28.みんな真面目だね
「あああああ! 妾の森がぁ!!」
項垂れるファングにヴェルフィアードの叫びが追い討ちをかける。
「すみません…」
ファングの【爆裂炎】で吹き飛ばしたフェイスワームを、私が【乱突】【乱斬】【乱舞】の連続攻撃で倒した。
中ボス級といっても、フェイスワーム程度なら取り巻きのワーム、エンシェントワームがいなければ苦戦することはない。数が多くて面倒なだけなのだから。
倒したまではよいが、ヴェルフィアードが嘆いているように森が勢いよく燃えていた。
「申し訳ありません!」
ファングは土下座で謝っているが、ヴェルフィアードの怒りは止まるところを知らない。
「〜〜〜〜〜!! こっの、あほうっ! まぬけっ! 脳筋っ! 考え無しがっ! どうしてくれるのじゃ!? くぅぅ〜っ! お前もさっさと火を消さんかっ!」
ヴェルフィアードの怒りの矛先が私に向きはじめたので、それほど騒ぐことかと小さく息を吐きだす。
【風刃】
【地斬】
もう一度風の刃を飛ばし、土を掘り返して鎮火させる。
「はい、消えたよ」
「お前も軽く言うんじゃないわ! 大体からして、攻撃指示もだしておらんのに勝手に手を出す精霊なんぞ愚の骨頂じゃ! 精霊の不始末は、主であるお前の責任じゃからな!」
地面にめり込むんじゃないかと思うほど、地に額を押し付けていたファングの肩がびくりと跳ね上がる。
「マ、マスターのせいじゃ…」
「煩いわ!」
反駁しようとしてヴェルフィアードに一喝され、言葉を切らせるファングが可哀想だ。
そもそもゲーム時代から乱戦の多い私は、精霊に個別の細かい指示をすることなんて稀だった。接敵前に初撃の標的とスキルは指示しても、その後の戦闘はオート機能を使っていた。オート機能は攻撃範囲を指定すると、その範囲内の敵にランダムで通常攻撃かスキルを使用して攻撃する。
そういえば、ファングは【爆裂炎】を使うことが多かったなと思い出す。雑魚敵に大技スキルを連続で繰り出された時は私の涙目を誘ってくれた。オートなんだから仕方ないと諦めることが幾度あったことか。
煩いのはヴェフィーだよ
やっちゃったのは仕方ないじゃん
もう火は消したしいいんじゃないのー?
そう思い、怒りを顕にカタカタと刀身を震わせるヴェルフィアードを見やる。
「なんじゃ? 申し開きがあるなら聞いてやるぞ?」
「イイエー。ワタシガワルカッタデス」
ファングは額を地面に擦り付けて、これでもかというくらい反省の色を示していた。しかし、私が口先だけの反省を言ったものだから、ヴェルフィアードの怒りが増したようだった。
「はぁ〜っ! 妾は疲れた! 眠るから戻せ!!」
アイテムボックスに戻すことを要求されて、渡りに船とばかりにヴェルフィアードをアイテムボックスに突っ込む。
「まったく、人間がおらなんだからよいものの…。叱責ぐらい自分でやらぬか」
アイテムボックスに入れる時に、ぼそりと私にだけ聞こえるようにヴェルフィアードは呟いた。
なんだ、私の代わりに叱ったの?
つか、怒る気なかったんだけど?
うーん? 人間…?
あー、そっか! 解りづらいよ…
確かに咄嗟だったとはいえ、ファングの行動は状況判断が甘かったと思う。ゲームではフィールドが攻撃で破壊されるということはなかったし、味方誤射撃もなかったけれど、現実ではありえるのだろう。
私たちだけなら何とでもなるけど、もしこの世界の人間と一緒だったら大惨事になるかもしれなかった。
ヴェルフィアードは、私にもそれを認識して判断しろって注意したかったんだろうな。
そかそか! 気を付けよう、うん
よし、ちゃんと反省した!
