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顔を隠した少女

 廃坑は昔、希少な金属が取れたという。

 鉱山の地下のあちこちに張り巡らされた坑道はやがて迷路のようになり、廃棄された今も管理する者を必要とした。


 僕は廃坑が万が一崩れないよう管理する仕事をしており、外では小さな日用品店を経営している。


 仕事のパートナーはスライムたちだ。

 スライムというと原始的な粘液生物を思い浮かぶ者もいる。だがこの国の種は、知的で人間に慣れた生き物だ。

 プルプルとした表面はとてもさわり心地がよく、鳴かないことからペットとして飼う人も多い。


 たまたま廃坑の底で出会い、荷物のパンがカビていたので(スライムはカビが好きだ)譲ったら仲良くなれてしまった彼らとは、よく行動を共にしている。




 カンテラを持ち、廃坑の底から続く坂をスライムたちと共に上がる。


 今日はアカ、ミドリ、モモ、シロ、クロ、ムラサキの六匹だ。

 種族もレッドスライム、グリーンスライム、ピンクスライム、ホワイトスライム、ブラックスライム、パープルスライムと様々。

 種族は違えどみんな仲が良く、廃坑はスライムの楽園とも言える。




 角を曲がると、見知らぬ誰かが何かを探していた。


「ここは一般人は立ち入り禁止の廃坑ですよ」

「あ、ごめんなさい」


 可愛らしい声だ。女の子かな。

 カーキのつなぎに背負い袋。黒いブーツ。ヘルメットとごついフォルムのヘッドライト。

 ダンジョンの調査を仕事にする探索者シーカーの格好だった。


 ここは古代人の遺物のあるダンジョンではなく、ただの廃坑だ。

 間違えて入ってきたのだろうか。


 スライムたちは、興味津々で女の子を囲み近寄ってくる。女の子は少しびっくりしているが、それほど動じない。

 特に女の子が好きなアカがよじ登ろうとした。

 さすがにそれは駄目だと、赤いゼリーを持ち上げる。


 岩壁の、元々灯明が掛かっていた場所にランタンをひっかけた。明かりの出力をあげる。


 明かりに浮かんだのは、自分と同じくらいの若い女の子だった。

 背は高くて細い。自分より少し低いくらいか。

 黒髪を肩で切りそろえて、長い前髪が顔を殆ど覆っている。

 その髪はファッション? 変わった子だなあ。


 小さくなっている彼女に説明をする。


「僕はここの廃坑の管理人です。ダンジョンでしたら商店街の反対にどうぞ」

「本当にごめんなさい。ダンジョンの時と同じ匂いがしたから間違えたの」


 「匂い」というのは、探索者がよく言う単語だ。

 彼らはダンジョンに残された古代の遺物や宝物を当てる嗅覚に優れている。何かがありそうだ、という意味で彼らはよく匂いを例えに使う。


 へえ、この場所が匂うなんてなかなか有望だな。

 そう心の中で思ったけど、顔には出さない。

 僕は彼女を地上へ案内した。


 歩きながら自己紹介をしあう。

 彼女のは前はルマ。

 探索者専門学校を出たての探索者シーカーらしい。

 同い年ということで、彼女はすぐに砕けた言い方になった。僕は敬語が癖で抜けないので、このままで話させて貰うことにする。


「あなたの名前は? この仕事は長いの?」

「ベッシュ・ウォルトです。仕事は一年くらいですね、もう大分昔からいるような気がしていますけど」


 まだたった一年なのか。

 自分で言っていて、不思議な気持ちになった。


 地上に出て、目の前の小さな店に案内する。

 店名は「スライム日用品店」。

 小さな平屋で、店舗と倉庫を除けば、住居スペースなんて雀の涙の我が家だ。


 スライムたちはめいめいにお店の好きな場所に入り、遊び始めた。

 ひなたぼっこをするもの。スルリと店舗の中に入ってお気に入りの木箱で寝るもの。早速掃除を始めるもの。


「ここが僕の店舗兼住居です」

「あ、この店なの。この店ってたまに横を通るけど、営業していたんだね」

「通常、廃坑に入っているときは閉めていますからね。朝や夜はちゃんと営業していますよ」

「そっかあ、じゃあこれからは利用するね」

