僕の廃坑、彼女のダンジョン 同じところと、違うところと
ある日、ルマにとんでもない事実を教えられた。
スライムが元気に暮らしている廃坑。
そしてルマが攻略している有名ダンジョンは、壁一枚で繋がっていると。
「そうそう、ここよ。私が廃坑に入り込んだのは、ここだったの」
以前ルマに出会った場所の近く。
廃坑の奥からそんなに遠くない場所に、二人で立っていた。
ルマがごつごつしたフォルムの探索者用ヘッドライトで照らしている場所は、一見すると少し壁から岩が出っ張っているだけに見える。
カンテラで照らしても何の違和感もない。
アカとミドリは岩をつつく。
普段は廃坑の底から出てこない、ダイダイやグレーといったスライムも現れて、興味本位で岩を取り囲んでいた。
ルマがところで、と僕を見た。
「ベッシュ。いつもそんな格好で廃坑の管理をしているの?
ヘルメットだってつけないし、防御力が0じゃない」
「そんなことないよ。これは特別製なんだ」
僕は探索者と同じブーツに普段着。
その上に白衣を着ていた。
もちろん背中には、壁や配管の修理に使う道具をしまう、背嚢を背負っている。
「これは着る人の魔力を使って、薄い防御壁を全身に張るんです」
「へえ、珍しいね。どこの職業で使っているもの?」
「研究職……ですかね。知る人は知っているってやつです」
「へえ。でもベッシュのすっとした顔には似合っているかもね」
「え」
思わず自分の顔を触る。
ルマは「この辺では珍しい顔だけど、涼しげでいいと思うわ」と続ける。
「そ、そうですか。いつもは平たい顔に糸目だと指摘されますが」
「それなら私なんて、印象が平たすぎて顔が壁って言われるよ。
多分ベッシュの顔は、凹凸のバランスというよりも、パーツが整い過ぎて返って地味に見えるのかも。
目だってよく見れば切れ長だし。ふふ、お揃いだね」
今までそんな風に言ってもらってことなんてないよ。
思わずドギマギする。
そうか。これは失敗ではなかったのか。
「会ったことがないですけど、父親が遠い国から来た異邦人だったんです」
「じゃあこの国の基準と違ってもしょうがないね。私はあなたの顔、嫌いじゃないな」
「あ、ありがとうございます。僕は、ルマの顔が好きです」
「またそんなこと言って。
『人の綺麗なところ探し』は嬉しいけど、こんなところでわざわざ言わなくていいんだよ?」
「え」
いや、今のは本気なんだよ。
そう再度言おうとした。
だけど、なぜか、ものすごく気恥ずかしくなる。
口が開かなかった。
なぜだ。
ちらりと見える、彼女の切れ長の瞳を見つめられない。
上手く言えないでいると、ルマは岩に向き直った。
片膝を立てて岩の下の方を探る。
何かをいじると、岩壁が突然揺れ出した。
「動いたっ」
「し。ベッシュ、口を閉じて動かないで」
思わず片手で自分の口をふさぐと、岩壁はパラパラとかけらをこぼしながら、向こう側に立ち上がった。
え、立ち上がった?
突然開いた窓ほどの穴からは、広い洞窟が現れた。
岩壁はあちらに投げ出していた手足と頭を立て、ドシンドシンと、歩き出す。
やがて見えなくなる岩壁の背中。
ルマが教えてくれる。あれはロックゴーレムだと。
「全然気が付かなかった……」
「ロックゴーレムには不思議な習性があってね。お気に入りの定位置というものがあるの。
あの個体は、たまたまここがお気に入りなのね。
周りで割れている鍾乳石を見る分には、恐らく起き出す周期は数十年に一度というところかな」
ルマはダンジョンを探索する時には、ゴーレムを良く指標にするという。
彼らは律儀な生き物だ。起き出すと好みのルートだけを回り、一定時間で戻ってくる。
古代の遺跡を残した人々は、ゴーレムの几帳面な習性を利用し、大切なものを保管する場所に彼らの散歩ルートを使うことがままあったらしい。
「まあ、何度も無理やり起こしたら流石に彼らも怒るけど。
そこは勘とコツね。私、何度やっても怒らせたことがないんだ」
顔に影が差す。
ああ、だからこのスキルを仲間に利用されてしまっていたのか。
アカがルマの足元に登る。慰めようとしているようだ。
「ルマはモンスターに好かれるんですね。ああ見えて警戒心は強いスライムたちにあっさり懐かれているし」
「ベッシュだって、こんなにたくさんのスライムに好かれているなんて珍しいよ。
この廃坑のスライムが、会う度会う度に寄ってくるもの」
