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リックとレダ、こじれにこじれた顔の話

 白騎士の白とは、王妃様がつけたあだ名らしい。

 「リック・ドーナン、あなたは『白』ね」と。


 これには諸説ある。


 色白を誇る美女が裸足で逃げ出すほどの美肌であるから。

 または異様に同性の保護欲を書き立てるらしいダメわんこ属性により、周りの騎士が荒事に参加させず、血を浴びたことのない騎士として。


 またはこいつの純真さに、王妃が心打たれたからとも。

 僕はこれが近いな、と睨んでいる。


 王妃はとにかく頭が切れると評判だ。

 王どころか裏社会すら手玉に取る彼女にとって、顔以外に全く役に立たないリックを置く理由。

 恐らくこいつの純真あほさ、つまりは「白痴美」を、愛でているのだと。




 リックはどうしようどうしようと繰り返し、僕に必死にすがる。

 相変わらずのテンパリぶりに、落ち着けとカウンターの上でサボっていたシロを金髪頭に乗せた。


 スライムのひんやり体温で落ち着いたやつを、居住スペースの椅子に座らせ、店をクローズにする。

 ドアに<ただいま休憩中>と表示した。

 出されたお茶を慌てて飲んで、熱さに悶えたリックは、なんとか状況を説明しようと頑張った。


「レダがさ、『もう私の人生は終わった。全てはベッシュのポーションのせいだ。リック責任を取って』って、怒るんだ」

「リックが責任を取るのはいいことだと思いますけど、その前。なんで僕のポーションのせいになるんですか」

「ええと、話は戻るけど、王宮には前からネイド商会の魅惑のポーションが流通していたんだ」


 だけど、飲んだところで少し目が大きく見えて、顎の輪郭が誤魔化されるくらい。

 リスクの方が高いと、早いうちから廃れ始めた。


 だが王の寵妃であるレダは違った。

 瓶の注意書きに「服用中には子供が出来ない」「効果は一ヶ月」を見る都度に、激しく動揺してしまったのだ。

 結果として、宮中では「寵妃レダは魅惑のポーションを服用している。だから子供ができないのだ」という噂が流れるようになる。


 彼女が寵妃になってまだ一年。

 どんなに若かろうが、妊娠に確実などありえない。

 しらばっくれていれば立ち消える話なのに、庶民出身の彼女は上手く取り繕えなかった。


「なるほど。実際にレダはポーションを飲んでいますからね」


 彼女は僕のポーションを飲んだ三例目だ。

 絶世の美女に変身した、見事な成功例である。




 レダは元々村一番の美少女だった。

 だが、長年の片思いの男があろうことかこの超絶美形ざんねんだったために人生が狂う。

 自分の外見に、強いコンプレックスを持ってしまったのだ。


 彼女はずっと「リックの横に並べない」と、釣り合いが取れない自身の顔に悩んでいた。

 その一方でリックは、外見というか全てのことにこだわらない男なので、軽く告白しても信じてくれないレダのことを「なんでかなあ」と思っていた。

 

