16.眼光炯炯たるボクのあるじ(ウラハ視点)
ボクは気が付いたら、ただただ真っ暗なところにいた。
えー、またなのー?
これはたまにあることで、すぐにあるじが召喚んでくれると思ってた。
「いーち、にー、さーん」
ボクはいつも数を数えて待っていた。この前は12まで数えたら、あるじから召喚された。過去最短記録で嬉しかったなぁ。長い時でも60までいかなかったかな。今回はいくつ数えたらあるじに会えるかな?
そんなことを考えながらボクは数え続ける。
「ごじゅうなな、ごじゅうはち、ごじゅう…きゅう、ろく…じゅう…」
あれ?あるじ、ちょっと遅くない?
あんまり遅いとボク怒っちゃうよー?
70までなら許してあげようかな。
「ななじゅうご、ななじゅうろく…」
ボクの数えるペース速かったんだよね?
「……はちじゅう、はちじゅう…いち」
100までなら怒らないから、早く召喚してよ?
「きゅうじゅう…なな、きゅうじゅう……」
なんで?なんで??
なんで召喚んでくれないの?
ボクは100を数えなかった。
だって、100超えたら怒らなきゃいけないもんね。
もうちょっとだけ待ってあげるから、あるじ早くしてね?
いつまで待っても召喚されない。
ここは真っ暗で、何もない。
膝を抱えて座り込んでも、ボクの体が地についてるのかも判らない。
精霊の森とは違って樹木の緑も、泉の銀色も、空の青も、何もない。
黒一色で塗り潰されたここでボクは待ち続ける。
ボクの体にあるじの魔力をまだ感じられるから、待ち続けられるよ。
大丈夫。
恐くない。
大丈夫。
黒はあるじの色だから恐くない。
大丈夫。
あるじが召喚んでくれる。
でも、ちょっと寂しいかな…。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「あるじ寝ちゃったねー」
ファングの首元に腕を回して顔を埋めたまま、あるじの穏やかな寝息が聞こえてきた。
静かに疲れて眠るあるじをみんなで見ていた。
「ねぇ、アリア、あるじに《遮音》の魔法かけてくれる?」
ボクはあるじを起こさないように小声でアリアにお願いした。不思議そうな顔しながら、アリアはボクのお願いをきいてくれた。
「かけたわよ。どうしたの?」
ボクが何か話したがってるって解ったみたいで、話していいよと先を促してくれた。
「ありがとー。ちょっとファングに説教しようと思って」
にっこり笑って言ってあげたら、ファングの体がびくって動いちゃった。
「動いちゃっダメだよー?あるじが起きちゃう」
「わーってるよ!せ、説教って、なんで?」
体を揺らしてあるじを起こさないように、必死に喋るのは合格点をあげるね!
グランとアリアは静観するようだから、ボクは続ける。
「なんでって、本気で言ってるのー?解んないとか言わないよねー?」
ボクは笑みを絶やさずに訊いてあげる。本当に何も解ってないなら、虫の息じゃすまないよ?って顔で。
「わ、かってる、と思う」
あやしい…。
じゃぁ、言ってみてって顎で合図する。
「さ、さっきマスターが俺になかなか凭れてくれなかったのは、俺が森の探索に出て、疲れてるかもって気遣ってくれた?からで、でも、俺はそのこと解んなくて?無理強い?してた…?」
なんで最後のほう疑問系だらけなのかな…。
「うんうん、それからー?」
「マスターの話、あんま聞いてなかった…?」
これも疑問系なのー?
