20.空から見てみよう
私はウラハと一緒に、くまごろーが森の中に消えるのを手を振って見送った。
「主、【時間管理】スキルのことでございますが…」
完全に忘れていたことをグランに言われて思いだす。そういえば、時刻設定をするように頼んでいた。私の感覚ではとっくに1時間は過ぎているので様子を聞くと、昼時間に入ってから3時間を経過しているらしい。3時間ということは午後1時くらいか、ランチタイム過ぎたな、などと思いながら時刻設定の結果を尋ねる。結果は否だった。
「どうやら時刻だけでは設定不可のようでございます。魔力操作の修練をなさっておいででしたので、ご報告が遅れまして申し訳ございません」
「そっかぁ。まぁ、無理な気がしてたし、報告も別に気にしなくていいよ。」
律儀に謝るグランに手をひらひら振って返す。
「ヴェフィー、この世界の日にちとか時間ってどうなっているの?」
「なんでなんじゃ、おかしい」とぶちぶち言ってるヴェルフィアードに問いかける。
ヴェルフィアードがぶちぶち文句を言っているのは、魔力がコントロールできるようになって、もう一度『黒竜の神魂』を振ってみた時のことだ。結果が最初と大差なく、さらに森を開拓したことに対してである。
何が原因か私はほぼ確信があるが、説明が面倒になって、ヴェルフィアードの中では破壊力が大きいという事実だけが残った。めちゃくちゃ強くて、普通の武器が通らないような相手以外には使用しないことを決めて話は終わったのだが、しつこい黒竜はまだ引きずってる。
「もうそれいいからさー、ヴェフィー教えてよ」
「あ"あ"ん"っ!? いったい何がよいのじゃ! 妾が全然、まったく、ミジンコほども活躍する場面がなかったらお前はどうするんじゃ!?」
ええー…ミジンコって…
つか、気にするとこそこなの?
私はどうもしないんだけど…
もしかして目立ちたいの?
「あー、はいはい。そのうち原因わかったらヴェフィーがバンバン活躍できるよ、うん。だから、質問に答えて?」
「本当じゃろうな? ちゃんと妾で"俺つえーっ!"ってするんじゃな!?」
おい、どこで覚えたその言葉…
「ハイハイハイハイ、わかったから。質問に答えてよー」
「ちゃんと調べるのじゃぞ! で、何が知りたいんじゃ?」
聞いてなかったのかよ!
つ、つかれる…
深いため息をひとつ吐いて、もう一度この世界の日付について尋ねた。
「今日は何年何月何日なの?」
「なんじゃ、そんなことか。悠久を生きる妾が、人族が取り決めた些末なことなど知るわけなかろう?そも、人族とは関わっておらんしなっ」
「・・・・・・」
何と仰いましたか?
人族のことは知らんだと?
どういうことっ!?