 魅惑のポーションを開発したときの、プロトタイプの実験体は僕。

 改良版の実験体はリックだった。

 流石は本物の「絶世」。こいつは全く変化が起きなかった。

 自分でさえ激烈な痛みにのたうち回ったというのに、ケロっとした顔で「効かないんだけど」と首を傾げていた。


 しかも。

 昔からバカだバカだとは思ってはいたが、やつは、


「レダが前にこういうの飲みたいって言ってたから、『あまり効かないよ』って残りをあげてきちゃった」


 そう、事後報告をしてきたのだ。

 絶世の美女、レダの完成である。

 雪のような肌に波打つ金の髪、目は海のように深く青く、その顔は女として最高のバランスと美を誇り……とまあ、典型的なおとぎ話のような形容詞の女性になった。


 彼女は当初、歓喜したそうだ。

 「これでリックに相応しい顔になれた」と喜んでいたらしい。

 リックもレダのことを女の子として好きだったから、「レダが俺の告白をこれで信用してくれるよ」と喜んで花束を買って行ったのだ。


 だがそれだけで簡単に物事が進むようになるなら、リックは「白騎士」なんて呼ばれないし、レダも王妃こわいおくさんに尻を敷かれた王様おっさんの寵妃なんてやっていない。




 ―———レダは疑問を抱いたのだ。

 私のことは顔だけなのかしら、と。


 彼女の超絶美形リックへの長年のコンプレックスは、こじれにこじれていた。

 物事を真っすぐに受け止める力を、失わせるほどに。


 初めて真正面に、花束まで持ってきて告白した幼馴染に、恐ろしい変化球を投げてきた。


『顔が良くなってからまともな告白をくれるなんて、私のことは結局外見しか見ていなかったのね』


 ただでさえ理解力の低いリックには、彼女の台詞は全くの宇宙語だ。受け止めるどころじゃない。

 「どうでもいいからとりあえず結婚しようか」と答えて、彼女を激怒させた。

 その後なんやかんやとやっているうち、たまたま視察に来ていた王様に見初められて、召し上げられてしまった。


 彼女もヤケを起こしていたのだろう。

 あいつよりも上の男と結婚して見返してやるという、よく聞く話だが、考えが足りないと痛い目に合う手段を選んでしまった。


 しかもリックの主の旦那さんの、愛人。

 なんというドロドロな人間関係。

 これを知ったときにはもう、何をアドバイスしていいのやら分からなかった。


 ただ、まだ救いがあるのは、王妃様がこの事態を面白がっているということだ。


 別名、氷の王妃であるヴァネッサ様は、この国の真の支配者であるという。

 裏社会までも統率する彼女に、王の愛人管理なんてお手の物だ。

 レダを始め、数人いる愛人は皆、王妃の素晴らしい女っぷりに心酔し、王よりも王妃に忠誠を誓っている。


 だから、白騎士と寵妃レダのこじれた関係は表向きは出ていない。

 全て、王妃の手の中だからである。






「それで、僕はどうすればいいのでしょうか。あのポーションは半永久的な効果だと伝えてもだめですか?」

「一度疑うと止まらないんだよなレダは。だから、もう一回飲ませれば気が済むと思うんだけど」

「ダメですよ。あれは用量以上に飲んではいけないんです」

「だって、レダは半分しか飲んでいないじゃないか。もう半分だけでも飲ませてやって欲しいんだ。な、頼む!」


 両手を合わせて必死に頼み込むリック。

 本当にだめなやつなのだけど、これでもレダのことを大切にしているのだ。


 脳裏に、ルマの横顔が浮かぶ。

 「仕方ないですね」と、僕は諦めた。


「確か研究室に何本かありましたね。それでいいでしょうか」

「頼む!」

 

 見捨てられない友人の頼みに、仕方なく廃坑に向かうことにした。

 リックも過去に一度来たことがある。

 だが、彼は方向音痴で地図も描く習慣がないので、道を覚えられない。


 腕の中のモモを下ろした。

 防護服の白衣を着こむ。

 そのまま店の外にいた、ムラサキやクロも引き連れ、男二人で廃坑の奥へ向かう。





 カンテラで照らしながら奥の間に近づくと、湿った空気が流れてくる。

 地下は程よい湿度を保っており、壁に生えた小さな苔が壁に彩りを添えていた。


 最後に出たのは大広間。

 四角く何かを切り取ったような巨大な空間の壁には、赤い苔のようなものが一面に張り付いている。

 そして赤い苔の奥に、ドアが一つあった。

 リックはきょろきょろと辺りを見回す。


「ああ、ここだここだ。思い出した。ここってなんでこんなに広いんだったっけ?」

「ミスリル床の最後の部分があったそうです。四方をくり抜いても残りの鉱床は現れず、最後は放置されました」


 足元を色とりどりのスライムが跳ねる。

 ここは、彼らの一番の居住地でもあるのだ。


「しかし、本当にこいつらカラフルだよなあ。普通スライムっていったらブルーじゃないのか? 

 むしろブルースライムがいなくないか?」

「よく気が付きましたね。この廃坑にはブルーは存在しませんよ。まだ多いのはパープルスライムでしょうか」


 そう説明しながら、ドアに手を掛けたその時だった。


「なあ、ベッシュ」

「なんです?」

「本当に、すまん!」


 突然リックが土下座をした。

 なにを、と振り向こうとすると、僕らは体の大きな騎士たちに囲まれていた。


「これは一体、どういうことでしょうか」


 目を見開く僕に、騎士たちの壁から一人、妖艶な女性が歩いてくる。

 

「元王立研究所研究員のベッシュ・ウォルト。あなたの話が聞きたいわ」


 高くも低くもない、涼やかな声で、僕の名前を呼ぶ。

 女性は安全のために探索者の格好としていた。

 だが、その上品な物腰と色っぽさは、野暮な服を着ていても隠し切れない。

 彼女は、ヘルメットを抜いだ。

 

 溢れる豊かな髪は銀髪。この国の王族の証。


「王妃様……」


 この国の真の支配者、ヴァネッサ王妃が立っていた。


「あなたの本物の魅惑のポーションの話を、レダに話してもらったの。確認のためにリックに聞いたらそれは簡単に協力してくれたわ」

「リック……」

「だって、ヴァネッサ様が怖いんだよ!」


 思わず赤い天井を仰ぐ。

 ああ、そうだ。こいつはこういうやつだった。

 つくづく、こんな友人しか作れなかった自身の生き方に、反省をする他なかった。


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