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THE NEWWORLD  作者: cyan
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3.素晴らしき我が主(グラン視点)

主がお目覚めになられたとアリアから聞き、我らは急ぎ主がいらっしゃる部屋へ向かいました。

我らも焦っておりました。

主がお目覚めになる際は、普段なら自然と察知でき、お側に控えていたの、此度はわからなかったのですから。

部屋の前に到着したときは、主の魔力が漏れだしており驚きました。

無礼を承知で慌てて扉を開けると、普段は感情をだされない主が、膨大な魔力をその身にまとわれ、怒りを顕にされていました。

といっても、お顔には表情がございませんでしたが…。

主はいつも表情を崩されることなく、視線や行動で我らに道を示されます故。

まだ若い2人は足がすくんで動けずにいたので、叱責を受けるのを覚悟してお声かけしました。


「主よ!気をお静めください!!」


あまりの怒りに我を忘れておられ、我の言葉をお聞き入れいただけないご様子でした。


「どうか気をお静めください!神格を得られた主の魔力は、我らには強すぎます!」


再度お願い申し上げても、視線はこちらに向けられているのに、主には我の言葉が届いておりませんでした。

このままでは主の魔力が我らを取り込み、その存在自体を消滅させられてしまいます。

一時の怒りに委せて我らを消滅させたら、お優しい主はきっと後悔と罪悪と哀しみをお感じになられてしまうことでしょう。

主は我らに笑みを向けられることはありませんでしたが、如何なるときも我らを護ってくださった、慈しんでくださった。

我は主のお側へ参る意を決しました。


「アリア、ファング、我が身をもって主に怒りを収めていただくよう懇願して参る。2人はその場より動くでないぞ。良いな?」


2人とも顔色を失い、我が1人で主の下へ参ることに不安を隠せないでいます。しかし、自分達ではその場より動くこともままならないことを理解しているのだろう、震えながらも頷いていました。

我が身が消滅しても、アリアとファングが居れば、主を哀しみから遠ざけてくれると信じ、歩を進めました。

主の魔力に圧され崩れ折れそうな足を動かし、遠くないはずの距離をお側へと向かいました。


「グラン…?」


主まで後半分の距離に差し掛かったとき、主が我が名を呼んでくださいました。

眼を細め、なぜ勝手に近付くのかという声音に、足が硬直します。

主の怒りを一身に受け、今にも我が身は消え入りそうであるのに、初めて主に名を呼ばれたことに我の心は歓喜に震えました。

歩みを止めた足は再び動きだすこと叶わず、その場で片膝を折り、両手を膝の上に付き、上体を支えることしかできませんでした。

顔をあげる力も入らず、頭を垂れたまま主に赦しを乞いました。


「主よ。我が名を言の葉に乗せていただき光栄にございます。お目覚めの時にお側に控えておらず申し訳ございません。お怒りは重々承知しておりますが、恐れながら我ら精霊の身には主の神気を帯びた魔力は強すぎます故、お力を抑えていただきたく存じます」


今度は、主に我の声が届いていることを確信しました。

主からの返答はなく、我の姿を食い入らんかのように見ておられるのを肌に感じます。それは、時間にすればわずかなものだったでしょうが、我の体は限界を迎えようとしていました。

