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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第二話 俺と祐樹の出会い
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2-2 俺と祐樹と大晦日

通夜と社葬は明日以降になりますと中山が告げてから退室していく。


通夜って、社葬って。

本を放り投げ慌てて廊下へと出る。

普段は滅多に立ち入らないようにしている別棟へと向かい、ドアを開けた。

そこは屋敷で働く使用人の住まいになっている。

驚く彼らの脇を抜け一番奥の北側の部屋を目指す。

黒井の部屋はそこにある。

祐樹が居るとしたらそこだろう。


「祐樹!」


ノックもせずにドアを開けると彼は段ボールを組み立てている所だった。

ガムテープを持ったまま顔を上げる。


「おう、どうした?」


部屋は粗方片づけられて段ボールで埋め尽くされている。

なんで、どうして。


「坊ちゃまがこんな所来たら怒られるぞ」


笑う彼の顔、目が赤い。


「ごめん」


堪らず謝ると彼は不思議そうな顔をしてこっちを見た。


「何でお前が謝るんだ?」

「だって俺の親父のせいで」

「まぁ、そうだけどな。お前には関係ないだろ?」

「でもっ」


作ったばかりの段ボールに物をしまっていく。

分別もせずただ淡々と。


「お前のせいじゃないって、そんな顔すんなよ」


蓋をしてガムテープを取る。

ビーっと音がしてそれが閉じられた。

それを見つめる。

彼はここから居なくなるつもりなんだ。

その視線に気づいてか新しい段ボールを組み立てながら呟く。


「もう、ここには住めねーからな」


親父も居ないし、と付け加えられ堪らず壁を殴った。

親友一人、俺には守れない。

かつて無理に笑うなと言われた言葉を思い出す。

今、無理に笑ってるのは目の前の彼では無いかと。


「何笑ってんだよ」


顔を上げたその顔が引き攣っていた。

靴を脱いで畳のそこへ上がり邪魔な段ボールを端へ投げて彼の肩を両手で押さえて揺さぶる。


「何笑ってんだよ」


平気なはずが無い。

母親はとうに出て行って唯一の肉親だ。

17の身で半ば天涯孤独となった彼を守ってくれる人は居ないのかもしれない。

顔が歪んで涙が浮かぶ。

唇を噛みしめ俯く。

肩が震えて行き嗚咽が漏れる。


「お前が俺に最初に言ったんだろ、忘れたのか。無理して笑うなよ」


目頭が熱くなる。

涙が頬を伝う。

黒井に会ったのはそう多く無い。

祐樹に似た笑顔だけはよく覚えている。


「俺っ」


鼻声で祐樹が口を開いた。

聞こえづらいそれに耳を傾け続きを待つ。


「俺、ずっと遊び歩いててさっ、親父の顔っ、もうずっと、ずっと、見てなかったんだっ。女のとことか、ダチのとことかっ」


顔を上げた彼の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

俺の手に縋るようにつかまってくる。


「なのに、久しぶりに見た顔が死に顔ってよ、どうなんだよ、それ。どんな顔して泣けって言うんだよ、なぁ、礼。俺、最低なんだよ」


そんな事ないよと呟く。

黒井が離婚したのは親父の無茶をすべて聞き入れてたからだ。

決して経営者として優秀では無い上司の命令を聞き入れるには犠牲を払う必要がある。

使用人の噂はかつてまだ幼かった俺にもちゃんと入ってきた。

彼が首を振る。

自分が許せないんだろう。


「なぁ、教えてくれよ、俺これから、どうしたらいいんだよ」


がくがくと揺さぶられ大きく体が揺れた。

そんなの俺に聞かれたって困る。

でも言えない。

だから思わず口走った。


「俺と……俺の部下として一緒に、会社やろうよ」



通夜も社葬も終えたその日父の部屋を夜中に尋ねた。

数年ぶりに会う父は驚いたようだが何も言わずに話を聞いてくれた。

俺は頭を下げて土下座をして頼み込んだ。


祐樹をこの屋敷に留まらせて欲しい事、同じ大学に通わせて欲しい事、いずれ会社に迎える事を許して欲しい事。


何度も何度も頭を擦り付ける俺に親父は言った。

最初から追い出すつもりはなかったと、それから、お前がそう言うなら間違いが無いだろうから好きにしろと。

喜んで部屋を飛び出し祐樹の元へと向かう。


「祐樹、お前の返事聞いてないけど、いいよな?」






大晦日だって言うのに涙がボロボロ零れた。

あの明るい祐樹さんにそんな過去があったなんて思わなかった。

ティッシュを取り鼻をかむ。

その音で思い出から戻って彼がぎょっとした顔をした。


「ご、ごめん。泣かせるつもりじゃ」


いえいえ、大丈夫です。

勝手に私が泣いたんですから。


「ちょっと重い話だったよね」


もう一度鼻をかんでから首を振る。

ずっと祐樹さんと彼はタイプが違うなと思っていた。

でも立ち入った事を聞くのも憚られその内話してくれるだろうと思っていた。


「いえ、嬉しいです。大事な思い出話して貰えて」


ありがとうございますと頭を下げる。

うーんお礼を言われる程じゃないんだけどと彼が照れた。


「それから大学一緒に通ったんですか?」


と尋ねるとうんっと頷く。

みかんに手を伸ばし彼が剥き始める。


「親元を離れてみようって思ってね、社会勉強に。そこでバイト生活に明け暮れたんだ。単位を落としちゃいけなかったから祐樹と科目全部合わせて半分ずつ出てね」


くつくつと思い出して笑いみかんを口に入れる。


「意外とすっぱいね」


顔を顰めてそう言われて笑みが漏れた。


「それから親父が会社を卒業と同時に譲るって言い始めて、きちんと祐樹をもう一度誘って……、もう七年になるのか」


カレンダーを見て彼が言う。

景色が映っているそれの下にはもう明日からの物がかかっている。


「そうなんですか?」

「うん、ちょうどこんな風にボロアパートのこたつでテレビ見ながら安っすい酒飲んでて、大晦日だった」

「じゃあ、二人にとっては記念日なんですね」

「そうなるかな」


紅白はもうそろそろ終わりを迎える。

大好きな演歌歌手の歌は聞き逃したけれど、その内、再放送があるからいいやと思う。


「そんな祐樹ももう結婚だなんてね」


はあっと溜息を吐く彼に思わず吹き出す。

何だよと見てくる彼にいえいえと首を振った。


ゴーンと鐘の音がテレビから聞こえる。

紅白が終わって雪景色の中の小さな寺が映っている。


「礼」


それを見ながらそっと名前を呼んでみる。

一緒に画面を見たまま彼が、何?と答える。

心によぎった事をやっぱりいいやと閉じ込めた。

代わりに素直に思っていた事を言う。


「今年は色々ありがとうございました。来年もまた、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


各地の御寺が映されては変わっていく。

来年もまたこうして二人で大晦日を過ごせるといいなと思った。


第二話目 私と彼と大晦日 完

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