11.心ゆかしきわたしの主様(アリア視点・前編)
主様にとってわたしは本当に必要なのかしら…。
主様は以前とどこか変わられたように思うの。
悪い意味ではないのですけど。
お優しくなった、いえ前からお優しかったし、何でも欲しいものをくださったわ。珍しい宝石をお願いした時も怒らずにくださったの。
あれは今でもわたしの一番の宝物ですのよ。
神格を得られてから長く眠っていらした主様がお目覚めになったことに驚いて、粗相をしてしまったのは本当に後悔しかないわ。
お怒りになったとばかり思い、赦しを乞うことしか考えられず、主様のお心に添うことができなかったわ。
グランのことにもお心を痛めていらして、わたしたちの至らなさにも見放すことなく寛容でいらした主様。
以前はお話しくださっても、たったひと言でしたのに、今は気遣って言葉をくださる。もちろん以前から無茶なことは言われなかったですけど。
相変わらず、お顔には表情をだされないけれど、「ありがとう」も「ごめんね」も言ってくださるわ。
主様にお仕えできることが至福ですから、そのような言葉は不要ですのに…。
でも、許されることなら、あの時の主様の微笑みをまたお見せくださらないかしら。
お目覚めになられた後の主様は、雰囲気が柔らかくなられたというか、可愛らしくなられた感じですわ。
可愛いは失礼かしら。
先程も、わたしたちに神殿の周辺を探索するように御命じになられましが、とてもわたしたちのことを心配してくださったわ。
「必ず3人で行動すること。魔物に出会ったら戦闘してもいいけど、自分たちの安全を第一に考えること。まぁ、余裕があったらどんな魔物がいるか見たいから持って帰ってきてくれるといいかな。あと、もし人に出会ったら穏便に話し合いをして、できればここまで来てもらえるようにお願いしてね。とにかく、無事に帰ってくることを念頭に行動するように!」
とてもくすぐったい気持ちでしたわ。
主様がわたしたちを心配される以上に、わたしたちも主様をお守りしたいと思っているのだけど、伝わっているかしら。
「主様がおられるこの神殿に、隠蔽と物理魔法防御の魔法をかけておりますので、絶対にここからお出になりませんように」
主様が神殿の中にいらっしゃる限り、何者も主様を脅かすことはできませんわ。もっとも、主様に毛ほどの傷をつけることなど、誰にもできはしないでしょうけど。
わたしたちは主様に見送られて神殿を後にしたの。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
ヴェルフィアードの森は初めて入る森ですから、主様の御命令通りに魔物と人間を持ち帰らなければなりませんわ。
逸る気持ちを隠せないでいたら、グランに嗜められてしまったの。
「2人とも、己の身の安全が第一であるという主の言葉は覚えておるか?」
ファングと同類扱いされたのは心外だわ。3歩進んだら忘れてしまう彼と一緒にされては困りますもの。
「当然でしょう?ファングと一緒にしないでもらいたいわね」
「お、俺だってわかってるって!」
「そうか。では、周辺の地図作成、薬草や魔物の分布把握が目的であり、『余裕』があれば倒した魔物を持ち帰り、『もし』人間と遭遇したら交渉する、ということも理解しておるな?」
「え…?魔物と人間を捕まえるんじゃ…?」
「も、もちろんですわ!」
ファングがお馬鹿な発言をして、じろりとグランに睨まれてますわ。
そういうわたしも危ないところでしたわ!魔物と人間を持ち帰ることを重要視してましたもの…。
そうですわね、周辺の探索なのですから、地図を作らないとダメですわね。わたしったらグランに指摘されるまで失念してましたわ。
気づかれてませんわよね…?
なぜか痛い視線を感じますけど、ここは素知らぬ顔を決め込むところですわね!溜め息なんて聞こえませんもの!わたしの本能がそう告げていますわ!
気を取り直して地図作成を開始しましょう。
わたしたちが通った場所が自動的に地図に画き起こされるの。さっさと移動して森の地図を作って、早く主様の元へ帰りますわよ!
「始めるとしよう。まずは神殿を周回して徐々に範囲を広げて行くことにする。アリア、支援魔法を」
「ええ、わかったわ」
《反射防御結界》
《身体強化》
《速度上昇》
移動中でも効果が継続する反射防御結界を自分たちに掛けましたわ。
不意討ちで攻撃されても防御できて、かつ反射攻撃で相手にダメージを与える優れものですわよ。相手にダメージを与えている間に、こちらも迎撃態勢をとれますしね。
さらに身体強化と速度上昇で攻撃力と回避率も上げておきますの。
「良い判断だ、アリア」
「主様がいつもお使いになりますもの」
初めて踏み込む場所では魔物の強さが不明ですから、主様はいつもこの3つをお使いになられますわ。
きっとグランも同じように考えてたのね、大きく頷いてにこやかでしたもの。
「さて、何があるか予測不能、慎重に行くぞ。ファング、先頭を任せる」
「りょーかいっ!」
ファングは魔法で剣を造り、無造作に持ったまま歩き始めたわ。あの剣は攻撃時には炎を纏わせるのだけど、森を火の海にしてしまわないかしら…。
一抹の不安はありますが、もしもの場合はわたしが消火するしかありませんわね。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「地図作成はほぼ500メートル間隔でされておるな」
グランが神殿の周囲を一回りしたところで画かれた地図を確認したようですわ。
「開始してから今までの間に魔物との遭遇はなく、薬草も少ないですわね」
「そうだな。このまま周囲2キロまで探索をしてみるか。少しペースをあげてもよかろう」
グランはそう言って、ファングに頷いてましたわ。走り回りたいファングの我慢がきかなくなる前に舵をとる、さすがですわ。
「うっし!んじゃ、行くよーっ!」
ちょっとお待ちなさいなっ!
