29.今後の方針
光球精霊の誕生をはじめとして、すべては『世界の理』であるらしい。
自然に満ちる魔力が凝縮すると光球精霊に、その光球精霊の数が減ると自然魔力の濃度が上がり、澱み溜まった濃厚な自然魔力が魔物を生み出す。
光球精霊も魔物も発生源は同じ。違いを例えるなら、清流の魔力が光球精霊となり、汚泥となった魔力が魔物になるということ。よくよく考えれば、二者ともこの世界の魔力を飽和状態から救済するための役割だと思う。
しかし、魔物はその暴力的な性質ゆえに光球精霊を欲するのだろう。その魔物を討伐するのが人間という構図ができているようだ。
ただ、人間は魔物を減らすが、光球精霊も減らすのだから輪を乱しているのではないだろうか。
あれ?
私が魔力循環させると飽和状態がなくなる?
精霊も魔物もいなくなる?
人間だけが残る世界になる?
こっちの都合で消される二者は…
いやいや、それより人間だけって、ないわー
正直なところ、私は人間よりも精霊や魔物と住む世界のほうがよい。人間不信ここに極まれりというやつだ。
今一度、ヴェルフィアードに私の存在意義を確認する必要がありそうだ。だが、この場で訊ねたところで、さっきヘソを曲げたヴェルフィアードが応じてくれるとも思わないので、ひとまず神殿に戻ることした。早々に神殿に帰りたい理由もある。
この湖に《魔物除け》が施されていることだ。つまり、高位神官級の誰かの存在を示している。人間が湖に来ているということ。そうとなれば長居は無用だ。今はまだ人間には会いたくない。
ただ、気がかりなことが残る。光球精霊たちが再び魔物に襲われないとも限らないのだ。魔石の魔力残量からして、今ある《魔物除け》が後どれほど維持されるのか心配だ。
んー、《魔物除け》は湖の中心付近だけ
それを大きめの結界で覆うってのはありかな?
よし! 結界魔法創っちゃえ!
魔法を使うから『神格』に姿を変えると、すかさずグランが私の行動の理由を確認してくる。
「神殿に戻られますか?」
「湖に結界魔法かけたらね。もう今の《魔物除け》効果切れるかもしれないし」
「左様でございますか」
目の前の《魔物除け》を参考に魔法を考えていく。
魔石の魔力消費の関係から、満月の日にだけ発動するように設計しているようだ。私としては魔法を掛け直すのが手間だから、常設型にしておきたい。となれば、魔石を使用して魔法陣を敷くのは同じ方法で、魔石に自然魔力の吸収効果を付与するか。
結界維持用に魔石3個使って、魔力吸収用に同じく3個使えばいいかな。魔力を等間隔になるように置いて、六角形にしたら格好いい気がする。
「主、その仕様ですと結界維持の魔石には負荷が大きいかと思われます」
グランの言葉がが私の脳内思考にするりと入ってきた。思考を読み取られた、のではなく考えが口にでていたようだ。
「そっか…、どうしようかな……」
「でしたら、結界の維持と吸収を交互にして負荷を軽減できませんか?」
これまた、するりとアリアが会話に入ってきた。
魔石の仕様をスイッチさせて常負荷を軽減させるのはよい案だ。そうすると魔石の役割を入れ換える魔法陣も組み込んで、2個追加して八角形にしよう。
深い意味はないが、たしかニュージーランドに八角形の広場があって、大聖堂やら教会が隣接している都市があったと思う。神聖な雰囲気がしてありだと思う。
あとは、他の動物が水を飲みに来ているかもしれないから、精霊に害意がなければ近づけるようにしておこう。
「こんな感じでどうかな?」
私の案を聞いたグランとアリアが、称賛という名の同意をしてくれたので、【魔法創造】で《八角形結界》を創る。名前にひねりがないのは時間がなかったからだ。面倒くさかったわけじゃない。
アイテムボックスから魔石を8個取り出して、それぞれに魔法陣を組み込んでいく。手に持ちきれないから座り込んで地面に魔石を並べてさくさく下準備をして、発動。
《八角形結界》
鈍く光った8個の魔石は上空に浮き上がり、それぞれに散らばって湖を囲む位置で地面に吸い込まれていく。
