24.ピクニックに行こう
ヴェルフィアードの森全域の探索を終えて、グランたちが神殿に戻ると"ふれあい禁止"が解禁された。
今の私の状態はというと、大狼となったファングのもふもふを背中で堪能しつつ、前に抱えたウラハのふわふわに癒され、アリアに黒髪を熱心に梳かれて、正面に正座するグランと完成した地図を見ていた。
かなりダメっぷりを発揮しているようだが、自分の気持ちに素直に生きようと思う。
「かなり広い森だったね」
「左様でございますね。ですが、主の護りのおかげで安心して探索できました。ありがとうございました」
グランが私の護りと言うが、魔力は極々微量に抑えていたから魔物を抑制する効果はなかった。
斥候であるウラハがいるから《気配察知》で大物そうな魔物は避けていたそうだが、彼らは何度か魔物と戦闘を行っていた。どれも危なげなく倒せていたし、自分たちの実力だというのに私のおかげだと言う。
「私は何もしてないよ。みんなが強いからだよ」
「そんなことありませんわ! 主様の魔力が常に感じられましたから、わたしたちは安心していられたのですわ!」
アリアが如何に私の存在が偉大かという内容を語り始め、止まらなくなりそうなのを慌てて遮った。
「そ、そう? お役に立ててよかったよ。ところでグラン、ここの湖って魔物いなかったの?」
探索の終盤で見つけた水辺があった。グランの視界を通して視ても湖面がキラキラと陽の光を反射して綺麗だった。夜もその湖の畔で過ごしていたので、月光を映す景色も幻想的で美しかったのだ。
そう、この世界も地球と同じように太陽と月が昇っていた。
「いえ、何かはいるようでしたが襲ってくる素振りもございませんでしたし、我らの同族の気配に似ているようだったので一晩明かしてみたのですが、姿を見せる気はないようでした」
「へぇ、精霊がいるのかな? 精霊なら会いたいね」
「あるじー、ボクたち以外に契約するのー?」
ただ単に興味があっただけなのだが、ウラハは使役精霊を増やすのかと見上げてきた。
「契約はしないよ。私にはウラハたちがいるからね。この世界の精霊に会ってみたかっただけ」
そう言ってウラハの髪を撫でてやると「よかった」と小さな声が聞こえてきた。
ウラハの問いにファングも私の顔を凝視していたが、私が契約しないと言うと、ふぅっと息をもらしていた。ファングの耳の後ろもガシガシと掻いてやると気持ちよさそうに目を細めていた。
アリアの止まっていた手も再び私の髪を触りだし、鼻歌が聴こえそうな雰囲気だった。
グランと目が合うと、ばつが悪そうに眉尻と頭を下げていた。
キミたち独占欲ですか!?
かわいいなぁ! もう!
くすりともらした私の笑いが一斉に視線を集めたが、それぞれが残念そうな表情を浮かべた。
一瞬だけ私の頬が緩んだが、どうやら彼らは見逃したらしい。意地悪をしたわけではないのだが、私は条件反射で注目される前に表情を隠していた。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「今日はピクニックに行こうか」
「ピクニック、でございますか?」
今日は、グランたちが昨日見つけた湖まで行くことにした。精霊に会えるかもしれないし、精霊に会えなくても、あのキラキラ湖畔でまったり過ごしたら気持ち良さそうだと思ったのだ。
「そう、お弁当はないけど湖までピクニック」
「マスター、ピクニックって何?」
あ、そこですか
ちょっと出鼻を挫かれた…
「ピクニックっていうのは、野外で飲食したり、遊んだりすることだよ」
「おおーっ! あるじと遊ぶんだね!」
ウラハが遊びと聞いて嬉しそうにしている。
本当に遊ぶことが好きなようで、ファングにアレコレさせるとエメラルドの瞳がキラリと光った。私と遊ぶのか、ファングで遊ぶのか判らないが、顔をひきつらせるファングに「御愁傷様」と呟いた。
「しかし、湖までは距離がございます。主が野営をされるのはどうかと…」