要するにヴェルフィアードは、ここ数百年の間、人族と関わっていないため、まったく情報を持ち合わせていないということだった。ましてや、自分には日にちや時間などは関係ないからと言う。
私が前にこの世界の人のことを訊いたときに、えらそうに「自分の目で見て、肌で感じたほうが良い」と言ったのは知らないことを誤魔化すためだったのか…。
あまりにも堂々と言い放つヴェルフィアードに呆れた。
私は無言で『黒竜の神魂』をアイテムボックスに捩じ込んで、早く調べろと騒ぐヴェルフィアードの口をふさいだ。
ヴェルフィアードは気付いていないようだが、神格の私は常に魔力を纏っているため刀を振るった威力を今よりも抑えることは不可能だろう。魔力コントロールがきちんとできている自信はあるので、おそらく原因は私が保有する大きすぎる魔力だ。
鬼人なら武器の扱いに補整がかかるから、刀に流れていく魔力量の調整も上手くできそうに思う。だから難なく振るえるだろう、と教えてあげてもよかったが、すぐに試せとか言い出しそうだったから黙っていた。
ちょっとイラッときた所為ではない、こともない。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「あるじー、今からどうするの?」
「そうだねぇ、どうしようかなぁ…」
ヴェルフィアードと入れ替わりに、アイテムボックスから取り出したチョコレートケーキを食べながらウラハの問いに思案する。
食べなくても平気だと解っていても、イラッとしたときは甘いものを摂取するにかぎる。ゲームでは単なるイベントアイテムだった食べ物は、嗜好品として私を満足させてくれた。ちゃんと味があって、甘さ控えめのチョコレートケーキは私好みだった。
ただ、やはり精霊は飲食を受け付けないらしく、独りじゃないのに1人で食べるという寂しさを感じる。
「まだお昼まわったとこだし、このまま森の探索をしようかな」
私がそう言うと、グランが空かさず探索済み部分の地図を表示してくれる。
その地図を見ながら、ちまちま地図を自分たちで画き埋めていくのもよいが、どこかで世界地図を手に入れたいと思う。
地図を入手できるのは人のいるところでないと無理だろうから、まずはヴェルフィアードの森の全域から取り掛かることにする。
「ウラハ、獣化して空から森の全域見てくれる?」
「はーい!」
びしっと挙手する姿が愛らしい。
すぐに【獣化】スキルで鷹へとその身を変じると、空に舞い上がり頭上を旋回する。私が止まり木代わりに片手を挙げて呼ぶと滑空して降りてきた。凛々しい顔の鷹が小首を傾げて、どうしたの?と訊いてくる様も可愛い。
【魔法創造】というスキルがあるのだから、新しく創って試してみたい魔法があったのだ。
精霊と視界を繋ぎ、相手が視ているものを私も同時に視ることができる、ライブカメラのようにできないかと考えていた。
魔法創造もイメージでできるとヴェルフィアードが言っていたから簡単にできると思う。
ウラハと視線を合わせて額をくっつけてイメージ、発動させる。
《視界共有》
いきなり私の視界に自分の顔がアップででてきた。自分で視ているものとウラハが視ているものが、ごちゃ混ぜになってしまった。
う…ちょっと気持ち悪い…
これ頭くらくらするなぁ
分割すればいけるか?
テレビのライブ中継でみられる、ワイプのように画面を分けてみると上手くいった。
「ん、これでいいかな。ウラハの視界を私に繋げる魔法を使ったんだよ。変な感じしない?」
「だいじょうぶー。ボクが観てるものがあるじにも見えるの?」
「そうだよ」
「…これ、ずっとー?」
あ。これってプライバシーの侵害?
普段は使う気ないけどダメ…?
「今だけだよ。私が視たいものを代わりに視てもらう時だけ。ふだんは使わないよ。ダメかな?」
「うううん、いいよー…」
少々歯切れが悪い返事だが了承はもらえた。
「あっ! ウラハいつもマスターばっか見てるから、それバレるの恥ずかしいんだろっ!」
ファングがにやにや笑って言う言葉に、ウラハがビシリと固まった。ギギギッと音がしそうなぎこちなさで首を回したウラハが私の腕から飛び立った。
「毛皮のあほーっ! ばかっ! ぼけっ! おたんこなすっ!」
「ちょっ! 痛いってば! 俺いま毛皮違うし!」
「うるさいっ! ファングなんて毛皮で十分だよ! いつも鈍感なくせに、こんな時だけ…っ!」
どうやら図星だったようで、ウラハがファングを嘴でつつきまわしている。
ウラハはいつも私を見てるのかとか、見てても面白味ないよとか、どこでそんな言葉覚えたのとか、ファングは毛皮ってとこに反応するのとか、言われた悪口はかまわないのとか、突っ込みどころは多々あるが、どれも生温かく微笑ましいものなので流すことにしよう。
もう突っ込むの大変そうなんで…。
「ウラハ、主が待っておられる。そこまでにしなさい」
グランの一声でピタリと場が収拾される。
素晴らしいと感激の目線を送ると優雅な礼が返ってきた。眼で会話できるって楽だけど、アイコンタクトをしているのを見詰めてくる視線が痛い。女の子は怒らすと恐いから、ほどほどにしておかなければならぬのだ。
羽毛を逆立てたままウラハが私の肩に停まったので、撫でつけて戻してあげる。
「ウラハ、行ってくれる?」
「うん。ごめんなさい」
「いいよ」と赦してあげて、アリアに支援魔法をかけるようお願いする。
《反射防御結界》
《身体強化》
《速度上昇》
アリアが支援魔法をかけ終わるとウラハは飛び立ち、低空を旋回してから上昇を始めた。普通の鳥の飛び方を無視した動きは、精霊ゆえに可能な行動なのだろう。
速度はやっ!