「ありがとうございます!」


 何を扱っているのと聞かれたので店を開け、店内を案内する。

 探索者の小さな備品や、石鹸などの生活雑貨。

 傷病に利く回復薬や長期保存できる食料品も扱っている。


「簡単なものなら発掘品を鑑定できますし、たまにポーションも入荷したら売っています」

「へえ、じゃあ噂の【魅惑のポーション】なんかも売っているの?」


 隠れているはずの顔から、期待が見てとれる。

 僕は、笑顔で否定した。


「いいえ、そんなものはありませんよ。あってもしょうがないじゃないですか」

「そう、残念。でも町中の噂じゃない。いつも期待しているんだ、私」


 彼女は前髪の奥から、ため息をついた。


 ああそうか。

 僕は彼女の髪型の理由に気がつく。

 彼女も、切実に「顔面レベル」を上げたい一人なんだと。


 彼女の去っていく後姿を見送り、僕は痛む胸を抑えた。






 人の外見には「顔面レベル」というものがある。

 どこかの団体がいくら抗議をしようが、それは確固たる事実だ。


 犯罪と縁もなく堅実に働いていた男性が、窃盗の容疑者として誤認逮捕されたとする。

 そしてもう一人。

 容疑の掛かった人物がいたとしよう。


 運良くもう一人の容貌が悪く印象が悪ければ、予想よりは早く釈放されるだろう。

 逆に――――もう一人がとても爽やかない容貌の持ち主だったら?

 うっかり、数週間は拘留されるかもしれない。


 顔面レベルとは相対価値だ。

 社会で生きていく限り、他人との比較からは逃れることはできない。


 ―————だけど。

 もしも「絶対的な」価値として。

 顔面レベルを底上げしてくれる薬があったなら?






 今日のお客は、馴染みの探索者シーカー二人組。

ツンツン頭と坊主がトレードマークだ。


 年は五、六歳ほど上だろうか。

 元々彼らの家からダンジョンまでのルート上にこの店があり、通勤がてら物を買っていってくれる。

 自分のことを若いのに一人で頑張っていると、町に入った新しい情報などを教えてくれるのだ。

 僕に親族はいないけど、親戚のお兄さんがいたら彼らみたいなんだろうな。


 探索者シーカーの、似たようなデザインの繋ぎを来た彼らは、興味深い噂を運んできた。 

 王都では今、ある薬の話題で大盛り上がりらしい。

 カウンターでせっせと掃除をしていたピンクスライムのモモと、品物の整理していたアカをひょいと脇によけ、ツンツン頭のお兄さんが身を乗り出してきた。


「なあ、ベッシュ。聞いたか? 『顔面レベルを上げるポーション』が出来たって話」

「いいえ、初耳ですね」

「そうかそうか、じゃあ教えてやるよ。以前『顔面レベル』別名『魅力値』の発見がニュースになっただろう?」


 この世界の人間には、『体力レベル』『魔力レベル』というものがある。

 それらは鍛えれば『レベル』が上がる。レベルは上がれば上がるほど、職業選択の幅が広がる。

 特に魔力レベルに関しては、年齢に関わらず伸ばし続けることができる。

 これらのレベル値は、町の診療所の健診で皆知ることが出来る。

 次第に人は、誰しも他人のレベル値が気になるようになった。


 それと同様に数値で測れるのだ。

 人の持つ外見の一つを、『顔面レベル』として。


 顔のレベルとは基本的に他人との「相対」価値として表れる。

 ただ、この『顔面レベル』は基準値が設定されているので、そこから数値がはじき出される。

 この国における平凡顔、きれいな顔、醜悪とされる顔が何万と集積され作られた基準値が、診療所の検査機を通すと分かってしまうのだ。


 基準値には絶対に外せない条件があった。

 目鼻だちの黄金比。鼻筋に小鼻の黄金比。腰とお尻の黄金比。額と鼻と顎が一直線内か。

 そして、ぱっちりとした二重の瞳に、顔の左右のバランス比。

 男女関係なく、確実に数値として計算されてしまう。


 今後履歴書に顔面レベルの項目を入れるべきか、面接で聞くべきか。

 果たして聞いてもいいものか。

 このニュースが世間を沸かせたのは、さほど昔のことではない。


「そして、とうとう出たらしいんだよ!

