」
「その声は、 ガラムだな?」
「そうだ。保護してくれ」
「それは無理だ。お前も感染症にかかっている可能性があるからな」
「どうすればいい?」
「しばらく、お前はお前の宇宙艇の中で隔離だ。忠告だが、母艦には戻らない方がいいぞ。他の者が迷惑する」
「しばらくとは、どのくらいだ?」
「わたしにわかるはずがないだろう。まあ、ウイルスの潜伏期間が過ぎるまでだろうな」
「潜伏期間の日数を知っているのは誰だ?」
「誰もいない」
「...」

 マヤが通信でガラムから聞いた話によると、

 ガラムたちが、調査を始めると、突然子犬人たちが襲い掛かってきたようである。襲い掛かるといっても、彼らの腕力はしれていて唯一の攻撃手段は唾をはきかけることである。地球の人類から見ればなんとも貧弱に思えるが、これが結構あなどれない。唾液の成分は免疫力を持つ分泌物だからである。つまり、地球の常識から言えば子犬人が異質と思う細胞やウイルスを攻撃するはずである。ところが、ガラムらが着用している宇宙服をも溶かしてしまったようなのである。宇宙服の全てを溶かしたようではなく、ある特定の部分に穴を開けたらしい。そこからウイルスが侵入し調査団が感染したという経緯らしい。

「ふむふむ、難儀なことだったな」
「ああ、大変な目にあった」
「ところで、どうしてあの温和なはずの子犬人たちは襲ってきたのかな?」
「わ、わからん」
「そうか。では子犬人たちに事情を聴くとしようか?」
「や、やめろ。お前も溶かされるぞ」
「そうは思えないんだが...それにお前たちを治せる可能性を持っているのは子犬人だけだしな」
「そうか。しかし、わたしは...」
「わたしがどうかしたのか?」
「い、いや何でもない」
「これから行ってみるが、交渉が決裂したらお前は一生その宇宙艇の中だな」
「ま、待ってくれ。実は調査のためにやつらを何人か捕縛したのだ。それに怒ったのだろう。謝罪は十分にすると伝えてくれないか」
「ああ!それは連邦の規則に完全に違反しているぞ。お前の独断か?」
「そ、そうだ...」
 実は、シリウスから「子犬人の何人かでもいいから友誼を結びたいものだ」とガラムは言われていた。シリウスがここに来るはずはないから連れてこいという意味にとったガウスは捕縛という違反行為に出たのであった。調査は子犬人を捕縛して連れて帰ってからでも遅くないと判断していたのだが、子犬人たちの反撃は素早かった。あちこちから細い触手状のものが、団員たちを絡めていたのは僅かの時間で、すぐに唾液の分泌が始まり宇宙服が解けてしまったのだ。30分もたたないうちに最初に異常を訴えた団員がいた。次々と異常を訴える団員が増加し、ガラムは逃げ出したのであった。しかし、ガラムにとってシリウスはウイルスより恐ろしい存在だったからマヤにそのことを言うわけにはいかない。
「捕縛した子犬人たちは、どうしているのだ」
「電磁檻の中だが...」
「解放していないのか?」

 マヤはガラムに「助かりたかったらそのままでいろ」と釘を刺しておいてから地上に向かった。すると、調査団は数千人の子犬人にとり囲まれているところだった。
「意識のはっきりしているものはいるか?」
「は、はい。今のところは」
 子犬人は唾液を吐きかけることしか攻撃手段を持っていないから人数は大きな問題ではなかった。
「すぐに電磁檻をオフにしろ」
「しかし、ガラム様が...」
「ガラムは了解すみだ。オフにしたら皆、宇宙艇に乗り込め」
「発症している者も?」
「そうだ。そして、操縦を手動に切り替えろ」
「手動で操縦したことなどありません」
「黙ってこれからわたしの言う通りにコンソールを操作しろ。少しでも間違えると失速して地上に激突だぞ」
「はい~」
 こうして、調査団を乗せた宇宙艇は無事に大気圏外に脱出できた。しかし、これはマヤの対処の最初のステップだった。どうコンソールを操作しても地上に激突などするはずもなく、ただ宇宙艇をマヤの思惑の座標地点に固定する操作を織り込んだだけのものであった。