ぐんぐん昇ってく、すごいなぁ…
ジェットコースターみたいだ
ウラハの視界を共有しながら、風を感じられたら気持ちよさそうだと思う。
かなり上昇したらしく、私の肉眼では豆粒サイズのウラハは再び旋回して高度を保ち念話を送ってきた。
(あるじー、ここが上がるの限界。視えてるー?)
(視えてるよ。無理しなくていいからね。どっちの方向でもいいから森の終わりが見えるとこまで飛んでみて)
(はーい)
ウラハの視界からも私たちと神殿が小さく視えた。
神殿の正面方向から速度を増して離れていくウラハを自分の眼で見送り、ウラハの視界を確認する。地表の景色が輪郭を残さず緑一色で流れていき、ウラハの視界に入った部分が全体地図に画きおこされていった。
自分の視界とウラハの視界を視て、それに地図まで見ていると目眩がしそうだった。脳内の処理速度は追いついているようだったが、気分的に辛いので地図はグランに進捗をみてもらうことにした。30分も経たない内に濃い緑と茶色が混じったところが視え、森の端に近付いたことが判る。ウラハが速度を弱め景色が形をなすものとなった。
(あるじー、平野が見えた!)
(そうみたいだね。端まで行ったら森の境界をなぞるように飛んでくれる?)
(あいあいさーっ!)
どこで覚えたんだそんな言葉…
若干の脱力感が私を苛んだ瞬間、ウラハの視界がぶれた。
(ウラハっ!?)
声をかけるがウラハの返事がない。上空を向いたあと宙返る視界に焦った。そのまま平野へ滑空しているようだったが、途中から高度を取り戻していることに安堵する。
(ウラハ、大丈夫っ!?)
(うー。油断したー。大丈夫だよー)
(何があった?)
攻撃を受けたのだろうか、ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
(たぶん突風? 気流乱されたー)
突風で気流を乱された、だけでは自然現象なのか風魔法の攻撃なのか判断がつかない。
(魔法で攻撃された?)
(うーん、わかんないっ)
魔力を感知できなかったなら「わからない」とは言わないだろう。自然現象ではない様子に、ウラハにこのまま続させることを躊躇う。何が原因か知りたいが、私が側にいない以上やはり危険は回避したい。一旦引き上げさせようとしたら、ウラハが様子を見に行くと言いだした。
(ダメだ。そこでは私の力が届かない。戻るんだ)
自分でも驚くほどの強い口調になってしまった。
ゲームで演技していた高圧的な男言葉でウラハに帰ってくるよう指示する。
私の魔力が届く範囲なら何かあってもウラハを強制送還できるが、神殿からでは鳥居の結界に阻まれてしまう。
(…でもー)
(ウラハ、戻ってくるんだ)
なおも渋るウラハに、もう一度命令の意思を込めて言う。
(…はーい)
不承不承といった返事で私の命に従うようだったが、ウラハの視界から高度を下げるのが判った。
これは戻るふりして下の様子を見に行くつもりだろう。視覚を共有しているのだから、嘘をつくならもうちょっと気を付けた方がいいな。
アリアの支援魔法が効いているから多少のことでは心配ないと思うが、帰ってきたら叱らないといけないなとため息をつく。
お読みいただき、ありがとうございます。




