俺と彼女とファミレス
んっと目を覚ます。
あれ。
目の前にグレーのやわらかい布地。
あれれ。
顔を上げるとそこには端整な綺麗な顔。
出会った時より長くなった髪は立たずに寝ている。
今日は休日だからとワックスをつけていないからだ。
「おはよう」
いやそんな嬉しそうに笑わないでください。
顔が赤くなってくのが自分でも分かる。
慌てて離れようとする私を彼は片腕だけで抱きしめたまま離さない。
だめだ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「おはよう。よく寝てたよ」
そう言いながらくすくす笑う彼の顔が見れない。
俯くもそこにあるのは彼の胸だ。
顔を埋めれば彼の匂いが鼻腔をくすぐる。
「くすぐったいよ」
顔を上げるとまた笑ってる彼の笑顔。
もう顔の行き場がない。
「あ、あの」
見つめたまま口を開く。
言葉を続けるより早く彼は言う。
「すみませんは禁止です」
「へぇ?!」
「だって笹川君、謝ってばかりじゃない」
「佐久間さんだっていつも悪くないのに私に謝ってるじゃないですか」
そうだっけと彼が言う。
そうですよと答えると彼はようやく私を解放した。
なんだかいつもこんな感じ。
「謝り慣れてるからね、自然に出ちゃうんだと思う。不快にさせてたならごめんね」
ほら、またと指摘すると困ったように笑った。
「今から作るんじゃ大変でしょう。どっか食べに行こうか」
時計はもう20時を指している。
彼女はもう家政婦じゃない。
大事な恋人だ。
そんな人に苦労させたくなくてそう言うとお待たせするのもあれだからと良い返事が返ってきた。
互いの部屋まで行き、コートを取りさぁ出ようとすると、慌てて顔を直してきますと玄関まで一緒に来たもののまた自室に引き籠った後姿を眺める。
ドアは開いていてコートを着たまま、彼女らしくないカバのポーチを開けるのを見ていた。
ファンデーションを塗り直し口紅をひいている。
「お待たせしました」
ポーチ開けっぱなしにしたまま彼女が戻ってきて俺の横に立った。
そんなに気合い入れなくたって良いと思うんだけどと思いながら玄関を開ける。
ひゅうっと風が吹き込んで二人の髪を揺らした。
車に乗り込むとすぐにエンジンを掛けて暖房を入れる。
地下駐車所に置いてあるこいつの中は半端なく寒い。
「寒いね」
「冬ですからね、でも、私は夏より冬の方が好きです」
「へぇ、どうして?」
ハンドルを握りアクセルを踏む。
ゆっくりと動き出す車。
「どうして。うーん。着込めば暖かいからかなぁ。夏は限界がありますから」
それもそうだねと相槌を打ち公道へと出る。
年末とあってかいつもよりも道は混んでいる。
会社が休みになればみんな出掛けるのだろう。
「どこ行きたい?」
そうですねと彼女が悩む。
別にどこでも構わないよと口添えるとうーんと唸り声。
それじゃあと告げた先は思ってもみなかった所だった。
やけに明るいそこは所謂ファミレスだ。
ざわざわと天井へと声が反響して店内は五月蠅い。
案内された席は信じられないほど狭くごちゃごちゃと色々置いてある。
ファミレスに来たことが無いわけじゃない。
そんなに高級な所へばかり行ってるわけじゃない。
けれどそこは久しぶりだった。
「本当にここでよかったの?」
もしかして俺の財布事情を心配したのではないかとカラー写真入りの少し古くくたびれたメニューを見ながら両隣の席に聞かれないように尋ねると彼女は顔を上げて頷いた。
「なら、良いんだけど」
さて何を食べようかと思案する。
写真は美味しそうだけれど実際に出てくるとそうでも無い事は分かってる。
どれも一緒かなと概ね決めてメニューを閉じる。
「決まりました?」
彼女が呼び出しボタンに手を伸ばしながら聞いてきて頷くとピンポーンと間抜けな音。
前掛けのエプロンがソースで汚れている若い店員が寄ってくる。
「お決まりですかー?」
やる気ない声に苦笑いを浮かべながら彼女から注文する。
和風おろしハンバーグをライスでと次いで注文するとドリンクバーお付けしますかぁ?との言葉に頷いた。
「珈琲で良いですか?」
奥に座らせたのに立ち上がり狭い隙間を通ろうとするのを慌てて立ち上がりそれを制する。
「俺が取りに行くよ。珈琲で良いの?」
カフェラテでと言われドリンクバーまで歩く。
ふむふむ。
大学の頃に通っていたころよりはずいぶん品揃えが良くなった。
カップが入っている引き出しを開ける。
温めてあったそれを二つ取り出し彼女のカフェラテと自分のアメリカンを淹れて戻る。
スティックシュガーも忘れずに二つ持った。
彼女はどうやら甘党らしい。
「はい」
カップのまま渡すとすぐさま砂糖を入れてかき混ぜる。
立っていた牛乳の泡が消えていく。
ずずっと一口飲んで呆けたような顔を浮かべる。
何も加えないままが一番だと啜ってテーブルに置く。
「さて、そろそろ話して貰おうかな」
にこりと笑ってからそう告げると彼女は首を傾げた。
「話すって何をですか?」
年末だけあって混んでいるようで中々食事はやってこない。
そりゃそうだ、学生も社会人も休みの時期。
外に食事に来たとしても可笑しくない。
カップを持ってごくりとまた一口飲む。
あぁ、この安っぽいチープな味が堪らない。
庶民の味って感じ。
「どうして俺のベッドに居たの?」
カップを持っていた手をそのまま見上げた。
ものすごく綺麗な笑顔。
でもそれは怖い程に完璧だった。
「え、えっと」
カップを置いて口籠る。
あんなに彼の事を怒っておいて自分も同じ事をしたのだ。
そりゃそういう態度を取られても文句は言えない。
「すみませんもごめんなさいも禁止ね。聞くまで帰らないよ。明日も休みだしね」
予定も無いしと笑ったまま静かに言う。
はい、と答えてから俯いた。