「マスター、本当に申し訳ありませんでした」
一頻り私が反省し終わったところで、ファングから改めて謝罪される。
「今回のは私が悪いよ。ちゃんと指示しなかったからね」
「でも! 俺の勝手な行動で、マスターが悪く言われて…」
どうやら私がヴェルフィアードに責められたことのほうがショックが大きいようで、気にしてほしいのはそっちではないのだ。
「あー、あれ、ヴェフィー態とだから」
「へ?」
美形のきょとんとした顔も萌えるなと思いつつファングに説明する。
曰く、現実であると認識し、状況判断を的確に行い、周囲への配慮をすること、人間と行動を共にすることも視野に入れるよう私に注意していたのだと。
言われなかったら私も気付いてなかっただろうし、ファングに注意することもしなかっただろう。ヴェルフィアード先生は回りくどい方法がお好きなようである。
ファングは私の指示があるまで勝手に動かないと言い出したが、それでは困るのだ。私は万能ではないし、他人の判断を待ってからでは遅きに失する。私たちの安全が第一だけど、人命が関わることもありえるから人間には特に気をつけるようにしてほしい。一番面倒が起きやすいのは対人関係なのだから。私も指示を出すが、ファング自身の判断で最善を尽くすよう言いきかせる。
「……努力します」
ファングは、なんとも情けない、半分泣きそうな顔で返答してきた。
あーあー、凹んじゃって…
一生懸命っていうか、真面目なんだろうな…
項垂れる頭を撫でてあげようと手を伸ばしかけて、私の妄想が暴走した。項垂れるファングの頭に、しゅんと垂れ下がったケモミミがあれば…と。
「あ、あのさ、耳だけ獣化できる?」
欲望のままに訊いたさ!
妄想ではなく実際に見たい!触りたい!
「は?」
この状況で何を訊かれているのか解らない、といった顔でファングは私を見上げてくる。
「部分的に獣化できる? できない?」
「え…? いえ、できない、です…」
ですよねー
やっぱできないよねー…
ファングは「すみません」と私の無茶ぶりに応えられないことを詫びてくる。
無理なことを言ってるのは私だし、できないものは仕方ない、と諦めて伸ばした手でファングの頭を撫でた。忙しなくぴくぴく動く耳、不安そうにふぁさふぁさ揺れる尻尾、を妄想しながら。
「よしよし。ファングが反省しているのは、よくわかった」
「はい…」
またもや、ケモミミで自分の尻尾を抱えている、と脳内変換妄想炸裂させられた姿でファングは小さく返事した。
戦闘が終わってから時間がたっている、そろそろ戻らないと他の3人が心配するだろうと思っていると、案の定グランから念話が届く。
(主、何か問題がございましたか?)
(いや、特に問題ないよ。もう戻るよ)
くしゃくしゃとファングの頭を撫でながら返事をする。
「っ! マ、マスター!?」
頬がちょっとだけ朱に染まって、照れているのか、喜んでいるのか、困惑した目でファングが見上げてくる。
(左様でございますか?)
(心配ないよ。グランも戻ってね)
(かしこまりました)
「あ、あの! グランに言わないのっ!? …ですか?」
私がグランに戻るように言うと、ファングが変な敬語で訊いてきたが、いったい何をグランに言うのだろうか。
「何を?」
ケモミミできないこと言うの?
そんなこと普通わざわざ言わないよね?
「俺の、失敗を…」
あ、そっちね
そりゃそうだね、わはははっ
ケモミミ言ってどうするよ、わたし…
失敗というほどのことでもないと私は思っているが、ファングとしては大事なのかもしれない。精霊たちの中ではグランが彼らのまとめ役を担っているから、当然グランにも話をされると思ったのだろう。
ファングが反省しているのは解っているし、私にも非があるのだから告げ口するようなことは必要ない。
「言う必要ないでしょ?」
「でもっ!」
「まぁ、あとで皆にも戦闘時には他人を巻き込まないようには言うけどね」
更に言い募ろうとするファングの頭をぐしゃぐしゃと強めに撫でて、これで話は終わりだと私が言うとファングは押し黙った。
最後はファングの紅い髪を梳いて整え、声をかける。
「よし、じゃぁ戻ろっか」
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
往きと同様に湖の上を走って、アリアが結界を張っている場所へと戻ってきた。
「お疲れ様でございます、主」
「おかえりーっ」
「おかえりなさいませ。お怪我はございませんか?」
「ただいま。大丈夫だよ、ありがとう」
先に戻っていたグランとアリア、ウラハが出迎えてくれる。
ウラハが飛びついてくるかと思ったが、しっかりと自分の役目を果たしているようで動くことはなかった。グランは周囲の警戒を続けているし、アリアも《結界》の維持を続けている。
やだ、この子たちっ!