 飲めば外見レベルが上がる、チートなポーションが!」


 ツンツン頭のお兄さんはキラキラと、と表現するにはいささかギラついた目で、僕に教えてくれた。

 坊主頭のお兄さんが、落ち着けよと宥める。


「顔面レベルのことを聞いた時にゃ、嫌な思いをしたもんだ。俺らモテないからな」

「そりゃそうだ。測られても平気なのは美男美女だけ。せいぜい王妃付きで有名な白騎士や、王の愛妾で絶世の美女レダ。これくらいだろうな。そう思うだろう? ベッシュ」

「彼らに会ったこともないし。なんとも言えないですね」

「まあ、そんなもんか。でもさ、もしもすごいイケメンになれるポーションが手に入ったらさ。

 俺ら一気に勝ち組だよな」

「そうなんですか?」

「勝てるに決まってるって! だって所詮この世は第一印象が全てなんだぜ? 

 ポーションさえあれば、仕事だって結婚だって上手くいくさ。

 なあ、ベッシュ。お前もその平たい顔にメリハリつけてイケメンにしたいだろう?」

「そうですね。飲んでみたいものです」




 この世には、常に抜け穴というものがある。

『レベルは努力ではなく、薬で直接上げられるのでは?』というものだ。


 人間の欲望の歴史は、裏技バグわざ開発と共にあった。

 体力値を上げるなら、エナジーポーション。

 魔力値を上げるなら、マジックポーション。

 努力をしなくても飲めば勝手にレベルが底上げされるという、実にチート(ずるい)な存在だ。

 

 そして大金さえあれば。

 この二つのポーションは手に入る。


 多くの人間は必死に金を作り、ポーションによって超人になっていった。

 金のない奴は働き続ける。

 またはダンジョンで一攫千金を目指し、先に超人になったやつらに宝を横取りされる。


 ポーションの発見は人類の才能の差を縮めたのか?

 それとも人類の経済格差を広げたのか?

 未だに議論の絶えない問題だ。 




「でも噂だけだな。なぜかどこの商会でも売り出さないんだ」

「結局眉唾ものだったのかな?」


 馴染みの客を見送ってしばらく。

 僕は考えざるを得なかった。


 アカが心配そうに、カウンターに前のめりになって組む腕に、まとわりつく。

 掃除に夢中になっていたモモも、よじよじと僕の濃灰色のボサボサ髪の上に乗っかった。

 慰めてくれているというのは分かる。

 だが、重さで首が折れそうだ。

 





 ―———実は本当にあるんだ。

 顔面レベルの絶対値を上げる、チートなポーションは。


 しかしそれは、【魅惑のポーション】と裏で呼ばれるその存在は、決して表に出ることはない。


 過去に王立研究所の研究員であったことがあり、この土地で魅惑のポーションを開発した、僕。

 ベッシュ・ウォルトが、決して世に出すつもりがないからだ。






 再びドアが、勢いよく開いた。


「ここでも鑑定と引き取りをやっているって聞いたんですけど!」

「やっていますよ」


 自分とあまり年の変わらない少年少女が、真新しい探索者シーカーの繋ぎを着て入ってきた。

 少年三人と、少女が一人。全部で四人か。

 探索者シーカーのグループとしては標準的な数だ。

 

 もう一人くらいいてもいいけど……と考えていると、後から頭を伏せるように入ってきた女の子がいた。


「遅せえよ、ブス! お前の発見したものが全然だめだから俺たち苦労してるんだろう!?」


 グループのリーダーの少年の罵声に、おどおどとドアをくぐる。

 他の三人からも侮蔑の視線を浴びていたたまれない、という様相だ。

 

 あれはルマだ。

 いつも明るいはずの彼女が、とても小さくなっていた。

 

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