21.問題ありだよね?
※冒頭より、BL的要素、残酷描写等の表現があります。苦手な方は回避願います。
あそこで私の命令無視をしたウラハを、直ぐに呼び戻さなかったことを後悔した。
高度を下げて木々の合間からウラハの視界を通して視えたのは、3人の大柄な男たちが1人の小柄な男を組み敷いている姿だった。
横に放り出されている剣と弓が男たちが剣士職と弓職であることを示している。組み敷かれている男は魔法職特有のローブを胸までたくしあげられ、ほぼ全身を剥き出しにされていた。
何これ……強姦じゃないか!
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
さらされた小柄な男の体は泥と体液に汚されており、既に事に及んで時間が経過していることが明らかだ。
声こそは聞こえないが、抵抗して暴れる小柄な男を易々と押さえつけ暴行した男たちの下卑た笑いが聞こえてくるようだった。
泥と血と涙と涎と薄汚い体液にまみれた小柄な男の助けを求める目と視線が合う。
うっ…、と口元を押さえて吐き気を堪える私の様子にグランたちが寄ってくる。大丈夫か、何があったと訊いてくる言葉に応える余裕もない。目を反らしたいのに、小柄な男の希望を棄てた目から反らすことができない。
私はあの瞳を知っている
小柄な男がビクビクと痙攣を起こしだすと、3人の男たちは汚れをローブで拭い、身なりを整えだした。
最後にリーダー格らしき大柄な男が剣を腰に下げると、もう1人の剣士に合図する。合図と同時に剣を引き抜いた男は、横たわったまま動けない小柄な男の喉を切り裂いた。噴き出す鮮血はローブで遮られ、返り血を浴びないようにした男たちの手慣れた様子に嫌悪感が増す。
男たちは小柄な男から杖や荷物袋を奪い取ると、物言えぬ体をゴミのように引きずり、森の奥へと消えていった。魔物が証拠を消してくれる森の奥に捨て置くのだろう。
この世界はゲームじゃない
成人君子なきれいな人間ばかりじゃない
今のようなことが、あって当たり前の世界なんだ
ゲームでもPKはあったけどね…
私はこの世界をゲームの延長のように捉えていたことに気付いた。日本のように平和でそこそこ治安がよく、ゲームのように犯罪や殺人なんて無縁な世界ではない、ということを実感させられた。そして、人は死ぬと生き返ることができないことも。
ゲームでは死んでも経験値ダウンのペナルティを負うが、セーブポイントで復活できる。だが、殺された小柄な男の体はセーブポイントに戻ることもなく、そのままだった。
人は死んだらそこで人生の終焉を迎える。
不老不死である自分には無縁なことかもしれないが、今後人と関わるのならば覚悟を決めておかなければならない。私は、私たちに危害が加えられる時には、例え相手が人間でも躊躇しないだろう。
今の私なら抗う力があるのだから。
今の場合も助けようと思えば、ウラハに命令すれば、たぶん命は助けられた。でも、それをすることによって万が一にもウラハに被害がでないとも限らない。私は自分たちの保身を優先して傍観したのだ。
まるで歪んだカルネアデスの舟板だと思う。
神経の細い者なら心的外傷になるかも知れない事象に、私は嫌悪感を抱きはしても、患わされることはなかった。
スキルの精神異常耐性のおかげか、過去の経験のおかげかは考えないことにした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
(……あるじー)
ウラハの呼びかけに、あんな場面を見続けさせたことに今更ながら後悔した。共有してる視界が動いていなかったということは、木の枝にでも止まって見ていたのだろう。
今は上空から森を見下ろして、こちらに帰ってきていることを地図で確認する。行きとは違う方向から帰ってきているのは地図の埋まり具合で判る。
(ウラハ、私の言うこときかなかったね?)
(ぁぅ…。ごめんなさいー)
項垂れた声で謝ってくるが、子どもの情操教育上よろしくない場面を終始見ていた。往きとはうって変わってゆっくり飛んで帰ってくるウラハの心境はいかがなものか。さっきの悲惨な場面に心に傷を負っているならば、頭ごなしに叱るのは下策だろう。叱るのがよいか、慰めるのがよいか悩むところだ。
話は帰ってきてからだ、と念話を終わらせた。
未だに嫌悪感は抜けきらないが吐き気は治まって顔を上げると、グランの眉間に皺が刻まれていた。
「ウラハが御命令に叛きましたか…」
低く怒気が隠った声で、問いではなく確信をもって言う。
ひぃっ!
グランお怒りモード!?