ーリイィィィ…ン
清んだ鈴の音が聞こえて《八角形結界》が完成した。念のため【魔眼・解析】スキルで結界の出来を確めておく。
《八角形結界》
神が創りし恒久結界魔法陣
常時発動し、精霊を悪意・害意から護る
自分で創っておいて何だが、ものすごくアバウトな効果なように思う。しばし改良を考えたが、単純なほうが崩れにくいだろう。
光球精霊たちに別れを言って、すでに側へ集まっていたグランたちと神殿に戻った。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
神殿に戻り、例のごとく神座の前で座り込んでいた。
前と違うのはアイテムボックスから虎柄の敷物を出していることだ。もちろんゲームでクエスト『辺境村の大虎討伐依頼』を成功させた報酬だ。
虎1頭をきれいに開きにした頭付きの毛皮、当然のごとく普通のサイズではない。四畳半ほどに広げられた敷物は、5人が座るには十分だった。
ウラハは虎の頭に興味津々のようで、撫でたり魔石を埋め込んだ眼をつついたりしている。ファングの毛皮で同じの作れる?、ってキラキラの瞳で訊いてこないでウラハ。私の後ろで大狼になってるファングが涙目だから…。
「主、おやすみになられますか?」
寛ぎながらファングを宥めるように撫でて、ついでに虎の毛皮も撫でて、もふもふを堪能しているとグランが訊いてきた。
「いや、話したいことあるから」
私がそう言うと、ウラハも虎頭で遊ぶのをやめてアリアの横に座った。今回は私の膝の上は遠慮したらしい。ファングにも人型に戻ってもらい、4人と顔を合わせて話すことにした。
アイテムボックスから『黒竜の神魂』も取り出すが、ヴェルフィアードは機嫌が悪いままなのか無言だった。戻せとも言われないから傍らに置いておく。
「じゃぁ、みんなよく聞いてね? 今後のことなんだけど、とりあえず神殿を出ていくのは決定事項ね」
神殿に、ヴェルフィアードの森に閉じ籠るつもりはないことを告げた。これに対して誰からも反対するような反応はなかった。
ゲームのように各地へ行ってみたいと思っているから、その上での気をつけなければいけないことを思い付くままに話した。
まずは、前の魔物との戦闘のことからだ。戦闘時には剣でも魔法でも周辺フィールドや味方パーティに影響でるから周囲に気を配ること。何よりも精霊が傷つくのは嫌だから。
それから、自分で判断して行動すること。もちろん相談はしてほしいけど、咄嗟のときに私の指示待ちだと最悪の事態を招くかもしれない。私は精霊を信頼しているし、尊重したいと思ってる。
そして、何彼かまわず直ぐに敵対しようとしないこと。警戒は必要だけど、無闇に敵を作ることは避けたい。私たちには探られたくないことが多いし、すべてが敵ではない…はずだ。
「主、よろしいですか?」
ここまで静かに話を聞いていたグランが発言の許可を求めてきたことに頷いて続きを促す。
「危険因子は排除すべきではございませんか?」
グランが不穏な響きを口にすれば、他の3人も同意するような表情をしていた。話の雲行きが怪しくなってくる。
「……例えば?」
「未知なるモノに恐怖を感じ排斥しようとするモノもおりますでしょう。それ以前に、己の実力も弁えずに不逞を働くモノ、相手の力量も測れずに弱者と見下してくるモノもおります。逆に、主の御力にすり寄る下賤なモノもでてきましょう。何よりも、主に不快な思いを齎すモノもございます。そのようなモノに煩わされる前に排除すべきと愚考いたします」
魔物は本能で私を避けるようだし、光球精霊はグランたちとしては仲間意識があるようだから、暗に人間のことを指しているのだろう。
本音を言えば、私も人とは関わりたくないけど、旅に出るならそうもいかないのは明白だ。だからこそ、警戒しながらも安易に敵を作るなと言ったつもりなのだが…。
「成らば、地の精霊は主たるコレが罪人として追われるがよい、と言うのじゃな?」
わぁ…お!
ここでヴェフィー参戦?
諭してくれようとしてるんだけど…
なんか喧嘩腰じゃない?
