死にたい私とせんせい
「あー、死にたい」
昼下がりの屋上。私は寝っ転がって、青い空を見ていた。雲は真っ白で、そのコントラストがすごい。そして私は眠い。
「物騒なこと言うなよ」
頭の方で、誰かの声がした。男性らしい低めの声。頭を動かすのも面倒で、目玉だけを動かした。
「サボリか?授業中だぞ、今は」
「君だってさぼってるじゃない」
私が言うと、笑い声が聞こえた。くくっと、軽く声だけ漏らす、笑い方。
「いーの。俺は先生だから」
視界に、ぱっと男の顔が見えた。
「あ、誠せんせい」
マコトアキノリ先生は、年齢は確か三十三?くらい。相変わらずの教師らしくない髭面に、髪もだらしなくボサッとしている。運動神経の悪そうなひょろーっとした骨格に、薄い瞼が気怠そう。
「今日の数学の宿題忘れちゃった。ごめんね」
「はいはい。次こそはやってくるよーに」
しばらく私の顔を覗き込んでいた先生は、よいしょと言って隣に腰を下ろした。その時にタバコの匂いがした。一部の生徒は大人っぽくてカッコイイ匂いと言うけれど、優等生タイプの子は、先生の癖にだらしがないと顔を顰めていた。
「で?何で死にたいの?」
先生は視線だけをこっちに動かして聞いた。口の端を、ちょっとだけ緩めている。あ、もともとそういう顔か。
「んー、別にー。なんか、なんとなく」
「なんとなく?」
「そ。学校はめんどくさいし、テストは赤点取ったし、食べても食べてもお腹はすくし」
くくっと、またあの笑い方をする。先生は、キレイな青空をバックにしているけれど、とても似合っていない。
「わかるわかる」
「先生も分かるの?」
「俺なんて毎日死にたいもん」
そう言うと、先生は隣に寝転んだ。ごろん、とそのまんまの音がした。
「死にたいねえ、先生」
「死にたいなあ」
だらんと全身の力を抜いて、二人して空を見ていた。すごいタバコの匂いだ。
「要はさ、変化があればいいんだよ」
眠ったと思っていた先生が、ゆったりした口調で言った。半分は寝ているのかもしれない。
「刺激がないから、死にたくなるんだよ」
「あー。わかるような微妙なような」
つん、と先生の指が頬に当たった。
「セクハラだよ」
首を横に向けると、先生もこっちを見ていた。くぼんだような目が、薄く開いている。
「お互い、死にたくなくなるように」
のっそりと先生の体が動く。ふわっと匂いがちらつく。目を閉じる瞬間に、間近で顔が見えた。頼りなく口元だけ笑った顔。
その後、唇が触れた。ほんの、二秒間。触れているだけなのに、お互いの何かが行ったり来たりする感覚があった。
「どう?少しは刺激になった?」
耳元を掠めるような、低い声。ぼそっと消える。
「一か月」
「何が?」
お風呂上りのような、頬が上気した感じ。イメージはそれに近い。
「今ので後一か月は死にたいって思わないかな」
私が言うと、先生は溜息混じりに笑う。
「じゃあ、せめて半年は死ねないように」
もう一度、先生の顔が近づいた。