31.世界の理と情報
この話は、主人公の他者に対して排他的な感情表現が含まれておりますのでご注意下さい。
ファングのふさふさの毛皮に顔を半分埋めながら考える。
本音を言えば、私もグランと同じで人間なんていなくてもよいと思っている。だが、この世界が必要としたから、人間の存在を認められている、とヴェルフィアードは言っていた。
それに、ここはヴェルフィアードが大切にしている世界だ。
騙されるように召喚されたけれど、私はそれについて怒りは感じない。逆に、彼処から逃げ出せたことに感謝すらしている。
人間は好きじゃないけど、でもヴェルフィアードが悲しむことを進んですることもない。さっきグランたちに話したことは、だからこその譲歩策だ。
しかし、その策が私にとって吉となるか凶となるかは、今からヴェルフィアードに訊く内容の答えで変わってくる。
少し緊張した心をファングの毛皮に押し付けるように顔を埋めて、気合いを入れて起こした。
「ねぇ、ヴェフィー、『世界の理』って…」
光球精霊から聞いたことに私の考えを含めてヴェルフィアードに問いかけた。人間だけが残る世界なんてまっぴら御免だ、というのは胸の奥に押し止めて。
「私が魔力循環をさせると、今の魔力飽和状態がなくなって、精霊も魔物も生まれなくなるんじゃないの?」
「ふむ? それはないのぉ。そもそも、妾が担っていたのは精霊の言う『世界の理』の根幹を維持する役目じゃ。前にも言ったと思うが…」
そう言って、ヴェルフィアードは話しだした。
この世界の中心となる部分から常に魔力が供され、その魔力で世界を保ち拡大を続けている。
その魔力を吸収、還元し、循環させて世界に安定をもたらすことのできる存在がヴェルフィアードであった。だが、ヴェルフィアードでは支えきれなくなってきたゆえに、『神』が必要となった。
これは以前にも聞いた説明で、私に解りやすいように人族が使う『神』をいう表現を使ったそうだ。
世界の中心から供される魔力で、世界の表面、地表を支える魔力層のようなものができている。その魔力層より少しずつ染みだす湧き水のような魔力から、地表に息づく物が生まれ、変化を遂げる。
余談だが、人族は自らの誕生こそが他の種とは違う『神による奇跡』だと謳っているそうだ。
この時、ヴェルフィアードが何かを言いかけてやめたようだったが、話したがらないのなら無理に聞きだすことはしなかった。
いずれも等しい存在であるにもかかわらず、傲った愚かしい人間の考えに哀しんでいるのだろう、と勝手な想像をしていた。
繁雑なのか単純なのか、それが『世界の理』なのだろう。
今は魔力層の循環が上手く機能していないから、地表に影響が色濃く出ており、世界の拡大成長も滞っている状態らしい。それも私の存在で徐々に世界が拡がり、数百年もすれば落ち着きを取り戻し、地表においても種族ごとに緩やかな変化をするはずだとヴェルフィアードは言う。
数百年って…
そりゃぁ、私は死なないらしけど
気の長い話だなぁ…
正直なところ、解ったような解らなかったような感じだった。
つまり、私が魔力層を廻していけば地表が落ち着くだけであって、今在るものたちが消滅することはないということだけ判れば今日のところは良しとしよう。
もう考えるのも面倒になってきたのが本音だ。
「まぁ、いいや。グラン、さっき言ったように人とのいざこざは避けたい。だけど、人が住む処に行かないわけではないから、極力関わらない方向で…、いいね?」
私たちに危害が及ぶ場合は容赦する気がないけど、それは言わないでおく。それを言うと、ちょっとしたことでもグランは対処するとか言いそうだったから。
「御意」
念押しした私には素直に従うグランの声と、ふんっと鼻を鳴らすヴェルフィアードの息が重なった。
たったこれだけのことで頭を使いすぎた感がして、重怠くなってくる。夜が明けているけど、ひと眠りしたい気分だった。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「ぅー…」
「お目覚めですか?」
グランの声に目を開ける。
「あー、おはよう」
いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。起き上がろうとして身動きが取れないことに気がついた。
すぐ近くにあるファングの狼面、抱きついてきているウラハの翠の髪が見えて、背中に感じる温もりはアリアだろう。グランは少し離れて座っているのだから。
既視感……でもないか
前にもあったな、これ…
どうやら私が寝落ちすると、この体勢が仕様のようだった。
今回もグランに助けを求めようかと思ったら、背中の温もりが消えた。
「おはようございます、主様」
アリアが服の裾を直しながら挨拶をしてくれて、ウラハにも起きるように促していた。
「やーのーっ!」