みんな真面目なんだっ!
「みんなもお疲れさま。アリア、魔力は平気?」
「はい、まだ残ってます」
ずっと《結界》を維持していたから、アリアの魔力の減り具合が気になったが大丈夫そうだ。
ゲームのようにMPゲージが視覚化されていないが、意識すればアリアの魔力量が私にも感覚的に判った。つまり、意識しなければ精霊たちの魔力の残量が把握できないということで、戦闘に夢中になったら気付かないかもしれない。
アリアの魔力が思ってたよりも減っている。半分くらいになっているようだ。
おそらく精霊たちからはギリギリになるまで魔力の催促をしてこないだろう。いくら自然回復があるといっても、魔力が枯渇する前に言うように言い聞かせておかないといけない。もちろん私も気を付けるけど。如何せん、何かに集中すると周りが見えなくなるのは自覚しているのだ。
魔力が減ったら申告するように4人に言って、全員の消耗した分の魔力を回復させた。それぞれから魔力回復の礼を言われ、私が回復させるのは当たり前のことなのに、くすぐったい気持ちになる。
「みんな、お疲れさま。ありがとうね」
私が労いを言うと、みんな嬉しそうに笑ってくれた。
若干1名は視線をさ迷わせてそわそわしてるのをウラハに突っ込まれていた。
「アリア、《結界》を解いていいよ」
感知できる範囲の光球精霊たちも集まっているし、魔物の気配もないのでアリアに《結界》の解除を指示する。
アリアは首肯して《結界》を解いた。
魔法が解かれると、ひと所に集まっていた光球精霊たちが自由に動き出した。私たちの側にそのまま残る光球精霊も数体いるが、大半は湖の中央へ移動していった。
あれ?
湖に何かあるのかな?
「主、この湖には《魔物除け》の効果があるようでございます」
私が湖へ移動した光球精霊たちを見ていると、グランが探索時には気づかなかった、と申し訳なさそうに前置きして言ってきた。
【魔眼・解析】を使い、湖を観る。
湖の全体を包むようにドーム状の魔法陣が見える。自然と魔法陣に内包されている情報が頭に流れ込んできた。
《魔物除け》
高位神官級が使用可能な設置型結界魔法陣
魔石を核とし満月の日に発動、魔物を寄せ付けない
魔石の魔力残量18%
「へぇ…この湖、魔法陣で《魔物除け》が設置されてる」
基本は魔物を寄せ付けない効果だが、魔法陣自体が障壁の役割もしているようだ。満月の日っていうのは、まさに今夜だろう。
グラン気づかなかったのは、おそらく《魔物除け》が発動していなかったからだと思う。魔石の魔力も弱っているし、見つけにくかったはずだ。
グランに《魔物除け》の解析結果を話しながら、この湖に光球精霊たちは湖に集まっている理由に合点がいった。
それにしても魔石の魔力残量が少ないのが気になる。
ゲームでは魔石は消耗品、1回だけの使い捨てだった。《魔物除け》の魔石も同じだろうか。魔力の補充ができるものなのか、できたとしても勝手にしてもよいものか悩む。
「うん、うん、いいよー。あるじに伝えるねー」
魔石のことで頭を悩ませていると、ウラハが誰と喋っている。その声に目を向ければ、光球精霊と話していた。どうやら光球精霊から私に伝言があるようだ。
ウラハが伝えてくれたのは、光球精霊からの感謝の言葉だった。青い月の夜は魔物が狂暴化しており、普段よりも光球精霊が襲われ、喰われるそうだ。
感謝されるのは嬉しいが、よくよく考えてみれば《魔物除け》の結界に入るのを私たちが邪魔をしていたのだと思い至った。
悪いことをしたなと謝れば、光球精霊は起こりうること全てが『世界のコトワリ』のひとつだと言っているそうだ。
世界のコトワリ?
ああ、『理』か
筋道、条理、 道理、そんな意味だったかな
お読みいただき、ありがとうございます。




