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増殖する「絶世」、増えていく顔面主義者

 廃坑での騒ぎの一週間後。

 僕は店のカウンターに頬杖を付いていた。


 ようやく石鹸を購買カウンターに差し出したおばちゃんに、はい、とおつりを払う。

 全くやる気のない僕の対応。

 なのにいつもは日々の不満で愚痴まみれのおばちゃんの顔が、妙に明るい。


「ベッシュちゃん聞いた? 先日の国の祝典の話」

「いえ全然です」

「昔からは王族の方々はみんな美しいと評判だったけど、祝典ではそれはそれは全員が神めいて素晴らしいイベントだったそうよ!」

「そうですか」

「噂じゃ、真の魅惑のポーションを王族の方々が手に入れられたらしくて。

 そのうち貴族たちが買い出すでしょう? さらには金持ちが買い出すでしょう? 

 ああ、いつになったら庶民にも下りてくるのかしら。

 前のニセモノ。あの時まねきケット・シーで買っちゃって損しちゃった!」

「とんでもなく高いものかもしれませんよ」

「それでもいいわ! 絶世の美女になってしまえばこっちのものだもの!

 周りは何をしなくても褒めてくれるようになるだろうし、ちょっとしたミスも見逃してくれるようになるだろうし、素敵な出会いもあっちゃったりしてね!」


 頬を上気させて語るおばちゃんに、僕は諭した。


「でも、マーシャさんは仕事を頑張っていらっしゃるじゃないですか。お掃除のプロですよね」

「え、仕事? そんなの辞めちゃったわよ」


 おばちゃんは何を言っているの? 首を傾げている。

「だって、掃除なんて汚い仕事、綺麗になったら私に相応しくないわよね」と、ごく当然のように話す。


 僕は呆然としたまま、客がドアをくぐっていく後姿を見送った。

 おばちゃんの背中の肉が、さらに厚くなっているのに気づく。




 僕は力尽きたように、カウンターに突っ伏した。

 アカとミドリとモモ。

 この店に一番居ついている三匹が僕を慰めようとカウンターに登り、頭の上に乗っかる。


 のっしり。

 重い。今度こそ首が折れるから。






 そのままじっとしていると、ドアがノックされる。


「どうぞ……」

「ベッシュ?」


 ドアから顔を出してくれたのは、ルマだった。

 まだ長い前髪から、いつもより僕の好きな顔が覗いている。


 いつものカーキの探索者の格好をしていた。

 でもなんだろう、王妃の妖艶かつ毒気に当てられてしまったからだろうか。

 彼女の衣服はどんな服よりも、清純で美しいと思える。


「アカ、ミドリ、モモも元気?」

「ルマ!」


 元気そうな笑顔に、鬱々とした気持ちが吹っ飛ぶ。

 カウンターからすぐに出迎えようとしたら、アカが一歩先に吹っ飛んでいき、ルマの足下に抱きついた。

 彼女は笑ってアカを持ち上げる。

 胸元で甘えるレッドスライムに殺気を覚えた。やろう。




 カウンターの中の椅子に座ってもらい、紅茶を入れる。

 自分の手つきが全然下手くそだったので、モモが代わりに入れてくれた。

 ルマは喜んで飲み、近況を報告してくれた。


「ようやく新しいグループに入れたんだ」


 本部のマッチング面談では何度も失敗したらしい。

 だけど、彼女は自分の見つけだした遺物の成果や、ダンジョンへの思いについて必死にプレゼンを行い、「顔よりも意志と結果だ」といって入れるリーダーに出会えたそうだ。


 なんと、僕ですら知っている結構な有名どころ。

 ついでにリーダーは男前でも有名だった。


 ふと不安が過ぎって僕は聞く。


「あの、リーダーってどんな方でしょうか」

「すっごくいい人だよ! 他のグループって女性を戦力と言うよりは、【職場の癒し枠】とか【家政婦または愛人候補枠】で集めるところが多いんだけど、あの人はとにかく仕事への誠意で人を見るの! 

 格好いいんだ!」

「格好いいんですか……」

「そうだよ! 周囲に気遣いはできるし、人望はあるし、決断力もすごいし。何よりも仕事が出来てるから、憧れちゃうなあ」

「憧れちゃうんですか……」

「そう、いつかあんな人間に、ってベッシュ? 顔が面白いことになってるよ」

「……所詮僕はこんな顔ですから」


 どんどんしょぼつく様子を笑われる。

 ふとルマは笑いを止め、紅茶をソーサーに戻した。


「ねえ、ベッシュ。ベッシュはこのまま廃坑の管理とお店をやっていくんでしょ?」

「……そうですね。ずっとできるのなら、やっていきたいんですけどね……」


 廃坑の最奥の研究室。

 僕が本業だと思っている、あの部屋。

 ポーションになってくれているカビたちを管理し、大切な仲間であるスライムたちと暮らしていく。  

 体がゆがみ続ける辛さから解放された日々は、ずっとかけがいのないものだった。

 

