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あなたのとても綺麗なところ

 この店では小さなものなら、ダンジョン発見物の簡単な鑑識、買い取りもしている。

 だが周囲との協調のためにも、特別な相場で買い取りなんてしない。

 そもそも専門の店がダンジョンの前に陣取っているので、その手の客は殆ど来ない。


 彼らから聞くと、珍しいものを発見したと思ったら、他の店では二束三文で買い叩かれそうになったらしい。

 よくある話だ。

 新人の探索者シーカーの通過儀礼とも言える。


 彼らが持ってきたのは、四角い不思議な金属でできたもの。

 鑑定用のメガネを掛けて、表面に書かれた古代文字を解読する。

 その間彼らは一様に不安げだった。顔に「こいつ俺たちと同じくらいの年なのに大丈夫かよ」と書いてある。

 舐められやすい年齢なのは自覚している。だが、仕事さえ出来ればいいのだ。


「分かりました。これは確かに古代の遺物ですね」

「だろう! やっぱり俺たちの発見は本物だったんだ! 

 ダンジョン前の店の店員は、怪しいもんだって言ってクズ銅価格で提示したんだぜ!」

「ただ、これは単なる商品タグです。肝心の商品がありません」

「へ?」

「残念です。クズ銅と同じとは言いませんが、価値は低いですね」


 そう言って金属をリーダーの手に返す。

 するとリーダーは、一番後ろで小さくなっているルマに再び怒鳴った。


「おい、ルマ。お前が見つけた金属、やっぱり価値がないじゃないか。責任とれよ」

「ご、ごめんなさい」


 ルマは相変わらず前髪で顔を隠している。

 ただ髪の隙間から見て取れる顔の血色は、相当悪かった。


「そうよ、何のために顔面レベルが2のあんたを、グループに入れてやったと思っているの?」 

「あーあ、つまんねえな。今回の探索費用、お前が出せよ」


 もう一人の顔は整っていて可愛い、だけど相当気の強そうな少女が、ルマを小突く。


 あれ? さっきは「俺たちの大発見」っていったよね。

 だけど価値がないと分かったとたんに、発見した仲間を責めて金を取る?

 なんだそれは。


 僕は、鑑識結果に一つ付け加えてやった。


「でも、その古代文字には珍しい象形文字が入っています。

 王立歴史研究所では新しい象形文字が書かれた遺物は高く買い取りますからね。

 そちらに行った方がいいですよ」

「それを早く言えよ!」


 少年少女は喜び勇んでドアから出て行った。

 恩があるはずのルマに「迷惑をかけたお前に分け前はなしだ」と言い捨てて。


 静かになる店内。

 俯くルマ。

 気まずい。


 色々と考えて、彼女に声を掛けた。


「あの、ルマ。見つけたのが君なら堂々とすれば良かったのでは?

 探索者シーカーのルールでは、グループで遺物を発見した場合でも、最初に探し当てた人物にはある程度売り上げを割増が請求できますけど……」

「いいの」


 彼女は俯いたまま。


「なんであんな」

「私がみっともないから」


 なんであんな連中と一緒にいるの、と僕が訊ねようとすると、彼女は先に答えた。

 みっともない自分をようやく入れてくれた仲間の、気分を害したくないという。


「何がみっともないというのですか?」

「私の顔が、醜いから……」


 そっと彼女がこちらを見ると、前髪から顔が覗いた。

 顔は丸く、鼻は少しペチャっとしているが、気になるというほどじゃない。


 そして、目が切れ長の一重。

 アウスエンではぱっちりとした二重が多いから、特徴的と言えばそれくらいだろう。

 自分としては全然醜いとは思えない。

 むしろそっちのほうが好きだ。


「綺麗な目ですね。せっかくなら前髪をどかせばいいのに。

 僕、切れ長の美しい瞳が好きなんです」


 彼女はびっくりした顔をして、僕を凝視した。


 もしかして、口説いていると思われている!? 

 こっぱずかしい!

 心臓がバクバクと跳ねだして、思わず言い訳を連ねてしまう。

 

「あのですね! 男ってのは本能に忠実でありましてですね! 