最後にひと目、我が主の御身を目にしたいと気力を振り絞り顔をあげようとしましたが、願い叶わず、我の体は石床へ倒れいきました。

石床の冷たさを頬に感じ、薄れゆく意識を手離しそうになったとき、再び主の声が我が名を呼んでくださいました。


「グランっ!!」


嗚呼、もう充分でございます。

これほどに名を呼ばれることが嬉しいとは知りませんでした。

ましてや、主の御手が我の背にかかり、その腕に抱え込まれるとは夢にも思っておりませんでした。

主の黒曜石色の瞳を見ると、至福に自然と頬が緩んでしまいます。


「我が…願い…をお聞き届けい…ただき、ありがと…うございます…」


我の言葉に主の瞳が微かに揺れ、膨大であった主の魔力は霧散しました。

本当に我が主はお優しい。あれほどの怒りをお持ちであったのに、我のことを心配してくださるのですから。


すぐには立ち上がれそうにありませんが、いつまでも主の腕に寄り掛かるわけにもいきません。

我も体を起こし、後ろに控える2人同様に礼をとらねばなりません。

身を捩る我に、主の腕の力が強くなり、起き上がることを制止されます。


「無理に動かなくていいからっ!」


「そうはいきません。いつまでも主に寄り掛かるなど…」


少し力が戻ったようで、今度はしっかりと声をだせました。


「辛い思いをさせて、ごめん…」


主こそが辛そうに仰る言葉に我の声は詰まります。

我らに非があるのであって、主が謝罪されることなど何もございません。そう言葉にすることも叶わず、ただただ首を横に振ることで違うということを告げるしかございませんでした。

主の瞳の水分が幾分か増したようで、少々慌てて言葉を発しました。


「大丈夫でございます。人でいうところの魔力あたりのようなものです。今の凪いだ主の魔力が我を癒してくださいます」


ご安心いただければと思って申しましたが、思案気に何かを確認するように我の身体に視線を巡らせる主、どうされたのでしょうか?


「主…?」


「そのまま動かないでね」


我に制止を命じられ、主の手が我の胸に当てられます。

動くなと命じられれば従いますが、不思議に思っておりますと重く乗し掛かっていた魔力が薄れていきます。

我ら精霊は魔力を供給されることはあっても、吸収されることは今だかつて経験がありませんでした。

我が主はこのようなことも可能なのかと、驚きを隠せませんでした。


「気分はどう?過剰魔力は大分とれたと思うんだけど」


「あっ、はい。とても楽になりました」


お声を掛けられ我に返ります。

ああ、なんとも我らの主は素晴らしい御方です。

このような御方にお仕えしたことを嬉しく思い、顔が緩んでしまいます。

主の手が我から離されたことに若干の寂しさを感じましたが、それは分不相というものでしょう。


「もう大丈夫でございます。お手間をお掛けいたし、申し訳ございません」


今度こそはお優しい主に甘えずに、忠節の礼をとらねばなりません。

我は動くようになった身体を起こし、アリアとファングに並び膝をつきました。


「主よ。此度のお目覚めの際にお側に控えておらず、ご不興を買いましたこと、改めて謝罪申し上げます。また、我の不徳の致すところにより、主にご負担をお掛けしたことも、重ね重ね謝罪申し上げます」


「・・・・・・」


表情を崩されることなく我らを御覧になる主、我らの忠誠を推し量られておられるのでしょう。

長い沈黙を解かれたのは、主の深い溜め息と閉じられた瞳でした。

我らの不甲斐なさに呆れてしまわれたのでしょうか…。

いえ、まだお怒りでいらっしゃるのです。

我らを大切に想ってくださっているのは確かですが、きっと様々な葛藤がおありになるのでしょう。

主のお顔からは何も読み取ることができない自分に嫌悪しました。

今はただひたすら主のお言葉を待つしかございません。


「ど、どうか、主様、私どもを、お赦しいただけませんか?」


アリアが発した言葉に我は焦りました。

主に意見することは更にお怒りを被る。そのため、主の下に来る前に我が代表して主に赦しを乞うと決めたことを破ったのです。


「アリア!お赦しになられるかは主がお決めになること、我らが懇願することは相成らん!」


「しかし、グランこのままでは」


「言を控えろファング!」


アリアに続きファングまでも、と心中穏やかではいられなくなりました。我はキツく2人を見据え、発言を抑するしかできませんでした。


「えーっと…」


「「「っ!はいっ!」」」


困ったような声音で発せられた主に応え、続きを待ちます。


「とりあえず落ち着いてくれるかな?」


「はっ!お見苦しい姿をお見せし、も」


「それもいいから!」


主の強い口調に身が凍る思いでした。

もう我らとの契約を破棄されてしまうかもしれないという恐怖と、せめて2人だけでもお赦しいただけないかと考えを巡らせておりましたら、思いもよらない主の言動が我の思考を止めました。