 でも、嘘を重ねてきたからだろうか。

 自分の足元は今、ひどく脆い。


 アカを抱いたままのルマは、僕が落ち込むのを経営が大変なのかと訊ねてくる。

 違うんだと答えたが、今の状況をなんと伝えたらいいのか。

 僕が今まで言わなかったことを、どう、伝えたらいいのか。


「僕は……「ベッシュ・ウォルト。そなたに用事がある」」


 突然ドアが乱暴に開き、地位の高い貴族らしい男と、お伴たちが入ってくる。

 僕とあろうことかルマの顔をジロジロと見定め、フンと見下した。


「我はヴァイ・フォン・ヒムヌンタール。ヴァネッサ王妃の親族である。従妹殿がなかなか例のものを寄越さないのでな。直接もらってやりに来たぞ」

「……分かりました」


 ルマがびっくりしている横で、僕は静かにうなずき、のっそりと立ち上がる。

 カウンター内の床板を外し、床下収納スペースに保存していた魅惑のポーションを出した。


「どうぞ」

「ふむ。もっとないのか」

「材料と作成の手間を考えればこれが限界です。そもそも作成したらすぐに白騎士に預けているのですから、手元にあるはずがございません」


 ヒムヌンタールは顰め面をして、あのごうつくババアめと僕からポーションをひったくって行った。


 ドアが閉まると、ルマが心配そうに聞いてくる。

 

「ベッシュ。一体どうしたの?」

「なんでもないよ」


 頑なに話したくと表情を硬くする僕に、ルマは何も聞かないでくれた。

 その思いやりに、後ろめたさが増していく。


 のしっとミドリが頭に乗る。

 モモが体を伸ばして足を叩く。

 全部彼らの慰める行為だと知っているルマは、ずっと僕を気遣ってくれた。

 

 情けなかった。






 町は次第に変化していく。

 

 貴族にまで卸されていた魅惑のポーションは、やがて金持ちにも卸されるようになり、とうとうこの町の有力者も「絶世」の美男美女が新たに誕生した。

 実際に町の庶民たちは、なんとしてでも金を手に入れ、顔面レベルをカンストさせたい。

 そのためにはもっと手っ取り早い仕事を、簡単に稼げる方法を。


 外見さえ手に入れてしまえば、あとはどうとでもなるのだから。


 カウンターで、馴染みのツンツン頭と坊主頭のお兄さん二人組が、目をギラギラさせていた。


「なあ、ベッシュ。俺ら国で一番でかいダンジョンに挑もうと思ってるんだ」

「一番……というと、凶悪なモンスターが多く出没すると有名な、あそこですか?」

「おうよ。あそこは実入りが良いんだよ」 

「お二人の実力を疑うわけではありませんが、ここのダンジョンとは大分毛色が違いますよ?」


 どちらかといえば遺物探査ではなく、貴種モンスターの材料や、ミミックといった宝物を隠しているモンスターを狩ることが主となる。

 危険が多く、死人も毎年かなりの数が報告されているのだ。


 ツンツン頭のお兄さんは、なんとかなるよと言う。

 坊主頭のお兄さんは、装備を手に入れるために借金もしちゃったからなあとぼやく。


「やっぱり、俺ら分かったんだよ。世の中顔だって」

「知り合いが絶世の美形になった途端に、金持ちの美人と結婚できたんだよ。

 やっぱりブサイクとフツメンが何をいっても無駄さ。

 特にブサイクとブスは、何ってもひがんでいると言われるし、この世を語るには、まずは顔を良くしてからだよな」


 そう言って二人は旅立つ。

 ドアの前でシロとクロが皮肉気に伸び縮みして、見送っていた。

 スライムからしたら、人間の顔面への執着は、愚か以外の何物でもないのだろう。




 更にしばらくして、道を歩くと「絶世」を見かけるようになった。

 ただいまダンジョンの商店街に年会費を払いに来ていたのだが、歩いているとしみじみと実感する。


 右を見ても「絶世」、左を見ても「絶世」。

 絶世の美男美女は、殆どリックとレダに似ている。

 あの二人が、この国の人間を大量に調べて作った顔面レベル最高値だからな。

 みんな似た顔になるのは致し方ない。

 

 向こうから歩いてくる、あの制服は【まねきケット・シー】の……あ、名札が店長だ。

 ほんの少し前までは狸腹のおっさんだった店長が、リックによく似た姿に変身している。

 流石に贅肉が多すぎて、全体が緩んで崩れてはいるが。

 なんだろう。

 もう「誰?」すぎて、シャレにならない。


 子供たちがゴブリンごっこで遊んでいる。

 ただ、昔はゴブリンだったものが、


「顔面レベル1が来るぞー!」

「みんなでポーションを飲むんだ!」

「ブスには魅惑のポーション! ブサイクにも魅惑のポーション!」

「触られるなよ!」


 顔面レベル底辺の人間が、鬼らしい。

 子供たちは敏感だ。大人の事情の心理を悟り、あっという間に増幅してしまう。


 体の奥で、自分の中の「ぼく」が、青ざめていくのを感じながら、商工会議所の階段を上り扉に手を掛けた。

 その時、


「ベッシュ、ようやく見つけた……」


 低く、憎しみに満ちた男の声が掛ける。

 振り返ると、銀に近い灰色の髪を振り乱し、目が血走った貴族の男が僕を睨んで立っていた。

 貴族なのにポーションを飲んでいないのか、顔は昔のまま。


「ネスティ・ネイド。君か」


 感情を浮かべずに僕は彼を見下ろす。

 いつかはこんな日も来ると思っていた。


 「ぼく」を廃坑へ追い込んだ男。

 僕がこうして立っている原因を作った男。

 

 かつて親友だと思っていた、男だった。

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