1.異世界への転移
【黒竜ヴェルフィアード(神格) 討伐成功
成功報酬 『神格』獲得
全ステータス限界突破
使役精霊実体化
アイテムボックス容量無限
神格・鬼人変化任意可能
成功報酬 『黒竜の神魂(刀剣)』獲得
黒竜ヴェルフィアードの化身
所有者固定・貸与不可・譲渡不可
単騎討伐成功報酬 『異世界への挑戦』獲得
異世界へ転移が可能
転移後は帰還不可
異世界への転移を実行しますか?】
【 YES / NO 】
「新しいサーバーかぁ。これは、YES でしょ!」
【異世界への転移を開始します。
・・・・・・実行中・・・・・・実行中・・・・・・エラー発生・・・一部修復完了・・・誤差修正完了・・・・・・実行中・・・・・・・・・転移完了しました】
【 WELCOME TO THE NEWWORLD 】
◇◇◇◇◇
ぱちりと目が覚めた。
薄暗いと感じるのに、やけに意識も視界もクリアだ。
といっても、目に見えているのは、高い位置にある石造りの天井。どこかの遺跡みたいだと思った。
しかし遺跡なんて私の日常ではありえない。
ここどこ?
夢かと思ったが、身体にある感覚はリアルだった。
自分が横たわっているのは解る。背中に与えられるのは硬い感触だが、不思議と冷たくは感じない。
何よりも私自身が現実であると頭で理解している。
ただし、理解しているのは頭であって、精神というか心がついていっていない。
なんだこれ?
眼だけを左右に動かして、その場を伺う。
横たわったままで判るのは、均等に切り出された石でできている天井だけだ。かなり広い場所なのか、寝たままの状態では何も把握できそうにない。
とりあえず起き上がってみるか、と体をゆっくりと起こした。
天井と同様の石で造られた寝台のような上で寝ていたようだ。
「っ!」
誰かの息をのむ気配がした。
誰もいないと思っていたのに驚いた。反射的に気配がした方へ顔を向けた先には、超がつく美人がいた。
うぁ!私好みの美人さん!
少し離れた場所で振り返った彼女と目が合う。
蒼い色の髪はゆるいウェーブがかかっていて、肩のあたりで切り揃えられている。ほっそりとした輪郭を包みこむ蒼い髪が肌の色の白さを際立たせている。
淡く紅に染まった頬と、驚愕のためか大きく見開かれたアクアマリンの瞳、彼女の美しさに眩しくて思わず目を細める。
そして、沸き上がる既視感に首を傾げていた。
あれ?どっかで会ったことある?
「っ!!申し訳ございません!!」
奇妙な既視感に捕らわれていると、唐突に謝罪の言葉を残して美人さんが出ていってしまった。
彼女が立っていたのはこの部屋の扉の前だったようで、謝罪の言葉と共に踵を返すと、薄い羽衣を揺らして、あっという間に扉の向こうに消えてしまったのだ。
えええええっ!?
なんでどっか行っちゃうの?
なにこれ?なにこれ??
どういうこと???
っていうか、ここはどこ???
彼女の謝罪の意味も解らず、突然の放置に困惑とか不安とか恐怖とか、何だかわからない感情がどっと押し寄せてきた。
さっき目覚めたときは然程の混乱もしてなかったのに。
まったく見覚えのない場所だったが、なぜか「安全」だと解っていた。だから暢気に現状把握をするつもりでいたのだ。ここが自分にとって危険のない場所だと思うのは今も変わらない。
そのことだけが、せめてもの救いだったが、だからといって落ち着けるわけもない。
覚えているのは、家でオンラインゲーム『THE NEWWORLD』で遊んでいたこと。
寝落ちでもして夢を見ているのだろうかとも思ったが、肌にあたる石造りの寝台や空気の感触は生々しく感じる。
はぁ。と、ため息をひとつ吐いて髪をかきあげた手がぴたり、と止まる。
いつもなら髪をかきあげた手は、すぐに髪を通り抜けるのに、いまだに髪に絡まっていた。
指に絡みついてる黒い髪。ショートヘアだった髪はいつの間にか肘の辺りまでのストレートヘアになっていた。
しかも、細く長い指だがあきらかに自分が知ってる私の手より大きい。感覚は自分のものなのに、見慣れた手とは違っていた。
両手を胸の前に持ってきて掌を見つめる。
ちょっと男の人っぽい?
ん?なんか、減ってるような?
見つめていた手を胸にあてると、そこには何もなかった。
一般的なサイズだけど、確かにあったはずの二つの膨らみ、バストがすとーんとなくなっていた。
なでなでと胸を撫でてみても、柔らかいところに行き当たらない。
ドレープがかかった上衣の襟元を引っ張り覗きこんでも乳房はなく、引き締まった腹筋が見えた。
はぃぃぃぃっ!?
ちょ!?まじですか!?
男になってる!?
ファンタジー風の衣服も気になったが、それよりも身体の変化にショックを受けていた。
顔から首、肩へ手を動かして自分の体を確め下肢を見る。
それは私が23年間生きてきた、慣れ親しんだモノではなかった。
全体的にすらりとしているが、適度に筋肉がついており、均整のとれた身体だ。
恐々と寝台から足を下ろして素足で冷たい床に降り立つ。
視線を足元に移してみると、床までの距離があることに違和感を覚える。
あー、身長も高いのか
スタイルよさそうだなぁ
じゃなくて!なんで性転換!?
