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THE NEWWORLD  作者: cyan
26/33

26.光球精霊と交流

『黒竜の神魂』を私が鞘に収めると、張り詰めていた空気が緩まる。

刀を振るい始めた頃から、精霊だと思う光球が身を乗り出すといった感じで樹の陰から出てきていたのは気付いていた。

これといって光球が行動を起こすことはなかったので、好きにさせていたのだが、終にはふらふらと刀に吸い寄せられるように間近にまで近付いてくるのは予想外だった。

グランたちの話からは、この世界の精霊は警戒心がかなり強いと思っていたのに個体差があるのだろうか。

私の近くでふよふよ浮かぶ光球に全員の視線が集まる。

光球は見られていることを無視して、『黒竜の神魂』を観察するように私をくるりと一周して興味を示しているみたいだ。この刀がヴェルフィアードの化身だと感づいているのだろうか。



どうしよ?

話しかけてもいいのかな?

また逃げちゃうかなぁ?



逃げられてもよいか、と私は光球に話しかけた。


「こんばんは?」


びくり、と光球は大きく瞬いて硬直した。

そこで初めて自分の状況に気が付いたようで、微かに明滅を繰り返している。まるで大量の冷や汗をかいて焦ってるように思えて、その様子にいたたまれなくなった。

グランたちが光球を取り囲むように動こうとしたのを片手をあげて止めさせる。怖がらせてしまったらしく、じりじりと後退りし始める光球にできるだけ優しく話しかけた。


「吃驚させてごめんね。キミは精霊?」


明滅と動きが止まり、少しだけを光量が増した。

言葉を話せないのか話さないのか判断がつかないが、光球は戸惑っているように見えた。

『鬼人』の姿が恐ろしいのかもしれないと思い、『神格』へと姿を戻して光球にもう一度話しかける。


「ちょっとお話しできるかな?」


光球はキラキラと輝きだして、喜んでいるように私の周りをくるくる回りだした。何か話しかけてくれている気もするのだが、私には解らない。


「主、その者は精霊で間違いないそうです。神々しくも煌々しい主に話しかけられて喜んでおります」


「ん? グランは、この子の言ってること解るの?」


キラキラしているのは光球キミだよと心でツッコミつつ、グランが光球の言葉を通訳をしていることに驚いた。


音として言葉を発することはできないが、精霊同士でお互いに通じるものがあるそうだ。この世界の精霊とグランたちでは性質が異なり、精霊の姿は光球の形のみで人型をとることはないらしい。グランたちと同じ精霊という括りではあるが、その能力の差は大きく隔たりがあり、グランたちを上位精霊とするならば、この世界の精霊は下位にあたるという。

他にも話しているようだったけど、後でグランに訊けばよいだろう。


「そういえば、最初は逃げてたのに、どうして出て来てくれたの?」


問いかけながら光球精霊に手を差し出すと、ふわりと私の手にすり寄ってくれた。ぎゅっと握れば圧縮されて小さな塊になりそうな綿菓子みたいな感触、握り潰さないように触れる。

小動物みたいで可愛らしい姿に目を細めると、びくりと震えて強張った光を放っていた。


「主、精霊が自分を捕まえるのかと訊いております」


「は? 捕まえたりしないよ。なんで?」


通訳された言葉に首を傾げる。

光球精霊もその存在は魔力の塊であり、攻撃などの手段はなく、唯一のスキルは【魔力増幅】だそうだ。そのため、人間が【魔力増幅】スキルを欲して捕まえに来るという。

確かに魔法職が特に好みそうなスキルではある。

捕らえられると、《隷属》魔法の影響で自然からの魔力が吸収できなくなり、自由を奪われてしまう。主人からの魔力供給に頼るしか自身を保てなくなり、服従を強いられるという仕組みだ。光球精霊は攻撃などの手段を持ち得ず、自衛として逃げ隠れするしかないそうだ。


「隷属…。契約ではないの?」


「契約をしてくる人族はおらぬようです」


光球精霊との契約という方法がないとはいえ、隷属させて個の意思を蔑ろにしているなんて、と不快感を隠せなかった。


光球精霊は、個の意思を持つがグランたちのように人の姿に変えることはおろか、自らが魔法を使うこともできない、役目を持ってそこに在る、というものだそうだ。

自然に満ちる魔力が凝縮すると、役目を果たすために光球精霊として自我が芽生える。役目とは濃い自然魔力を取り込み、薄めて自然に還すことだという。

ただ、一度に大量の魔力が流れ込んでくると、その存在は耐えきれずに消滅してしまうらしい。そういった現象が増えていると話してくれた。この世界の魔力循環が乱れている影響かもしれない。


意思を持つ魔力の塊、その本質は私の精霊たちと同じもののようだ。グランも自分は魔力の塊のようなものだと言っていたから。

許容範囲を超えた魔力のせいで消滅してしまう。グランたちに置き換えて考えると恐ろしかった。

ふと、私なら光球精霊と契約が交わせると思った。



あれ? 違和感…

契約をしてくる(・・・・)人がいないって言った?