グランの心配は私の【魔法創造】で解決させてもらおう。
「そのうち野営もするけど、今日は私の魔法で跳んで行って帰るだけにするよ」
視たことのある場所へ転移できる《テレポート》と、転移先を魔力で固定して他の人も運べる《ワープポータル》の魔法を使って移動するのだ。この移動魔法は今朝ピクニックに行くと決めたときに造って準備していた。
他にも4人とも送還して私が湖まで《テレポート》で瞬間移動してから召喚する方法などもあったが、せっかく《ワープポータル》も造ったから使ってみたかっただけだ。
《テレポート》は私だけしか跳べないから、グランは危険だと渋り、誰かが湖まで先行した後に移動するように提案してきた。それだと時間がかかってしまう。
私はぱっと行って転移先の固定したらさっと帰ってくるから、とグランの提案には取り合わずに行動に移した。
「じゃぁ、ちょっと行ってくるね」
軽く4人へ手を振り、私は《テレポート》を使った。
瞬間移動した先は湖が眼前に広がる場所、グランの視界を通して視たのと同じ、いやそれ以上だった。
「キレイ・・・」
自分の眼で見るとより色が、きらめきが鮮やかで、空気が美味しいと感じて、すべてが綺麗だった。
しばらく見とれてしまっていたが、みんなが待っているので直ぐに魔力で転移先を固定し神殿へ戻った。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。お時間がかかっておられたようですが、何かございましたか?」
思ったより景色に見とれていた時間は長かったのかもしれない。
「大丈夫、何もないよ。早く行こう」
早くみんなで湖の景色を眺めたくて、私は早口で言うと全員が範囲に入るよう《ワープポータル》を発動させた。
「ピクニックーっ!」
ウラハは微妙にピクニックの使い方を間違っているが、湖に向かって万歳して走り出しているのが可愛い。そのあとを両手を頭の後ろで組んでのんびり歩くファングが続き、グランとアリアも湖の畔へ歩き出す。
澄んだ青の湖面が光、森の緑が濃く淡く彩る中にいる精霊たち。その風景が一枚の絵画のようで、スクリーンショットが撮れないことを残念に思った。代わりに、親指と人差し指でファインダーを作り、ぱしゃりと写真を撮る真似をする。
お手製ファインダーから、私が追い付くのを待っている精霊たちが見える。私は彼らの方へ歩き出した。
湖面をなでて吹いてくる風が顔にあたり髪を揺らす。
「風が気持ちいいね」
「そうですね。ここは精霊の森によく似ております」
グランが私と並び立ち言う。精霊を送還した時に彼らが戻る場所が『精霊の森』だと話してくれたことを思い出す。
ファングがウラハとアリアに遊ばれているのを眺めながらグランと話をする。意外なことにアリアも水をかけたりして遊んでいるのだ。属性の影響か水の近くだと機嫌がよさそうだ。
「へぇ、精霊の森ってこんな場所なんだ?」
「ええ、湖ほど大きくはありませんが、森の中に魔力の泉が湧いており我らには心地好いところです」
「けっこう広いの?」
「広いといいますか、精霊の森では我らは魔力体なので、あまり空間の大きさは関係がないのです」
精霊の森では今のように人型であったりはしないそうだ。私が召喚した時に私が望んだ姿を採っているらしい。
そもそもグランたちをキャラメイクしたのは私だから当然だろう。
「魔力体っていうのはどんな感じなの?」
「強いて言うなら、主が御手に我の魔力を集められた、魔力球のようなものでしょうか…」
「ああ。じゃぁ、あんな感じ? ってええ!?」
目の前をすいーっと横切った光球を指差して固まった。
光球は私の声に驚いたのか、ビクッとひと跳ねして森の中に逃げて行った。
「グラン、見た? 今の何だと思う?」
私の指先はぷるぷる震えている。
「精霊、のようですが…。この前は姿を見せなかったのに、今のはうっかり出てきてしまった感じですな」
精霊きたーっ!
思ってたのとだいぶ違うけど!
もっかい見たい!