 足が綺麗ならミニスカートを履いて欲しいですし、胸が綺麗ならラインを見せて欲しいし、顔が綺麗なら顔を見せて欲しいし、それ以外に特に他意はないわけでしてはい!」


 己は何を言っているんだ!

 これではまるで変態だ!


 濃灰色の頭を抱えて言いつくろう自分に、ルネは泣きそうな顔をしながら、笑ってくれた。


「優しいのね、ベッシュ」


 彼女は前よりもずっと、この店を使ってくれるようになった。

 相変わらず顔は隠しているが、あの嫌なグループと一緒に入ってくることはない。






 ある日の最初のお客さんは、ダンジョンの近くの宿屋で掃除のパートをしているおばちゃんだった。

 商品を手に取ってくれるまではいい。

 だが、決してレジには持ってこない。

 石鹸を人質に、僕に一方的なおしゃべりを開始した。


「ねえ、ベッシュちゃん聞いてよ。うちの職場のむかつく女がさ、私に仕事をしろっていうのよ」

「はあ」

「ちょっと顔が良いからって何よ。しかも良い年して独身よ? 

 私なんて適齢期には結婚できたし子供もいる。立派な大人に言う台詞じゃないわよね」

「はあ」

「しかも上司も私が休んでいるのを、『休憩時間は何時間だと思っているのだ』っていうのよ。

 たった三時間じゃない? それもこれもきっとあの女の差し金よね。

 ちょっと顔がいいからって上司におもねって信じられない。

 私には夫も子供もいるから忙しいのにねえ」


 いいからその手にある石鹸、とっととカウンターに置いてくれないかな。


 僕のイラつきが伝わるのだろう。

 スライムのシロとムギとアカが、おばちゃんの後ろで芸を始めた。

 ムギが太い円柱になって、シロがかぶさりケーキ。

 アカがその上にのって巨大な一粒イチゴのイチゴケーキ。


 すごい、結構似ている。 

 そう感心していると、ムギがヘタってつぶれた。

 シロとアカが転げ落ちる様がとてもおかしくて、笑いをこらえるのに苦労する。

  