私ですら恐いと感じるグランに、ファングとアリアは距離をとって、関与しませんと態度で表している。
「いや、そこは構わないんだけど、ね。ちょっと嫌なもん視ちゃったからねぇ…」
嫌なものと言葉を濁したのは説明する気はないから、というより口にしたくもないからだった。
「なるほど。ウラハは主の命に叛いた上に、主が嫌悪されるものまでお視せしたということですね」
グランの声に周囲の温度が下がる気がした。
ウラハ自身が嫌なものを目の当たりにしたのだから、様子を見ながら叱るからグランは何も言わないようにと約束させた。それでも、何も言わないが罰は受けさせますと言ってきた。仕える主の命に叛くなどもってのほか、どんな理由であれ厳しく叱責するべきだ、それをしないなら精一杯の譲歩だと小難しく論じられれば、できるだけ軽い処罰にしてあげてと陳情するしかなかった。
ほどなくしてウラハが帰ってきたが、頭上を旋回してなかなか降りてこない。
私はウラハを誘うように左腕を挙げ、止まり木代わりになって降りてくるのを待つ。共有してる視界で私の行動を捉えていることは判っている。ウラハは大きく旋回してしてから、グッと首を下げて真っ直ぐ私を見て下りてきた。
翼を広げて私の腕に止まり顔をあげる一瞬だけグランを見たのは、グランに怒られることを気にしてのことだろう。
「おかえり、ウラハ。大丈夫?」
「うんー。ただいまー」
鷹になってもウラハの上目遣いは可愛すぎる。ウラハの頭を指で撫でてやると目を閉じて気持ちよさそうにすり寄ってきた。ウラハの無事を確かめて私は《視界共有》の魔法を解いた。
ちらちらとグランを気にしてるウラハに、何と言って話しを切りだそうか…。
「…あるじ、大丈夫?」
「え?」
ウラハのほうから心配そうに訊いてきた。
「…あのね、ボクはね、平気なの。人間があーゆうことするって知ってるから。ボクはあるじよりも長く生きてるから、ね?」
「ええ!?」
「え?」
えええええええっ!?
私より長生きって言った?
ウラハって年上なの!?
うそ! こんなちっちゃいのに!?
ウラハが人間の残虐な行為を知っていることも驚いたが、見た目女の子のように可愛い少年の年上宣言のほうが私は驚きだった。ウラハは私が驚いていることに悲しそうな目をした。
「あるじー、ボクいちおー上位精霊なんだよー? 長く生きてないと上位精霊にはなれないんだよー?」
「あ、そうなんだ…」
ウラハは私の知らなかった、という反応にショックを受けていた。
「ひどーいっ! ボクのこと何だと思ってたの? あるじの精霊なんだからすごいんだよ! ぷんぷんっ」
いや、ぷんぷんって口で言ってるし
そういうとこが子どもっぽいし
演技? でも、これ素だよねぇ…?
つか、精霊に上位とかってあったの?
「あー、うん、ごめん。ウラハ可愛いからさぁ」
ウラハの首元を指で掻いて、ぷんぷん言って怒るのを誤魔化して宥める。こうしているとやっぱり上位精霊、長生きしてると言われてもしっくりこない。
しかし、ウラハがさっきの事に対して心的外傷を負っていないならよいと思う。そう思ってしまう自分が危うい、とても危うい存在だと思う。私は大事な人が無事ならば、哀しまないなら、傷つかないなら、それでよい。そのためには、害するものをすべて手にかけてもかまわない、なんて思ってしまう。
これヤバイな
自覚してるなら大丈夫かな?
あ、でもグランとか止めてくれるよね!
「ウラハ、まずは何があったか報告しなさい」
「っ! グラン!?」
ウラハが年上であるという話に気をとられていたら、口を出さないと約束したグランがウラハに報告をするよう言いだした。約束を反故にするのかとグランを睨んでしまったが、グランは怯むことなく言う。
「主、御命令には従います。ですが、状況を把握のための報告は必要でございます。主はウラハとの視界共有で状況を把握されておられるが、我には何があったのか判りません。我が何も知らずに主の身に万が一のことがあってからでは遅いのです。ウラハ、こちらに来なさい」
私の身を案じて、と言われてしまうと言い返すこともできない。ウラハは私に頬擦りを残して人型になり、グランのほうへ歩み寄った。
「報告を」
「うん。森の端で突風に煽られて、体勢を崩しちゃったんだ。あるじに戻るよう言われたんだけど、風精霊の悪戯かと思って、ボクもたまにするからさ。風精霊だったらいいなーと思って、帰り道にちょっと見てから帰ろうと思ったんだよ…」
ウラハは命令無視を叱責されると思ってグランの反応を窺っているようだったが、グランは先を促すだけだった。
何も言われないことに首をかしげながらウラハは続きを話す。
「それで、突風が起こった辺りで人族がいるのを見つけたから、様子が見えるとこに止まって何してるか観てた…」
ウラハはちらりと私を見て言い澱む。私は言わなくてよいと首を横に振るが、グランは追求を緩めない。
「人族ですか。何をしていたのですか?」
「男3人が1人に乱暴してて、最後は…殺しちゃった…」
「それだけですか? 他に問題は? この神殿に向かっている様子などは?」
「うん、それだけ。森の奥には入ってったけど方向が違うから、こっちには来ないと思う」
はぁ、とグランはため息をつき「問題なさそうですね」と言った。
問題はありありだと思うけど!
