9-20 みんなの気持ち
晩御飯を食べたくないという彼を先に寝かしつけてからスーツを回収してハンガーに一応掛けてから鴨居へと移し息を吐いた。
それから簡単に晩御飯を済ませてお風呂を沸かしさっと浴びてから自室へ戻る。
置いておいた電話が光っていて開けば不在着信の文字。
履歴を見ると掛けてきたのは高松さんで折り返せばすぐに彼女は出てくれた。
「すみません、お風呂に入ってました」
告げれば平気平気と返ってくる。
それからやや間を置いて彼女が先に口を開いた。
『何かごめんね、うちの祐樹が暴走しちゃって』
「いえ、こちらこそ血の気が多いみたいで、まだ鼻血も止まらないくらいで。祐樹さんより立場が上なんだから堪えるべきなのに、すみません」
『え、大丈夫なの?それ』
「たぶん、寝てますしちょくちょく見てるけど生きてるみたいだから大丈夫だと思います」
『それにしても本当お互い面倒な相手と付き合ってるよね』
くすくすっと笑いながらそう言われ思わず同じように笑ってしまった。
「私が泣いたなんて理由であそこまで喧嘩しなくてもいいのにって思いました。でもどうして分かったんだろう」
その言葉に彼女はあっと呟くと本当に悪いと思っている様子で口を開く。
『それたぶん私のせいだわ。涼ちゃんが泣いてる時に私が祐樹に告げ口した』
「へ?漆器じゃなかったんですか」
『うん、違う。だって許せなくて。でも佐久間さんに聞くわけにもいかないし。本当ごめんなさい』
その言葉に肩を落としてそうだったんだと呟いてマットレスから例の封筒を取り出した。
手が滑りそれが床にぱらりと落ちる。
半紙に包まれたそれに首を傾げながら拾えばパラパラと紙が、和紙を細長くちょうど商品券くらいのサイズに切った物が落ちて広がる。
『とにかく明日仲直りするようには言ったから、様子見るしかないわね』
「そう……です……ね」
言葉は途切れ途切れになってしまった。
その一枚一枚に並んでいる文字が私の意識を電話からそっちへ集中させた。
綺麗に整った彼の性格をよく表わしているような筆で書かれた文字。
その一つ一つが丁寧に書かれた事を示していた。
『涼ちゃんも佐久間さんに言っておいてくれると助かるんだけど』
「……もう、いい、まし、た」
気が抜けて電話を離してしまいそうだった。
その様子に耳元で高松さんが心配そうに名前を呼んでくる。
文字から目が離せなくて涙が勝手に流れてきてその紙の上に落ちて黒くはっきり書かれた文字を滲ませた。
「高松さん」
まだ名前を呼んでいるそれを遮り彼女を呼べば彼女は押し黙ってそれに答えてくれた。
震える手で一枚それを持ちあげて蛍光灯に透かすように見てぐずっと鼻をすすった。
『泣いてるの?どうしたの?何か言われたの?』
慌てた様子で問いただしてくれる彼女に見えていないのに首を横に振る。
これがいつ書かれたのか分からないけど、きっと最近だ。
告げ忘れた誕生日のプレゼントの代わりだったのかもしれない。
それを出させないようにしたのは私。
私が勝手にそんな風に装ったんだ。
「何も。何も言われてません。……私、勘違いしていたのかもしれない。ちゃんと彼に確かめていないのに、盗み聞きしただけなのに、思いこんでいたのかもしれない。明日また連絡します。とりあえず大丈夫、ですから」
とても言えなかった。
一方的にそう言って電話を切って下を向いて落ちている紙を一枚一枚拾って集める。
だってこれは彼の気持ちだ。
私を想ってくれている彼の大事な気持ちの欠片だ。
握り締めていたそれには「嫌な記憶が消える券」とあった。
二枚目に拾ったそれには「我儘を何でも言える券」、三枚目は「何でも欲しい物を買ってもらえる券」、四枚目は「もっと幸せになれる券」。
最後に拾ったそれに嗚咽を上げて泣いてしまった。
ものすごく格好悪い。
こんなのプレゼントでも何でもない。
馬鹿にされたってしょうがないような幼稚なアイデア。
そんなものに彼が頼らなければいけないほど、相手が酷く傷ついて見えたなら、きっと私だってそうする。
何を上げたって何をしたって同情だと思うから。
それはきっと伝わっていたから。
だから、こんなちんけな小学生みたいな思いつきにすがったんだ。
彼の気持ちを表すように五枚目には「佐久間礼と結婚できる券」と書いてあった。
鼻づまりに息が吸えなくて目が覚めれば俺のベッドにもたれかかり膝をついたまま突っ伏して眠る小さな後頭部だけ目に入った。
その頬に涙の跡が残っていて罪悪感にさいなまれる。
今何時だろうと携帯を取ればまだ1時くらいでそっと起き上がり痛む体を動かしてベッドから彼女に触れないように降りた。
起こすのも悪いと思って軽い彼女の体をそっと抱き上げてベッドの中に入れる。
靴を履いたままだけれどそれを脱がすほど体力は無くてそのまま布団を掛けてやり部屋を出た。
歩けばあちこち痛み呻いてしまいそのままリビングへ行きキッチンへ向かう。
電気を点ければすぐに明るくなり冷蔵庫からミネラルウォーターを出してごくごく飲んだ。
口の中の鉄臭い味がいくらかましになってから息を吐けば携帯が小さく唸り始める。
それをちらりと覗けば祐樹の名前がディスプレイに映っていて溜息混じりに通話をスライドさせた。
耳に当てても彼は何も言わず、俺も何も言わなかった。
そのままペットボトルを持ってリビングまで行き椅子に座る。
「……何だよ」
仕方なくそう聞いてやれば彼は言いにくそうにぼそぼそ呟いた。
『悪かったよ』
その声に少し安心して俺はあんな風にされても祐樹をやっぱり好きなんだと思った。
だから目を閉じて何にも考えずに口を開く。
「俺もやりすぎた。ごめん」
ほっとしたような吐息が漏れて互いにひっそりと笑い合う。
きっと高松さんはもう寝ているのだろう、涼と同じように。
『痛てーか?』
「痛いよ、祐樹は?」
『口んなかまだ鉄の味してら。そっちは?』
「俺もまだたぶん鼻血止まってないよ、涼に怒られた」
そう言えば彼は息を飲んだ。
それから苦々しい声が聞こえる。
『俺も、由香里に怒鳴られたよ』
「ふーん、高松さん怒ると怖そうだからねぇ、そりゃ大変だったでしょ」
『笹川だっていじけそうで大変そうだけどな。明日ちゃんと来いよ?俺も行くから』
「当たり前だろ。大体今日だって上役二人が早退とかあり得ないよ」
あの後社員達は帰れ帰れと俺と祐樹を別々のエレベーターに乗せた。
連絡を取り合い鉢合わせしないようにして俺達を早退させたその必死な顔が浮かぶ。
というか大丈夫だったのかと不安すらよぎる。
『まーな。……割り勘で飲み会だな』
にひひっと笑う彼に同意して頷きそれからやや考えて口を開く。
「でも、お互い治らないと無理だろうね」
『そうか?大丈夫だろう』
そう分かってない彼に俺はゆっくり告げる。
諦めにも似た色を匂わせながら。
「だってさ許してくれると思う?彼女らが」
その言葉に彼はあぁっと嘆きそれからまた二人で笑った。
思っていたより9話が長くなってしまいました。
本編だったはずのみかんとこたつとクリスマスより部数も長くなってて、しこたま驚いた。
とりあえず9話は次がラストです。




