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ダンジョンへ潜る

 廃坑の爆発に、僕らは窓に張り付いた。

 小さな爆発が連続し、噴煙を上げて入り口から上がる。


「スライムたちが危ない!」

「ムラサキちゃんたちが!」


 僕らは立ち上がり、ドアを開けようとノブを握る。

 「まて、あれは人為の爆発に見える。今行っても第二第三の爆発に巻き込まれるだけだ」とヘイツさんが止めた。

 厳重に、一通り落ち着くまでは行ってはならないと注意を受ける。


 今ここにいるミドリとモモ。ルマはアカを抱きしめて、窓を見つめる。


 彼はネスティの猿轡を解き、顔を叩いた。

 ようやく意識が上がったネスティに、ヘイツさんが訊ねる。


「廃坑に爆薬を仕掛けたのはお前か」

「……そうだ」

「仕掛けた場所を教えてもらう前に一つ、理由を聞かせてもらおう」

「本物の魅惑のポーションなんて消えてしまえばいい。

 だから原料が廃坑にあると聞き燃やしてしまおうとおもった。それだけだ」

「いや、それだけじゃないだろう? 

 これほどのポーションの原料がある場所だ。隠れて警備していた騎士もいたはずなのに、荒事に慣れていない男が一人であっさりと入れるか?

 ……お前にその場所を教えた人物がいたはずだ。お前に全ての罪を擦り付けるためにな」

「そんな……」


 青ざめていくネスティ。

 僕もふと、その人物に思い当たった。


「まさか」

「ああ、十中八九王妃だろうな。これ以上絶世の美形を増やしたくないのだろう。

 ネイド候は王妃だ。息子を生贄にことを収めようと必死に違いない」


 なにせみんながみんな「絶世」になってしまったら。

 より自分が美しいと優越感を得られなくなってしまう。


「得意先の貴族の話では、高位の貴族に行き渡ったところで出し渋りを始めていたらしい。

 恐らく打ち切りだ。なにせ貴族と庶民は、別人種で隔てるくらいはしかねん女だからな。俺も他国出身だったから苦労した」


 そう、赤い髪をかき混ぜる探索者。


 ネスティはがっくりと首を垂れ、「父上、そんなに私が嫌いでしたか……」と泣き始めた。

 彼は庶民との非嫡子として生まれ不遇の生き方をしていたらしい。

 だが、人よりも優れた頭脳を買われ、研究所で成果を出すことで認めてもらおうと必死だった。

 僕のことも、親に疎まれたという点では共感し、嫌いではなかったという。


「君は僕の論文を顔面レベルと発表しながらも、ポーションは飲まなかったんだね」

「顔なんてどうでもいい。私が比較されてきたのはずっと才能だった。

 もっと才能が欲しくて、君にはなんども嫉妬したよ」

「顔面レベルで売り出したのはなぜだ」

「この国は異様に面食いが多い。だから、これは単純に売れる商品になると思ったのだ」


 何で比較されたいのか、何で勝ちたいのか。

 「ぼく」とネスティは苦しむ場所は違えど、似た者同士だった。




 ネスティに吐かせた爆発物は、全て爆発しきったらしい。

 後は、廃坑で一番心配すべき山崩れの問題がある。


 ヘイツさんは僕に探索者の服を着ろという。

 店の在庫を引っ張って、なんとか着こむ。


「廃坑は今相当脆くなっている。だが、奥に住むスライムたちを助けたいのだろう? ならば、ルマが道を知っているはずだ」

「はい! ベッシュ、あのダンジョンの道を行きましょう。

 あそこのダンジョンは古代に作られた頑丈な空間だかた、爆発や山崩れくらいじゃびくともしないわ」


 ダンジョン!

 確かにロックゴーレムが寄りかかっていた他の場所は、ダンジョンと廃坑をつなぐ唯一の場所だ。

 そこからなら行ける!




 僕はリュックを背負って二人についていく。

 後ろから、ネスティが「私も連れて行ってくれ!」と叫んだ。


 「なぜだ?」とヘイツさんは問う。

 なぜ、今更自分の爆破現場が見たいのか? 放火犯のように結果が見たいのか?


