7-2 私と電話と協力者
あの控え目だったお嬢様がしっかりとした口調でそう尋ねてらっしゃって私は言葉を失い姿勢を正しました。
たった数日の間に御二人の関係が大きく変わった事をそれは示しておりました。
「奥様には何も申し上げておりません。礼様のご判断無く私には述べる事は許されておりませんので。……ただ一緒に居たのかと仰いましたのでそうだとは御答え致しました」
家内が昼食のかけうどんを運んできてそっとこたつの上へと置きました。
湯気が立ち出汁の香りが立ち上っていきます。
電話の向こうではお嬢様がほうっと息を吐かれた音がしました。
『ありがとうございます。助かります。……今日はお休みを差し上げてますよね?礼が貴方を呼ばないのはきっとそうだろうと思っているのですが』
「左様で御座います。御暇を頂戴いたしましたので家に籠ってゆっくりと御年賀を過ごさせて頂いてます」
小さな七味の缶を傾けてうどんに掛ける家内を見ながらそう答えるとお嬢様はひどく申し訳なさそうに仰いました。
ずずっとうどんを啜る音が電話の向こうにも聞こえているでしょうか。
『大変申し訳ないのですが礼の為に休みを一日繰り上げていただけませんか?その……佐久間の御家まで彼らを運んでいただきたいのです。これは礼からの御願いでは無く私個人からのになってしまうのですが』
その言葉に家内を見ますが知らんふりをしています。
どうとでも好きにして下さいというようなその態度に心底安心して少し笑みを作りました。
お嬢様個人かと思います。
今までだって坊ちゃまの恋人の何人かを運ばせて頂いたことはあります。
しかし彼女の言葉には自分が含まれていないような言い方でした。
「はい、構いません。ですが彼ら……とは」
『それはまだちょっと、打診もしていませんので、お伝え出来ません。お昼を澄ませていただいて構いませんので、折り返すのを御待ち下さい』
やはりうどんの音は聞こえていたのだと確信し七味の缶を手を伸ばして取ると家内は手を止め箸を置いてスライド式の蓋を開けてくれた。
それを傾けながら答えます。
「承知いたしました。礼様にもよろしくお伝えください。大変遅くなりましたが明けましておめでとう御座います。本年もよろしくお願い致します」
本年、今年はどれくらい坊ちゃまの御側に居れるのだろうと思いながら七味をうどんに入れて頭を下げます。
『はい。御挨拶もせず私の方こそ申し訳ありません。今年もよろしくお願い致します。それでは失礼致します』
そう仰ると電話が切れ、それをこたつの脇へと置いてから箸を取ります。
うどんを軽くかき混ぜて麺を持ち上げ口をつけて啜ると食べ終わった家内が仕事になったんですかと尋ねてきて麺を口に納めてから顔を上げて頷きます。
「じゃあ支度をしておきますね」
丼と箸を持ち立ち上がると奥の部屋へと消えて行った。
坊ちゃまの横に立たれる方がいらっしゃるまでと決めたのは大分昔の事だ。
またひとつ年を迎えそれがようやく叶うのかもしれないと笑みを漏らさずには居られなかった。
電話を切り次はとアドレス帳を探す。
えーっと、た、た、た……と見つけて行きその目的の名前を探して通話ボタンを押す。
コールが鳴り響き出ないかなと少し焦った所で声がコール音の代わりに飛んでくる。
『涼ちゃん?どうしたの?』
その落ち着いているけれど綺麗な声はかつて一緒に料理をした礼の大事な親友の婚約者だ。
慌てたらしくガタガタと音が鳴っている。
「すみません、突然御電話して。お仕事は今日はお休みですか?」
『大丈夫、休みよ。それより涼ちゃんから電話してきてくれるとは思わなかった。メールも返してくれないし』
「す、すみません、筆不精でして。今度こちらからしますね。あの、祐樹さんは御一緒ですか?」
電話の向こうでちょっと待ってねとの言葉の後に大声で目的の人を呼ぶ声がする。
祐樹ー、ゆーうーきー、電話だよーと怒鳴る声は私に接するのと全然違う。
正月ならば一緒にいるだろうと思ったのだ。
もし一緒に居なかったら事情を告げて祐樹さんの番号を聞こうと思ってた。
やっぱりねと思いながらじっくりと待つ。
やがてがさごそと音がして陽気な明るいそれだけで場が華やぐような声がした。
『おう、笹川ちゃん?どうした?礼と喧嘩でもしたか』
楽しそうに告げる彼にいえいえと否定する。
確か初詣の時に挨拶は済ませていると思い早速内容を告げる。
足をぷらんぷらんゆっくりふらつかせ緊張がその声を聞いただけで確実に解けて行く。
「実は礼が今日佐久間の御屋敷に行く事になりまして」
ん?ん?と相槌がその短い言葉の中で二回入った。
一回目は私が礼を名前で呼んだ時、二回目は御屋敷にの下りだ。
元日に会った時にも私は礼の事を二人の前では佐久間さんと呼んでいたのだから急激な変化に驚いたのだろう。
それから付き合いの長い祐樹さんなら昨日佐久間の御屋敷での宴会も御存知だから二回目のん?が付いたのだ。
『昨日あいつ行かなかったのか?』
それはすごく驚いた声をしていた。
礼に何も聞いていない私でもそれを聞いて今まで必ず顔を出していたのだと気付き、昨日遊園地に行った事を少し後悔する。
独断で予定なんて決めなければよかったのかもしれない、と。
ぷらぷらさせていた足がマットレスに跳ね返って自然にまた上がりそのまま静かに落ちた。
「私が無理に遊びに誘いまして。年賀中に礼が帰らないのを不思議に思わなかった私のミスです」
声が自然と少し低くなった。
そう、自分のミスだからこそどうにかしないといけない。
その私を心配しているかのように祐樹さんの声が優しくなる。
『まぁ、しょうがねぇな。普通はそんなのしねぇしな。で、どうした?』
促され実はと礼から聞いたお母様との会話の内容を出来るだけ忠実に思い出しながら話すとふーんとかまじかとか言っている。
さすがに礼がこけ下ろされたのは一緒に会社を作ってきた祐樹さんだって気分が悪いだろうとあえて控えた。
「それであの、申し訳ないんですけれど……。手伝っていただけませんか?」
『手伝う?俺が?』
「いえ、御二人に御願いしたくて。でも祐樹さんを飛び越えて先に高松さんとは行かないと思いまして」
そう告げるとげらげらと向こうで笑う声が聞こえる。
聞こえたのは二人分だった。
それに首を傾げると祐樹さんではなく高松さんの声が聞こえる。
『良いわよ、涼ちゃん妹みたいに思ってるから。何でもするわ』
それを追うように祐樹さんが笑いながら言った。
『おう、俺も礼と笹川ちゃんがうまく行くなら何でもするぜ』
もしかしてスピーカーフォンにしてますかと尋ねればそうだと言われ二人の好奇心の顔が赤くなった。
ともあれこれで役者はほとんど揃った。
あとは主役を御願いするだけだと後でまた折り返しますと伝えて電話を切って、一気に私を襲う疲労感を押さえてタイツを履いてからパーカーとデニムのミニを脱いでクローゼットを開けた。
誰かと会うならこんな格好してられやしない。




