10-1 私と由香里さんと夜の電話
私達とバレンタインとチョコレート
あれから数日もしない内に礼と祐樹さんはどっぷり残業をするようになった。
運が悪いと帰って来なかったりする。
その日の内に仲直りしていたらしく何も無かったように仕事をしているらしい。
きっと彼らの部下のみなさんは大いにホッとされた事だろうと思う。
私はと言えば相変わらず悪夢を見ているしうなされて夜中に起きる。
礼が泊まりの時に一人で寝るのは不安で泣きそうだった私に彼はうんと考えてから妥協案を提示してきた。
それのおかげで高松由香里さんとすごく仲良くしていただいている。
つまり礼が帰って来ない日は由香里さんが泊まりにきてくれている。
さすがに礼の部屋のベッドというわけには行かなくて和室の押し入れからその度に布団を二組出してくっつけて眠った。
最初は不安だったけれど礼がそうして欲しいと頼んでくれていたようで、悲鳴を上げる私をそっと抱きしめてポンポンと背中を叩いてくれた。
それはまるでおかあさんみたいだった。
もうあと一週間で二月になる日、今日も礼も祐樹さんも帰ってこない宣言をし、由香里さんが私の所に夜も更けてからやってきた。
由香里さんと呼ぶようになったのはいい加減名前で呼んでよと言われたからで、断れば祐樹は最初から名前だったじゃないとぶーたれた。
それで仕方なく呼び始めればそのまま自然に呼べるようになった。
「大体さ、遅いのよ、連絡が。二人とも。忙しいのは分かるけどさ」
枕カバーを付けながら彼女がぶーぶー文句を言っている。
来てもらってる方としては有難いけれど確かに21時過ぎに連絡してくるのはちょっと私も正直困る。
作ってしまったご飯は翌朝二人で食べるにしてもこうも回数が多いと不満だって溜まる。
というか最初から分かってれば由香里さんとご飯を食べに行ったり出来るのに。
「仕方無いですよ、バレンタインですもん」
そう言えばぼふぼふと馴染ませるためと言いながら明らかにストレス発散のために枕にパンチをしている。
「そりゃ分かってるわよ、それくらい。生まれて初めてバレンタインが憎いわ」
うーっと唸りそれを布団の端に置けばそのままごろんと寝ころんだ。
バレンタインというその日本の市場における一大イベントは彼らの会社にも大いに関係があるらしい。
それもそのはず、海外のお菓子を輸入しているのだから、クリスマスに次ぐ稼ぎ時だろう。
むしろ二分すると言っても良いほどだと礼は言っていた。
「あーあ、何がチョコよ、何がバレンタインよ」
そう文句を言う横顔を見て置時計を見ればそろそろ時間だ。
彼女の前で携帯を取りじっと見つめれば同じようにした。
伸びた延長コードに二人分の充電器。
画面に映る時計がきっかり二十二時五十九分を表示してそれが変わる前に、それぞれの電話が鳴る。
着信音は消してバイブにしてあるので唸ると言った方が正しいのかもしれない。
どっちの画面にも表示されるのは愛しい愛しい恋人で顔を見合わせてから二人で同時にもしもーしと言う。
『もしもし、高松さんもそこに居るの?』
礼が疲れている声でそう聞いてきて、はい、と答える。
もしどっちかの電話が鳴らなかったらお互い相手を変えて話す事にしている私と由香里さんのルール。
さみしいのは一緒なんだから。
『そう、申し訳ないね、いつも来てもらって』
電話の向こうで祐樹さんの声がする。
どこで話してるのか聞けば礼のオフィスだと言われた。
『ここなら俺と祐樹くらいしか居ないからね、下はちょっと』
他の人も残業している事がそれで分かりそうですかと呟いた。
隣では楽しそうに弾んだ声で由香里さんが話している。
二人に比べたら私と礼はすごく大人しい。
盛り上がるような会話もしないし、どこか業務的だ。
「明日は帰ってこれそうですか?」
聞いてはいけないと思いながらそう尋ねれば案の定声が濁った。
それで慌てて彼が言うより前に口を開く。
「あの、違います。責めてるんじゃなくて、ご飯、由香里さんと食べに行こうかなって思って。たまには息抜き、しちゃおうかなって」
『そういう事なら帰る帰らない別にして行っておいでよ』
安心したように呟く彼にそういうわけには行かないんですと答えれば笑って誤魔化された。
家に彼が帰ってくるなら側に居たいんだ。
『そろそろ仕事に戻らないと』
「……そうですか。残念です。ちなみに何人くらい残ってるんですか?」
『今日は15人かな。倉庫に籠って検品してるんだよ、みんなで。凄い腰が痛い』
「それはお大事に。おやすみなさい」
『おやすみ』
電話を切れば由香里さんも同じタイミングで切れたらしくて少し残念そうに息を吐いた。
たぶ礼と祐樹さんはお互いタイミングを合わせて切っているんだ。
どっちの女もさみしくならないように平等に。
その横顔を見ながらそっと話しかける。
「もう眠いですか?」
彼女が携帯を放り出して首を振り、いいえ、全然と答えてくれて嬉しくなって笑った。
「じゃあ」
と、口を開いてから誰も見ていないし聞いていないのにそっと形のいい綺麗な耳に手を当てて内緒話をした。
「うーあーあー、帰りてーよー、ゆーかりー!」
祐樹が電話を切ってから喚く。
まだお互い顔は痣が残っているし体も同じだ。
年を取ると回復が遅くなるとは聞いていたが本当だと言い合うしかない。
俺だって会いたいですよと思いながら伸びをする。
腰を曲げていたせいかゴキゴキと骨が鳴る。
骨の間の隙間に空気がはいってると髄液がどうとか聞いたことがあるけどそれは気持ちの良い行為に間違いない。
「ほら、戻るよ。皆待ってるんだし」
促してドアを開ければ渋々と言った感じで彼はだらしなく座っていたソファから立ち上がり面倒くさそうに歩いてきた。
その背中をばんっと叩けばそんなに強くないのに痛そうに体を縮めて睨んでくる。
「おま、わざとだろっ!」
それに肩を竦め終夜運転をさせられているエレベーターに乗り込んだ。