グランはうっかり精霊に苦笑をもらしていた。
《気配察知》で精霊を探してみると、数は多くないが森の中から遠巻きで私たちを窺ってるモノがいることが判った。さっきの精霊が逃げ帰ったように、積極的には姿を現してくれそうもない。
もう一度会いたいが、無理強いは好きではないし、友好関係も築けなくなるだろうと今回は諦めることにした。
「また姿見せてね?」
森の中にいる精霊たちにお願いを残して、ファングが遊ばれている方へと向かって行く。
「あるじーっ!」
ウラハの呼ぶ声に応えて、私は悪戯を思いついた。《ウォータースフィア》でビー玉サイズの水球をウラハの顔の前で弾けさせる。
「ひゃぁ! つめたいーっ!」
きゃらきゃらと笑ってウラハは浴びた水気を払う。
「もっかいーっ!」
お気に召したようで催促してくるウラハに向けて、今度はピンポン玉サイズの3個の水球を飛ばす。ひらりと避けられてしまい、何もないところで水球は弾けて消えた。次はテニスボールサイズの水球5個を飛ばしてあげる。ひらりひらりと身を翻して3個目まで避けられ、ウラハがしゃがんだ先で4個目の水球が弾けてファングの顔を濡らした。濡れた頭を忙しなく振ってる仕草が犬みたいだった。その様子を見て笑うウラハに最後の1個をぱしゃんと頭上で弾けさせる。
「うにゃぁ! びしゃんこ〜」
「はい、おしまい。2人とも濡れちゃったね。乾かすからおいで」
即席で《ドライ》の魔法を造ってファングとウラハを手招く。
「あ、俺はいいです。どうせすぐ乾くから」
ファングはそう言って濡れた髪をかきあげ、口の端だけをあげて笑う顔が色艶を感じさせた。が、その後は思いっきり首を振って水気を飛ばしていた。わんこが体をぶるぶるさせる、アレだった。
うわぁ…
無駄に色気あったのに残念な子だ
オモチャにされなきゃ美形だよねぇ
「あるじー、もっかい水やってー?」
駆け寄ってきたウラハは、《ウォータースフィア》を再度ねだってきたが、そういうわけにもいかない。
「ウラハ、くまごろー来てるよ。いいの?」
《ドライ》の魔法でウラハの髪を乾かし、ふわふわに戻った髪を手櫛で整えてあげて、賢獣くまごろーが近くに来ていることを教える。
「ガゥガゥッ!」
森から完全に姿を現し、私たちから離れたところで止まったくまごろーは、近づいてもよいかと訊いてくる。まだ人の言葉は話せないようだった。
私が返事をする前に、ウラハが跳ねるようにくまごろーへ走り寄り抱きつく。ウラハの突進に少々くまごろーの腰が引けたように見えたが、おとなしくしていた。
「こっちおいで」
くまごろーを呼ぶとウラハを背に乗せたまま、のそりと地面にあった何かを食わえて寄ってきた。くまごろーは私の前に来ると食わえていた物を差し出してきた。
「くれるの?」
訊ねると、ぐいっと私の手に押し当てて、そうだと主張する。受け取った物は大きな葉で包まれた3種類の果実だったので、【魔眼】スキルの解析を使う。
『ぶどう』×3
極少量のMPを回復。そのまま食べるよりもジュースにするほうが効果が高い。
『ルルカの実』×2
少量のHPとMPを回復。甘くて皮まで食べられる希少価値の高い果実。
『レモーノ』×3
微量のMPを回復。酸味が強く、そのまま食べるのは気合いがいる。
「回復アイテムばかりだね。ありがとう」
くまごろーが持ってきてくれたのは、どれもMPかHPを回復できる果実だった。わざわざ回復効果のあるものを選んだのか、そういう果実しか存在しないか。
お礼を言って頭と顎を撫でると、喉を鳴らしてくる。
ぶどうは名前もそのままなら、見た目もよく知っている紫色の小粒が房になったデラウェアのようだった。
レモーノは薄い黄色をしており、手に収まる大きさの楕円形の実で、解析に酸味が強いとあるからレモンと同じようなものだろうと推測できる。気合いがいるほどの酸っぱさがあるらしく、レモンを思い出して自然と口内に唾液が分泌される。
ルルカの実というのは青色の丸い実で、私の知っている果実のどれにも当てはまらず、甘いとあるが味に予想がつかない。
受け取った果実を両手に抱えて木陰で腰を下ろす。
グランたちも側へ寄ってきて、私の前に広げて置いた果実を囲むように座った。
「これ食べれるの?」
「この黄色いの以外はそのままでも食べれそうだね」
ファングが興味津々で訊いてくるのに答える。
「じゃぁ、マスター、ピクニックできるな!」
どういう意味だろうかと少し考えて「ピクニック=野外で飲食」という構図がファングの中でできあがっていることに気付いた。
「そうだね。でも1人で食べても…」
みんなに注目されて食べるのも、ちょっと遠慮したい。そう思ったが、ピクニックなんだからとファングにルルカの実を渡された。
よりによってこれかと手に乗せられた、希少価値が高い上に地球では存在していない青い果実を見つめる。
期待に満ちた視線が私に注がれて、腹をくくって一口食べる。シャクリとよい音がして、それを咀嚼すると瑞々しいリンゴに似た味がした。
よく知った味に安心してルルカの実を1つ食べてしまった。結局、私はぶどうも1つ美味しくたいらげ、残りはアイテムボックスに収納しておいた。
綺麗な景色に美味しい果実を楽しんで、私たちは長閑な時間を過ごした。
お読みいただき、ありがとうございます。