「そうだねー。他にはー?」
「…マスター、泣きそうな顔してた」
ああ、それはちゃんと解ってるんだ。
「なんで、あるじ泣きそうだったのー?」
「……俺が、バカなこと言ったから」
この辺がファングの限界かなぁ。
ファングはすごく素直で、真っ直ぐなんだよね。少し難しい話になると考えること放棄しちゃうけど。
あるじの言葉を全部信じることができて、全部信じすぎて言葉の裏側に隠されたものを見逃してしまうくらいに。ちょっと言葉を濁されると、あるじの本心に気付かずに暴走してしまうのはダメだよねー。
しょうがない、虫の息はやめて、おもちゃで手を打ってあげよっかな。
あるじはヴェルフィアードに召喚されてこの世界に来た。契約していたボクたち精霊も一緒に来ることができた。
元々別の世界で生きてたなんて思いもしなかったけど、そんなことはどっちでもいいんだ。
いま一緒にいることができて、ボクたちに語りかけてくれて、ボクたちに触れてくれる。前の世界では決してできなかったことができるようになっただけで、この世界にいる意味がある。元の世界に戻る意味なんてないよね。
この世界に来るまでは、あるじはいつも無表情で冷酷とも思える眼差しをしていて、何を考えてるのか全然解らなかった。
それは、あるじが地球っていう別の世界からボクのいた世界へ時折り転移していたためで、感情も言葉もだすことはできなかったからだと言っていた。
今でもあるじの顔に表情はでてないけど、話しかけてくれる声が、見つめてくれる瞳がボクに感情を見せてくれる。
その瞳はボクのあざとさをも見抜いているんだろうな。
ファングに背を預けるときだって、彼が言った理由かどうかは判らないけど、ファングを気遣って遠慮しているのはすぐ解った。
だから、ボクはファングにじゃれつくふりして、"ボクの我が儘であるじが座る"ように仕向けた。
あるじは静かにボクたちを観察していたけど、仕方ないなというふうに座ってくれたんだ。ボクの考えてることなんて、あるじにはお見通しなんだ。
ファングがちゃんと話を聞いてなくても、ボクが要所要所で合図してたから何も言わなかったし。あるじのことだから、自分でフォローするつもりだから何も言わなかったのかもしれない。
ボクたちをを元の世界に戻すとか言いだしたけど、あれだってあるじの本心じゃない。そんなの、あるじを観てたら解ることだった。
それなのに、ファングときたら、すぐ頭に血がのぼって後先構わず自滅するんだからさー。
「ほんっと馬鹿なこと言って自滅しかけてたよねー?あるじ、しゃべる前にひと呼吸おいてたよね?頬のあたりにも強張りでてたよね?なんだか苦渋の決断して話し出したと思わなかった?」
「そ、んなの、わかんねぇよ…。マスターの表情、変わってなかったし」
あんなに、あるじの息づかいや体の緊張が伝わる距離にいたのに判らないなんて言うファングに苛立った。
「あれだけ近くにいて判らないなんてー。ファングってあるじのこと好きじゃないんだね」
「なんでそうなるんだよっ!」
「動いちゃだめでっしょっ…と」
言いながらボクはファングの頭を押さえつけた。あるじが眠ってるのに立ち上がろうとするなんて、短絡思考なんだから。
「ファングはあるじの何を観ているの?あるじは優しいから、本心を言わないことだってあるんだよ?ちょっとした変化に全部表れてるよね?」
「俺は、お前みたいに、器用じゃないっ!そんなに何でもかんでも気付けないっ!」
「器用とか関係ないよね?気付かないんじゃなくて、気付こうとしてないんじゃないの?」
ボクは何も言い返してこないファングを睨み付ける。
「ウラハ、それくらいにしてやりなさい。そこまで言われると我も耳が痛い…」
グランが苦笑いしながら取りなしてきた。
「なにそれ?まさかグランまで気付かなかったとか言わないよねー?」
むかつくむかつくむかつくっ!!
みんなは、あるじと一緒にいたってだけで腹が立つ!
ボクはあの黒い場所で独りで待ってたのに!
怒りの矛先が違う方へ向いてしまったのは解ってるのに、でも止められない。
「グランたちはいいよね?ずっとあるじと一緒にいたんだからさ。ボクがいたあの黒い場所のこと、みんなは知らないなんて言わせないよ?ボクたちには長い時を過ごすことが当たり前だけど、あの場所でいつまで待てばいいか判らなかったのが、どれだけ恐いか解る?何も見えなくて、何も聞こえなくて、恐くて恐くて気が狂うかもしれないって思って!でも、あるじが召喚んでくれるって、だから大丈夫だって必死に自分に言い聞かせて。どれくらい待ったのかも判らないのに、永遠に来ないかもしれないのに、それでも待ち続ける恐さなんて、解るわけないよね?ねぇ、なんでボクだけ一緒じゃなかったの!?」
本当は誰にも言うつもりなかったのに…。
