4.過保護すぎるよ
「じゃぁ、いろいろ不思議なことになってるみたいなんで、現状確認と今後のことを相談しようか」
と言ったはよいが、私は立ったまま、グランたち3人は跪いたままでは話しにくい。
見回してもこの部屋には私が寝ていた石造りの寝台しかない。
そういえば、この子たちは部屋を出入りしてたと思いだして、どこか座って話せる部屋はないか尋ねてみた。
いま私がいる部屋は、この建物の最奥から地下にあり、ここから上がった部屋には椅子があるらしい。
この建物の中は、グランたちがちゃんと調べておいてくれたのだ。
あと小部屋が5つあって、それぞれ道具らしい物が置かれていたり、作り付けになっていたりするそうだ。
グランたちには用途が判らない物だったらしく、私の役にたっていないと謝られてしまった。しょんぼりしたわんこ耳と尻尾が見えたのは言うまでもない。
この子たち、やっぱ自分で考えて動いてるなぁ
子とか言っちゃうのはマズイかな?
でも、わんこだし…。
「ありがとう、気が利くね。判らないものは私も確認しに行くから、気にしなくていいよ。移動しようか」
「勿体ないお言葉です。では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
グランがそう言うと3人は立ち上がって、ファングを先頭に、私の数歩前にグラン、私の後ろにアリアが追従するように動いた。
護衛されているような並びにむず痒さを感じたが、気にしたら負けだと思い、首肯することで応えた。
部屋の扉は素材は判らないが、表面が滑らかに整えられた金属製のようで、西洋竜のレリーフが彫り込まれていた。
けっこう重量がありそうなのに、ファングは片手で軽く押し開けた。アリアが通り抜けるまで扉を支えて、ファングが最後尾から付いてくる。
石廊は両腕を拡げても届かない幅で、100メートルほど進むと階段があり、そこを昇って行くらしい。
照明もないのに仄明るい。さっきの部屋もそうだが、石壁がうっすらと光っているようだ。たぶん発光石を使っているのだろうけど、この建物全体に使用しているとなると、かなりの量だ。
階段を昇りながら発光石について思い出す。
ゲームでの発光石はそれほど価値のあるものではない。
というのも、アイテムとして手に入るのは小石サイズのもので、アクセサリー等の装飾品にしか使われないからだ。
魔法付与もできない、ただの光る石だ。
しかし、ここの石は2〜30センチにほぼ正方形に加工されている。この大きさの発光石はゲームでは手にいれることはできない。ましてや、建造物全体に使用する量など集めることも不可能だろう。
これはゲームの知識が当てはまらない可能性もあるな、と階段を昇りきったところで溜め息をもらしていた。
「このような距離を主に歩かせてしまい申し訳ございません。許可をいただけましたら、後ほど転移魔法陣を設置したいと思うのですが…」
溜め息を歩いていることの不服と思われたのか、グランが転移魔法陣の設置など言い出す。
どこまで過保護ですかっ!
確かに階段は長かった。
地味に数えていたら230段もあった。だからといって、転移魔法陣を敷くほどのものでもない。
転移魔法陣は特定の地点を指定して、移動を容易にする魔法陣だ。建物内でしか使用できず、ゲーム内では大規模ギルドホームを持つ人が使うのが一般的だった。自ギルド建物内の近距離転移にしかできないし、便利なのかどうかも、ギルドには所属していなかった私には無縁すぎてわからない。
「勝手に人様の物を改造しちゃダメでしょ」
「いえ、こちらの所有者は主となっておりますので、許可いただけましたら設置は可能でございます」
「・・・・・・ぇ?」
当然とばかりに言うグラン。後ろのアリアとファングを振り返っても、うんうんと頷いている。
ええええええっ?
所有者が私ってどうゆうこと?
買った覚えないし!
もう一度グランに「いかがなさいますか?」と訊かれても困る。
「あ、あとで考える…。とりあえず座りたい…」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げる3人に軽い目眩を感じながら、促されるままに歩き始め、大広間のような場所に出た。
座るように勧められたのは、大広間を見渡せるように壇上に設置されている豪奢な1脚の椅子だった。
純金で形作られ、宝石で装飾された紅い布張りの椅子…。
むりーっ!
あれ玉座ですか!?
あんなとこ座れない!