嬉々として走り出しましたわ、あの脳筋…。
グランは「少し」って言いましたのに。
ドンッ!ドンッ!ドガッ!!
グランの魔法 《ストーンピラー》がファングの行く手に現れ、顎先を掠めたようですわね。ファングは顔を仰け反らせて回避したようですけど。なんとか走り出した足は止まりましたわ。
「…少し、ペースをあげてもいい、と言ったが、聞こえておったか?」
あらあら怖いわ。低い声音ですわねぇ。
ファングったら青い顔して、首が千切れそうに振ってますわ。
「はぁ…、あまり時間を掛けすぎても主をお待たせしてしまう、進めるぞ。すぐ陽が暮れてしまう」
そのまま探索、地図作成を続けても周囲2キロメートルは何も起きませんでしたわ。たまに薬草があったくらいで、群生地もなかったのよね。
ひとつだけ、妙な形をした柱のような物があったわ。
神殿正面から2キロメートルの位置、明らかに人工物と思わしき造りをしてますわ。
地上に突き立てられた2本の円柱には、細長い蛇のような胴体に鉤爪の手足がある魔物が彫りこまれていたの。その2本の円柱を結ぶように上方でも横向きに2本の円柱で形作られていましたわ。
素材は神殿と同じ発光石が使用されていて、それぞれが繋ぎ目のない円柱形をしているのには驚かされましたわ。
微弱な魔力は感じますけど、害があるものでもなさそうですわ。
誰が何のために造ったのかしら?
多くの知識をもつグランでさえ、初めて見ると言ってましたし、この地は未知の物が多そうだと楽しそうにしてましたわ。
判らない物は主様に報告して、判断いただくしかありませんわ。わたしたちは探索を続けることにしましたの。
今度は周回をやめて、神殿の正面方向のみを進むことにしたの。神殿から離れるにつれて魔物が出現するようになったわ。
最初に木陰から飛び出してきたのは一角獣のホーンラビットでしたわ。力加減を間違えたファングが消し炭、というより灰にしてしまって形も残りませんでしたのよね。
まぁ、ホーンラビットごときではわたしたちの敵ではありませんけれど。
それからポイズンスネーク、毒蛇ですわ。これもファングが灰に…。本人は加減したと言ってましたが、どうでしょうねぇ。
炎を使った時点で灰は確定だと思うのですけど。
「ぐるるる…。物足りないっ!」
あまりにも呆気なく終わる戦闘にファングが唸りだしたのには、わたしもグランも呆れましたわ。
足りないのは、あなたの頭ですわよ。
主様がいる森が安全なのは良いことですのに…。
「なぁ!俺ちょっとここ突っ切って森の端っこまで行ってきていいよなっ!?」
剣をしまったファングが振り返って、お馬鹿極まりないことを言い出した時、彼の後でガサリと音がしたの。
あっと思った瞬間に、ワイルドベアがファングへ飛び掛かってきたのだけど…。
グシャッ!
ファングの振り向きざまに突きだした拳で、ワイルドベアを吹き飛ばしてしまったの。吹き飛ばされたワイルドベアは、ベキベキと音を立てて木々をなぎ倒し、潰れてしまったのよ。
「…うそだろ?素手でもこれかよ。俺、これ以上手加減できねー」
頭を抱えてしゃがみこむファングがいましたわ。
はああああぁぁぁ。脳筋め。
頭を抱えたいのはこっちのほうですわ!
グランも眉を寄せて考え込んでしまったわ。
わたしたちの中で剣を扱えるのはファングとウラハですけど、今ウラハはここにはいませんわ。あの子ならファングと違って器用に短剣を翻して倒してくれるのでしょうに。無い物ねだりをしても愚かですわね。
わたしのスキルは支援魔法に大半を充てていますから、水属性魔法の攻撃手段の《アクアスパーク》では然程の効果は望めませんわ。
グランも地属性魔法で攻撃しますと《ストーンピラー》で串刺しになってしまうか、《ペトラバレット》では穴だらけになりますわね。補助魔法系で何か良い方法はないかしら?
主様にお見せできるように、形を綺麗に残したまま倒すのって難しいですわ。
お読みいただき、ありがとうございます。