初めはファングに説教って言いながら、ちょっと意地悪するだけのつもりだったのに、ボクは恐かった気持ちを全部ぶちまけていた。
恐かった気持ちと、誰の所為でもないことで八つ当たりしてる自分が情けなくて、涙が溢れてくる。
「ウラハ、それは誰にも、主でも、どうしようもないことであったのだ…」
「解ってるっ!でも、だからって、ボクじゃなくたっていいじゃないか!!」
「ウラハ…」
アリアがボクをぎゅって抱きしめてくれた。
あるじに抱きしめてもらったことを思い出して、涙が全然とまってくれない。
ボクは干からびるんじゃないかってくらい泣いた。
アリアはあるじみたいに髪を撫でてくれてた。
いっぱい泣いたらすっきりした。
「……ごめん、誰のせいでもないこと解ってるよ」
「ウラハ、その…」
ボクにかける言葉を探してファングの紅い瞳が揺れる。
アリアの頭を撫でてた手が、くしゃりとボクの髪をかきまぜる。
長く息を吐き出したグランがボクに言う。
「ウラハ、お前の気持ちが全て我に解るとは言わぬ。されど、同じ状況を想像するだけで我も恐怖する…。これだけは、解ってほしい。主が目覚められて一番初めに気にされたのは、ウラハがいないことであった。御自身の現状すら把握されておらぬのに、お前のことを想っておられた。主を恨むでないぞ?」
「解ってる。あるじにボクのこんな気持ちを知られたくないから、八つ当たりしたんだよ」
「そうか…。すまなかったな」
全部吐き出して、ちりちりボクを焦がしていたものがちょっと昇華できたから、いつもの調子に戻れる。だから、ボクは誰もが可愛いと言ってくれる笑顔を作って言うんだ。
「もういいよー」
なのに…
「な、なぁ、ウラハ、それマスターに言わないのか…?」
コイツは何を聞いていたんだよ!
ボクの醜い感情をあるじに知られたくないっていうのに!
「言うわけないでしょー?毛皮はヒトの話し聞いてるの?あるじに恨みゴト言えっていうのー?」
「ちがっ!それ、マスターに言ってもいいと思うから。マスターは、ちゃんと俺たちのこと考えてくれるから、知ってもらったほうがいい、と思う、から…」
「言うわけないでしょっ!ボクのどす黒い感情であるじ汚したくないから、毛皮に八つ当たりしてるんじゃないの。別に毛皮に本気で説教する気なんてなかったし。ほんっとバカだねー」
毛皮と揶揄して、言葉に笑いを交えてファングに言ってあげる。
「俺に八つ当たりって…。ウラハ、お前のその性格、マスターが知ったら呆れられるんじゃねーの?」
耳をぺたりと垂れ下げて、ファングは項垂れている。「呆れられる」と言う彼は「嫌われる」とは思わないんだね。
「ふふんっ、ボクがバレるようなヘマするわけないよー。それより、呆れられてるのはファングだよねっ!」
ぐぐっと喉を鳴らしてファングは落ち込んじゃたみたい。
あるじはね、もうボクに呆れてると思うよ。
ボクが可愛い良い子って思ってほしくて、狡く立ち回ってるのとか気付いてるけど、黙っててくれてるんだよね。
あるじを裏切ったりはしないって解ってるから、こんな心の卑しいボクでも許容してくれる。
あるじは優しい。優しすぎて、時にはそれがボクたちを傷つけることを知らない。でも、それでいいんだ。ボクだって、あるじの優しさにつけこんでいるのだから。
「はぁ、もうどうでもいいや。好きに八つ当たりでも何でもしてくれ」
「いいのー?」
どうとでもしてくれ、と言わんばかりに「しらねー」って顔のファングも優しいよね。グランやアリアもくすくす笑ってる。遠慮なく、これからもファングで、遊ぶことがボクの中で決定しちゃったよ。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「そういやさ、みんなはマスターが俺たちのことを元の世界に戻すって言った時、落ち着いていたわけ?ウラハみたいにマスターの変化に気付いてたの?」
あ、それボクも訊こうと思ってたんだ。
グランはボクの言葉に「耳が痛い」って言ってたから、あるじの変化に気付いてなかったみたいだし。
「それはな、我もウラハのように主の様子が違うと思ったわけではないが、主は『我らを戻せるが、どうする?』とお訊ねになられたであろう?」
「つまり、選択権はわたしたちにある、ということですものね?」
「うむ。選ぶ権利を与えていただけるのなら、戻らないという選択をすればよいと思ったまでだな」
「そうですわねぇ。わたしもそう思ったわ」
あははははっ
なにこの2人!確かに言う通りだね!
同じようにあるじの言葉そのままを受け取って暴走した誰かさんとは大違いだ。
ファングはぽかーんって大きな口開けたまま放心してた。
可哀想に、普段から使わない頭を使ったのにねー。
もう頭使うのやめるとかぶつぶつ言ってたけど、たいして使ってないからね、キミは。
お読みいただき、ありがとうございます。