 その間にもおばちゃんは、愚痴を延々に続ける。


「あたしだってもうちょっと綺麗になれればねえ。あんな女の言うことをバカにしてやるのに。

 上司だって、私が一日おしゃべりしていても怒らないよ。

 早く噂の魅惑のポーションとやらが、手に入らないものかねえ」


 顔と仕事をしない理由は、関係ないと思うけどな。

 そんなに顔が気になるならまず、少しでもやせた方がいいと思う。

 顎が三重だし、せめて、一重にした方が……なんて。

 死んでも言わない。怖いから。


 そうして僕はよく考えて、おばちゃんに言った。


「ミレーヌさんの輪郭は卵顔で小顔ですよね。綺麗なのにもったいない。

 拭き掃除は腰を使ってやればいい運動になると聞きましたよ。

 ぜひ試して、元の美しい輪郭を際立たせて見せに来てください」

「まあ! ベッシュちゃんは分かるわねー! ……そうね。最近運動不足だし頑張ってみようかしら」 


 おばちゃんは喜んで、結局石鹸を買わずに出て行った。

 塩撒いてやろうか。


 僕の心を察したのか、モモが塩の壺を持ってきた。

 だけど、撒いたら掃除しなくちゃいけないと悩んでいる。あの子は綺麗好きだからな。






 ある日、町役場の事務官風の格好をしたおっさんが来た。

 店内をジロジロを見回して、誰もいないのに小声で聞いてくる。


「おい、ここには月刊快楽ダンジョンはないのか」

「ありません。すみません」


 場末の店だからって、こっそりとエロ本で集客していると思われても困る。


「置いた方がいいぞ。品ぞろえがないならせめてそれくらいは工夫しなければな」

「申し訳ありません。書籍の販売は国に申請が必要なのでやっていないんです」

「営業努力の足りない店だな」

「すみません」


 年若い自分が店主だと知ると、なぜか説教を始めたおっさん。

 私ならこの店をこう工夫するああ宣伝する、と語り出した。

 どうも、自分が粛々と高説を聞いてくれるのが楽しいらしい。


 しかし仕事はどうしたのだろう。

 今日は昼も店を開ける日だ。今、太陽はまだ高い。


 モモが塩壷を持ってやってくる。

 いる? 掃除が大変だけど……と躊躇しているのが伝わってくる。

 いらないよ。でもありがとう。

 ピンクの表面をなでなでしてモモを帰すと、おっさんは持論をようやく語り終わった。


「店主。ちなみに君は随分と若いが、店は親から引き継いだものなのかね」

「親ではありませんが、恩師に融通していただきました」

「全くうらやましいな。私はツテもコネもないからなあ。こうして地べたを這いずって仕事をしてようやく生きているだけだ」


 嫌みを言っているつもりはないらしい。

 よく見ると、足下には黒い革の鞄を置いていた。

 高級マジックポーションの販売が仕事なんだよ、とおっさんは言う。


「最近はなかなかね。市場が飽和しているものだから。

 魔力値はほっといても増えるものだという連中もいるし、製造業が乱立したせいで価格は下落。少しでも利幅を得るためブランドを作って売り込もうとしているけど、不況だからね」


 チートなポーションも、すべての人が飲んでしまえばみんな同じ。

 これ以上魔力値上がらなければ、飲んでも無駄。

 それでも、少しでも同世代よりは「上」になりたいという人はいて、限られたパイの中で製造業はより効果の高そうなポーションを作り続けている。


「ああ、早くうちの商会でも魅惑のポーションを扱えないかなあ」


 今なら、高い価格を付け放題。

 ほっといても売れる商品を営業したいもんだね、ほんと。


「もう、市場に出たのですか?」

「いや、魅惑のポーションを謳った商品はたまにみるがね。どうせ贋作だろう。王立研究所で一度発表があったきりで、まだ際現に成功していないそうだからね」

「でも最近は、よく話を聞きますよね」

「まあな。顔面レベルの提唱者であるネスティ・ネイドが『ポーションはあります!』と発言したのが発端らしいからな。信憑性は高いんだ」


 ネスティという人名に顔を強張らせる自分に、おっさんは気が付かずしゃべり続けた。


「売るよりもまずは自分用に欲しいよな! 

 自分が飲んで、第一印象を半端なればなあ、対人商売も楽になるだろうし、嫁だって俺を見直すに違いない」


 飲みたいなあと言うおっさんに、僕はアドバイスを試みた。


「お客さんの背筋はしっかりしていますよね。背格好はいいのですから、顎を引いてみたらどうでしょうか。たぶん少し、猫背なんですよ。肩を体の後ろの回してみてください」

「ん? こうか?」

「はい、いいですね。クロ、シロ、鏡持ってきて」


 カウンターの後ろから、二匹のスライムが細長い立て掛けの鏡を運んでくる。

 昔は探索者をやっていたというおっさんは、姿勢が良くなるだけで顔の精悍さが増した。

 より若くすら見える。筋肉って偉大だ。


「ほら、大分男前が上がりましたよ」

「お、いいな! これなら少しは自信を持って夕方から頑張れそうだ!」

「良い報告を待ってますよ」


 おっさんは元気に出て行った。

 一つも商品を買わずに。


 塩壷を持ったままのモモが見上げてくる。

 ……うん。少しだけ外に撒いといて。






 夕方、ルマが全然売れていない店の様子に呆れていた。


「カウンセリングをやった方が儲かるんじゃないの?」

「いや、それはちょっと……」

 

 ミドリがカウンターから肩に、のしりと乗っかる。

 そして体を伸ばして頭を叩く。

 これは「まあ頑張れよ」の動作だ。

 余計に落ち込む僕に、彼女が多めに携帯食を買ってくれた。


「ベッシュのおかげかな。最近は仕事に集中できているの。だから気にしないで」


 最近ルマには、全く頭が上がらない。

 前髪からちらりと見える目は、優しい曲線を描いていた。

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