八ツ神霊能事務所へようこそ!〜プロローグ〜
『八ツ神霊能事務所
未経験者歓迎!※高校生は応相談
心霊・怪奇現象、オカルト相談など多種多様な事件を解決する刺激的な毎日をあなたに御約束します!!
・専門のスタッフが優しく丁寧に指導します
・制服支給
・仕事内容はスタッフの簡単な補佐の他、事務処理、電話対応等
時給3000円〜(交通費は別途支給)』
「怪しすぎんだろ………」
怪しすぎる求人広告を映し出すスマートフォンを手に、光冴優太郎は廃ビルにしか見えない建物の前で胡乱げに顔を上げた。
廃ビルは少しばかり言い過ぎかもしれないが、剥がれかけた壁の塗装に建てつけの悪そうな戸、極め付けは『八ツ神霊能事務所』とかいう如何にもすぎていっそ清々しい看板がでかでかと掲げられている建物は、なんともかんとも入りにくい雰囲気を存分に醸し出していた。
入りにくいというかおよそ常識を持ち合わせた人間ならお断りだろう。
優太郎だって頭の悪そうな求人広告をうっかり見つけたりしなければこんな事務所は見たって見なかったことにしていただろうし、事実、今の今までこんなところに事務所があるだなんて知らなかったのである。
ついでに言うならば、時給3000円〜とか異様な高時給でなかったならば、この求人広告だってスイっとスクロールして流して流し読みすらしていなかったであろう。
さて、どうしようか。事務所の前で優太郎は思案する。
時給3000円と、訳のわからない宗教団体にうっかり加入させられるかもしれない危険性とを天秤にかける。かけるまでもなく金に目がくらんだ。高校生は極貧なのだ。
そして優太郎は少々、荒事には自信があったので、もしも自身の意に反して無理やりナントカとか言う神を崇めることを強要させられそうになったり、幸せになれる壺を金銭と交換に押し付けられそうなった場合、実に不本意ではあるが実力行使も仕方ないなと気楽に考え、事務所の引き戸を引いた。
「あっ!いらっしゃいませー!
ようこそ、八ツ神霊能事務所へ!!」
ガタガタっとやはり建てつけの悪かった引き戸を開けると、その音をチャイム代わりに来客に気がついた『スタッフ』とやらが奥のつい立からひょこりと顔を出したのだが、うさんくさい事務所名をハキハキニコニコと言って歓迎したのは、
優太郎と同じくらいか年下にしか見えない黒髪ツインテールの可愛い系に属するであろう少女だった。
「えっと、相談者さんですかね?
とりあえず、どうぞ座ってください!
あっ、お茶とコーヒーどちらになさいますか?」
ソファとつい立の間をちょこちょこと動き回って接客する姿はどこか小動物を連想させ、優太郎は面食らって押し黙った。
しかし、このままではコーヒーを飲んで相談をして多分お清めの塩とかを貰って帰る流れになってしまう。気がする。
「相談者じゃない、です」
「えっ?!」
「えーっと、バイトの求人見て来たんスけど」
コーヒーのポットを片手に固まった少女はオドオドと目を泳がせ
「あのう……よくあの求人で来てくれましたよね……」
と、もっともな事を恥ずかしそうに言った。
兎にも角にも、せっかく来てくださったんだし座ってくださいと言われるまま、優太郎はソファにどかりと腰とスポーツバッグを下ろした。若干くたびれた見た目をしていたソファは見た目通りの座り心地だった。
少女がコーヒーをコトリとローテーブルに置き、対面のソファにそっと座ったのを見て優太郎はおもむろに口を開いた。
「まあぶっちゃけスゲー怪しかったんですけど」
「ええ、うん、そう、そうですよね……広告掲載許可よく出たなあって私も思いましたし」
「でも時給良かったんで」
「あれ、同業だとちょっと安いくらいなんです……」
「……じゃあそっち紹介して欲しいスけど」
「あっ、で、でも多分うち以外は一般の方、とらないと思います……」
「じゃあ初めから言うなよ……」
す、すみません……と、少女は小柄な身体をさらに小さく縮こまらせた。なんだか虐めているような気分にムカムカとしつつ本題を切り出す。
「で、雇ってくれんスか?ってかここの責任者はいないんスか?」
「あの、せ、責任者というか、わたしが八ツ神というか」
「は?」
「だからですね、この事務所って、私の事務所と言いますか、ですね」
優太郎にガラ悪く睨まれ、もはや隠しようのない怯えを抑えながら八ツ神を名乗る少女はおろおろとたどたどしく続ける。
「ええと、自己紹介が遅れてしまってすみませんっ!
私、八ツ神零と申しまして、この八ツ神霊能事務所の所長兼術師をしてまして……うーんと、術師って言っても解術じゃなくて、ほぼ滅殺専門なんですけど、いわゆる怪奇事件ならなんでも相談を受け付けてて」
「わかりにくい。簡潔に」
「妖退治の専門事務所です」
「ハアアアアア……帰る」
「ま、待ってください!!話だけでも!!!!」
バッグを肩にかけ直して立ち上がり、スタスタと出口へ一直線な優太郎学ランの袖をはしっと白く細い指が縋るように掴むので、
「いや、今どき宗教の勧誘だってもっと上手くやるって。あとちょっと怪しすぎる」
「ううっ、わかってます!
わかってるんですけれど、人手不足なんです!この事務所、私ともう一人しかいないんです!」
「閑古鳥鳴いてるし大丈夫だろ」
「実は忙しいんです本当に!求人に嘘は書けませんから怪しんで誰も来てくれないしあなたが初めて来てくれたんです!」
「そっか。2人目もすぐ来るだろうし俺はご縁がなかったってことで」
じゃっ、と片手をヒラつかせて今度こそ帰ろうとする優太郎の背中を八ツ神はどうすることもできずに涙目で見つめていた。
バッグの紐を掴んでいない方の手が引き戸にかかる。
その時、少女は決心したように唇を引き結び、今まさにさっさと帰ろうとする少年に叫んだ。
「時給上げますからッッッ!!」
その、なんとも強い意志を感じさせながらも今ひとつキマらない台詞に、優太郎はゆっくり振り返った。
「いくら」
自分の肩くらいの身長しかない八ツ神の、必死なのを隠そうとしない目を見て、問う。
優太郎に試すように睨まれ、ビクッと身体を跳ねさせ、だらだらと冷や汗をかきながら八ツ神は必死に考えた。事務所の経営状況とこの男がいくら払えばにっこりと笑って握手を求めるかを。
つま先をもじもじさせて、あーとか、うーとか悩んだ末にぶるぶる震える手をパーの形にして顔の横に持ってきて、
「ご、ごせんえんくらい……?」
「交通費別途支給?」
「う……………はい……」
光冴優太郎は満足げにそれはもう良い笑顔で手を差し出した。
「んじゃ、これからよろしく八ツ神さん」




