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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第一話 私と彼の新しい生活
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俺と彼女と昼寝

冷たいうどんを出汁につけて啜る。

彼女はもう家政婦じゃない。

つまりご飯をきちんきちんと作る必要性も無い。

それでもこうやって用意してくれた事に感動する。


「佐久間さん」


突然声を掛けられてはい?顔を上げて返す。

もちろん飲み込んでから答えた。


「まだ入ります?」


何がでしょうかと彼女の視線を追うと俺のうどんが盛られた皿を見つめている。

三分の一は食べたがまだ残っている。


「うどん?」

「はい。なんか食欲なくて、あげます」


はいっと皿を側に寄せられてううむと唸る。

ただでさえ彼女より少し多い量、倍とは言わずとも1.5人分くらいにはなるだろう。

あのね、そろそろ30代でお腹も気になるお年頃なんですとはとても言えなくてわかったと頷く。


「ごちそうさまでした」


と手を合わせてから彼女は立ち上がり自分の分の御椀と箸だけ持ってキッチンへと消えた。


うーん。

これはどうしたら良いんだろう。

もしかしてただ怒ってるだけじゃ無い?


ずずっとうどんを啜ってそんな事を思うが一向に理由は分からなかった。





シンクへと食器を戻すともうなーんにもやる気が起きない。

洗い物は夕方だって構わないんだ。

リビングでは無く廊下へと抜けるドアを開けて自室へと向かう。

もう、あれだ。

昼寝でもしよう。

そうしたら気分もすっきりするはず。

自室のベッドへと潜り込む。

布団を鼻まで上げるとそこは自分以外の匂い。


佐久間さんだ。


くんくんとそれを嗅ぎふふっと笑う。

たったこれだけの事で嬉しくなる。

朝からぷんすかしていたのは彼がここで寝ていた事もある。

でも、それだけじゃない。


なんか上手くいかないんだ。

クリスマスの前みたいにいつも通りにいかない。

関係性が変わってしまったからだろうか。

彼はちっとも変わらないのに、というか、昨日までは何も意識してなかったのに、今朝、ここに彼が居てから変に意識してしまってる。


もっと本当は甘えたい。

楽しく彼の休暇を一緒に過ごしたかったのに。


うーっと唸り首を振る。

いいや、考えるのは後にしよう。

とにかく寝てそれから笑って彼に謝れば良い。


しばらくすると昨夜寝苦しかったせいかすぐに寝息を立てることとなった。





彼女が部屋に戻ってしまったのは音で分かってうーんとまた唸る。

ようやくうどんを食べ終わって立ち上がりこれ以上怒らせないようにとシンクに残る食器を洗った。

食器洗浄機の中にいれ蓋を開けて、彼女がそうしているようにする。

ちっとも出てこないのを見て様子を見に行こうかと考えて止める。

三度目の不法侵入は逆鱗に触れかねない。

する事も無くなり書斎へと入る。

部屋の大きさに比べて大きすぎる皮の椅子に座って読み掛けの本を手に取る。

机から少し離れて背もたれに凭れ掛かりながら栞を挟んでいた箇所を開く。


俺から仕事を取ったら何も残らないんじゃないかと思う。

一年の大半を仕事に費やしていつ鳴るか分からない電話に構えている。

そんな生活を選んだのは俺自身だしそれを後悔した事は無い。

でもこんな風にやる事が無いと少し侘しさを感じる。

結局開いたものの文字を目で追ってもちっとも内容が頭に入ってこなくて本を閉じる。

腹がいっぱいなせいか欠伸がふあっと出て書斎を後にする。

彼女の部屋からは物音が聞こえないところを見るとこたつで携帯をいじってるか寝ているのだろうと思う。

まぁ、いいか。

とりあえず寝よう。

貴重な休みなのだから、と。

自室に入ってベッドへと潜り込んだ。




ぱちっと目を覚ますとあれから2時間ほど経っていた。

携帯で確認してから布団の匂いを確認するとそこにはこれっぽっちも佐久間さんの匂いは残ってなくて自分の匂いだけだ。

なんだか寂しくなって起き上がりまだ眠い目を擦る。

トイレに行こうとベッドを出てデッキシューズをひっかけて廊下に出る。


ジャーと流す音が響いて手を洗い廊下へ出る。

リビングからもキッチンからも和室からも音がしない。

書斎かなぁと少しドアを開けてみるも暗いまま。


じゃあ彼の部屋だと思いドアの前に立つ。

コンコンとノックをしてみるも返事がない。

留守かな、どっか出掛けたのだろうか。

そう思いながらノブに手を掛けて動きが止まる。


あれ、これじゃあ一緒じゃない。

勝手に入ってきた佐久間さんと一緒だ。

でも気になる。

彼が何をしているのか。


そうかぁと思う。

彼も同じだったのだろう、と。


散々迷って後で責められるのを覚悟して開けると薄暗い室内でベッドの上の布団がこんもりとしていた。

寝てるのかと側まで足音を立てないように近寄る。

そっと顔を覗きこむが彼はまったく起きなかった。


その時うんっと小さく声が漏れて寝返りを打つ。

ふわりと彼の匂い。

あぁっとくらっとするくらいそれは幸せで涎が垂れそうだった。


なんだそう言う事かと一人で納得してそっと彼の布団に潜り込む。

くんくんと匂いを嗅げば胸も心も彼で染まっていく。

グレーのタートルネックを着ている胸の辺りに顔を近づけてそぉっと彼の体に手を回した。






コンコンとノックの音で目が覚めた。

しばらく様子を窺っているとガチャリとドアが開く。

思わず狸寝入りをした。

そっと近づいてくる彼女が俺の顔を見ているのが目を開けなくても分かる。

うんっとわざとらしく声を出して寝返りを打つと彼女が息を漏らした。


出て行ってくれるかなぁと願うもそれは叶わず、布団が捲くられる。

え、えぇっ?と思うや否やマットレスが揺れた。

体にぴったりとくっついてくる感触。

驚き動けずに居ると顔をぴったりと胸につけてくる。

顔が熱くなる。

どうしていったいこうなったんだ。

細い腕を俺の体に一生懸命回してくるその姿に戸惑いながらも受け入れるとすぐに彼女は寝息を立てた。


寝ぼけてる?

そんな風に思って目を開けると後頭部だけが見える。


うーん。

まずいって、これは。

だって襲いたくなっちゃうよ。

いや、俺の理性、がんばれ。


ぐっと堪えて彼女の体に手を回す。

小さな細い体は片腕だけでも十分抱きしめられる。

いやこれはこれで良いかと納得しふっと息を吐いた。



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