いやいやいやいや、もう待ってくれ!!
目覚めた当初の落ち着きはどこかへ消え去っていた。
理由は解らないが、最初はまったく、なんにも、動じなかったのだ。何もかもが違っていると目に見えていたのに、すべて受け入れられていた。
知らない場所、知らない人、変わってしまった身体に精神の混乱は極みに極まっていた。
ドクドクと心臓が早鐘を打ち、耳の奥でうるさく響いている。
フリーズした思考のまま、じっと見ていた足元から紫色の靄が立ち昇ってきた。
喉がひゅっと鳴いて息をのむ。異様な事態に嫌な汗が噴き出す。四肢は硬直して足がすくんでいた。
ぎゃああああっ!!!!
なんなの!?何が湧いてるの!?
毒ガス!?
あの台から降りちゃだめだったの!?
これ死亡フラグですか!!?
脳内で喚く私に呼応するように靄は徐々に色濃くなり、私の体を中心に真っ黒になって拡がっていく。
呼吸困難や即効性の毒らしい要素は感じられないが、私の中から何かが溢れでていく感覚を味わう。
為す術もなく呆然とする私を襲ったのは、ガンっと大きな音をたてて開いた扉と、3人の人達だった。
「ーー!ーーーーーー!!」
ひぃっ!
誰か来たーっ!
顔をあげて、扉を開けて何か言いながら入ってきた人達を見やる。黒色に染まった靄が殊更勢いを増す。
入ってきた3人の足が止まる。
先頭に立っていたのは白い髪に褐色の肌の男性で、後ろの2人はさっきの蒼い髪の美人さんと紅い髪の白人男性だ。
「ーーーーー!ーーーーーー、ーーーーー!」
白髪の男性がまだ何か言っているようだが、私の耳には声が届かない。私に聞こえていないのが判ったのか、焦った表情で後ろの2人に振り返って何か言ってるようだ。
後ろの2人は顔面蒼白で恐怖を顔にはりつかせている。
更に白髪の男性が2人に何事かを言う。私の方を見たまま震えている2人が頷くのを確認すると、白髪の男性がこちらへ向き直った。
彼は意を決したように唇を引き結び、私に向かって歩き始めた。
っ!だめだ、だめ!
いま近寄っちゃ危ない!
本能的にとしか言えないが、今の私に近付くのは危険だと思った。
たぶんこの靄は私から出ていて、私以外には毒だ。
しかし、彼は黒い靄に圧されながらも、真っ直ぐに私を見つめて歩みを止めない。
トパーズ色の真剣な瞳、固く引き結ばれた唇。肩の下まで伸ばした白い髪。面の皺が初老にさしかかった年齢を思わせるが、褐色の肌が若々しく見せている。
制止しなければ、と言葉を発しようとして、また既視感を感じて、ある人物の名を口にしていた。
「グラン…?」
白髪の男性はびくりと肩を震わせ、その場で足を止めた。
黒い靄の重圧に耐えるように彼はその場で片膝を折り、両手を立てた方の膝の上で組んで頭を垂れた。
「主よ。我が名を言の葉に乗せていただき光栄にございます。お目覚めの時にお側に控えておらず申し訳ございません。お怒りは重々承知しておりますが、恐れながら我ら精霊の身には主の神気を帯びた魔力は強すぎます故、お力を抑えていただきたく存じます」
彼は頭を垂れたままの姿勢で、苦しそうに、それでも淀みなく声を発した。表情は見えないが、今にも崩れ落ちそうな体を必死に保っているのがわかる。彼が苦しそうにしているのはわかったが、私の思考はそこに追い付かないでいた。
なに?主って私??
っていうか、ほんとにグランなの?
いや、でも、ありえないよね!?
グランというのは、私が遊んでたオンラインゲーム『THE NEWWORLD』での一番最初に使役した精霊の名前だ。
地属性のNPC精霊で、デフォルトで持ってる知識も多く、追加データを与えれば分析、最適解も導き出す優れもの。
ソロプレイヤーだった私には、クエスト攻略や魔物討伐の時に相談を持ち掛けることが多く、サポートシステム代わりに重宝してた。
ゲームを始めたときから一緒にいた大事な私の精霊だ。
私が使役していた精霊は、グランの他にあと3人いる。
後ろの2人はアリアとファングだろうか。ウラハの姿は見えない。
つらつらと目の前にいる彼らのことを本当にNPCなのかと考えながら凝視していた。
グランの上体がぐらりと大きく揺れて前に倒れ付した。
後ろの2人から短い悲鳴があがる。
「グランっ!!」
彼の倒れた姿に今まで考えていたことが吹っ飛び、頭が真っ白になる。
彼の名を叫び駆け寄り、背に手を掛け抱き起こした。
腕の中にいる彼の瞳が私をひたと捉え、額に汗を滲ませながらも微笑んで言う。
「我が…願い…をお聞き届けい…ただき、ありがと…うございます…」
辛そうに言いながら、その微笑みに少しばかりの安堵を覚え、私はひと息つく。
いつの間にか黒い靄も消えていた。
お読みいただき、ありがとうございます。