「 パッシーいるか?」
「なに?」
「新子犬人から何人か選抜して調査団のやつらを診察、治療してもらいたいんだ。迎えにはいくから」
「聞いてみるね」
...
「診察だけならOKだって。治療は状況次第だそうよ」
「それで上々だ」

「急性の患者が3割ほどいますね」
「急性?」
「つまり、潜伏期間が極端に短いということです」
「で、助かるのか?」
「通常、急性のウイルスは弱毒ですので可能性はあります」
「で、治療はできるのか?」
「無理ですね。体内に潜り込んだ大量のウイルスには対処できません」
「どうすればいい」
「患者本人の生命力と種族特有の免疫力次第ですね」
「薬はないのか?」
「薬?」この惑星に薬についての進歩はなかった。
「そうか」
「残りの7割は?」
「感染していないことを願うか、できるだけわたしたちが治療するかですね」
「どうやって、治療するのだ?」
「人体にわたしたちが触口を伸ばしてウイルスを探します。感染の初期なら治る可能性は高いですが、問題になるのはわたしたち以外の種族の場合、正常な細胞などまで攻撃してしまう可能性があることです」
「つまり、根治は無理ということか?」
「はい」
「やはり、隔離しかないか?」

 マヤは思う。結果として、思わしくない対処となったが自業自得というしかないだろう。しかし、何故ガラムはこの惑星に興味を持ったのだろう。なんのメリットがあったのだろう。シリウスの命令だろうか?それでもメリットは思いつかない。そうか、文明滅亡の原因である絶対パンデミックの対処を探していたのかもしれない。しかし、それならガラムなんかより優秀な者を寄越せばいいのに。久しぶりにシリウスに会ってみるか。

3-(6)

 一通りの対処が終わったころ、想と月夜を連れたオリオンが子犬星にやってきた。
「調査団が壊滅したって?ガラムは?やはり隔離か。ところでマヤに頼みがある」と、オリオンがマヤとこそこそと密談を始めた。

 それからオリオンが部下を集合させた。
「これからこの腕の配置を発表する」
「もう、遺伝子パターン探しはいいの?」とはパッシーの言である。
「それはマヤに一任する」と、これは嘘である。
「で、どんな配置?」
「マヤ以外の4人は同じく、この星で滞在だ」
「何が変わるの?」
「地球からというか、アレルの部下の クパーが加わる」
「何をするの?」
「それは追々決めようと思う。新?子犬人たちの意向もあるだろうし。それに、時々、こちらの想さんが訪ねることになる」
「管理官は何か隠しているわね」とパッシーに睨まれたが、
「いやいや、すべてはこれからだよ」と、これはオリオンの本音である。

 オリオンの宇宙艇にはオリオンと想、月夜だけになった。
「わたしが、この星に時々訪れるというのは?」と、想は初耳だったようである。
「事後承諾になってすまない。実は想さんにはわたしの顧問兼研究員になって欲しいのだ」
「それは、連邦の一員になれと?」
「いや、それは違う。あくまでもオリオンの私組織の一員ということだよ」
「それは連邦で認められたものですか?」
「認めるも認めないも、それが連邦の実態だよ。連邦には職員を抱える余裕がないから皆そうしているのさ」
「では、給金はオリオンさんからもらえるのかな?」
「給金が欲しいのかい?」
「あまり、欲しくないかな。使うところもないし」
「スポンサーの了解ならとったから、給金の5、6桁違うお金がつかいほうだいだよ」
「スポンサー?」
「 S財閥総本家の総帥だよ」
「ふ~ん。会ったこともありませんね」
「いつか、必ず会うさ」
「ところで、顧問ということで認識を確認しておきたいんですが」
「どうぞ」
「地球の技術は連邦のものと比べて遥かに格下ですね」
「そうですね」
「でも、新技術の開発能力の可能性というのかな?新しいものにチャレンジしていく能力というのかな?それは連邦とそれほど変わらないのでは?」
「分野によるかもね。でも、どうしてそう思ったの?」
「対数展開論 でしたか?あれがわたしの独創理論と類似していたもので」
「おそらくだけど、想さんは特別だと思いますよ」
「特別は嫌だな。普通に生きていきたいです。月夜も幸せになって欲しいし」
「想さんが特別じゃなくなるようにがんばりましょう。わたしはこの腕の拠点を地球に決めましたから」







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