ルマがアカを抱き上げてありがとうと、撫でてやる。
うっとりと、少女の柔らかそうな胸に抱かれて幸せそうだ。
あのやろう。
もやっとしていると、ルマはあのゴーレムは数十分で戻ってくると説明した。
前回は廃坑を遺物の保管所への道かと勘違いをして、夢中になって調査しているうちに塞がれてしまったらしい。
ルマが良いことを思いついたと手を叩く。
「ねえ。ベッシュは探索者じゃないから、ダンジョンに入ったことがないでしょう?」
「ええ、そうですけど」
「今なら見れるよ、一緒に行こうよ」
「素人が入っていいのでしょうか」
「いいっていいって! ほら、こっちこっち」
「わ、わ、わ」
強引に引っ張られて、ゴーレムが作った窓を越える。
足を踏み入れると、そこは巨大な空間だった。
後ろからたくさんのスライムが、窓から覗き込むが、入ってこない。
本能が危険だと言っているのだろうか。
「広い……」
巨大な鍾乳石が上から横からと鈴なりに張り出し、地面を見知らぬ小さな生き物が走る。
そして何よりも、天井が七色に輝いていた。
ここは確か地下のはずだ。
なのに不思議な空が展開する、明るい異空間が存在している。
ルマが説明する。
「ここはダンジョンでまれに生じる、虹の間よ」
「虹なんですか? あれが」
「ええ、古代人がプリズムというものを利用して、ヒカリゴケを七色に光るようにしているの。
見たことがないでしょう?」
「はい、綺麗ですね……」
天井の揺れる七色に引き込まれながら返事をすると、彼女は胸を張る。
「ダンジョンは、未知の美しさに溢れているの。
私は探索者をしながら、世界中の古代の美しいものを発見したいんだ」
「そんな夢があるんですね」
「うん。私は昔からブスって言われ続けてたから、余計に綺麗なものが好きなのかもしれない。
でもそんなの単なる切っ掛けだと思う。今、私はただ見たいという気持ちだけで、なんでも頑張れるの」
「いいですね。僕はそんな素敵な夢なんてないです」
「そう? ベッシュは今の仕事を、とても生き生きとやっているじゃない。
私、アカやミドリたちと頑張っているベッシュが好きだよ」
思わぬところから来た「好き」に、虚を突かれた。
彼女から見たら、僕はそう見えるのか?
横にいる彼女をまじまじと見る。
気が付かない彼女は幸せそうな顔をして、七色の天井を眺めていた。
夢中なものがあって、未来の夢に希望が輝いている、顔だ。
ああ、綺麗だな。
ふと思った。
ゴーレムが帰ってくる時間になったので、僕らは廃坑に戻った。
ルマは坑道の岩壁を触り、この廃坑もいい味を出しているという。
「現代人が作ったものだけど、岩の感触が違んだよね。スライムたちが住み始めたからかな」と推測してくる。
「最初ここに入り込んだ時に、ここには何かがある! って気がしたんだけどなあ。
ねえ、ベッシュ。この廃坑の奥には何があるの?」
「え!? ナニモナイデスヨ」
あ、うっかり片言に。
「……あるのね」
「ええ!? ソンナコトナイデスヨ」
隠しきれてない!
慌てる僕の様子に、ルマはため息をつく。
「……今は何も追求しないであげる。でもいつか、私が信用できると思ったら、教えてね」
すぐに諦めたルマは大人だった。
自分よりもよっぽど人付き合いを分かっている。
それに比べて、僕はなんて子供なんだろう。
ルマを先に行かせて、廃坑の通路の角を振り返る。
あの奥の部屋に、思いを馳せた。
地上に戻ると、今日はルマが店の手伝いをすると言いだした。
そうして着替えてきた彼女はモモと在庫を整理を始める。
そのまま髪を後ろにひっつめ、前髪をピンで止めた。
素顔を晒した彼女にびっくりする。
「いいのですか? その、顔、」
「ベッシュならもういいかなって。私の顔、嫌いじゃないんでしょ?」
「うん、嫌いどころか好きだけど、いいの?」
「……まだ外では怖いかな。でも、私、もっと自分の顔を好きになろうって決めたの」
ベッシュのおかげだよ。
彼女は微笑んで、モモと一緒に商品の埃を払い始める。
呆然と、僕はお金を数えるふりをして、彼女の作業を眺めていた。
綺麗だな。
凛とした横顔を見つめる。
彼女の前を向こうとする真っすぐな気持ちが、痛いほど伝わった。
ああ、綺麗だな。
素の自分を誇ろうと努力する姿が、とても綺麗だ。
―———僕とはまるで違う。
僕は両手で、そっと自分の顔を触った。