2人とも淡々とし過ぎだし!
あまりにも2人の会話が淡々とし過ぎていることが、私にある種の不安を与えた。人が暴行されて殺されているというのに、その場面を見たというのに、こっちに来ないなら問題ないと言うなんて、微妙に、いや、かなり感覚がずれている。僅かに下がった私の眉に気付いたのか、ウラハが明るく言い放つ。
「心配ないよ、あるじ! もしこっちに来てもボクがあるじを護るから!」
「いや、そうじゃなくて…」
笑顔で私の心配とは違う角度から返事をするウラハに動揺した。グランに助けを求める視線を投げるが、こちらも同じく任せてくださいという顔をされる。
アウトーっ!
これ詰んじゃってる…
この状況はマズイと思う。私が暴走してもこの子たちは止めるどころか、一緒になって暴れてくれそうだ。
敵対してくるものには、それ相応の対応をするつもりでいたが、こと人間に対しては法などが整備されていれば、こちらが罰せられる対象になるかもしれない。人間に紛れて暮らすのもよくよく考えておく必要があるな。
「主、ウラハへのお話はもうございませんか?」
「ん? うーん、別にないかな」
頭痛の種を抱えているところにグランから問われたが、ウラハと話すことを特に思い当たらない。
「本当にございませんか?」
「う、うん」
念を押されても、私が暴走したら止めてほしいということくらいなのだが、極めて高度なお願いな気がする。他に何があるのだろうと考えを巡らせていると、グランから盛大なため息が発せられた。
「ウラハが主の御命令に叛いたことは、御咎めになられないのですね?」
「ぁ…」
苦々しげにグランから言われ、すっかりきれいさっぱり忘れていたことを思い出す。
もう叱るという気分でもないし、そんなことウラハが無事に帰ってきたから叱らなくてもよいと思った。
しかし、厳格なグランはそうもいかないらしく、私が叱らないのはよいが、罰は受けてもらうと宣言した。
「ウラハ、主から御咎めがなかったからといって、御命令に反したことには違いない。よって、我が許可するまで主に触れることを禁ずる。主も、これはウラハへの罰ですから、甘やかして主からウラハを撫でたりなさいませんようにお願いいたします」
「「えっ!?」」
私とウラハの声が重なる。
ウラハは必死にちゃんと命令に従うから別の罰にしてほしいと、涙ながらに訴えているが、グランは取り合ってくれないようだ。
「グラン、あのさ、ウラハも反省してるみたいだしさ、今回は罰なくてもいいんじゃない?」
「いいえ、先ほど我は主とウラハに罰を与えるお約束をいたしました。お約束を違えることはできません」
恐る恐るグランに取り成してみたが、恭しくも告げられたのは完全な否だった。
グランは最後にうっすらと笑みまで浮かべていた。
ああああああっ!
これ、ぜったい私への罰も含んでる!
ちゃんと叱らない私にも怒ってるんだ…
はぅ〜…私のふわふわ癒しが…
グランから「お約束いたしました」と持ち出されれば私が破るわけにもいかず、ウラハ共々項垂れるしかなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
『カルネアデスの舟板』について
古代ギリシャの哲学者、カルネアデスが出した問題と云われています。
舟が難破し海に投げ出された二人。流れてきた舟板、無理に二人がしがみつくと板は沈んでしまう。板に捕まって救助を待てるのはただ一人。この様な場合に際し、己の生命を守るために例え相手を殺してしまっても(法律上の)罪には問われることはない、というものです。
いわゆる「緊急避難」の考えです。
本文中では正確な意味を準えておらず、"なんとなく、そんな感じ"で使用してます。