「私は今まで、父親の顔色しか見てこなかった。

 あの人の機嫌が良くなるならば、何をやってもいいと思った。

 だが、もうやめる。自分がやるべきことを考えたいんだ。

 ならば、私がやってしまったことをほんの少しでも贖罪させてくれ、頼む!」


 ヘイツさんは哂い、「罪の意識を減らすためだと。どうする?」と僕に判断を確認してきた。

 僕はもちろん手伝ってほしい、と言った。


「ベッシュ、大丈夫なの?」

「僕は大した人間じゃないですからね。だから、ネスティの気持ちも今すごく分かります。

 ネスティ、頼む。手伝ってくれ」





 僕らはダンジョンに潜る。

 廃坑と違い、広い洞窟のようで、しかしよく見ると古代の人工物で壁が覆われていると分かる。

 なぜか屋根がないはずなのに明るい空間を、ルマの案内で、どんどんと進む。


 僕の肩にはミドリ。

 ルマのリュックの上にはアカ。

 そしてネスティの胸元には、モモを預けた。


 モモが一番体が小さいのもあるが、この子は誰よりも優しい。

 ネスティには、自分がいかにスライムたちにとって悲惨なことをしたのか実感して欲しかった。 


 モモはネスティが廃坑を爆破した人間だと理解していた。

 だが、その一方で寂しい男なのだ分かっていたようだ。

 食事の準備を手伝ったり、最中にせっせと顔を拭いてやったり、モモはネスティの世話をした。

 彼は戸惑いながらも、モモの手伝いを感謝する。



 

 時々見つかる罠は探索者二人が見事に解除し、巨大なモンスターが現れれば過ぎ去るのを待つ。

 ごくまれに遭遇する、僕らを捕食しようと襲い掛かるモンスターにはヘイツさんが中心になって倒した。 

 ヘイツさんは言う。


「探索者ってのは、ある意味ジャンキーなんだ。

 未知なる刺激を求めてあらゆる世界に飛び込んでいく。

 換金できる物を手に入れたり、報奨をもらえる大発見を見つけられれば御の字。

 だが、見たことのない何かに出会える。それだでも本人としては満足だ。

 探索者になりたい男にまともな嫁は付かないもんだ。女はもっと悲惨かもな。

 だからルマと面談した際に、随分と良い男がいてくれた聞いてな。選考の一助にさせてもらった」

「ちょっと、ヘイツさん!」


 これはもしや、ヘイツさんは僕のことをルマの良い人と思ってくれているってことか。

 現金だが、男前すぎて下がっていた彼への印象は急上昇だ。


 しばらくすると、罠が転移陣を応用したものに変化する。

 特殊な光を当てると、廊下のあちこちにうっすらと光る円形の何かがそこかしこにある。


「このダンジョンで一番やっかいなのが、あれ」

「うかつに触ると、どこかに飛ばされるというものだな」

「転移先がこの世界で済めばいいのだけど。針山の上や岩の中とうこともあるから、一瞬で終わりだね。異世界に飛ばされる可能性があるらしいよ」


 僕とネスティはおっかなびっくり、足を進めていった。

 やがていつか見た光景が現れる。





 プリズムの間。

 天上が七色に輝く、美しい空間だ。


「こんな綺麗なところがあるなんて……」

「綺麗だろう? こんなに素晴らしいものが世界にはたくさんあるんだ。

 こんなものを見ていたら、人間同士のちっぽけな綺麗の比べ合いなんて、本当につまらないとよく分かるな」

「はい……」


 ネスティはまぶしそうに光を見つめ、何かを思い出しているようだった。


 ルマがキョロキョロと目的のモンスターを探し出した。

 あれだ。ロックゴーレムだ。

 足を放り出してだらんと座り込んでいるゴーレム。


 ルマが再び、あれを起こそうと近づいていく。


「ルマ。これで強制的に起こすのは三回目だろう。もうやばいぞ」

「はい」

「ここで彼が怒りだしたら、とりあえずワイヤーで足元を転ばし俺に注意を引く。

 いいか? ちょっとした時間稼ぎにしかならないから、その間に廃坑の奥を確認して来い」

「はい」


 僕らは岩陰に隠れ、ルマがそっとゴーレムの足首に隠されていた起動スイッチを押す様子をみた。

 ゴーレムは次第に体が揺れ、二つの目らしき何かにうっすらと光が灯る。

 次の瞬間目が赤く点滅し、「ガガガガガ」とうなり声をあげ、勢いよく立ち上がった!