「まず初めに、私が原因で皆を苦しませてごめんなさい」


なぜ主が謝罪の言葉を口にされているのか。

なぜ主が我らに頭を下げておられれるのか。

なぜ主は我らを叱責されないのか。

なぜ主は…

反応がないことに訝しげに首を傾げておられる主に、代表して我は応えようとしました。


「あ、主が頭をお下げになることはございません!元を質せば我らの不徳のいたすと」


「はい、ストップ!」


再び我の言葉を遮られてしまいました。

アリアもファングも今度は大人しくしていることに安堵しつつ、我は姿勢を正します。


「そもそも、そこが間違ってる。貴方たちには何も落ち度がないし、私は怒ってないよ」


我らが間違っている、お怒りではないと仰せになります。

お言葉を返してよいものか迷いながらも、主の真意を伺わなければなりません。


「ですが、この部屋に参った時は、主の魔力は負の感情に満ちておりました。主があれほどの魔力を放たれることも、我には初めてのことにございます。思い当たることと申しますと」


三度目は静かに手を挙げられて、我を制止されました。

しばしの沈黙のあと、誤解だと仰せになりました。


「あー。それは、別に不安に思うことがあったからで、怒ってるわけじゃなかったんだよ。誤解させてごめんねぇ」


「不安、でございますか?」


「うん、そうだよ。怒ってないから、この話はこれで終わりにしよう」


終わり、とお怒りでないと言われてしまえばこれ以上食い下がるのは不敬にあたるのでしょう。

おそらく我らを気遣ってお怒りを心の内に収めていただいたのでしょう。いや主の言葉を疑うことはありません。

では、主はいったい何を不安に思われているのか。それをお訊ねしてもよいものなのか。

アリアとファングが主に「ありがとうございます」と言う中、我は憂慮しておりました。


「グラン?どうしたの?気になることあるなら言ってほしいな?」


我の胸の内を見透かすように主は仰います。

我は口ごもりながらも、意を決してお訊ねしました。


「その…、主は今も何か不安に思われておられるのでしょうか?畏れながら、長らくお仕えしておりますが、我には主の表情の機敏がわからず…。」


「・・・・・・」


やはりお訊きしてはいけなかったことだったのでしょう。苦悶の声をおだしになり、顔を両の手で覆われてしまいます。

訊くな、と仰せであれば我は引き下がるつもりでおりました。ただ、主のために出来ることをさせていただきたいだけなのです。

いえ、長くお仕えしているのに主のお気持ちを察することができない我に呆れておられるのかもしれません。

我の悪い癖で、自らの思考の海にのまれそうになった時でした。


「グラン、とりあえず私の無表情ポーカーフェイスは無視してもらって、話すことを信じてもらえないか、な?」


主より信じてほしいと言われました。

そのようなことは当然でございます!

これは、何を不安に思われているのか、我らにお話いただけるということでしょう。


「もちろんでございます!我らが主の言を疑うことなどありません!」


此度のように長く会話していただけるということは、主の信頼を得られたということでしょう。

これまでは「相談」「攻撃」「待機」等の短いお言葉のみで、御命令いただいておりましたのに。

これは、我らの忠誠を受け取ってくださった証に違いありません。

しかし、「ポーカーフェイス」とは何でしょうか?

後ほどお尋ねすれば、きっと教えていただけましょう。


「我らの忠誠は主唯御一人に捧げてございます。何なりとお命じください。必ずや、主のお感じになられている不安を払拭いたします。どうか、これからも我らに主の元で仕える栄誉をおあたえください」


「ありがとう。貴方たちが一緒にいてくれて良かったよ」


主は目元を、口端を緩めて我らを御覧になられました。

初めて主が我らに微笑んでくださいました!

なんと美しく優しい微笑みでしょうか。


「感謝などご不要でございます。いつ如何なるときも、我らは主と供に…」

お読みいただき、ありがとうございます。

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