「グラン、『契約をしてくる人族がいない』ってことは、契約はできるってこと?」


「確認いたします。…ふむ……ふむ…そうか。ああ、なるほどな」


グランが何度か相づちを打って光球精霊と会話している。話し終わるのを待った。


「主、この精霊との契約は可能と思われます。どうやら【精霊術】を使える者がいないようでございます」


「できるんだ。私の古代・・でも同じかな?」


「……契約、なさいますか?」


私の独り言のような呟きに、ややもすれば聞き漏らしてしまいそうな声量でグランは訊いてきた。驚いた、いつも明瞭に喋るグランでもこんな声で話すのかと。

私の【古代精霊術】で、光球精霊と契約を交わせるか否かの可能性を考えただけで、この世界の精霊とは契約しないと決めていた。今朝、そう伝えたはずなのに不安にさせてしまったみたいだ。


「しないよ。私には4人も精霊がいるもの。これ以上、大切なものを持つと大変だ。契約はしない。だから、安心していいよ」


「…狭量な我をお赦しください」


グランに気にするなと告げれば、周囲からも安堵の息が聞こえてくる。全員、聞き耳をたてていたようだ。



私が悪かったよー…

嗚呼、心が痛い…

しくしくしくしく



心で泣きながら、この世界の人間について考える。

さっきの話で【精霊術】そのものは存在しているということが解った。だが、この世界の人間は【精霊術】を使えない、あるいは知らないから、《隷属》魔法で無理に従わせているのだろう。

だから、最初に会った時は私を人間だと思って、隷属を嫌って逃げたわけだ。でも、青い月に照らされて刀を振るう鬼人姿に魅せられて、ついふらふらと引き寄せられたらしい。

いくら人間じゃないと判っても、他の光球精霊は未だに姿を見せようとしないのに、得体の知れない私たちに近付くとは、この子は好奇心旺盛なのかもしれない。

ちなみに、『鬼人』よりも今の『神格』のほうが綺麗で好きだと言ってくれているそうだ。私は『鬼人』の方が格好良くて好きだから、ちょっと淋しいかな。


「ボクは、あるじがどの姿でも好きー!」


ウラハがそう言って私に抱きついてきた。

その拍子に手に乗っていた光球精霊が落ちそうになって、素早くウラハが受けとめる。


「ごめんねー、たまちゃん」



のあ!?

な、名前つけてる!?



ウラハは光球精霊に謝っているが「たまちゃん」と呼んでいた。また勝手に名前をつけてしまったようだが、光球精霊はそれでいいのだろうか…。


「えーっと…。ウラハ、勝手に名前をつけちゃだめだと思うんだけど…?」


「えー? でも、たまちゃん喜んでるよ? あ! たまちゃんって、あったかいんだねー」


光球精霊(本人)が喜んでいるなら構わないのだろうか。

光球精霊こと「たまちゃん」を見れば、確かにキラキラ度が増したような気がする。たぶん、これが喜んでる状態なのだろう。


「俺もさわりたい!」


ファングもたまちゃんに手を伸ばして、ぐりぐりと撫でだした。潰さないように気を付けてほしい、とこっちがハラハラする。

ファングが手を動かす度に、球体がぐにゃりぐにゃり形を変えているのだ。撫でる力が強いんじゃないだろうかと思ったが、嫌がる様子がないから大丈夫なのだろう。


「では、わたしも…」


そう言ってアリアも側によってきたが、ウラハと私の間に入ってきて、ぴたりと私に寄り添う。アリアの蒼い髪が私に首筋にあたりくすぐったい。

ウラハが押し出される形になって「ひどーいっ!」と頬をふくらませている。アリアはウラハの不満など華麗に無視して、私を見上げて言う。


「主様、わたしもどちらの主様も素敵だと思いますわ」


「ぇ…、ぁ…、あ、りがとう…」



やーめーてーっ!

照れるからっ!

なんか恥ずかしいからっ!



私は詰まりながらもお礼を言ったが、じっと見上げてくるアリアの瞳が何か要求している気がする。

一拍考えた後、アリアの頭をぽんっとひと撫ですると、頬がほんのり色づき満足した表情を見せた。これで正解だったようだ。



んん?

私に触られに来たの?

たまちゃん触るんじゃないの?



その後、アリアもたまちゃんをちゃんと撫でていた。

みんなでたまちゃんを愛でていたはずが、いつの間にか私の横にどっちが立つかをウラハとアリアで取り合いし始めた。左腰に『黒竜の神魂』を佩いているので、私の右側に立つための攻防を繰り返している。

ファングは参戦せずに、たまちゃんを大事そうに手に乗せてグランの場所まで退いていた。



ファング逃げたな!

これどうするの!?

お読みいただき、ありがとうございます。

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