意外とはっきりした声でウラハがぐずって、腰に回ってる腕に力を込めてきた。
「あるじが、ぎゅってしてくれたら起きるー」
ウラハが上目遣いでおねだりしてきた。
しっかり起きているじゃないかと思わないでもないが、これには勝てそうにない。要望どおりに強めに抱きしめる。
可愛くぱちくりと瞬きするウラハに「おはよう」を言いながら背中をぽんぽんと叩けば素直に解放してくれた。
前も後ろもいなくなったせいか、背筋にゾクリとしたものを感じつつも自由になった体を起こす。
「アリアも、おはよう」
少し乱れていたアリアの髪を手櫛で梳いてあげれば、周囲の温度がほわりと戻った。
安定のアリアさんでしたー…
何が? なんて訊かないでね
ぐぐーっと背伸びをして眠気を飛ばすと、ファングも欠伸しつつ前足を伸ばしている。
「まふわぁー、ほはぉー」
再び欠伸しながらファングが人型に戻る。きちんと挨拶しなさいと思いつつ「おはよう」を返した。
ヴェルフィアードはまだ眠っているような感覚を受けたので、そのままアイテムボックスで寝かせてあげよう。
「グラン、いま何時?」
「時間帯が昼に入ってから1時間ほどになります」
昼時間帯に入ってるいうことは11時くらいだと当たりをつけて、今日の予定について考える。といっても神殿では特にすることもないのだけど。
「あっ! はい! はーい!」
ウラハが手を挙げてぴょんぴょん跳び跳ねて、言いたいことがあると主張してきた。
「ん? どうしたの?」
「あのね! トカ、じゃなくてヴェルフィアードにお話し聞いたのー」
ほうほう?
私が寝てる間に皆はお喋りしてたのか
仲良くなったのかな?
「どんな話?」
勢いよく話だしたウラハだけど、なぜか最後のほうはしょんぼりした感じだった。ヴェルフィアードと交流があった人間から得た情報なので古いものだろうけど、なかなか有意義な情報だったと思うのだ。
まず、この世界には『国』があるということ。
ヴェルフィアードに気に入られた騎士や魔術師が出入りしていたらしく、彼らは国に仕えていたという。
国名がでてきたのは『ウンデケム』『デゥイギンテ』、その他にも国があるようだった。国の数は不明だったが、増えたり減ったり、国名が変わるのは地球の歴史でも当然のことだと思って気にしないことにした。
宗教関係は黒竜つまりヴェルフィアードを神と崇める宗教で概ね統一されていたようだ。
概ねというのは、神は存在するが黒竜は神ではない、と言う人間もいたようで、そういう人が国から追われてここに来ていたみたいだ。
そういう人間を受け入れてたヴェルフィアード、いったいどんな心境だったのだろう。ヴェルフィアード自身も己は神ではないと言っていたし、案外喜んでいたのかもしれない。
とにかく、日本のように八百万の神とまではいかないだろうけど、単一宗教でもなさそうだ。あまり宗教関係には関わりたくはないな。
あとは冒険者だ。ギルドという組織に登録してはいるが、己の意志が赴くままに生きる自由な者だという。
ゲームやラノベみたいに依頼を請けてランクアップとかあれば楽しめそうだ。
前にヴェルフィアードから聞いたように、魔物を倒して素材や魔石を手に入れて生計を立てている人間、ファンタジー設定でよくあるものだと思う。金貨何枚分の価値がある素材だという話もでたから、通貨もあるようだ。
私の所持していたゲーム内のお金はアイテムボックスにある『白金貨』と表示されているものだろう。正確な所持金は覚えてないけど、白金貨が127,577,843枚もあるから、ゲーム内の通貨1zenyが白金貨1枚に変換されていると思われる。
これがどれくらいの資産になるのか、はたして現在の通貨として通用するのか確かめる必要がある。
なにせヴェルフィアードの準備したものだろうから、旧時代の通貨だったなんてこともありえる。
それに、国があるなら身分階級制度もあると考えたほうがよいだろう。平民的な立ち回りをすれば何とかなるだろうか。冒険者がいわゆる流民の扱いだと入り込み易いかもしれない。
まぁ、不安要素いっぱいだけど…
ラノベな感じで予測しとくかなぁ?
日本にいたときのように周囲の目を気にする必要もない。もう私は自由なのだから。新しい世界で楽しむことに決めたのだ。
そんな決意を秘かにした私を「ごめんなさい」と小さな声が呼ぶ。眉をハの字に下げたウラハだ。
きっと情報が古くて役に立たないと思っているのだろう。
しかし、それはヴェルフィアードの森を出てみないと判らないことだし、冒険者みたいな奴等がいたのを視ている。強ち使えない情報でもないだろう。
「参考になったよ、ありがとう」
ぽふぽふと頭を撫でれば、猫のようにすり寄って相好を崩す。
ウラハの気分も浮上したようだし、異世界を旅する準備に取り掛かろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。