確認のために10段上の椅子を指差し訊いてみる。
「・・・あそこ?」
「左様でございます」
「・・・・・椅子ひとつしかないよ?」
「主の神座にございます」
「・・・・・・・・皆で座れるとこないの?」
「他にはございません。ましてや、主と同じ卓につくなど畏れおおいことにございます。どうぞ、あちらへお掛けください」
「・・・・・・・・・・・嫌だ」
「あ、主?」
狼狽える3人なんて知らないとばかりに、私はキョロキョロと辺りを見回した。
どこか落ち着ける部屋があるはずとスタスタと歩きだし、他にあると言っていた5つの部屋を見ることにした。
おろおろと付いてくる3人を後目に、大広間に隣接している5つ扉を時計回りで開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。
結果、落胆するしかなかった。
一つ目の部屋はベッドが置いてあるだけ。
二つ目の部屋も同じくベッドが置いてるあるだけ。
違いがあるとすれば、ひとつ目のベッドは使い込まれているように見えたくらいだ。
反対側へ回って三つ目の部屋はキッチンルーム。
システムキッチンに1メートル四方の木製のテーブルと椅子が2脚だけ。食器棚には2人分ずつ揃えられていた。
四つ目はバスルーム。
足を伸ばして入れる浴槽に、シャワーがついていた。
期待薄で開けた五つ目はトイレだった。
水洗トイレっぽいが、水を流すレバーなどはなかった。
なんなんだここ!
まるっと住宅じゃんか…
絶対、誰か住んでたよね!?
大広間の椅子だけが豪華で、あとは個人宅みたいになっていた。ただし、ガスや水などの配管はぱっと見ではわからなかった。どこも共通していたのは、魔力を含んだ小さな貴石が嵌め込まれていること。いわゆる魔道具かもしれない。
違和感しかない間取りと、落ち着ける場所もないことにどうしようと考え、仕方なく大広間の階段下に戻ってきた。
もう一度椅子を恨めしげに見上げた。
「あの、主様、階段がお嫌でしたら御運びいたします。ファングが」
アリアが心配そうに呼びかけてくる。
抱えて運ぶ気満々でずいっと1歩近寄るファングがいる。
そうだったのかと納得気味のグランがいた。
たかだか10段の階段を昇るのが嫌なわけではないのだが、3人の思考は私の斜め上をいっていた。
何気に力仕事をファングに振るアリアにも驚かされたが。
あの玉座もとい神座には座りたくない、他に皆で座れる部屋もない、諦めて私はその場にどかっと座り込んだ。
ぎょっとして困惑顔で互いを見合う3人に、近くに寄って座るように手招きする。
「ほら、こっち来て座って」
おずおずと近付き、片膝をつく姿勢をとる3人。
やっぱりその体勢になるのかと残念な気持ちになる。
もうちょっと打ち解けてくれてもよいのではないか…。
「あー。話しにくいから、足崩して座ってよ」
私は胡座をかいている自分の膝を叩いて、同じように座ればよいと示す。
「…それは御命令ですか?」
苦いものを食べたような顔でファングが訊いてくる。
こんなこと命令するのも変なのだが、そうじゃないなら出来ませんという空気がでていた。
面倒になって、ファングの言葉に乗っかることにする。
「うん、そう。だから胡座でいいから足崩して。あ、アリアは女の子だから胡座はやめなよ?」
さすがに女性に胡座は勧められない。
正座、横座り、胡座と渋々だが座り直す様子に満足する。
ちなみに、座り方はグラン、アリア、ファングの順だ。
グランさん正座ですか
足が痺れても知らないよー
これって性格がでてるのかな?
アリア女の子なのに冷たい床でごめんねっ!
「さて、落ち着いたところで、情報の確認しようか」
「「「…はい」」」
腰を落ち着けたのは私だけで、3人は居心地悪そうにそわそわしている。そのうち観念するだろうと無視しておく。
情報の確認といっても私にはわからないことだらけだ。
ゲームであれば、ある程度の基本情報をNPC精霊が所持していたはずだ。
知ってることを話せと言うより、質問形式の方が効率的だろうか。訊かれたことしか応えないとなっても困るけど。
ひとまず疑問に思っていることを頭に浮かべる。
ここ(たぶん異世界)がどこなのか。
なぜゲームのNPCが意思をもって動いているのか。
なぜ私の姿(ゲームアバターともちょっと違ってる)が変わっているのか。
ゲームの仕様はどこまで有効に使えるのか。
アイテムボックスに戦闘・魔法スキル、身体能力等々どうなっているのだろうか。
この建物内は安全そうだけど、外ってどうなってるんだろう。
外に出た瞬間、死んじゃうとかはやめてほしいな。
この誰か生活していたような変な建物はなんなのか。
なぜ所有者が私となってるのか。
そして、元の世界(日本)に戻ることができるのか。
まぁ、あまり戻りたいとも思っていないが。
他にも疑問があるけど一番は気になるのはこれだな。
「ねぇ、ウラハはどこにいるの?」
お読みいただき、ありがとうございます。