「……我が主を罪人と呼ばわれるか? ヴェルフィアード殿であっても寛恕いたしかねます」
低く怒気をはらんだグランが応えるが、論点はそこじゃないと思う。おそらく、グランには人間の倫理観なんてものが解らないんだ。グランだけじゃなく精霊たちには理解しがたいものなのだろうか。
「外に出て会うものが必ずや敵になるわけでなし、無用に害すれば咎を受けるは当然のことじゃ。ヒトにはヒトの秩序というものがある。精霊では解らぬか…」
ヴェルフィアードはグランに言いつつも、私へ「お前なら解るじゃろう?」と問いかけているようだった。
「主に害なすモノを排除するのは当然のこと。精霊や魔物と違い、この世界を支えることもできぬモノなど必要ないでしょう」
「愚かな。この世界が必要としたからこそ、ヒトとてその在り様を是認されておるのじゃぞ」
「主に不快を懐かす人族など不要」
「・・・・・・」
ヴェルフィアードとグランの睨み合いが続く。刀であるヴェルフィアードに目はないのだけど、そんな雰囲気だ。
静かに怒りを示すヴェルフィアードの言いたいことは解る。彼女はこの世界全てが愛しいと言っていた。生まれ出でたものを全て受け入れ、慈しみ、それを保ちたい一心で、私を召喚したのだから。
ヴェルフィアードの事情を知ってはずなのに、頑なに人間は要らないと言うグランに違和感を覚える。いくら主第一主義だとしても、ここまで拒絶することはない。ましてや、私も人間との軋轢を生みたくないと話したのに。
「グラン、何も積極的に人と関わるって言ってるんじゃないよ?」
私の言葉に2人の、いや全員の視線が向けられた。ファングはすぐに俯いたが意識は私に向けられているように思うから話を続ける。
「逆に関わりを深くしたくないから、表面上は当たり障りなくしたいだけ。これから先、人は要らないからって殺…んんっ、えーっと、排除してたら面倒ごとが増えるだけだし」
俯いてたファングがそわそわした落ち着かない様子を窺わせた。ウラハが何かしたのかと思ったが、いつもの笑顔で私の話に頷いている。アリアは一瞬ファングを睨み、いや、諌める視線を送っていた。
うーん?
飽きてきたのかな?
まさか…
話の内容が難しいとかじゃないよね…?
そこまでファングも脳筋ではないだろうと思う反面、一抹の不安も拭えない。さっきから、きょどきょどとファングの視線が忙しないのだ。さっさと話を纏める必要がありそうだ。
グランが渋っている理由は大体想像がつく。おそらくは、ウラハの視界を通して視た、あの人間たちが気に入らないのだろう。頻りに「私に不快な思いをさせた」と言っていたのだから。
それなら、そのことを思い出すと憂鬱にもなるが、言わなければこの場はおさまらないだろう。
「この間の、ウラハが視たアレのことを言ってるんだよね?」
私の問いかけに、グランは目を伏せることで肯定してきた。やっぱりそうか、と溜め息を吐いてしまうのは許してほしい。そんなに肩をびくつかせなくても、みんなに八つ当たりしたりしないのに。ウラハもしょんぼりしている気がする。
「過ぎたことは仕方ないから、気にしなくていいよ。というか、もう起きたことをとやかく言う気もないからさ…」
「…申し訳ございません」
グランが謝る必要もないのだけど、これは私に嫌なことを思い出させたことを後悔しているのだろう。他の3人も同様に頭を下げてくる。これは、私が謝罪を受け入れて赦さなければ先に進まないようだ。
「いいよ。とりあえず、気持ちを切り替えてほしい。無闇矢鱈に敵対するのはなしね?」
「仰せのままに」
みんなが頷いてくれたから、私はほっと胸を撫で下ろした。ヴェルフィアードがふんっと鼻を鳴らしたけれど、それほど機嫌を悪くしてもいないようだった。
よしっ!
これで大丈夫、だよね?
頼むよほんとに…
ちょっと心配だけど、気にしたら負けだ、うん!
私の癒しを求める気持ちを察したのか、ファングが大狼になって包み込んでくれる。遠慮なくふさふさの首元に腕を回して、毛並みを堪能させてもらった。
お読みいただき、ありがとうございます。