 「やっぱり怒っている!?」とネスティが声を上げてしまい、ロックゴーレムはこちらを向いた。

 ヘイツがすかさずワイヤーをロックゴーレムの両足に絡ませ、転ばせる。


「今だ、行け!」

 

 僕とルマ、ネスティがぽっかりと空いた穴をくぐり、廃坑に入り込んだ。

 そこは崩れていなかったようで、急いで坂の下に駆け下りる。


 赤い広間に出ると、赤い岩壁が燃え上がっていた。

 あちらこちらには、何かで潰されて動かなくなったスライムたちが点在している。

 これは誰かに殺された!?


「いや! ムラサキちゃん! ダイダイちゃん! グレーちゃん!」

「ネスティ、何をしたんだ!?」

「私は教えてもらった場所に時間差の爆弾を仕掛けただけだ! この広間には何もしていない」

「ならば誰が……!」


 僕は奥の研究室のドアが開いていることに気が付いた。

 開けるとそこには、リックがいた。

 片手にはたいまつを持って、実験器具に火を付けている。


「何をしているのですか!」

「あ、ベッシュ! なんかあちこちで爆発がしてびっくりしたよねえ。出られないんだけど」

「というよりも君だ! なぜあちこちを燃やそうとしているのですか!」


 僕の指摘にリックが右手のたいまつを見る。


「あ、これ? ヴァネッサ様がさ、そろそろベッシュのカビを燃やして来いっていうんだ。

 なんだかよく分からなかったけど、オイルを掛けて火を付けたよ。とりあえず言われたことは片づけなくちゃって」

「……外は岩が崩れて出られないんだ。その状態で火事なんて引き起こしたら息ができなくなるぞ」

 

 流石にネスティも、リックの何も考えていない爽やかな笑顔にいらっときたようだ。

 

「そうなの!? おかしいなあ。ヴァネッサ様、これが終わったらレダを払い下げてくれるっていってたんだ。だからちゃんと燃やしきらないとまずいんだよ」


 どうやら王宮には同レベルの顔が増えたので、王妃はリックに観賞用以外の別の役割を与えたようだ。

 つまり、純真ばかさ。

 こういう人間に、犯罪や死ぬかもしれない仕事をさせるのは簡単だ。


 ネスティが「これが王族の信頼深いという白騎士だったのか」と、落胆するような、むしろ同情するような視線でリックを見る。



 

 とりあえずたいまつの火を消させて、研究室にある灯りを全てつける。

 中に置いてあった消火用の水を引っ張り出したが、油の火では消せないだろう。

 三人で、潰されたスライムたちの小さな核をかき集めて、背中の背負い袋に放り込んだ。

 

「リック、僕のスライムたちを殺したこと許しません。だが、ここで死んでもらっても後気味が悪いので一緒に逃げましょう」

「わ、分かった」

 

 慌ててもと来た道を戻るが、脆くなった地盤がのせいで、天井から石がパラパラと落ちてくる。

 坂を駆け上がり、ロックゴーレムの開けた穴に飛び込む。

 するとヘイツさんがゴーレムの攻撃を躱しながら、何回目かのワイヤーを足首に掛けたところだった。


「ヘイツさん! 戻りました!」

「分かった! では止めだ!」


 ヘイツさんは左手にワイヤーを持ち、右手で何かの黒いカプセルを取り出す。

 そしてそのままロックゴーレムにぶつけた。

 途端に黒い靄が岩の全身を覆い、ゴーレムは混乱に陥った。


「特殊な煙幕の一種だ。あれにまとわりつかれると、三時間は周りが晴れることがない」


 たまたま一個しかもっていなかったら、ここぞで使いたかったらしい。

 僕らは急いでダンジョンを走る。


 後ろ廃坑が見える穴から赤い火がちらりと姿を見せ、岩壁が崩れていった。

 怒号のような音が響く。


 廃坑が完全に崩壊する音だった。



 

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